学位論文要旨



No 113329
著者(漢字) 呉,相勲
著者(英字)
著者(カナ) オー,サンフン
標題(和) 柔剛混合形式接合部から成るエネルギー分散型多層骨組の耐震設計
標題(洋)
報告番号 113329
報告番号 甲13329
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4047号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨

 エネルギー論に基づいた耐震設計法では、地振動の荷重効果をエネルギー入力、構造物の抵抗をエネルギー吸収能力として捉えている。従って、構造物の耐震性は、地震(極限地震)によって構造物全体が吸収し得るエネルギーが地震による総エネルギーを上回るようにすることとして与えられる。従って、エネルギー論に基づく耐震極限設計法を確立させるためには、地震によるエネルギー入力の特性や構造物のエネルギー吸収能力に対する定量的な評価が必要である。

 地震により構造物へ入力される総エネルギーは、地振動が極めて不規則性の強い現象であることにも関わらず、主として構造物の総質量および一次固有周期に依存する非常に安定した量であることや総エネルギー入力は等価速度で表すことができ、等価速度の周期特性は短周期領域では周期に比例して増大し、長周期領域では周期によらずほぼ一定となるBi-linear型で表現できることが明らかになっている。

 特定の層に損傷を集中させることは、構造物の崩壊を早める原因となるが、各層でエネルギーを均等に配分して吸収すれば、各層に生じる損傷は少なくて済み耐震的に有利である。このような点に着目して、特定層に損傷集中をもたらす柱降伏型骨組よりは全体降伏メカニズムを有する梁降伏型骨組の方が耐震安全性、経済性から見て望ましいことが明らかにされている。しかし、梁降伏型骨組は柱より梁の耐力を小さくすることだけで実現できるものではなくスラブ拘束効果による梁耐力の上昇、斜め方向の地震入力による2軸応力などの影響により梁部材は相対的に柱部材より強くなる傾向があり、各層の梁部材でエネルギーを吸収させるための様々な制限条件により、構造設計の自由度が大きいものとはいい難い。

 従来の耐震設計法による梁降伏型骨組での実現性の問題、梁部材の塑性化による不安定要因などを除去し、耐震性の向上を図るための構造形式として、剛性の異なる部材を混在させた柔剛混合構造が考えられる。この構造形式は、主構造体(柔要素)に剛性の高いエネルギー吸収要素(剛要素)を装着することによって、地震による入力エネルギーの大半を塑性変形能力に富むエネルギー吸収要素で吸収することができる。柔剛混合構造形式では、主構造体は弾性に留まることにより通常の梁降伏型骨組での梁の塑性化による諸問題は解決でき、安定した骨組が得られる。

 今までの柔剛混合構造についての研究の多くは、意図的に特定層に損傷を集中させ、損傷集中層に設けたエネルギー吸収要素で地震入力エネルギーの大部分を吸収するようにした「エネルギー集中型柔剛混合構造」に関するものである。エネルギー集中型柔剛混合構造では、エネルギー吸収要素の塑性変形能力に対する負担が大きくなり、エネルギー吸収要素の終局エネルギー吸収能力を超えるエネルギーが入力された場合、骨組は非常に危険になる可能性が高いので、安全率を大きくする必要がある。反面、エネルギー吸収要素を各層に配置し、地震入力エネルギーを各層のエネルギー吸収要素で分散吸収するような構造設計が行われれば、エネルギー吸収要素の塑性変形能力に対する負担も軽減し、耐震性の向上も期待できる。エネルギー分散型柔剛混合構造の効率を高めるためには次の前提条件について工夫する必要がある。

 1.地震入力エネルギーによる損傷を各層・各部材で均等に分散して吸収できる構造形式

 2.エネルギー吸収要素が十分な塑性歪エネルギーを吸収したときにも弾性に留まるための大きい弾性変形量を持つ柔要素の設計

 3.各層の要求耐力(例えば、最適降伏せん断力係数分布)に応じて簡単に設計でき、剛性が高く十分なエネルギー吸収能力を持つエネルギー吸収要素(剛要素)

 各層の梁端部にエネルギー吸収要素を設け、入力エネルギーの大部分を吸収するようにした場合、梁部材はエネルギーを吸収する必要がなく弾性に留まることができる。この構造形式は、主構造体は弾性に留り、塑性変形能力に優れているエネルギー吸収要素でエネルギーを吸収することにより、従来の梁降伏型骨組での梁の塑性化に伴う不安定要素を排除することができると共に、主構造体は鉛直荷重のみに対する設計が可能となる。

 柔要素の設計においては、弾性変形の大きい柔要素を得るために部材の細長比を大きくして設計することが現状である。しかし、部材の細長比のみを大きくすると、柱の全体座屈、梁部材の横座屈による耐力の低下、高層になった場合の鉛直荷重を支えるための必要断面積などの制限により細長比の調整によって弾性変形を大きくするのは限界がある。部材の細長比に対する負担を軽減し、弾性変形量の大きい柔要素を得るためには接合部をピンに近い半剛接にすることにより、主構造体の剛性を小さくすることが考えられる。

 なお、極震によるエネルギーの大半はエネルギー吸収要素で吸収されるので、十分なエネルギー吸収能力を持つエネルギー吸収要素はこの構造形式において耐震上最も重要である。エネルギー分散型骨組では各層にエネルギー吸収要素を分散配置し、各層の耐力はエネルギー吸収要素の耐力によって決められる。この場合、特定層に損傷を集中させないためには高さ方向の耐力分布が重要であり、各層のエネルギー吸収要素は各層の耐力分布に応じてある程度正確に設計しなければならない。そのためには、エネルギー分散型柔剛混合構造においてのエネルギー吸収要素は応力集中が起りにくい形状を持ち、要求性能に応じて簡単に設計できるものにする必要がある。鋼板をエネルギー吸収要素として用いた場合は、設計耐力に応じてダンパの寸法を自由に調節できるとともに、施工面から見ても簡単であることから、この種のダンパはエネルギー分散型柔剛混合構造でエネルギー吸収要素として用いるためには最も適していると思われる。現在実現されているエネルギー吸収要素(ダンパ)を用いた骨組、いわゆる制震構造では、地震による入力エネルギーを剛性の高いダンパで吸収することにより、骨組の最大変形を低減して応答性状を改善することを目標としたため、ダンパの性能あるいは定振幅、低疲労加力下でのエネルギー吸収能力に着目した研究がほとんどである。しかし、エネルギー吸収要素を耐震設計に積極的に活用するためには、地震のようなランダムな振幅での終局エネルギー吸収能力を定量化する必要がある。

 本論文では、以上に述べた柔要素と剛要素の特性を認識した上で、「エネルギー分散型柔剛混合構造」を実現させるために柔要素と剛要素の復元力特性及び終局エネルギー吸収能力を実験的に検証し、柔剛混合形式接合部の履歴特性を明らかにした。そして、この構造形式を対象に行った地震応答解析結果に基づいて、応答特性及びエネルギー吸収要素の機能を最大限に発揮させるための設計条件を求めた。さらに、これらの実験結果や地震応答解析結果を用いて本構造形式の設計法を提案することが本研究の目的である。以上に示す研究方法によって行った研究から次のようなことが明らかになった。

 柔剛混合構造において、大きな弾性変形量を持つ柔要素を得るために、接合部を半剛接にした無補強角形柱-H形鋼梁接合部の力学的特性について実験的考察を行い、その復元力特性は、部材の回転角の増加により降伏モーメントが低下するbilinear型で定式化することができた。また、無補強接合部からなる柔要素は、塑性変形能力に優れているが、過大な変形による柱フランジの溶接止端部での延性亀裂の進展により、初期剛性の低下及び残留変形が大きくなる可能性があるので、延性亀裂を防ぐためには最大変形角を0.04rad以下にする必要がある。

 剛要素としてのスリットプレートダンパに関する実験的研究から、スリットプレートダンパの履歴曲線を骨格部とバウシンガー部に分解したとき、ダンパの終局エネルギー吸収能力は骨格部とバウシンガー部の終局エネルギー吸収能力の和で表すことができた。また、スリットプレートダンパの骨格部での復元力特性はtri-linear型モデルで近似できることが分かった。

 柔剛混合形式接合部に対する実験結果は次のようにまとめることができる。

 1.無補強接合部に剛要素としてスリットプレートダンパを設けた柔剛混合構造型式接合部は、剛性の高い弾塑性履歴型ダンパがほとんどのエネルギーを吸収することにより、ダンパが破断して接合部が終局状態に達したときにも梁部材は弾性域留まっている。ダンパ以外の部材が弾性に留まることで、各部材の塑性化に伴う不安定要素を取り除くことができるとともに、十分な塑性変形能力を持つスリットダンパでエネルギー吸収が行われることにより安定した履歴特性が得られる。

 2.柔剛混合形式接合部の骨格部での復元力特性は、ダンパの復元力特性と梁ウェブで溶接された柱フランジの面外抵抗による復元力特性との和で表すことができる。

 3.ダンパの終局エネルギー吸収能力を評価することにより、柔剛混合接合部の終局エネルギー吸収能力を予測できる。

 また、これらの試験体に対して実大振動実験を行い、静的載荷実験結果から得られた実験結果と比較した結果、実時間軸に即した地震荷重が作用する際においても、静的載荷実験から得られた無補強接合部と柔剛混合接合部の復元力特性を適用できることが分かった。

 全体降伏メカニズムを有するエネルギー分散型骨組の地震応答特性を調べるために、各部材別復元力特性として完全弾塑性型モデル及び実験から得られた現実的な復元力特性を用いて弾塑性応答解析を行い、各パラメーターが骨組の応答に与える影響を把握してエネルギー分散型骨組の高さ方向の損傷分布則を求めた。その結果次のことが明らかになった。

 1.梁柱耐力比を小さくするほど第1層への損傷集中を緩和することができ、その骨組は全体降伏メカニズムを形成しやすくなる。しかし、梁柱剛性比が0.3以下になると、梁柱耐力比を小さくした場合でも第1層への損傷集中率は大きくなるので、梁の剛性をある程度確保しなければならない。

 2.柱脚の弾性変形を許容し、柱脚の固定度を下げることは第1層に集中した損傷を他層に分散させるための有効な方法である。

 3.梁柱の耐力比、剛性比をパラメーターとして行った解析結果から第1層のp1の評価式を求め、高さ方向の損傷分布則を求めた。この結果、損傷集中指数nを3に設定しても、耐力変化層への損傷集中を過小評価することはなかった。

 4.各部材別復元力特性を実験から得られた現実的な復元力特性を用いた場合にも、各層の損傷分布は完全弾塑性型復元力特性モデルを用いた場合とほぼ同じであった。

 梁降伏型メカニズムを有するエネルギー分散型柔剛混合構造の地震応答に関する性質と、柔要素及びエネルギー吸収要素に関する性質を総合して、エネルギー分散型柔剛混合構造の耐震設計法を提案し、提案された設計法に従って試設計を行い、設計法の有効性を検証した。この設計法の特徴としては、以下に示すことが挙げられる。

 ・主要素の柱、梁部材の断面は、鉛直荷重に対する弾性設計によって決定することができ、鉛直荷重と水平荷重を分離した設計が実現されている。。

 ・塑性変形能力に優れている剛要素で、地震によるエネルギーを吸収するため、従来の耐震設計法による梁降伏型骨組よりDs値を下げることができる。

審査要旨

 本論文は「柔剛混合形式接合部からなるエネルギー分散型多層骨組の耐震設計」と題して8章から成る。

 第1章「序」では、本論文の目的が半剛接骨組に柔剛混合構造の概念を適用した場合の耐震設計の成立性を実証することにあることが述べられている。現在、角形鋼管柱とH形鋼梁を用いた剛接骨組が多く用いられているが、柱梁間のモーメント伝達を確保するために角形鋼管にダイアラムプレートを溶接する必要がある。一方、1995年の兵庫県南部地震においては溶接部を中心とした鉄骨部材の破断が顕在化し、鋼構造骨組の耐震設計法に疑問が投げかけられた。こうした背景を踏まえて、本論文は、骨組を基本的に弾性状態に留め、地震によるエネルギー入力を吸収し得るエネルギー吸収要素を骨組に組み込むことによって、柔剛混合型の骨組を構成することを基本とした耐震設計法を確立せんとしたものである。対象骨組は角形鋼管柱とH形鋼梁から成り、鉛直荷重に対して弾性設計され、柔要素を構成する。その際、柱梁間にはダイアフラム等の特別な補強は行わない。従って、柱梁接合部は半剛接接合部を形成する。地震時のエネルギー吸収は、梁フランジ端部と角形鋼管との間に、塑性変形能力に富む穴あきプレート(シアプレート)を挿入し、シアプレートを塑性変形させることによって地震入力エネルギーを吸収させる。

 第2章「エネルギー論に基づいた柔剛混合構造の耐震設計」においては、エネルギーの授受に着目した柔剛混合構造の耐震設計法の定式化に関する既往の研究成果を調査、総括している。

 第3章「無補強接合部から成るエネルギー分散型骨組柔要素の基本特性」では、柔剛混合構造における柔要素が、角形鋼管柱・H形鋼梁を用いて、接合部を無補強接合することによって実現できることに着目し、柔要素の基本特性を実験に基づき定量化している。実験においては角形鋼管にH形鋼を直接つき合せ溶接した試験体を用い、角形鋼管の形状,板厚、H形鋼の形状をパラメータとする一連の実験により、無補強接合部に作用する曲げモーメントと接合部回転角との関係が求められている。

 第4章「スリット型ダンパ付き柔剛混合形式接合部の復元力特性」では、剛要素に対応する柱梁接合部(スリット型ダンパ)の構成法を提案し、剛要素のエネルギー吸収特性を実験により定量化している。剛要素は無補強接合部の梁フランジ端部にスリット付のシアプレートを溶接により取り付け、シアプレートの他端を角形鋼管隅角部から突出させた鋼板に溶接することにより構成される。フランジ力はシアプレートを介して柱に伝えられると同時にシアプレートがせん断降伏してエネルギーを吸収する。シアプレートの穴(スリット)の形状をパラメータとした一連の実験により、剛要素の曲げモーメントと回転角の関係が明らかにされ、また、剛要素の終局エネルギー吸収能力が定量化されている。

 第5章「柔剛混合接合部に対する実大実験」では、第3章で得られた柔要素と第4章で得られた剛要素を結合し、柔剛混合構造の基本骨組を製作し、これに可動質量を結合して、振動台上で加振実験を行い、柔剛混合構造の基本応答の予測可能性を立証している。用いた可動質量は200tで試験体は実大部材から成り、兵庫県南部地震の強震下でも柔剛混合の特性が発揮されることが示されている。

 第6章「柔剛混合形式接合部を有する多層骨組の応答特性」では、スリット型ダンパ付き接合部と無補強接合部から成る多層骨組の地震応答解析を行い、柔要素と剛要素の最適なバランスを実現することの難易度を調べると共に、各剛要素へのエネルギー配分の予測が適切になされ得るかを検討している。特に、柔要素が半剛接合の剛性が低いことに着目して実現されている為に、第1層の柱脚を通常の骨組における柱脚と同様に剛接合にすると柱脚部に損傷が集中することに着目し、提案した架構形式特有の損傷配分則を導いている。

 第7章「柔剛混合接合部を有する多層骨組の耐震設計法」では、6章までに得られた知見を総合して、角形鋼管柱とH形鋼梁を鋼製部材とした柔剛混合構造の設計法を構築し、5層並びに15層骨組を設計し、応答解析により所期の性能が発揮されることを確かめている。

 第8章「結論」では、本論文の成果をまとめている。

 以上、本論文は角形鋼管とH形鋼から成る骨組の特徴に着目し、耐震、施工の両面から優れた性能を有する柔剛混合構造の実現に向けて、実用的価値の高い基礎資料を整備し、設計法の体系化を行ったものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク