本論文は世界各地の中華街の外部空間の特性を調査・分析したものである。対象としたのは、オーストラリアの4都市(シドニー、カバラマタ、メルボルン、ブリスベン)、日本の2都市(横浜,神戸)、ヨーロッパの2都市(ロンドン、パリ)である。 中華街は世界各地に分布しているが、その外部空間には一目で中華街とわかる特性がある。本研究はこの特性の成因を図象学的な視点から分析したもので、先ず、空間の配置則として四方位にもとづく施設配置に着目し、それが中国古来の風水思想に由来することを明らかにしている。風水要素として取り上げたのは、街の配置、牌楼、亭、宗教建築、吉祥動物像の5つの要素で、これらの有無とその位置を分析することにより、中華街が風水の具現として計画されていることを明らかにしている。次に、中華街の持つ独特なファサード様式に着目して、これがどのような建築要素から成立しているかを検証している。要素として取り上げたのは、陽台、欄干、屋頂、屋檐、腰檐、檐口、装飾柱、装飾墻壁、花格窓、装飾吉祥物像、門楼、装飾門の12の要素である。これらが中華街のファサードの構成要素としてどのように分布しているかを調べ、その出現頻度と共有関係から各中華街の特性について分析し、典型とみなせるいくつかの建物を抽出している。これらの分析により、各中華街の類似性と差異性とを明らかにし、中国的な外部空間構造の本質について論究している。 論文は6章から成り、巻末にデータリストと参考資料リストを付加している。 第1章は序論で、研究の視点および研究の目的について述べている。 第2章は調査概要で、調査の動機、対象都市について述べた後に、1994年から97年にかけて実施した調査内容について記述している。 第3章は中華街の歴史で、中華街と華僑社会の歴史的形成過程の概説に続き、調査対象となった8都市の中華街の歴史について概観し、最後に各中華街の移民の出身地と文化的な背景について纏めている。ここで注目されるのは、ヨーロッパの中華街の場合、2次移民が多いということである。 第4章は風水思想と中華街の空間形成に関する分析で、先ず、中国における風水思想の歴史的な展開について考察し、それがやがて都市空間の構成原理となる過程をまとめている。次いで、方位法、地相の重要性を指摘した後に、中華街に見られる風水要素として、街の配置、牌楼、亭、宗教建築、吉祥動物像を選んだ理由を述べている。これら5つの風水要素の有無とその位置を各都市について分析し、四方位の重要性を再確認している。また、5つの風水要素の有無を行列化したものに数量化III類を適用し、風水要素相互と中華街相互の類似性について検討している。 第5章は中華街のファサード構成の特性に関する分析で、先ず、ファサードを形成する建築要素として、陽台、欄干、屋頂、屋檐、腰檐、檐口、装飾柱、装飾墻壁、花格窓、装飾吉祥物像、門楼、装飾門の12の要素を選んだ理由と各要素の特徴を示している。次いで、ファサード写真を画像処理して2値の線画にする技法の説明があり、建築要素の抽出方法とその表示方法に関する解説がある。各建物から抽出された建築要素の有無は、各中華街毎にひとつの表にまとめている。ファサードの構成要素の分析は、先ず、建築要素の出現頻度を調べ、中華街毎の全建物に対する割合を計算し、その結果をレーダー・チャートとして表現している。これにより、各中華街において卓越する要素がわかり、また、チャートの形態的な類似性から、似た構成要素から成る中華街が明らかになる。結果としてロンドンとパリ、横浜と神戸が類似している。次に、建物要素の有無にもとづく分析のひとつとして、数量化III類を適用した建物要素と都市(中華街)の類型化を試みている。その結果として建物要素は大きく3つのグループに、また、中華街はふたつのグループに分かれることを示している。次いで、建物要素の共有関係を示すグラフを描き、これに基づいて各建物の最大固有値に対応する固有ベクトルを計算している。この固有ベクトルの大きい建物は共有関係の強いものと考えられ、その値の大きいものはその中華街の典型的な建物と見なせる。各中華街に対して、中国的な建物要素を共有する建物が多い地域と典型的な建物を抽出し、個別にその特性について論じている。 第6章は結論で、本研究により中華街の歴史的形成過程とその背景となった移民史が明らかになったこと、中華街の空間配置の決定因として風水要素が重要であること、また、建物のファサードに見られる建築要素が、中国的な外部空間の形成に大きく寄与していることを指摘している。 以上要するに、本論文は現代の中華街の外部空間を風水要素と建築要素というふたつの観点から比較的に捉えることにより、その配列的な特性と形態的な特性を明らかにしたもので、現代都市論として極めて独創的なものである。本研究は、各中華街に対する現地調査をもとに行われていて、共時的な中華街の外部空間特性を定性的に調べ評価したものになっている。中華街に対する従来の捉え方が異国趣味的で曖昧なものであったのに対し、本論文はその由縁を実証的に検討、分析したもので高く評価できる。これは建築計画学、都市計画学の分野に新たな視点を導入するもので、その意義は極めて大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |