学位論文要旨



No 113333
著者(漢字) ベナベント・クリメント・アマデオ
著者(英字)
著者(カナ) ベナベント・クリメント・アマデオ
標題(和) ブレース型履歴ダンパーを用いた構造物の耐震設計
標題(洋) SEISMIC DESIGN OF STRUCTURES BY USING BRACE-TYPE HYSTERETIC DAMPERS
報告番号 113333
報告番号 甲13333
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4051号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 壁谷澤,寿海
内容要旨 1.

 建物の骨組の抵抗力は強度、変形能力、ないし両者の積でありエネルギー吸収能力としてとらえることができる。一方、地震の荷重効果はエネルギー入力として捉えると、エネルギー入力は非常に安定する量であり、主として建物の総質量と1次固有周期のみに依存することは以前の研究で明らかになっている。エネルギー理論に基づいた耐震設計では、地震に耐え得るために骨組のエネルギー吸収能力を地震の入力エネルギーよりも大きくしなければならない。従来の通常の耐震設計では、大地震の場合、骨組の梁、柱、ないし梁柱の接合部が塑性変形により地震の入力エネルギーを吸収する。しかし、この考え方には次の欠陥がある:

 ● 骨組は少なからず塑性変形等の損傷を受ける。この損傷を修復するために莫大な費用を要する場合もある。

 ● 骨組は鉛直荷重の支持と地震入力エネルギーの吸収という2つの課題があるが、それぞれの課題は骨組に別々の特徴を要求する。このため、骨組みを最大限に効率化するのは難しい。

 ● 建物の損傷を軽減するために、建物を剛強にすると、大きな応答加速度をうけ、建物内の什器の転倒等の財産損失を引き起こし、医療活動等の日常活動が中断ないし阻害される。

 建物に要求される性能レベルは経済力の発展に伴って高まる可能性があり、将来の耐震設計では、次の性能レベルが要求されなければならない:

 1.主構造体を主に弾性に留めることで損傷を最小に食い止める。

 2.累積塑性歪エネルギー(損傷)はエネルギー吸収能力の高い部材に集中させる。

 3.建物の応答加速度を減らす。

 エネルギー集中型の柔剛混合構造で設計することにより、これらの地震要求性能を一般の耐震構造の枠組みの中で発揮できることは理論的に立証済みである。エネルギー集中型の柔剛混合構造は柔要素と剛要素の2つの部分から成っている。剛要素とは剛性が高く塑性変形能力の大きい要素であり、柔要素とは剛性が低く弾性変形量の大きい要素である。この場合、地震入力エネルギーの大半は剛要素の塑性歪エネルギーすなわち損傷によって吸収されるので、この剛要素に十分なエネルギー吸収能力を付与すれば、エネルギー吸収能力の高い構造となる。柔要素を弾性に留めれることができれば、柔要素の損傷は非常に小さくなる。さらに、許容層間変形を増加させることで、建物の応答加速度を減少させることができる。

 本論文では、通常の剛接多層骨組構造を柔要素、弾塑性履歴型ブレースダンパーを剛要素とした柔剛混合構造の設計を実現することを目的とする。

2.本論文の構成と内容

 本論文は9章で構成されている。

 第1章では、既存の耐震設計のアプローチと追求すべき問題点が概説される。

 従来の柔剛混合構造についての研究では、柔要素が常に弾性に留まり、剛要素が完全弾塑性の復元力特性を持つと仮定されていた。第2章では、柔要素としての骨組に塑性変形が発生し、剛要素としてのダンパーに歪効果が生じた場合の柔剛混合構造の地震応答特性を分析し、建物の地震応答を予測するための新しい式が提案される。

 本研究では、ダンパーとして曲げ変形を受ける鋼棒とせん断変形を受けろスリットプレートの2種類のエネルギー吸収要素を用いる。ダンパーを設計に用いるためには、地震荷重のようなランダムな振動に対し、終局状態でのエネルギー吸収能力を明らかにするのが最も重要なことである。曲げ変形を受ける鋼棒の終局エネルギー能力は最近の研究で明らかになった。しかし、せん断変形を受けろスリットプレートのダンパー場合、今までの研究のほとんどは低振幅疲労、定振幅ないし漸増振幅実験を行った結果に基づいて、Manson-Coffin式またはMiner則でそのエネルギー吸収能力を検証したもので、終局エネルギー吸収能力はまだ明らかになっていない。第3章では、せん断変形におけるスリットプレート実験体に対し実験を行い、その復元力特性を明らかにすると共に、終局状態でのエネルギー吸収能力を定量的に評価する。最後に、曲げ変形における鋼棒とせん断変形におけるスリットプレート両方の終局エネルギー吸収能力の予測方法が示されている。

 第4章では、第3章で言及されたエネルギー吸収要素(つまり鋼棒とスリットプレート)を使用して、2種類の新ブレース型履歴ダンパー(DURダンパーとDUPダンパー)の開発について述べる。これらを設計するための条件と復元力特性、破壊を予測するためのモデルも提案される。DURとDUPダンパーの履歴挙動と終局エネルギー吸収能力を実験的に検証した。この結果、ダンパーは安定した復元力特性と、高いエネルギー吸収能力を有することが確認できた。

 第5章では、新しく開発されたダンパーの座屈荷重の予測方法と数学的モデルが提案されている。なお、DURとDUPダンパーの座屈荷重も実験的に検証された。この結果、提案した予測方法と数学的モデルによる、DURとDUPダンパーの座屈荷重は、安全側で評価できることが確認された。

 第6章では、新しいダンパーを装備した骨組の地震応答特性を調べるために、ダンパーの実験的な復元力特性を用いて応答解析を行う。ダンパーで吸収したエネルギーは、スケレトン部とバウシンガー部の2つの部分に分けられる。応答解析では、ダンパーがスケルトン部とバウシンガー部のそれぞれ吸収したエネルギーの量を調べることにする。この結果は、地震開始から骨組の最大変形発生時刻までは、地震入力エネルギーのほとんどは(ダンパーの)スケルトン部で吸収されているが、骨組の最大変形発生時刻から地震終了まではバウシンガー部で吸収されていることが分かった。

 第7章では、新しいダンパーを装備した骨組の耐震極限設計の方法が提案される。この設計方法は、第2章で提案した式と次の課程に基づいている:地震開始から骨組の最大変形発生時刻まではダンパーのスケストン部のみで入力エネルギーを消費し、骨組の最大変形発生時刻から地震終了まではバウシンガー部のみで消費する。

 第8章では、本論文で提案された耐震設計法の有効性を解と実験の両面から実証する。

 第9章は、本論文の結論と要約である。

審査要旨

 本論文は「ブレース型履歴ダンパーを用いた構造物の耐震設計」と題し9章より成る。

 第1章「序」では、本論文が、柔剛混合構造と呼ばれる骨組の新しい耐震設計手法の実現の可能性の確認と、設計手法の明確化を目的としていることが述べられている。柔剛混合構造は多層骨組を主として鉛直荷重に対して設計し、これにエネルギー吸収要素を組み込むことによって骨組に耐震性を賦与する設計法である。骨組は地震時に概ね弾性挙動する柔要素と見なされ、エネルギー吸収要素は弾性剛性が高く、塑性変形能力に富む剛要素と見なされる。本論文では軸組筋違(ブレース)形式の剛要素が用いられる。ブレースはH形鋼材にエネルギー吸収素子を結合することにより構成される。エネルギー吸収素子としては鋼製ボルトないし、穴あき鋼板が用いられる。

 第2章「履歴ダンパーを用いた柔剛混合構造の一般化と応答予測」では、柔剛混合構造に関する既往の研究成果を総括すると共に、履歴ダンパーの累積塑性変形と最大変形応答との対応関係を一般的に求め、柔要素の塑性化の応答に及ぼす影響を定量化し、より一般化された設計基本式を地震時における骨組のエネルギーの授受に着目して導いている。

 第3章「エネルギー吸収素子の終局エネルギー吸収能力」では、本論文で取り挙げた2つのエネルギー吸収素子の材質、幾何形状をパラメーターとして、エネルギー吸収素子が繰り返し荷重下で破断に至る迄の終局エネルギー吸収能力の予測式を導いている。終局エネルギー吸収能力は、骨格曲線状のエネルギー吸収量とバウシンガー部におけるエネルギー吸収量に分解でき、骨格曲線は一方向荷重下の荷重変形関係と一致することに基づき理論的に求めることができ、バウシンガー部は実験式として定式化できることが示されている。

 第4章「エネルギー吸収要素と設計式」では、エネルギー吸収素子を組み込んだブレース型ダンパーの構成方法が論じられ、ブレース各部の応力伝達機構に基づくダンパーの設計条件が明示される。本章では、ブレースは圧縮軸力下で座屈しないものとして定式化が成されている。本章で提案されたブレース型ダンパーは実大実験により所要の性能を発揮することが確認されている。

 第5章「ブレース型ダンパーの座屈解析」では、ブレース型ダンパーの成立条件として必須の座屈防護のための条件を解析により明らかにし、実験により座屈評価式の妥当性を確かめている。エネルギー吸収素子の剛性に基づき、ブレース材としての曲げ剛性を求め、剛棒と曲げ回転バネから成るリンク機構の安定条件から座屈荷重は導かれる。

 第6章「ブレース型ダンパーを有する骨組の地震応答」では、現実的なブレース型ダンパーを有する骨組についての地震時応答を解析により求め、骨組各層の最大変形発生時点迄のエネルギー吸収は主として骨格曲線でなされ、それ以後はバウシンガー部でエネルギー吸収がなされること、柔要素の多少の塑性化は骨組の全体応答に悪影響を与えないことを確認している。

 第7章「ブレース型ダンパーを有する剛接骨組の耐震設計法」では、一連の実験、解析に基づいて、ブレース型ダンパーを組み込んだ剛接骨組の耐震設計法を体系化し、具体的な設計条件を明示している。

 第8章「設計法の検証」では、7章の手法に基づいて設計された6層及び15層の骨組について応答解析を行い、設定された性能が実現されていることを確認し、ブレース型ダンパーを組み込んだ骨組要素について、振動台を用いた実大実験により、動的挙動の予測精度を確認している。

 第9章「結論」では、本論文の成果をまとめている。

 以上本論文は、新しい耐震構造であると目される柔剛混合構造の実現性をブレース型ダンパーの適用の観点からとらえ、ブレース材の座屈回避、終局エネルギー吸収能力の実験的評価、応答予測のエネルギー論的評価を通して、設計法を明確に体系化したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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