本論文は三つの部に分けて構成されている。第一部序論は、本研究の背景と目的、研究対象と用語の定義、本論の視点についての内容で、更に四つの章からなる。第二部は、日本を含む五カ国の集合住宅の再生における状況と各要素別仕組みについて調査研究を行っているもので五つの章からなる。第一章から第三章までは日本に関する部門で、第四章から第五章が欧米四カ国に関する部門である。第三部は、第一部と第二部からの研究成果をまとめ、本論文の目的である良好な住宅ストックづくりのための既存集合住宅の再生システムを構築するための条件と提案、今後の課題を三つの章に分けて考察している。 本論文は、戦後大量に建設され今日も居住の用に供されている集合住宅を主たる対象とし、それらに適切な手を加えることで、取り壊すことなく良質なストックを形成していくための方法(本論文ではこれを「集合住宅におけるストック再生手法」と呼ぶ)を提案することを目標とする。 研究の方法としては、1)再生を支える社会的支援体制の仕組み(法制度及び政策、社会的な側面)、2)再生を支える経済的支援体制の仕組み(金融支援体制と財源構成及び工事費の調達方法)、3)再生を支える技術的支援体制の仕組み(再生手法と構工法)の三つの側面から、5カ国に対して関連文献とヒアリング及び現地調査を行い、その状況について考察を行った。 先ず日本を含む5カ国における住宅ストックの状況を把握することで、定量的にどれくらいの住宅がいつの時代に建てられて、どのようなな状況に残っているのかまた、これらの建て方別、所有別の状況とこれらに対する諸問題を国別に整理・把握することができた(第二部1-1、4-1、図1、表5参照)注1。また、こうしたストックとしての住宅問題に対する対策として、「再生」という概念から各国の支援体制を調べ、その仕組みを明らかにすることができた(第二部2-2、4-2)。各国のストックの状況については、特に5カ国すべてが1970年代を境に総世帯数より総住宅数が上回っていること、戦後に建設された住宅の割合が全ストックの多くの割合を占めていること、人口構成面での世帯構造の小人数化などの現状があることが確認できた。量的な住宅問題は、各国ともに早くから解決されているが、各国の社会・経済・政治的な状況によって様々な問題が出始めていることも明らかになった(表5)。そこでは、戦後の住宅不足の解決のために大量に建設されていた多くの集合住宅が、経年による劣化、瑕疵、性能低下などの物理的問題、生活水準の向上に伴う住宅の質的問題、あるいは社会的な側面の問題として特に低所得層の住宅環境のスラム化など、そして経済的な側面の問題として維持・管理・再生に必要とされる莫大な経済的負担など、多くの問題が存在することが分かった。 そして、この様な住宅問題に対する各国の対策とその仕組みを明らかにするために、各要素別支援体制を、再生をめぐる経済、技術、社会的な側面を中心に調査を行った。(第二部2-2、3-3,4-2)。特に日本の場合は、まだ再生市場が活発ではないので、今後の市場規模が多くなることを想定して、集合住宅の再生を進める上での制約要因と課題について25の関連団体及び企業に対するヒアリング調査を行い、得られた内容を中心に各要素別に分けて整理を行った(第二部2-2、表2)。そしてここから得られた内容に基づいて、良好な住宅ストック環境づくりのために整備しなければならない再生支援体系を、要素別に提示した(第二部2-4、図2)。更に、同調査から得られた内容に基づいて、再生工事に関わる関連組織と業態分析を行い、現在の再生業界における全体像を示することができた。ここでは民間の再生関連組織とその業態のタイプを七つのタイプに分類でき、物理的な劣化に対する再生に限らず、コミュニティの再生にまで仕事の領域を広めて新しい建築家の役割を作る動きや、材料・部品メーカによる独自の再生部品や材料、工法の開発への取り組み、再生に適する専門工事業者の進出など、従来の新築中心での重層的な力関係から脱却しようとする新しい変化が見られた(第二部2-3、図3)。 集合住宅の再生に対する支援体制は、各国の政策や社会・経済的な状況の相違にも関わらず、調査対象である欧米4カ国すべてが、既存住宅をスクラップアンドビルド型ではなく、可能な限り改良・改善あるいは再生して良好なストックを形成していく体制になっていること、これらのために公的な側面からの税制、法制度、金融的な支援体制が整っていることが明らかになった(第二部4-2)。 また、再生の実行体制面からは、その状況把握のために各国ごとに関連文献及び現地調査を行い、再生工法や材料などの技術的な面、工事費用の調達方法と財源構造あるいは工事費構成などの経済的な面、そして再生に関わる各主体別の組織的な関わりと意思決定プロセスなどの社会的な面を中心に、その成立過程と条件を各国ごとに調べ比較した。(第二部3章、5章)。ここでは、日本の場合は住宅都市整備公団と民間の再生手法と実行体制について(表2,3,4、図4,5,6,7,8)、海外の場合はアメリカ、フランス、ドイツ、デンマークの公共集合住宅を中心に、これらの内容を事例シート化し整理した。そして、再生工事における諸現象(再生の動機や内容、手法)について体系的な比較分析を行うために、整理した内容に基づいて各手法による類型化と工事内容及び部位別の分類・比較を行い、これらの実状と問題点について明らかにした(表2,3,6,7、図4,5,9,10)。 注1( )の中の番号は本論文の構成と内容に該当する番号及び図表の番号を指している。尚、図表は本研究での代表的な研究結果を中心に本要旨の末尾に示した。 また、欧米4カ国の集合住宅における再生事例の実態調査を通して、既存集合住宅を再生する手法として、収集し選定した50事例の再生内容の特徴から、六つのタイプ(保存的再生、更新的再生、付加的再生、削除的再生、転用的再生、その他の手法としてリサイクルやエコロジー、バリアフリー)を抽出し、これらの内容別、部位別手法の比較・分析を行った。この結果はサンプル数は少ないが、海外での再生手法の体系を把握するための基礎的な資料になると考えられる。また、再生事例に使われている技術的体系を明らかにするため、その工法と材料の特徴について比較・分析を行い体系的に整理した(図10)。ここでは特に技術的な体系が成立する社会・経済的な側面からの仕組みについて明らかにした。 そして、欧米4カ国での再生における支援体制の内容を具体的に分析するために、前述の50事例の調査対象からその内容と手法が典型的だと思われる5つの事例を選び、これらの再生工事における経済・組織的成立条件についての比較分析を行った。ここでは特に技術的な体系が成立する社会・経済的な側面からの仕組みについて明らかにすることができた。また、レベル2以上の再生工事を行う際の一戸当たりの平均工事費と、工事費の調達方法及び財源構成の比較分析を行い、その成立条件と仕組みを明らかにした(表4,8、図6,7,8,12,13)。4カ国ではいずれにおいても公的資金の利用が見られるなどの特徴を掴むことができた。こうした体制は集合住宅の社会資産としての公共性をどのように捉えるかについての公的資金の導入法と関連して今後の集合住宅の再生が求められる日本やアジアにとって基礎的な資料として適用できると考えられる。 本研究で調査した欧米4カ国の再生事例内容は、序論で定義した再生工事のレベルからみると、維持保全や修繕のレベル1から総合的な再生レベル3まで様々な内容と手法が存在している。これらの手法と内容はスクラップアンドビルド方式ではなく、住環境を再生していく方法と可能性として、様々な角度から示唆してくれる点が多いと考えられる。また、これらの手法とその内容体系は今後のストック型社会に移行しつつある日本を含めたアジアの国々が良好なストックを形成するにあたってのイメージや計画の樹立への基礎的な資料になると思われる。 図1 欧米4カ国と日本の住宅ストックの時期別状況と寿命の比較表1 ヒアリング先の一覧表図2 日本における再生上の要素別障害要因と支援体制の整備項目図3 再生工事に関わる組織の役割と業態の7つのタイプ図4 日本の都市住宅整備公団における再生手法図5 日本の民間と公団の集合住宅における再生事例調査表2 日本の再生工事に対する事例調査対象の概要表3 調査事例の工事内容別、部位別比較表4 調査対象事例の概要図6 再生事例に関する工事費の比較図7 調査対象の工事資金調達図8 再生工事における工事費の財源の割合と不足金額の調達方法(再生工事を行った民間及び分譲マンション589戸に対する平成5年度マンション総合調査報告書のデータを基に作成、建設省・マンション管理センター)表5 欧米4カ国の集合住宅における諸現象の比較図9 欧米4カ国の集合住宅における50事例調査から見られた代表的な再生類型と手法図10 欧米4カ国の集合住宅における50事例調査から見られた代表的な再生工法及び材料表6 欧米4カ国の集合住宅における50事例調査の再生手法に関する比較表7 欧米4カ国の集合住宅における50事例調査の再生手法に関する比較表8 調査対象の概要図11 調査対象の戸当たり再生工費事と再生工事の部位別割合図12 調査対象の再生工事費の財源構成に対する比較図13 デンマークとフランスにおける公共住宅の再生工事における資金調達の内訳の比較 |