現在我が国では、高層建物のような高度な安全性能を要求される構造物に対しては、予測される地震動などを想定して、構造物の応答を計算して、入力地震動等に対して安全であるかどうかのチェックをしている。この応答計算を支配しているパラメータとして、固有周期、減衰定数、モード形状が挙げられ、これらのパラメータが実際設計値どおりになっているかどうかは、安全性のチェックが正しく行われているかどうかを左右する。高層建物の実測を行なうと、固有周期やモード形状は、実測値と設計値とほぼ同じ値が得られるのに対して、減衰定数は設計値と実測値が大きく異なる場合がほとんどである。現状では設計の際に、1次減衰定数を一律に2%、高次減衰定数は剛性比例型と与えているが、これではあまりにもおおざっぱであり、建物の特性を考慮に入れたような、より精度の高い減衰定数の予測式の構築は重要であると考えられる。 近年、減衰定数の予測の重要性が認知される様になり、様々な機関が、自由振動実験、強制振動実験、常時微動測定、地震観測、風観測等により、構造物の減衰定数の評価例を報告しており、これらの実測結果をまとめ、建物の振動特性の評価を統計的に行った研究がいくつか報告されている。しかし、これらの研究は採用しているデータの実験方法や解析方法が統一されていない上、実験、解析した時代、実験した機関、解析者なども当然様々なものが含まれる。減衰定数の実測結果は実測方法、評価方法などにより大きくばらつくと考えられ、また採用しているデータの質的なばらつきもあり、玉石混交といった感は否めない。 そこで、本論文ではこういったばらつきや誤差を極力減らすため、測定方法を常時微動測定、解析方法をRD法に統一し、24棟のS造の高層建物を対象に過去4年にわたり測定を行い、固有周期及び減衰定数を推定し、それらから予測式を提案することを目的とする。減衰定数の振幅依存性もまた、減衰定数の特性の1つであるが、常時微動測定に統一して得られる予測式は微動レベルのものであり、これをさらに構造設計の際に必要となる大振幅での値に変換する必要があるので、振幅依存性に関する既往の研究を整理することにより、大振幅への変換式を作成して、振幅依存性を含めた予測式の提案を行なう。 以下に各章の概要を述べる。 第1章では、研究の背景として、固有周期やモード形状といったパラメータに比べて減衰定数がいかに設計の際におおざっぱに設定しているかを示し、減衰定数の実測例も含めた既往の研究の整理を行なった。 第2章では、減衰定数の設定が実際応答に対してどの程度影響があるか検討を行なった。入力地震動は設計用入力地震動を用いて、構造物のモデルは基礎固定6質点系とし、固有周期が1秒、2秒、4秒、8秒のものに対して応答計算を行なった。設計で用いられている剛性比例型の場合と実測結果に近い一定型の場合でどのくらいの差が出るかを、最上層の最大応答加速度についてそれらの比によって検討した結果、固有周期が1秒の場合で1.2倍程度の差がでて、固有周期が2秒以上の場合で1.4から1.6倍程度の差がでる。また、1次減衰定数が設計で用いられている2%とした場合と実測結果の一番小さいケースの0.5%とした場合でどのくらいの差が出るかも同様に検討した結果、剛性比例型の場合で1.5から1.7倍程度の差がでて、一定型の場合で1.3から1.6倍の差がでた。 第3章では、方法や機関によって減衰定数の結果がどれくらい違うかを検討した。 まず、減衰定数の評価方法に関してはシミュレーション波形に適用した場合に設定値と大きく外れるものはないかまた外れるとしたらどのような場合か検討した。その結果、カーブフィット法、自己相関関数法、ハーフパワー法は、アンサンブル平均する一つの区間の長さによっては減衰定数を50%から100%程度も過大評価する場合があることがわかった。また、実測波形への適用において、過大評価を避けるにはアンサンブル平均する一つの区間の長さを固有周期の50倍程度以上の長さでちょうど固有周期の整数倍にすれば概ね10%程度の精度で評価できる事を示した。1次と2次の減衰定数では4つの方法どの方法でもほぼ等しい値を与えることがわかった。 同様に、強制振動実験で共振曲線を作成してハーフパワー法で減衰定数を評価したとき、理想的な共振曲線に対してピークでの振動数が少しづつずれた場合、減衰定数をどの程度過大評価するかを調べた。場合によっては100%以上の過大評価になることもあり、過去の実験結果の振動数刻みの取り方を調べてそれに沿った場合でも25%程度の過大評価もありえるのが分かった。 次に、過去約30年間の減衰定数の実測結果を収集して、これらのデータを方法や機関によって分類して、減衰定数の結果がどの程度違うかを検討した。 その結果、減衰定数の実測方法に関しては、大小関係はほぼ自由振動実験≒常時微動測定<強制振動実験となっている。強制振動実験が大きくなっているが、これは振動数刻みが荒い場合や固有振動数がきちんと捕らえられていない場合の過大評価のためと考えられる。また、振幅レベルを考えると常時微動測定が一番小さくなるはずであるが、自由振動とほぼ同じになっているが、これは方法によっては減衰定数を過大評価している場合があるためと考えられる。 常時微動測定の減衰定数評価方法別に比べた場合、大小関係はRD法<自己相関関数法=ハーフパワー法<カーブフィット法となっており、RD法が一番小さくなっている。これは、自己相関関数法、ハーフパワー法、カーブフィット法は、スペクトルのアンサンブル平均の取り方によって減衰定数を過大に評価する場合があるためと考えられる。 研究機関ごとに比較した場合、研究機関によってばらつき方も異なり、減衰定数の結果も機関によって多少の大小の差が見受けられる。 時代ごとの比較した場合、古い年代がばらつきが非常に大きく、回帰直線も大きめになっていた。 第4章では、測定方法を常時微動測定に、減衰定数評価方法をRD法に統一して、得られた減衰定数の傾向について検討した。 建物別の固有振動数と減衰定数の関係は、一定型、微増型、比例型、山形、谷型の5つのパターンに分類した場合、約7割までが一定型あるいは微増型に分類され、高次減衰定数は多くの場合1次減衰定数とほとんど同じが若干大きくなる様な傾向が見られた。 1次減衰定数に関しては従来十分に検討されていない変数を含め様々な変数との関係を調べた。固有振動数との関係は回帰直線でh1=0.956f1+0.566となり、従来の研究の結果に比べ傾きがやや大きくなったが同様な式が得られた。経年数との関係は竣工時などに行われた振動実験結果と比較してみると、経年とともに減衰定数も増大する傾向が見られる。支持地盤種を上部東京層、下部東京層、東京れき層と分けた場合、1次減衰定数は東京れき層のものが全体的に大きめのものが多く、回帰直線も他の場合に比べて大きくなっていた。また、許容地耐力と1次減衰定数の関係は許容地耐力が大きいほど減衰定数は小さくなる傾向が見られた。基礎底深さまでの地盤の平均せん断弾性剛性との関係は顕著な傾向は見られず、許容地耐力の傾向とあわせて考えると、基礎底直下の地盤の硬さの方が基礎測方の地盤の硬さよりも1次減衰定数の大きさに影響を与えると考えられる。アスペクト比との関係はアスペクト比が大きいほど1次減衰定数は小さくなっており、特にアスペクト比が5以上のものは小さな値を取っている。耐力壁と1次減衰定数の関係は、耐力壁の種類毎に回帰直線を求めた場合、耐力壁のないものが減衰定数が大きなところに分布しており、耐震壁の多さの割合を示した耐震壁率との関係は、耐震壁率が大きいほど減衰定数は小さくなり、これは、耐力壁の形式で分けたときに耐力壁のないものが比較的大きくなっていたのに対応する。単位面積当たりの柱の本数との関係は右下がりの傾向が見られ、耐震壁率と同様に構造要素の密度が大きくなるに従い減衰が小さくなっている。また、接合部をボルト接合と溶接で分けた場合、溶接である割合を表わした溶接率との関係は、溶接率が大きいほど減衰定数は小さくなり、ボルト接合の方が摩擦要素が多くなり減衰定数も大きくなると思われる。 これらの検討した変数を対象に変数増減法により1次減衰定数の重回帰式を求めた結果、採用された変数はアスペクト比、長期許容応力度、耐震壁率、支持地盤種、単位面積当たりの柱の本数、1次固有振動数で、実測値と予測値の比較では固有振動数のみで求めたときより、多変数で求めた場合の方が大幅に改善された。 高次減衰定数は隣り合う次数の減衰定数の比である減衰定数比に着目した場合、2次/1次は平均値は1.3であり、3次/2次は平均値は1.5であった。また、1次減衰定数と2次減衰定数の関係はh2=0.873h1+0.301、2次減衰定数と3次減衰定数の関係はh3=0.440h2+0.993という回帰式で表わされて、減衰定数比の平均値と考え合わせると2次減衰定数は1次減衰定数より、3次減衰定数は2次減衰定数より若干大きくなっているといえる。 第5章では、まずSRモデルによってスウェイやロッキングのばねや重量を変化させた場合、減衰定数がどのように変化するか見た。その結果、ロッキングのばねの変化に減衰定数は大きく影響されて、これは実測結果と対応している。次に、減衰定数の振幅依存性について調べた研究を取りまとめて、減衰定数の振幅依存性の変換式を提案した。既往の実験結果を調べるとある振幅に達すると減衰定数は頭打ちになるような傾向が見られた。この振幅依存性の式と4章で提案した重回帰式を組み合わせる事で、振幅依存性も含めた減衰定数の予測式を提案した。 |