厚生省の医療施設調査によると、1978年から1991年までの13年間の集中治療の病床数の増加には著しい。この現象は病院機能の性格の二極化-高機能病院か長期療養型病院かものがある-という医療界の動き反映したものといえよう。一方、現在の集中治療室では名目上の「集中治療」しか行われていない例が多いという指摘もある。集中治療の運営及び管理は、急性医学の理論に基づいて行うべきであり、また、著しいコンピュータ化も無視できない要因である。このような背景のもとでは集中治療の機能がより特化した後の医療・看護作業システムに対して、どのような建築空間が求められるかという課題は意義深い。本研究は、集中治療病棟で行われる各作業と、病床その他の作業領域との関連を解明することを目的としている。 第一章では、医学の進歩と細分化、及び集中治療の進歩に関する各種のデータを収集し、急性医学の医療行為を基本とする集中治療のための環境の諸側面をより深く検討すべきであるとの問題提起をしている。また、行動場面、領域性、領域行動などに関する既往研究を参照しながら、行動場面、領域などの特性が重要な意味を持っていること、そして領域間の関係も無視できないという論点を示した。 第二章では、EK大学付属病院集中治療病棟における二期計六日間の詳細調査の結果に基づいて、医療・看護行為と作業領域間の関係を考察した。集中治療病棟を20の領域に分割し、作業内容及び作業時間、作業人員の数、作業の移動軌跡、停留ポイントの分布について分析を行った。 病床領域における作業人数をみると、5人以下の共同作業が大きな比率を占めているが、10人前後が共同で作業する場合があることも無視できない。そのため、病床領域の規模を設定する際に、まわりに随時拡張可能な領域をもつように計画すべきと思われる。開放型レイアウトの場合には、病床領域にいくらか拡張可能な領域が存在すると考えられるため、4〜5人の共同作業を規模設定の基本として考えればよい。逆に閉鎖型レイアウトの場合には、10人ほどが共同で作業する際の領域範囲を考えねばならない。また、同時に入室する二人の患者が隣接の病床に配置されるケースや、ピーク時におよそ25人のスタッフが病棟で活動していることが調査から得られたため、開放型病棟の病床数が7〜8床を超える場合には、新たな集中治療病棟を設けるか、分散式主処置台や複数の通路などを設置して、人員過多による混雑と余分な緊張感を緩和・解消することを考えるべきであろう。 領域の使用には幾つかの人員の組合せ方が存在し、必ずしも同じ看護スタッフが患者を絶えず観察しているとは限らず、患者を観察する傍ら他の作業を行う状況が普通である。患者の観察管理には、看護スタッフの単独管理、医師の単独管理、及び医師・看護スタッフの共同管理の三つの形がある。また、約40%の時間帯で、病床領域に管理者が誰もいない状況であったが、医師・看護スタッフチームが病床領域以外の領域で作業をしながら患者の容態を監視していることも明らかになった。すなわち、容態の監視は、直接観察管理と間接観察管理に分けられる。患者に急変が見られた場合、管理者は必ず処置をしなければならないため、間接観察管理はさらに、直ちに患者の処置が始められる場合とそうでない場合に分けられる。これらの観察形式から医師・看護チーム共同作業時に管理された領域が三つあると考えられる。 ここまでの分析と考察を通じて、急性医療における集中治療病棟でのチーム作業方式の重要性が明らかになった。同時に各領域での作業人員による患者の観察水準に基づいて、集中治療病棟の作業領域を三つのレベルに分けることができる。即ち、患者に対して直接に接触的医療看護行為を行う領域、患者の様子を直接観察する傍ら他の作業を行う領域、及び患者の様子を間接的に観察しつつも前二者の作業領域をサポートする領域である。 各領域における作業項目、作業発生頻度、領域間の移動回数及び占用時間から病床領域、中央テーブル領域、主処置(調剤)領域と洗浄領域の主要な作業領域が存在することが明らかになった。 さらに、使用頻度の意味を反映する各結果をクラスターで分析を行い、また、領域が実際に使用される状態をまとめ、集中治療病棟における病床領域と他領域の関係をモデル化し、集中治療病棟の設計を評価する参考モデルとして提案した。 第三章II及び第四章I、IIIでは、病床領域の規模の大小を分析、考察した。具体的には二回の模擬実験とアンケート調査から、病床領域の構成を総合的に考察し、その規模の基本値を検討した。模擬実験では、医療・看護作業を再現することによって、作業毎の占有領域を分析した。アンケートは、二つの病院の集中治療病棟に勤める医療・看護スタッフを対象に行われ、所属する集中治療病棟における病床まわりの作業範囲に対する増加希望値を調査した。 一回目の模擬実験ではポータブルX線機による患者の撮影を行った。一連の作業行為に必要な範囲は、病床の機器が置かれていない側では45cmから95cm、機器がある側では70cmから225cmであった。重症患者の場合にあまり座式の撮影方式を使わないことを考慮すると、病床横の使用範囲は70cmから150cmである。病床の幅に左右両側の作業に必要な領域を加えると、少なくとも340cmが必要であることが分かった。 二回目の実験では、異なる時間断面における作業者と使用機器との位置関係を分析した。分析結果から、病床の前後左右の各辺において、作業人員及び使用機器の最も多い状態、すなわち最大作業領域のモデルが得られた。病床まわりの各辺の断面に対応する内容はそれぞれ以下の通りである: 前側:通過人+機器物品+(作業人);後側:機器物品+作業人+機器物品+機器物品;左側:機器物品+通過人+機器物品;右側:機器物品+作業人+通過人+機器物品。 また、病床の四辺に同時に最大作業範囲が広がることはなく、実際の作業状況を考慮して前後或いは左右に同時に生じる作業の組合せによる最大組合作業領域のモデルを得た。病床まわりの各辺の断面に対応する内容はそれぞれ以下の通りである: 前後側:(通過人)+機器物品+作業人+(病床)+機器物品+作業人+作業人+機器物品;左右側:作業人+機器物品+(病床)+機器物品+作業人+通過人+機器物品。 実際に、多くの現象は正常な状態のもとで完成されたものではなく、作業者がもともとの行動特徴を変更して、強制的に完成した現象が少なくない。ここで、実験に最大現象が出現する時の物品の投影寸法、及び作業者が所在位置における本来の姿勢が占用する平面投影寸法を、それぞれ二つの分析結果に代入すると、病床領域の断面寸法は400cm×480cmと340cm×450cmという結果が得られる。 経験に基づく病床まわりの作業範囲に対する意識に関するアンケート調査からは、作業範囲の増加に対する希望が経験の多少によって異なることが分かった。調査対象が希望する作業領域の拡大幅の中間値は、前側28cm、左側22〜39cm、右側22〜38cmであった。 ここで、実際の領域の左右の幅に、医療・看護スタッフが拡大を希望する寸法を加えと、二つの病院でそれぞれ343cm、344cmという近い値が得られた。すなわち、現状の条件に大きな差がある二つの集中治療病棟の病床領域において、経験的な必要寸法が最終的にはほとんど同じであることが分かった。 これらの分析結果を総合し、さらに作業中には作業スタッフと使用機器・物品の間にある程度の間隔があることと、建築構造におけるモデュールを考慮すると、集中治療病棟のオープン型病床領域では、少なくとも360cm×510cm程度の領域が必要であると考えられる。 第三章のIでは、実際の集中治療病棟における四種の病状の患者が入室する前に、病床領域に配置される必要のある機器・物品を調査した。その結果、これらのケースでは計246種類の機器と物品が使用されることが分かった。これらの機器・物品を使用の特性や頻度から以下の10種類のタイプに分類し、患者入室前の病床領域における機器・物品の基本セットと見なす。 1)レスピレータセット(呼吸) 2)サクシュンセット(呼吸) 3)挿入管セット 4)モニター及び用品セット(循環) 5)排液セット 6)輸液・注射セット 7)ネブライザーセット 8)リネン・寝具セット 9)検査・処置用品セット 10)記録セット 第四章IIでは二回目の模擬作業実験で得られた224の場面(時間断面)から特徴的な機器・物品使用の配置を抽出し、それらにおける病床領域の使用状況から11の病床領域の基本レイアウトを得た。 1)病床入室 2)ストレッチャー方式入室 3)日常ケア 4)救急蘇生発生 5)温度治療 6)循環補充療法(AIEPで) 7)一般的処置 8)緊急処置 9)X線装置による検査 10)超音波装置による検査 11)12誘導装置による検査 これらは集中治療病棟の病床まわりの単位空間やレイアウトのあり方を考える手がかりとなるものである。 第五章では、研究の総括として、集中治療病棟の環境デザイン及び建築計画について考察・提案を行い、今後の課題を示した。 |