「施設をどこに配置したら良いか」という問題は、古来より多くの科学者の研究対象とされてきた非常に古典的な問題である。ここでの「施設」とは、公共施設、商業施設などの特定の施設に限定されるのではなく、都市空間に配置計画する点的要素であれば何でもよい。一般に都市内移動の目的地点、あるいは出発地点となる対象を施設と呼ぶ。施設配置によって都市空間内の人の活動や物の流動が決定されるから、施設配置をどのように行うかによって都市の諸活動は、大きく影響を受ける。施設の配置によって、都市内の賭活動は経済的にも不経済にもなり、都市は安全にも危険にもなる。公共施設の配置では、利用者は著しく不便を強いられることにもなりかねず、住民間での著しい不公平感を招くおそれもある。また、地域コミュニティはその核となる施設を中心に形成されることを考えれば、その配置には十分に検討を行う必要があることはいうまでもない。あるいは、生産・流通・販売を管理する経営者にとっては、工場、倉庫、そして店舗をどこに配置するかという問題は、経営の成功・失敗を左右する死活問題でさえある。 施設配置の問題は、都市計画上の問題に限定されるものでもなく、空間分析における極めて基礎的な問題でもあり、純粋に数学としての研究意義も大きい。「何らかの情報構造を有する空間に、有意な点配置を決定する」という問題は、空間分析を行うあらゆる応用科学に共通して必要不可欠な基礎的な問題であるからである。 それ故に関連する研究分野は多岐にわたる。オペレーションズ・リサーチ(戦略研究:Operations Research)を中心として、都市計画学・建築計画学・土木計画学などの応用工学、数理工学、システム工学、制御工学、情報工学などの基礎工学、数学、地理学、生態学などの理学、そして経済学、経営学、兵站学(Logistics)、社会科学にまで及ぶ。研究の歴史も非常に長く、一説には628年にサラセン軍によって破壊されたアレキサンドリア図書館には、既にウェーバー問題の解法が記されていたともいわれている。しかし、最適配置の問題は、数学的な取り扱いが非常に難しく、その長い研究の歴史にも関わらず十分な進歩を遂げているとは言い難い。 本論は、「施設をどこに配置したら良いか」という問題の中でも、特に、連続空間に複数の施設を配置する問題を対象とする。連続空間に複数の施設を配置する問題は、施設の配置問題の中でも特に困難とされている難問である。厳密に最適な配置を求めることは計算時間の制約上不可能な場合が多く、ヒューリスティック(Heuristic)な解法に頼らざるを得ない。多点の配置問題の中でももっとも基本的な配置問題である多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題においてすら、様々なヒューリスティックが提案されているものの、単純明快、かつ、頑強な決定的解法は明らかにされているとはいえない。それが原因となって、多点の配置に関する最適配置問題と、その解法の研究を阻んでいたものと考えられる。 このような背景をふまえて、本論では、まず多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む基本的な最適配置問題に対する単純明快、かつ、頑強な解法を明らかにした。これら基本的な問題に対する単純明快な解法を明らかにすることによって、結果的に様々な応用問題を提案しそれらの解法を明らかにすることが可能となった。 施設配置計画では、施設の用途、サービス形態、空間的制約などに相応して様々な配置モデルが必要であり、幾多の最適配置問題を用意し、それに対する解法を明らかにする必要がある。移動コストを最小化するのが望ましいのか、あるいは利用者数を最大化することが望ましいのか、公平性を最大とすることが望ましいのか、施設の種類によって様々な理想的な施設配置を想定する必要がある。そこで本論では、多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む幾つかの既往の最適配置問題に対して単純明快な解法を明らかにし、さらに、未だに必要な問題提案がなされていない様々な最適配置問題を新しく提案するとともに、そのそれぞれに対して有効な解法を明らかにする。 本論文は、序章・終章を除き合計8章で構成される。1章では、2章から8章の内容を含む最適配置問題の全容を体系的に明らかにする。2章から8章の各章は、全てそれぞれ異なる最適配置問題を対象としている。それらはそれぞれ比較的独立した一つの論文しても成立するように構成されており、各章毎にその成果をまとめ、今後の展望を述べている。さらに終章では本論全体の成果を簡単に要約するとともに、今後の発展的な研究の可能性について述べている。 ・第1章では、連続空間における最適配置問題について、既往の最適配置問題、および本論で新しく提案される最適配置問題の全てを、体系的かつその歴史に則しながら簡明に解説する。その目的は、第2章以降に本論で新たに提案される多数の最適配置問題とそれぞれの解法の客観的な位置づけを明らかにすることにある。 ・第2章では、多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む基本的配置問題に対する単純明快な解法を明らかにする。多点ウェーバー問題やミニマックス問題を含むより一般的な最適配置問題として、距離の羃乗の総和を最小とする施設配置を求める最適配置問題を提起し、その問題に対して、確率的降下法と確率近似法を応用した新しい解法を提案する。 ・第3章では、第2章で解法を明らかにした最適配置問題の簡単なバリエーションとして、既存施設を含む条件付きの最適配置問題、マンハッタン距離における最適配置問題、最大距離を制約とする最適配置問題、合計3題の最適配置問題を提起し、それらの解法を明らかにする。 ・第4章では、複数の施設で複数のサービスを提供する施設群のサービスシステムについて、これまで提案されていた「階級的なサービスシステム」よりもさらに一般的なシステム・モデルとして「多層的なサービスシステム」を提案する。そのようなサービスシステムを有する施設群に対して、移動費用の総和を最小とする施設配置を求める最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。また、ここでは配置問題の解法を明らかにすると同時に、最適配置を求めるに当たって対象領域内に最適配置が定まるためのシステム構成の必要条件を明らかにする。その一例として産廃処理施設のような一般に忌避されるサービスであっても多層的なサービスシステムを構成することによって最適配置問題が成立する場合のあることが明らかにされる。 ・第5章では、施設の供給容量が厳密に規定されている場合の最適配置問題に対してその解法を明らかにする。たとえば避難施設の配置計画など、供給容量に一致する需要点の割り当てが必要な施設の配置問題が想定される。まず、この問題を解くに当たって最小化すべき指標の選定に関する議論を行い、距離の2乗和が最小化すべき指標として妥当であるとの結論を導く。次にそのような問題設定を前提として、距離の二乗和を最小化する施設配置と需要点の割り当てを求める最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。 ・第6章では、対象を消防施設の配置計画に特定し、火災が発生した場合に予測される焼失面積を最小とする最適配置問題を提案し、その解法を示す。消防施設の配置問題は、非常に重要な都市計画上の課題である。しかし消防に関してはそのサービスシステムが非常に複雑であることに起因して、最適配置についての十分な研究は行われていない。本章では、延焼シミュレーションの研究で蓄積がある延焼の速度式と消防力のモデルを応用し、焼失面積の期待値を最小化する最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。 ・第7章では、空間相互作用モデルを応用した新しい最適配置問題の提案を行い、その解法を明らかにする。まず空間相互作用モデルに関する基本的諸概念を解説し、ロケーショナル・サープラスを最大化する最適配置問題など、最適配置問題に関係するその他の既往研究を概説する。次に「限界顕在需要量」という新しい概念を提起し、それを制約条件として、無制約型の空間相互作用モデルを用いて顕在需要の総和を最大化する新しい最適配置問題を提案してその解法を明らかにする。この配置問題は、施設の配置によって利用者数が弾力的に変動することをモデルに導入して、利用者数を最大化すべき指標として取り上げる最適配置問題である。 ・第8章では、公平性に第一目的とする最適配置問題について述べる。施設配置で公平性を実現するための方法とその考え方を簡単に論じ、その後に公平性の指標に関する既往を解説する。本章では特に、利用距離とその平均距離の差の絶対値の総和を最小とする最適配置問題(MINIMAD Problem)について、連続空間での最適配置を求める解法を明らかにする。一点配置問題と多点配置問題それぞれについて解法を明らかにする。 ・終章では、本論の結論を述べ、今後の発展的な研究課題とその可能性について論じる。またその最後には参考文献を併せて掲載する。 |