近年、都市人口の増加や都市の過密化に伴うエネルギー消費の増大、地表面の緑地面積(透水面積)の急激な減少等をはじめとする都市域の被覆状態の変化により、ヒートアイランドに代表される都市気候と呼ばれる都市固有の気候変化が生じ、これに伴い、例えばオゾン濃度の増加など種々の環境問題が引き起こされることが、現在広く認識されている。急速な都市化に伴い、東京をはじめとする大都市の温暖化は地球温暖化の数倍のスピードで進行し、これにより連鎖的に大気汚染等の環境問題が深刻化している。このような都市気候に関連する様々な環境工学上の問題を検討し、人間に対してより良い都市環境を創造するためには、都市域における流れ場、温度場、拡散場について詳細に解析する必要がある。 従来より気象分野では、このような都市気候の局地気象に対する影響を組み込んだモデルの開発が行われている。この気象分野の解析では、運動方程式、温度の輸送方程式以外に水蒸気の輸送方程式も解き、顕熱・潜熱による熱移動を総合的に解析している。しかしながら気象分野でのモデルでは、かなりマクロなスケールを対象としているため、都市構造は通常「粗度」としてのみ扱われ、都市内部の複雑な気流や顕熱、潜熱輸送や放射のプロセスは具体的には取り扱われていない。 一方、工学の分野で発展した乱流モデルは、建物周辺環境等の比較的microscaleでの気流・温度分布の予測を、高精度に行うことが確認されているが、マクロなスケールとしての都市気候を解析した例は少ない。特に、大きな温度差により生じる浮力効果や水蒸気の相変化を伴う局地気象の熱・空気輸送を正確に予測するためには、従来の工学で開発されたモデルへの浮力効果の組み込み、水蒸気の相変化のモデル化の組み込み等が必要となる。 本研究では、気象分野と工学分野における近年の乱流解析の研究成果を取り入れ、都市気候問題に関連する様々なスケールの気象現象、流体現象に対応可能な総合的な数値都市気候モデルを作成する。この数値都市気候モデルにより、都市気候の3次元的空間構造を明らかにし、特に流れの3次元構造とその乱流熱輸送との関係を考察する。また、数値シミュレーションによる解析結果を基に、都市気候形成のメカニズムを解析すると共に、都市温熱環境の評価と計画手法に関する資料を整備し、都市環境の改善方法を開発することを目的としている。 本論文の構成は第1章の序論をはじめ、全9章よりなる。 第1章は、まず序論として本論文の構成が述べられる。 第2章では、都市気候の定義をはじめとする都市気候形成の要因や都市気候の現状とその問題点を紹介すると共に、都市気候モデルに関する従来の研究の概要を説明している。 第3章では、大気境界層・都市境界層の特徴を述べている。大気境界層の構造について解説を加え、特にその中の接地層の気象現象に人間の活動が与える影響に関して詳述し、都市境界層の物理的特徴を明らかにしている。 第4章では、本研究で用いたMellor-Yamadaモデルに基づく都市気候モデルの概要を示す。特にMellor-Yamadaモデルlevel2.5の概要を示す。更に、本研究で用いられた境界条件の取り扱い、植生モデル、水蒸気モデル、放射等の各種物理現象の組み込みや、広域な計算領域で詳細な土地利用状況を組み込むことのできるnested grid手法等の数値解析手法について詳述している。 第5章では、本研究に利用しているMellor-Yamada型モデルのlevel2.5を単純な流れ場に適用し、境界条件を含めその性格を調べた。ここでは、中立状態におけるEkmanスパイラルの再現の検討、並びに2次元海陸風局地循環流を対象に、様々な研究機関で開発されたmesoscaleモデルとの比較実験を行っている。 第6章では、種々の物理量の初期条件や境界条件として、温位分布の初期値、海水面温度の分布、地中の熱容量、人工排熱等の取扱いの相違が、流れ場、温度場の予測結果に及ぼす影響を検討した。これにより、本研究で開発された数値都市気候モデルの各種物理条件に対するsensitivityが確認された。 第7章では、関東地方の夏季の局地風を中心とした都市気候の構造を数値解析により調べた。本章では関東地方を対象に緑被率の変化が局地風に与える影響について数値解析により調べるとともに、現在の建物用地、幹線交通用地として利用されている地表面が草地や森林であると仮定した場合や江戸時代(天保年間)の土地利用を用いた場合の計算を行い、過去から現在に至る首都圏の都市化の過程が関東地方の流れ場、温度場に与えた影響を調べた。 緑被率の減少により、地表面温度が上昇し、この影響で、上昇流が都心部で発生する結果が得られた。また、都市化の影響としては、緑地面積の減少や人工排熱の増大等の温度を上昇させる要因だけでなく、粗度長の増加に伴う地表からの顕熱フラックスの増加等の効果も総合的に評価する必要があることを確認している。 第8章では、神戸を中心とする阪神地域の都市気候の構造を数値解析により調べた。神戸周辺をnested grid手法を用いて詳細な土地利用状況を考慮した計算を行い、nested grid手法が土地利用分布の影響を大きく受ける物理現象をより正確に予測する強力なツールであることを確認した。更に、神戸地域の土地利用状況の変化が都市気候に及ぼす影響も検討した。 また、神戸市で大規模火災が発生したと想定し、数値気候モデルにより神戸市の気候条件を考慮した気流・熱拡散性状の解析を行った。これにより、風系を考慮した都市火災発生時の延焼危険地域の判定が合理的に行われ、安全な避難計画の作成が可能となる。 第9章では、全体のまとめを行っており、本研究の成果が総括されている。 |