内容要旨 | | 都市の設計は,都市に含まれる全ての構成員や構成要素と無関係に成立することはできない。また,都市の中の建物の設計においても,その建物が存立する基盤である都市のコンテクストと無関係に成立することは不可能である。戦後半世紀を経るに至り,物的な豊かさの獲得にともなって,人々の感性や価値観や思想は多様化の一途をたどり現在に至っている。このような状況のもとでは,現実の都市や建築の設計にあたっては,その構成員や構成要素との間に共感や調和や融合(以下,「統合」と呼称)を計らずして良好な環境を獲得してゆくことには,困難が予想される。従って,今日の建築学に要求される実践的課題とは,対象とする都市に含まれる全ての構成員や構成要素との間に統合が得られるような内容を如何に構築していくかということであり,これは,21世紀に向けての「建築計画ルネサンス」の主張とも呼応するものと考えられる。 本論文においては,以上のような前提の下に,そうした内容を構築していく基礎的手法として,「包括的概念構成法」(CCC,Method for the Constitution of Comprehensive Concept)を提案し,それに基づき,既存の研究分野に対する横割型研究として,建築の計画と設計に関わる概念の統合と,設計計画における統合の手法の検証と形成が試みられる。本論文の構成は,序論,建築論編に相当する前半三章,分析編に相当する後半二章,および,結語から成っている。また,既存の研究分野に対する横割型研究という特性から,異なる分野間での容易な理解が意図され,図版が多用されている。 「序論」においては,研究の背景について考察し,包括的概念構成法が提案される。以下の章における概念の統合には,原則として,この包括的概念構成法が用いられる。 「第一章 建築とインタフェイス」においては,まず,本論文の前提とする「建築」の定義を再確認し,建築に関して簡単にレビューする。次に,コンピュータアーキテクチャーと建築の類似性の考察から,「建築とは,ソフトウェアとハードウェアのインタフェイスの定義を意味する」(Architecture as an Interface)という命題を得て,インタフェイスの概念について検討をおこなう。さらに,システム・サイエンスと建築が類似概念であることに着目し,また,人間-環境系研究で昨今一つの流れをつくりつつある「トランザクション」について,その一般概念の検討をおこなう。最後に,本論文における,建築学の位置付け,インタフェイスの定義,後続する各章の位置付けをおこなう。 「第二章 環境と人間のインタフェイスとしての建築」においては,まず,建築,特に,都市の設計について,考察するにあたり直面する,「21世紀に向けてのパラダイム」の再確認を通じ,環境が建築について与える働きかけについて簡単に検討する。次に,過去において逆に建築が環境に与えてきた働きかけについて参照しながら,環境問題や高度情報化などの諸問題の解決に対し,建築が担う役割についての糸口をつける。最後に,こうした建築の役割を実践する手法としての「設計」の概念について,包括的概念構成法の考え方を参照しつつ,再確認する。これにより,建築が主体としての人間の存在と,主体をとりまく環境との間のインタフェイスであることを検証する。 「第三章 人間関係のインタフェイスとしての建築」においては,日本における既存の幾つかの代表的な建築設計論を参照しつつ,建築の各構成要素が人間関係を調整するインタフェイスとなっていることを検証する。 「第四章 環境と人間のインタフェイスとしての視覚像」においては,まず,建築画像の認知実験(スライド映写画像短期記憶・経時的画像表現)を実施し,人間による建築画像の視覚的認知特性を探る。この段階における分析にあたっては,認知プロセスを便宜的に感覚,知覚,認知の3つの階層的過程に分ける立場を尊重し,知覚過程として,(1)画像のエッジの強度検出と明度による分別,(2)画像の明度別のエッジのトレースによる面分割,を試み,認知過程の結果としての被験者によるスケッチ(画像表現)と,比較検討する。これにより,明度別の画像解析結果と経時的な画像表現結果の階層構造の類似性が確認され,認知過程を探る手がかりを得ることができた。 次に,焦点視,環境視に対応するモデルと見なすことができる,35mmシフトあおりレンズと立体角射影魚眼レンズを通した建築の外部空間の4つの画像(情景)について詳細にわたって分析を試みる。上記同様の画像解析の過程を知覚過程とみなし,それと階層構造が類似するようにして,幾何学的を原則として,情景の画像を詳細に直和分割する。こうして得られた各面の全画面に対する面積比(立体角比,あるいはそれに近似され得る),SYNTACTIC CODE(階層構造の100進法表現),SEMANTIC CODE(英文名称)を記録し,以降の分析における基本的データベースを作成する。ケヴィン・リンチは,環境のイメージを構成する3つの成分として,アイデンティティ,ストラクチャー,ミーニングが抽出されるとしているが,以上の3種類のデータはこれに該当するものと考えることができる。また,建築の外部空間の画像(情景)を情報源,各面を記号と見なしたときには,生起確率として立体角比をあてることで,情報理論が適用できる。以下においては,以上の仮定の下に成立する「人間の視覚的認知モデル」について,その特性の分析が行われる。 アイデンティティとストラクチャーについては,面の立体角比の基本統計量,および,情報理論による分析を試みる。これらの結果の類似性・差異性と情景の形態的な類似性・差異性の比較により,総じて,面の立体角比の分布は,情景の形態的な情報伝達の重要な役割を担っていることが検証された。以上に加えて,ストラクチャーについては,SYNTACTIC CODEを利用し,情景を構成する各面の階層構造を表現するツリーをコンピュータにより自動作成した。 建築を構成する要素としての人間の存在が重要であることを考慮し,上記の視覚的認知モデルの人間のイメージへの適用の可能性について検討し,特に,人間のイメージを構成する各面の情報量が人間の周りにポテンシャルの等高線を形成しうることに着目し,パーソナル・スペースについて再検討する。一方で,人間のイメージについての考察を通じて,対象の持つ意味や価値が,情景のもつ情報として極めて重要な役割を持つことが述べられる。これにより,以下におけるミーニングに関する分析の重要性が示される。 ミーニングを分析する指標(因子)としては,意味や価値の「評価値負荷」の概念を導入し,また,本論文で仮定している人間の視覚的認知モデルが一つの情報路であることから,「1因子情報路モデル」を適用し議論を進める。1因子情報路モデルにおいて伝達される記号を2つに限定して,2項のみの関係を認知するモデルを検討すると,その最大効率を与える立体角比と評価値負荷の組み合わせの系列が,かなりの精度で黄金比系列と一致することが確かめられた。これにより,観察者が2面の評価値負荷を判定できるだけの十分な感性や経験を有するならば,2面だけを観察することで黄金分割が可能となることが判明した。従って,黄金分割は,対象の形態のみならず,ミーニングを考慮したときに自然に導きだされ得る体系であるといえる。 次に,建築のミーニングの中で最も重要な位置を占めるパブリックとプライベートという対立する概念について,広辞苑のCD-ROM版の全文検索により意味成分を抽出することで,階層構造ネットワークと相互結合ネットワークに整理し体系づけることができた。この相互結合ネットワークは,パブリックとプライベートの包括的概念の構成する空間に,対応づけられていると考えられる。 次に,この包括的概念の中に,評価値負荷の尺度を設定し,1因子情報路モデルを適用することでミーニングの分析が試みられる。尺度の設定には,そのレンジを求めるために,与えられた4つの画像(情景)が,とりあえず,最大効率を与える立体角比分布になっているものとして,「逆1因子情報路モデル」が適用された。その結果を参照の上,建築的な様相の分類と対応づけて設定された尺度に基づいて,SEMANTIC CODE毎に20〜24の評価値負荷を定義し,分析を実行した。これにより,形態的情報量においては,詳細にとらえ細かく分割して把握したときに比べると,情景を大まかにとらえ細かく面に分割して把握しないときには,かなり情報量が少ないのに対し,平均評価値負荷においては,比較的大まかに把握した状態でも,詳細に把握した状態でも,その値の差はかなり小さくなることがわかった。これは,包括的概念の構成の程度により,詳細に分析把握する場合と同様のミーニングの評価をすることができることを示している。このことはまた,環境視などの大まかな環境把握によりアフォーダンスを獲得し得ることを示している。 「第五章 外部空間の計画と設計」においては,まず,日本の集合住宅の調査と立体角射影魚眼レンズ画像の分析を通じて,形態的な階層構造の表現方法が建築設計に重要かつ効果的な包括・統合の形態的手法であることが述べられる。次に,いくつかの重要な建築の立面や都市の平面の,階層構造と黄金分割の関係の分析を通じて,黄金分割により,多様なミーニングを設計計画に包括・統合してゆくことが可能になることが示される。総じてこれらは,形態的コントロールが観察者による意味や価値の把握に極めて重要であることを示している。 以上の考察を通じて,建築における包括的概念構成の重要性とその構成法について,分析するとともに,具現化したところに,この研究の特色がある。 |
審査要旨 | | この研究は,戦後半世紀を経て物的な豊かさの獲得にともない多様化の一途をたどる人々の感性,価値観,思想を踏まえて、現実の都市や建築の構成員と構成要素との間に共感,調和,融合,統合を獲得し、良好な環境を構築するための理論を確立することを最終的な目標としているが、本論文はその中で建築的環境を人々がどのように認知するかを把握することを目的としている。 論文は本文にあたる第1部と参考論文的な第2部から構成される。第1部はは序論と7章で構成され、第2部は序論と4章で構成される。第2部は題1部の序論として要約されているが、本研究の最終的目標である理論構築を今の段階で試論的に展開したものである。以下、本論の各章毎に内容の要約を行う。 第一章ではスライド映写建築画像の短期記憶によるスケッチ表現手法を用いた実験を通して視覚的認知システムを探っている。画像のエッジ強度検出と明度分別,明度別エッジのトレースによる面分割を行い,被験者のスケッチと比較検討して,「明度別」画像解析と「経時的」スケッチ表現の階層構造の関係性を確認している。 第二章では環境のイメージ構成の3要素として、ケヴィン・リンチが提唱した,アイデンティティ,ストラクチャー,ミーニングをヒントに論を展開している。全球上の任意設定領域Xに占める部分領域xkの割合を立体角比pk[%]と定義して、35mmシフトあおりレンズと立体角射影魚眼レンズを通した4画像をそれぞれ焦点視,環境視に対応するモデルとみなして分析を試みている。情景Xとしての環境画像をlayer n毎に,極力幾何学的に,記号(面)xnjに直和分割した状態を認知過程とみなして、パワー法則によりpnjがアイデンティティ代表値の生起確率であるとしている。ストラクチャー代表値の記号xnjの連結成分をSYN-TACTIC CODE(階層構造の100進法表現)Snj,ミーニング代表値の各名称をSEMANTIC CODE(英語表記)Nnjとして分析基本的データベースを作成している。 第三章では,記号xnjの立体角比pnjについての分布,各種平均,標準偏差,歪度,尖度,平均情報量,相対エントロピー,情報源Xについての情報量,冗長度等の指標の分析を試みている。ストラクチャー情報を含むlayer nとこれらの指標の関係の検討,アイデンティティの特性を探るため,layer nのnの直接影響を排除し,情報源記号数mnとこれらの指標の関係への変換と指数・対数曲線による補完を実施して,グラフによる分析の結果,情景Xの相違に起因するこれらの指標の特性が検証され、環境視,瞬間視の入力情報との間に,存在する特性を明らかにしている。さらに,Snjを利用し,xnjの階層構造とpnjの関係を表現するツリーを自動作成してストラクチャーの性格を検討している。 第四章では黄金比の位置づけを試みている。情緒的,知覚循環的な1次元的図式である評価値負荷lnjの概念を因子とし,記号の形態的均質性を示す平均情報量Hと,わずらわしさや存在感に関する心理量を判断する平均評価値負荷Lとの均衡値を用いた(逆)1因子情報路モデルを適用し、伝達される記号を2つに限定した2項関係を視覚的認知モデルとみなすことにより,均衡値を与えるp1,p2とl1,l2の組み合わせの系列が,1,j(=0.61803399)と1,2jとなり,人間による長方形の2辺に対する比例の視覚的認知の誤差6%を下回る誤差1%以内で黄金比系列と一致することを確認している。 第五章ではパワー法則による,情景X全体に対する心理量としての平均評価値負荷Lにより,情緒的意味の特性分析を進めている。第二章の4環境画像の情景が理想的な均衡値を与えるものとみなして,逆1因子情報路モデルを適用すると一般的にわずらわしさや存在感に関する尺度として20〜24の評価値負荷を与えるのが妥当であることを示している。さらに2項対立的なタイポロジーを利用してパブリック⇔プライベートの意味付けを示し,全てのNnjについて評価値負荷を2組定義して分析した結果、情緒的意味指標Lは、形態的均質性指標Hにおける場合と異なる特性を示したとしている。 第六章ではプライベートとパブリックという対立概念をCD-ROM版広辞苑全文検索により意味成分を抽出し,階層構造と相互結合とのネットワークに整理し体系づけ,これらの意味構造を検証し,またプライベートに比べ,パブリックの概念が保有する意味成分群の量が膨大,複雑であることを示している。 第七章ではプロクセミクスが与える情緒的意味がプライベート⇔パブリックの評価値負荷の尺度に重なり得るものとして,人間を等立体角射影魚眼レンズで撮影した環境画像の観察記述から人間の環境への参加により変化する平均評価値負荷Lpの人間の周囲の分布が,パーソナル・スペースを決定付ける可能性について検証している。また,建築空間と人間の関わり合いの各種写真の観察から,視野のクローズ・アップの効果や、人間のイメージがもつミーニングに関する情報が多種多様であり,多次元的・多層的な知覚循環的図式を形成して建築空間を決定づけている状況を明かにしている。 以上この論文は,建築的環境におけるアイデンティティ,ストラクチャー,ミーニングの絡み合いについて検証し,環境と人間との間のインタフェイスとしての視覚像のありかたを明かにしたところに特色がある。 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |