学位論文要旨



No 113324
著者(漢字) 岸本,達也
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,タツヤ
標題(和) 連続空間における施設の最適配置問題に関する研究
標題(洋)
報告番号 113324
報告番号 甲13324
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4042号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨

 「施設をどこに配置したら良いか」という問題は、古来より多くの科学者の研究対象とされてきた非常に古典的な問題である。ここでの「施設」とは、公共施設、商業施設などの特定の施設に限定されるのではなく、都市空間に配置計画する点的要素であれば何でもよい。一般に都市内移動の目的地点、あるいは出発地点となる対象を施設と呼ぶ。施設配置によって都市空間内の人の活動や物の流動が決定されるから、施設配置をどのように行うかによって都市の諸活動は、大きく影響を受ける。施設の配置によって、都市内の賭活動は経済的にも不経済にもなり、都市は安全にも危険にもなる。公共施設の配置では、利用者は著しく不便を強いられることにもなりかねず、住民間での著しい不公平感を招くおそれもある。また、地域コミュニティはその核となる施設を中心に形成されることを考えれば、その配置には十分に検討を行う必要があることはいうまでもない。あるいは、生産・流通・販売を管理する経営者にとっては、工場、倉庫、そして店舗をどこに配置するかという問題は、経営の成功・失敗を左右する死活問題でさえある。

 施設配置の問題は、都市計画上の問題に限定されるものでもなく、空間分析における極めて基礎的な問題でもあり、純粋に数学としての研究意義も大きい。「何らかの情報構造を有する空間に、有意な点配置を決定する」という問題は、空間分析を行うあらゆる応用科学に共通して必要不可欠な基礎的な問題であるからである。

 それ故に関連する研究分野は多岐にわたる。オペレーションズ・リサーチ(戦略研究:Operations Research)を中心として、都市計画学・建築計画学・土木計画学などの応用工学、数理工学、システム工学、制御工学、情報工学などの基礎工学、数学、地理学、生態学などの理学、そして経済学、経営学、兵站学(Logistics)、社会科学にまで及ぶ。研究の歴史も非常に長く、一説には628年にサラセン軍によって破壊されたアレキサンドリア図書館には、既にウェーバー問題の解法が記されていたともいわれている。しかし、最適配置の問題は、数学的な取り扱いが非常に難しく、その長い研究の歴史にも関わらず十分な進歩を遂げているとは言い難い。

 本論は、「施設をどこに配置したら良いか」という問題の中でも、特に、連続空間に複数の施設を配置する問題を対象とする。連続空間に複数の施設を配置する問題は、施設の配置問題の中でも特に困難とされている難問である。厳密に最適な配置を求めることは計算時間の制約上不可能な場合が多く、ヒューリスティック(Heuristic)な解法に頼らざるを得ない。多点の配置問題の中でももっとも基本的な配置問題である多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題においてすら、様々なヒューリスティックが提案されているものの、単純明快、かつ、頑強な決定的解法は明らかにされているとはいえない。それが原因となって、多点の配置に関する最適配置問題と、その解法の研究を阻んでいたものと考えられる。

 このような背景をふまえて、本論では、まず多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む基本的な最適配置問題に対する単純明快、かつ、頑強な解法を明らかにした。これら基本的な問題に対する単純明快な解法を明らかにすることによって、結果的に様々な応用問題を提案しそれらの解法を明らかにすることが可能となった。

 施設配置計画では、施設の用途、サービス形態、空間的制約などに相応して様々な配置モデルが必要であり、幾多の最適配置問題を用意し、それに対する解法を明らかにする必要がある。移動コストを最小化するのが望ましいのか、あるいは利用者数を最大化することが望ましいのか、公平性を最大とすることが望ましいのか、施設の種類によって様々な理想的な施設配置を想定する必要がある。そこで本論では、多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む幾つかの既往の最適配置問題に対して単純明快な解法を明らかにし、さらに、未だに必要な問題提案がなされていない様々な最適配置問題を新しく提案するとともに、そのそれぞれに対して有効な解法を明らかにする。

 本論文は、序章・終章を除き合計8章で構成される。1章では、2章から8章の内容を含む最適配置問題の全容を体系的に明らかにする。2章から8章の各章は、全てそれぞれ異なる最適配置問題を対象としている。それらはそれぞれ比較的独立した一つの論文しても成立するように構成されており、各章毎にその成果をまとめ、今後の展望を述べている。さらに終章では本論全体の成果を簡単に要約するとともに、今後の発展的な研究の可能性について述べている。

 ・第1章では、連続空間における最適配置問題について、既往の最適配置問題、および本論で新しく提案される最適配置問題の全てを、体系的かつその歴史に則しながら簡明に解説する。その目的は、第2章以降に本論で新たに提案される多数の最適配置問題とそれぞれの解法の客観的な位置づけを明らかにすることにある。

 ・第2章では、多点ウェーバー問題や多点ミニマックス問題を含む基本的配置問題に対する単純明快な解法を明らかにする。多点ウェーバー問題やミニマックス問題を含むより一般的な最適配置問題として、距離の羃乗の総和を最小とする施設配置を求める最適配置問題を提起し、その問題に対して、確率的降下法と確率近似法を応用した新しい解法を提案する。

 ・第3章では、第2章で解法を明らかにした最適配置問題の簡単なバリエーションとして、既存施設を含む条件付きの最適配置問題、マンハッタン距離における最適配置問題、最大距離を制約とする最適配置問題、合計3題の最適配置問題を提起し、それらの解法を明らかにする。

 ・第4章では、複数の施設で複数のサービスを提供する施設群のサービスシステムについて、これまで提案されていた「階級的なサービスシステム」よりもさらに一般的なシステム・モデルとして「多層的なサービスシステム」を提案する。そのようなサービスシステムを有する施設群に対して、移動費用の総和を最小とする施設配置を求める最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。また、ここでは配置問題の解法を明らかにすると同時に、最適配置を求めるに当たって対象領域内に最適配置が定まるためのシステム構成の必要条件を明らかにする。その一例として産廃処理施設のような一般に忌避されるサービスであっても多層的なサービスシステムを構成することによって最適配置問題が成立する場合のあることが明らかにされる。

 ・第5章では、施設の供給容量が厳密に規定されている場合の最適配置問題に対してその解法を明らかにする。たとえば避難施設の配置計画など、供給容量に一致する需要点の割り当てが必要な施設の配置問題が想定される。まず、この問題を解くに当たって最小化すべき指標の選定に関する議論を行い、距離の2乗和が最小化すべき指標として妥当であるとの結論を導く。次にそのような問題設定を前提として、距離の二乗和を最小化する施設配置と需要点の割り当てを求める最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。

 ・第6章では、対象を消防施設の配置計画に特定し、火災が発生した場合に予測される焼失面積を最小とする最適配置問題を提案し、その解法を示す。消防施設の配置問題は、非常に重要な都市計画上の課題である。しかし消防に関してはそのサービスシステムが非常に複雑であることに起因して、最適配置についての十分な研究は行われていない。本章では、延焼シミュレーションの研究で蓄積がある延焼の速度式と消防力のモデルを応用し、焼失面積の期待値を最小化する最適配置問題を提起して、その解法を明らかにする。

 ・第7章では、空間相互作用モデルを応用した新しい最適配置問題の提案を行い、その解法を明らかにする。まず空間相互作用モデルに関する基本的諸概念を解説し、ロケーショナル・サープラスを最大化する最適配置問題など、最適配置問題に関係するその他の既往研究を概説する。次に「限界顕在需要量」という新しい概念を提起し、それを制約条件として、無制約型の空間相互作用モデルを用いて顕在需要の総和を最大化する新しい最適配置問題を提案してその解法を明らかにする。この配置問題は、施設の配置によって利用者数が弾力的に変動することをモデルに導入して、利用者数を最大化すべき指標として取り上げる最適配置問題である。

 ・第8章では、公平性に第一目的とする最適配置問題について述べる。施設配置で公平性を実現するための方法とその考え方を簡単に論じ、その後に公平性の指標に関する既往を解説する。本章では特に、利用距離とその平均距離の差の絶対値の総和を最小とする最適配置問題(MINIMAD Problem)について、連続空間での最適配置を求める解法を明らかにする。一点配置問題と多点配置問題それぞれについて解法を明らかにする。

 ・終章では、本論の結論を述べ、今後の発展的な研究課題とその可能性について論じる。またその最後には参考文献を併せて掲載する。

審査要旨

 本論文は都市空間における施設の最適配置問題を包括的に扱ったものである。最適配置問題は、施設の位置を離散空間で扱うものと連続空間で扱うものとに大別されるが、本論文は連続空間の問題を体系化したものである。連続空間の施設配置問題は非線形の最適解を求める問題で、厳密にその解を求めることはできない。そこでヒューリスティクな手法を用いるが、従来のアルゴリズムでは効率よく安定した収束点を求めることが困難である。本論文はニューラル・ネットワークの数理モデルを援用することにより、大域的な停留点に高速かつロバストに収束する新しい解法を提案している。

 最適配置問題はウェーバー問題とミニマックス問題を基本とするが、そこから派生したさまざまなヴァリエーションがある。本論文はそれらを体系化すると共に、その効率的な解法を示している。また、応用例を示すことによりモデルとしての有効性を検証している。

 論文は8章から成り、それに序章と終章が付けられている。

 序章は、研究の背景と目的の説明で、次いで論文の構成と用語の解説がある。

 第1章は、最適配置問題の体系化と、本論文で扱う問題の位置づけである。まず、歴史的に最適配置問題を考察し、1点配置問題から多点配置問題に展開する過程をウェーバー問題とミニマックス問題を主に解説している。次いで、本論で扱うさまざまな施設配置問題を説明し、その体系化を行っている。

 第2章は、最初に多点のウェーバー問題に関する既往研究を概説している。次いで、多点ウェーバー問題において距離の羃乗和を最小化する問題に対して、ニューラル・ネットワークで開発された確率的降下法を応用した新しい解法を提案している。この解法はランダムな順番の需要点に対して供給点を目的関数の値を減ずる方向に移動させる操作を繰り返すことにより、需要点を大局的な停留点に収束させるものである。その際に移動量を制御する学習係数の漸減の度合いの設定が収束の良否を決定するが、この過程は再帰的な漸化式で表現される。この漸化式に調整係数を導入したものは、移動費用が単調増加な関数に汎用的に適用でき、一般的に距離の羃乗和を最小化する問題に適用可能なものである。この解法と従来のK平均法と性能比較を行い、その有効性を確かめている。また、ケーススタディとして目黒区の住区センターの最適配置を行っている。

 第3章は、多点配置問題から派生する問題に前述の解法を適用したもので、既存施設に新規施設を付加する場合、マンハッタン距離とした場合、最大距離に制限を設けた場合の最適配置問題を扱っている。

 第4章は、多層的なサービスシステムを想定した場合の最適配置問題である。多層的なサービスシステムとは、複数の施設がある場合に各施設によりそのサービス内容が異なるもので、各施設の需要量は確率的な割合として与えられる。この場合も確率的降下法を適用することにより効率よく各施設の位置を決定できることを示し、その例として目黒区の地区サービス事務所と行政サービス窓口の最適配置を論じている。

 第5章は、供給容量に制限がある場合の最適配置問題である。これは避難場所のように需要点の容量に制限がある場合の最適配置問題であるが、目的関数として距離の2乗和を最小とする割り当て方法を提案し、その解法を示している。

 第6章は、消防施設の最適配置問題である。火事の際の延焼速度モデルと消防力モデルはこれまでにいくつも提案されているが、いづれも火面周長を包囲するだけの消防力が準備された時点を鎮火としている。これは消火活動の実体とは異なる。そこで到着した消防隊はその消火力の範囲内で延焼をくい止めることができるという新しいモデルを作り、その条件下で延焼面積の期待値を最小とする消防施設の最適配置を提案している。

 第7章は、空間相互作用モデルを用いた最適配置問題である。先ず、空間相互作用モデルについて概説した後に、ロケーショナル・サープラスを最大化する最適配置問題に対する解法を示している。次いで、新しく限界顕在需要という概念を導入し、限界顕在需要を制約条件として顕在需要の総和を最大にする最適配置問題の解法を示している。

 第8章は、公平性を最大化する最適配置問題である。公平性を示す指標として利用距離と平均利用距離の差の総和を最小にする問題を設定し、その解法を示している。

 終章は、結論と今後の方向性である。本論文で明らかになった事項の整理をした後に、本論の結論と今後の方向性を示している。

 以上要するに、本論文は連続空間における最適配置問題をさまざまな観点から統合的に体系化したもので、それぞれについて新たなヒューリスティクな解法を示している。これらの解法はいずれもニューラル・ネットワークの手法を適用したもので、効率よくロバストに収束するものになっている。

 現代都市は施設の多様化に加えて機能の複合化が進み、施設の効率的な配置あるいは再配置の必要性が高まっているが、本論文はこれらの問題に対して汎用的でかつ実用的な解法を示したものとして高く評価できる。これは建築計画学、都市計画学の分野に新たな方法論を導入するもので、その意義は極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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