学位論文要旨



No 113327
著者(漢字) 李,善永
著者(英字)
著者(カナ) リ,ソンヨン
標題(和) 住宅居間における明るさの分布の影響と好ましい照度バランスに関する研究
標題(洋)
報告番号 113327
報告番号 甲13327
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4045号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 橘,秀樹
内容要旨

 新しい時代の住居のあり方が関心をもたれている中、住宅のなかで重要な役割を担う照明についても、快適性への要求が強くなってきている。住宅照明の適正な明るさにおける物の見えやすさの他に、高齢者のための照明や省エネルギー等を考慮しなければならないが、生活の質的な向上、生活様式の多様化・個性化を背景として、一つの目的のためのものではなく、どんな目的にも応じられる心理的な快適性への配慮も重要になっている。とくに、リビングルームは、住宅の中で最も多目的に使用される部屋であることから、本研究の対象とした。

 本研究は、住宅の照明環境に関する好ましい計画条件を提案することを目標とし、明るさの分布が心理評価に及ぼす影響と、各生活行為に好ましい照度バランスを明らかにしようとしたものである。明るさの分布の影響については、照明方式による明るさの分布と評価者の位置を考慮した場合の明るさの分布が心理に与える影響を明らかにしていく。また、好ましい照度バランスについては、室内の主要な各面の好ましい照度あるいは照度比を明らかにし、使用しやすい設計推奨値という形でまとめていく。そして、本研究では、住宅の中で最も多目的に使用され核をなすという意味で、居間を対象とした。

 以下、各章について概説する。

 第1章「序論」では、本研究の背景として、住宅の照明環境の現状と本研究の必要性を明らかにするとともに、関連分野における既往研究について述べ、本研究の位置づけを行った。

 第2章は、住宅の照明環境における様々な評価実験に先立った本研究においての予備調査段階に該当する。まず、アンケート調査を行うことによって住宅の照明環境に対する人々の意識を考察した。その後、レパートリーグリッド手法による面接調査を行い、一般の人々がどんな観点からどのように住宅の照明環境を評価しているか、すなわち住宅居間の照明環境における人の評価構造モデルを作成することにより、照明(物理的要因)と雰囲気(心理的要因)との関係を定性的に分析した。さらに、この評価モデルに基づいて、本研究での心理評価実験に用いる評価尺度の選定を行った。住宅の照明環境に関する人々の意識を考察した結果、以下のことが明らかになった。

 ・室内環境の快適において、照明に対してはあまり関心が持っていない。

 ・従来、好ましい照明環境というのは明るい環境であったが、生活様式と経済水準が向上することによって、ただ明るい照明環境だけではなくて、多様な雰囲気と生活行為に対応できる照明に移行している。

 ・照明を最も重視する部屋は「居間」である。

 ・住宅の照明環境に関する実態と意識には大きな差が存在していることが確認でき、住宅照明の実状には居住者が意識している好ましい照明環境のイメージが反映されていない。

 次に、全被験者を単位とする定性的評価構造モデルを作成した結果、以下のことが明らかになった。

 ・住宅居間の照明環境は、「明るさ」、「明るさの分布」、「光源の特性」、「照明器具」、「照明手法」の、大きく五つの観点から評価されている。

 ・住宅の照明環境は、明るさの分布に大きな重きが置かれている。

 第3章では、照明方式による明るさの分布が心理に及ぼす影響と生活行為と不均一さの関係を明らかにするため、1/10縮尺模型を用いた印象評価実験を行った。まず、局部照明とコントラスト(局部照明エリアの輝度に対する全般照明エリアの輝度比)による明るさの分布が及ぼす影響について考察した結果、以下のことが明らかになった。

 ・まず、因子分析の結果、「活動性」「変化性」「調和性」の、雰囲気の因子軸と「作業行為」「団らん行為」「くつろぐ行為」の、生活行為の因子軸が抽出された。

 ・雰囲気について、「活動性」はコントラストの主効果のみが有意でコントラストが小さくなると「活動性」の評価が高くなる。「変化性」と「調和性」は局部照明の主効果のみが有意で、ダウンライトで壁を照明すると「変化性」と「調和性」の評価が高くなる。

 ・生活行為については、ほとんどの生活行為でコントラストの主効果のみが有意で、コントラストが小さくなることによって「作業行為」と「団らん行為」の評価が高くなる。また、「くつろぐ行為」は、コントラストが中間である場合が最も評価が高くなる。局部照明の主効果は「作業行為」で大きく見られて、テーブル面を照明するペンダントライトが最もふさわしい。

 次に、水平面上の平均照度を同一にすることによって明るさの影響を制御した上で、印象評価実験を行い、生活行為と明るさの分布の関係を明らかにした結果、以下のことが明らかになった。

 ・「パーティをする」行為と「一人でくつろぐ」行為は不均一照明がふさわしい。また、「新聞・本を読む」行為と「家族で団らん」行為は均一照明がふさわしい。

 ・不均一さが大きい照明環境ほど活気のある、変化のある、高級な、について評価が高い雰囲気になる。また、均一照明は調和のとれた、秩序のあるの、について評価が高い雰囲気である。

 第4章では、室内各面の間の照度比として、自分の居る場所(以下、テーブル面と言う)とその周辺の間の照度比による明るさの分布の影響を明るさとともに把握するため、明るさと明るさの分布を要因とした印象評価実験を行った。その結果、自分のいる所が明るくてその周辺が暗い分布より自分のいる所は暗くてその周辺が明るい分布で落ち着き性の評価が高くなること、自分のいる所とその周辺の明るさが同一な分布で均一性の評価が高くなることが明らかになった。しかし、開放的な、楽しい等の「活動性」雰囲気は、明るさの影響がかなり大きい項目で、明るさの分布だけでは説明できないことが明らかになった。

 さらに、縮尺模型の有効性について考察を行った結果、縮尺模型を印象評価実験に用いる有効性が検証された。また、生活行為に好ましい照度値を明らかにする調光実験を行い、縮尺模型の有効性を考察した結果、得られた照度値の各生活行為間の関係は、模型空間と実大空間の間で安定しており、縮尺模型の相対的な結果は有効であるが、縮尺模型実験の絶対値(照度値)の扱いに関しては、一般化できないことが明らかになった。よって次章から行う照度バランスに関する研究では、設計指針として照度値をまとめることを目的としているので、実大実験を用いることにした。

 第5章では、照明分布の違いによる好ましい水平面照度(以下、テーブル面照度と言う)と生活行為の関係をあきらかにし、テーブル面照度の推奨値をまとめた。さらに、得られた結果に基づいて、第6章と第7章の実験に用いるパラメータとしてテーブル面照度を決めた。

 テーブル面とその周辺の明るさが同一に変化する均一照明の場合、生活行為によって受け入れられる明るさの値が異なること、「パーティをする」と「一人でくつろぐ」生活行為は、明るさに対する個人差が大きい行為であるのが明らかになった。さらに、好ましいテーブル面照度の許容範囲(照度の対数軸上での最適/下限)は、「パーティをする」と「一人でくつろぎ」行為が5倍、「新聞・本を読む」と「家族で団らん」行為が3倍である。

 テーブル面とその周辺の明るさが不均一な照明の場合、「一人でくつろぐ」行為を除けば、生活行為に関係なく好ましいテーブル面照度がほぼ同一になること、明るさの許容範囲が均一照明より狭くなる傾向が見られた。これらの傾向は、全般照明による不均一照明よりテーブル面の周辺がもっと暗くなる、局部照明のみによる不均一照明の条件で著しかった。

 以上のことから、好ましいテーブル面照度は、その周辺の明るさの影響を受けていることが明らかになった。つまり、均一水平面照度の環境では受け入れられる明るさであっても、局部照明のみによる不均一照明では、部屋の周辺部が暗くなることによって、受け入れられなくなると考えられる。

 第6章では、第5章で得られたテーブル面照度をパラメータとして、テーブル面照度に対する好ましい床面の隅角部照度の関係を明らかにし、設計のための推奨値をまとめた。

 テーブル面照度の対数に対する床面の隅角部照度の対数の関係は、直線の勾配を指数とする累乗の関係で表され、「パーティをする」行為を除けば、「新聞・本を読む」「家族で団らん」「一人でくつろぐ」行為の直線はほとんど平行で、その勾配は約0.5〜0.6であり、「パーティをする」行為の場合は1である。すなわち、テーブル面照度に対する好ましい床面の隅角部照度は、累乗の関係にあることが明らかになった。

 また、テーブル面照度を設定せず、テーブル面照度とその周辺照度、両方を調光することによって、生活行為と照度分布の関係を考察した結果、明るさの分布については、「新聞・本を読む」「一人でくつろぐ」行為が個人差が大きい行為であること、明るさについては、「パーティをする」と「一人でくつろぐ」行為が、個人差が大きい行為である、ことが明らかになった。また、多人数でする行為である「パーティをする」と「家族で団らん」行為は、均一水平面照度分布が好まれること、一人でする行為である「新聞・本を読む」と「一人でくつろぎ」の行為は、不均一水平面照度分布が好まれること、が明らかになった。

 第7章では、均一照明と不均一照明の場合の、テーブル面照度に対する好ましい壁面照度の関係を明らかにし、テーブル面の周辺の明るさが壁面照度に及ぼす影響について考察を行った。さらに、壁面照度の推奨値をまとめた。

 均一照明の場合、テーブル面照度に対する壁面照度の関係の指数は、評価区分や生活行為によって多少異なるが、上限よりも下限が、生活行為の中では特に「一人でくつろぐ」行為の方が大きいが、下限値の場合を除けば、各生活行為に対する上限や最適の直線群はほとんど平行で、約0.1〜0.3である。すなわち、テーブル面照度に対する壁面照度は累乗の関係にあることが明らかになった。推奨値の一例を示せば、テーブル面照度を400lxにする場合の、「家族で団らん」行為の壁面照度の好適値は820lx、良好値は1230〜410lxである。

 不均一照明の場合も、テーブル面照度に対する壁面照度は、ほぼ直線上に並び、累乗の関係で示されるが、下限値の場合を除けば、約0〜0.1でかなり小さい。つまり、壁面照度(上限と最適値)は、いずれの水平面照度においてほぼ同一な照度値になる傾向が見られた。このことは、テーブル面の周辺が暗い不均一照明の場合、壁面照度はテーブル面照度の影響が小さくて、周辺の暗さに対して一定の照度値が要求されると考えられる。

 推奨値の一例を示せば、「新聞・本を読む」行為の好適値は1100lx、「パーティをする」行為の場合は970lx、「家族で団らん」行為の場合は1030lx、「一人でくつろぐ」行為の場合は830lxである。

 第8章「結論」では、第2章から第7章までで得られた知見についてまとめ、それらをもとに、各生活行為に好ましい明るさの分布の特徴を考察した。

 以上、本研究により、住宅居間を対象として、明るさの分布が及ぼす影響と各生活行為に好ましい照度バランスを定量的に明らかにして、設計のために必要な推奨値を明らかにすることができた。さらに、本研究の結果は、実際の住宅照明の設計に広く活用することができる。また、さまざまな生活行為と雰囲気に応じた明るさの分布を明らかにし、設計のため有効性のある推奨値をまとめることによって、雰囲気演出と省エネルギー効果を両立することができると考える。

審査要旨

 本論文は、「住宅居間における明るさの分布の影響と好ましい照度バランスに関する研究」と題し、住宅の照明環境に関する好ましい設計条件を提案することを目標に、明るさの分布が心理評価に及ぼす影響と、各生活行為に好ましい照度バランスを明らかにしようとしたものであり、8章から構成されている。

 第1章では、本研究の背景として住宅の照明環境の現状と本研究の必要性を明らかにするとともに、関連分野における既往研究について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 第2章では、アンケート調査による住宅の照明環境に対する人々の意識、面接調査による住宅の照明環境の評価の観点などの成果から、住宅居間の照明環境における人の評価構造モデルを作成し、照明という物理的要因と雰囲気という心理的要因との関係を定性的に分析している。さらに、この評価モデルに基づき、3章以下の実験に用いる評価尺度の選定を行っている。

 第3章では、照明方式による明るさの分布が心理に及ぼす影響、生活行為と不均一さの関係を明らかにするため、1/10縮尺模型を用いた印象評価実験を行い、まず、局部照明とコントラスト(局部照明エリアの輝度に対する全般照明エリアの輝度比)による明るさの分布が及ぼす影響について考察している。次に、水平面上の平均照度を同一にすることによって、明るさの影響を制御した上での印象評価実験を行い、各生活行為と明るさの分布の関係を明らかにしている。

 第4章では、室内各面の間、すなわち自分の居る場所とその周辺の間の照度比による明るさの分布の影響を把握するため、明るさと明るさの分布を要因とした印象評価実験を行っている。さらに、生活行為に好ましい照度値を明らかにする調光実験を行い、縮尺模型の有効性を考察した結果、得られた照度値の各生活行為間の関係は、模型空間と実大空間の間で安定しており、縮尺模型の相対的な結果は有効であるが、縮尺模型実験の絶対値の扱いに関しては一般化できないことを明らかにし、5章以下の実験で実大実験を用いることの根拠を導いている。

 第5章では、照明方式の違いによる自分の居る場所の水平面照度(以下、テーブル面照度とする)と生活行為の関係を明らかにし、テーブル面照度の推奨値をまとめている。また、好ましいテーブル面照度はその周辺の明るさの影響を受けていること、すなわち均一水平面照度の環境では受け入れられる明るさであっても、局部照明のみによる不均一照明では、部屋の周辺部が暗くなることによって受け入れられなくなるということを導いている。さらに、得られた結果に基づいて、6章以下の実験に用いるパラメータとしてのテーブル面照度を決めている。

 第6章では、テーブル面照度をパラメータとしてテーブル面照度に対する好ましい床面の隅角部照度の関係を明らかにし、設計のための推奨値をまとめている。まず、テーブル面照度に対する好ましい床面の隅角部照度は累乗の関係にあることを明らかにしている。次に、テーブル面照度を設定せずテーブル面照度とその周辺照度の両方を調光することによって、生活行為と照度分布の関係を考察し、明るさの分布・明るさについて、個人差が大きい行為を例示している。また、多人数でする行為は均一水平面照度分布が好まれること、一人でする行為は不均一水平面照度分布が好まれることなどを明らかにしている。

 第7章では、まず、均一照明の場合、テーブル面照度に対する好ましい壁面照度との間にほぼ累乗の関係があることを示し、一方、不均一照明の場合、壁面照度の上限値と最適値がいずれの水平面照度においてもほぼ同一の照度値になる傾向を見いだし、特にテーブル面の周辺が暗い不均一照明の場合、壁面照度はテーブル面照度の影響が小さく、周辺の暗さに対して一定の照度値が要求されることを導いている。さらに、各生活行為毎に好適値、良好値という形式で壁面照度の推奨値をまとめている。

 第8章では、本研究で得られた知見についてまとめ、各生活行為に好ましい明るさの分布の特徴を示し、それらをもとに、今後の住宅の照明設計への提案を行っている。

 以上のように、本研究は、住宅居間を対象として、照明方式による明るさの分布と評価者の位置を考慮した場合の明るさの分布が居住者に与える心理的影響、および各生活行為に対する室内の主要な各面における好ましい照度バランスを定量的に明らかにして、照明設計のために有効な推奨値をまとめたものである。この成果は、建築環境学のみならず照明設計という実務面においても寄与するところが大きいと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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