学位論文要旨



No 113326
著者(漢字) 吉澤,望
著者(英字)
著者(カナ) ヨシザワ,ノゾム
標題(和) 光・照明環境の認識と構築に関する研究 : 光の量・質・存在に着目して
標題(洋)
報告番号 113326
報告番号 甲13326
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4044号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
内容要旨

 光環境を作り出す要素として自然光だけを考えていれば良かった頃は光環境を作り出す上においての主役は明らかに建築設計者であったといえよう。それに対して人工照明が隆盛を極めている現代においては、電気設備設計者にはじまり、照明器具をデザインする照明器具デザイナー、さらには照明空間自体のデザインを担当する照明デザイナー、さらには照明に関する様々な研究者の存在など、実に様々な人々が多様な形で照明環境構築に関わってきている。建築家のみで巨大な空間の照明環境をすべてコントロールするにはいまや不可能と言ってよく、豊かな環境を創ろうとした場合、こうしたさまざまな分野間でバランスよく連携していくことは、非常に重要なことである。しかしながら実際にはこの異なる分野間での意思の疎通といった面では現在は未だばらばらになっている状況であり、細かくは以下に挙げるような問題点を見いだすことができる。

 一つには、1)照明研究サイドから見た場合、最近の研究成果というものがなかなか実際の照明デザインの上で利用されていない。特に建築設計の上では深刻であるが、これは設計側の勉強不足ということもあろうが、照明環境に対する設計者の意識・着目点さらには設計者の使う言葉自体に、より注意を払ってこなかったという研究者サイドの問題も大きいでと思われる。

 次に、2)照明の専門家と建築設計者及びユーザーとの間の意識の差が挙げられる。従来、照明デザイナーおよび研究者の間では十分な交流があったとは言えないにせよ、例えば白熱系の電球を多用した明暗のある照明空間を双方とも重視するといったことに見られるように、その価値基準にはある一定の共通する面を感じとることができた。それに対して建築設計者あるいは一般ユーザーは場合によっては明るく均一な照明空間を好む場合も多いといったように、好む対象や価値基準に差異が生じていることが多い。

 本研究では以上のような問題点を背景として、照明デザイナー・照明研究者・建築設計者・設備設計者・一般ユーザーの各グループを取り上げ、それぞれの照明環境に対する意識ひいては着目点を明らかにし、その差異と共通点を明確にしていくことを目的とする。その際アンケート調査とともに、面接調査を通して照明環境を形容・表現する際に使う言葉に着目しつつ分析を進める。またその考察の際に光・照明環境を3つの水準でかんがえることによりそれぞれの属性の位置づけを明確にしていくことを試みた。

 異なる分野間の意識の共通点を明らかにすることによって、双方の意志の疎通を図ること、また逆に差異を比較しそこから得られるものを吸収することによってより豊かな照明環境を提案していくことが本研究の目的であり、最終的には各々の価値観や実感に根ざしたより豊かな居住環境の創出に資することを目的としている。

 第1章:序章では照明環境構築に様々な立場の人間が関わるようになった現状と、相互間に照明に対する意識の差異が感じられる問題点を指摘し、よって照明デザイナー・建築設計者・設備設計者・照明研究者および一般ユーザーの間の照明に対する意識の差を洗い出すことを目的とし、かつ現在のシステムの問題点の指摘とその解決の方向性の検討を行うことを目指していることを述べている。また光・照明という用語に対する本研究上での定義を行うとともに、照明に対する意識調査に関する既往研究と、光の認識に関わる既往研究・文献のうち本研究に関わるものに関してまとめ、本研究の立場を明確にしている。

 第2章:光・照明環境の認識論では以下の研究を進めるにあたりまず光・照明環境がどのように水準に分類できるのかを、過去の環境工学の流れ、光の認識調査、他分野特に視覚心理と美術の世界の例、及び過去の建築家の知見を参考に整理した。具体的には環境工学における照明研究においては元来は作業空間における明視性を確保するために必要な照明環境を提案することから始まっていたが、次第により質の高い照明環境を扱うようになったこと、つまり、光の量から質への研究対象の変換が行われてきたこと、ただしどちらにおいても光はあくまでものを照らし出すためのものとしての立場に留まっていたことを述べている。次にはより光そのものの認識に視点をおいた研究を紹介し、特に豊かな機能のみではない照明環境を考えた場合には光そのものへの視座が書かせないことを述べ、そうした知見を基に実際の光の認識に関して行った2つの調査に関してまとめた。双方ともに光をテーマにした写真とその写真に対するコメントあるいは形容語を基に数量化3類をおこない、光の分類を試みている。結果としては機能光・雰囲気光・光自体・光そのものの4グループに分割することができた。最後に他の分野特に美術・視覚心理および建築意匠の分野で光というものがどのように捉えられているかまとめ水準の分類の参考にした。以上の結果光・照明を「量・機能主体の光」「質・雰囲気重視の光」「存在が感じられる光」の3水準に分割することができた。

 第3章:実際の光・照明環境に対する認識調査では実際に照明デザイナー・建築設計者・照明研究者・設備設計者・一般ユーザーが照明に対してどのような認識を抱いているのかを一般ユーザー・照明関係者に対して行ったアンケート調査、認知マップおよびエレメント想起法を参考に行った実地調査、および照明デザイナー・建築設計者・照明研究者・設備設計者の4者に対して行ったインタビュー調査を通して分析を行った。アンケート調査においては特に一般ユーザーと照明デザイナーとの間の照明に対する意識の違いに着目したが、それは照明光色のイメージの差、さらにはグレアに対する認知度の差として現れた。次の渋谷を舞台にした調査では学生10名には面接調査により渋谷の照明情報を想起させ、アンケート調査においてはエレメント想起法を応用して渋谷の照明要素とその形容語を挙げさせた。ここでも研究者・技術者系と意匠系との差が明らかになった。意匠系は具体的なデザイン器具や方法などにより多く着目した。最後のインタビュー調査ではそれぞれの職種3・4名ずつインタビューを行い、前半は写真26枚を提示しその写真に写っている照明環境について自由な発話を要求した。後半は設計プロセスの中でどのような相手と言葉を交わすのかをきき、それぞれの場合に照度・輝度をはじめとする環境工学的用語を使用するかどうかを確認した。まず前半の写真を用いた調査の結果としては、人*項目のデータから対応分析に持ち込んだ所、コスト・メンテナンス用語などをよく使う設備系から存在・コンセプト等の用語もちいる照明デザイン・建築設計系への流れを読みとることができた。これらの結果から各属性間の位置づけを行ったが、これは第2章の光の分類に即した結果、機能光に着目する設備系から存在を感じられる光を重視する建築設計・照明デザイン系へのながれを図式化することができた。他の研究者などはその中間に位置していると言える。また一般ユーザーもアンケート結果の明るさを好みグレアなどへの認知度の低いことからして機能光を重視するグループに入るものと思われた。

 第4章:一般ユーザーの意識の現状と問題点では第3章のアンケート調査を受け、一般ユーザーの照明環境構築への関わりの課題点を論ずるとともに、実際の照明環境構築の中で施主としての立場の場合に関して論じた。照明環境構築においてユーザーの実感をもとにするか、より啓蒙的に動くかは難しいところであるが、すくなくともユーザーがグレアに対しては特に不快に感ずることは少ないという事実はデザイナーとしてより把握する必要があるという結論を得た。

 第5章:光環境構築の現状と今後の改善策の提案では現在の光・照明環境構築のシステムに関してインタビュー調査などをもとにまとめるとともに、現在のシステムにおける問題点と改善案を論じた。照明デザイナー+建築設計者+設備設計者がくむ場合は問題がないが建築設計者+設備設計者の場合は明視性のみを重視した照明環境になりやすかったり設計者が照明に疎い場合は様々な問題が起きる点が問題になり、今後の解決策として、研究サイドからはより設計者が利用する言葉を用いた照明環境構築方法の提案を行った。

 第6章では今までのまとめをおこない、さらにこれからの照明研究の可能性に関して論じている。

審査要旨

 本論文は、「光・照明環境の認識と構築に関する研究-光の量・質・存在に着目して」と題し、光・照明環境構築の際、異なる職種・属性間での意思の疎通が充分ではないという問題点を背景として、光・照明環境構築の上での重要な職種・属性と考えられる建築設計者・照明デザイナー・設備設計者・照明研究者・一般ユーザーに注目し、それぞれの照明環境に対する認識を明らかにし、その差異と共通点を明確にしていくことで、より豊かな光・照明環境の構築に資することを目指したものであり、5章から構成されている。

 第1章「序章」では、本研究の背景と目的を述べ、研究の構成と用語に関する定義に関して説明すると共に、既往研究の紹介とその中での本研究の位置づけに関して論じている。

 第2章「光の認識論」では、光自体の捉え方に関する検討を行っている。光・照明環境認識の職種・属性間の差異を扱う前に、まず、光がどのように捉えられ得るのかを、物理学的アプローチと現象学的アプローチに分け、物理・視覚理論の中での光の扱いと美術の分野での実例を示している。次に、建築研究分野における光の扱い、すなわち光がものを照らし出すための物理的存在として捉えられてきた環境工学分野、光そのものをより現象学的に扱ってきた建築計画分野とを対比させ、また、実際の建築設計者の知見と作品例から光に対する視座を導いている。さらに、一般の被験者を対象に光の認識に関する2つの調査を行い、光の捉え方を整理している。以上をまとめ、光・照明環境構築を問題にしていく上での光の捉え方を「量主体の光」「質重視の光」「存在が感じられる光」の3水準に分割している。

 第3章「実際の光・照明環境に対する認識調査」では、各職種・属性間の光・照明環境認識に対する志向性の差異に関して調査を行っている。まず、一般ユーザーと照明デザイナーとの間の照明に対する認識の違いに着目したアンケート調査により、特に照明光色のイメージの差、およびグレアに対する認知度の差を導いている。次に、同様の観点からの実地調査により、建築設計者・照明デザイナーは質重視の光・照明環境に視点が傾いていること、それに対して照明研究者・設備設計者は量主体の光・照明環境により着目していることを明らかにしている。さらに、照明専門家のみに対して行ったインタビュー調査により、コスト・メンテナンス用語などをよく使う設備設計者と、設計意図・コンセプト等の用語をより多く用いる照明デザイナー・建築設計者の違いを明らかにしている。以上の3調査の結果から各属性間の位置づけを行い、前章での光の3分類と対応させた結果として、量主体の光に着目する設備設計者から質重視の光により着目する建築設計者・照明デザイナーへの流れを図式化している。また、照明研究者はその中間に位置していることを示し、一般ユーザーに関しては、より照明研究者・設備設計者の認識に近いという結果が得られていることから、量主体の光認識への志向性が高いと結論づけている。

 第4章「光環境構築の現状と今後-属性間の差異の比較を通して」では、光・照明環境に対する認識の志向性の差異の内容に関してより詳細に検討し、現在の照明環境の問題点を探ると同時に、照明環境構築の今後に関する考察と提案を加えている。特に、一般ユーザーの認識に関しては、明るければ良いとする態度とグレアに対する認知度の低さ、および照明デザイナーとの差異の大きさを明らかにし、一般ユーザーがグレアに対しては不快に感ずることがかなり少ないという事実に関しては、設計サイドとしてより把握する必要があるという結論を導いている。

 第4章の後半では「光・照明環境設計の現状と今後」と題して、建築設計者・照明デザイナー・設備設計者・照明研究者間の照明認識の違い、特に光・照明環境を捉える際のパラメータの違いに着目し、各属性間の違いをより詳細に捉えることと、職種相互間の意志の疎通のための補助手段とすることを目的とし、対象空間を人工光を用いた建築空間内に限った形ではあるが表形式にまとめている。これは、設計意図に対して各属性の実現手段をそれぞれ対応させたものであり、属性間の違いをより詳細に表現するとともに、実際の光・照明環境設計における補助手段としても役立てることが可能なものである。

 第5章「終章」では各章ごとの結論をまとめ、さらに今後の光・照明環境に関して、本研究の意義と絡ませて論じている。

 光・照明環境においては量的側面、質的側面の両面が共に存在しているが、本研究では、光を質・量・存在という3分類で図式化することによって、光・照明環境の構築における問題点を明確にしている。また、その図式化のもとで、建築設計者・照明デザイナー・設備設計者・照明研究者間の照明認識の違いを明示し、光・照明環境構築における職種相互間の意志の疎通のための方法論を提案している。この成果は、建築環境学のみならず今後の光・照明環境設計においても寄与するところが大きいと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54004