強震時における建築構造物の安全性・信頼性を確保するためには、耐震要素の動的弾塑性挙動を十分把握した上で、構造物の耐震構造解析・構造設計を行う必要がある。一般に、これらの構造解析・設計では、構造物を平面架構群に分解し、その平面内に作用する外力に対して耐震安全性を検討する手法を用いることが多い。 しかし、火力発電所建屋などのエネルギー関連大規模施設では、構造物の性格上、多数の平面架構が1列に並んだ細長い構造形式をとるうえに、また筋かい材などの耐震要素が構面間で偏在することが多い。さらに、床を介した慣性力の伝達に関しても、吹抜け・梁抜けなどの影響でいわゆる剛床仮定が成立しない場合が多く、構造解析を複雑にしている。平面架構に対する検討だけでは予想し得ない挙動をすると考えられ、平面架構間の床の慣性力伝達特性を考慮した立体的な検討が必要となる。 特に耐震要素として多用される鉄骨軸組筋かい部材については、座屈、座屈後の耐力・剛性の低下、弛緩などの影響で、鉄骨ラーメン部材の呈する紡錘形の履歴挙動と異なり、複雑な履歴挙動を呈する。 このような構造物の強震時における動的挙動を把握する手段として、弾塑性地震応答解析・地震応答実験などが考えられる。コンピュータによる弾塑性地震応答解析は部材や構造物の弾塑性域の復元力特性を表現する復元力特性モデルを与えれば、骨組の応答を計算することができる。しかしながら、数値解析の結果が復元力特性を表わす数学モデルの妥当性に大きく左右されるので、地震応答実験との比較による検証が必要である。 本研究は、耐震要素の偏在した多構面鉄骨架構の強震時の弾塑性挙動を、実験的にはサブストラクチャ・オンライン地震応答実験によって把握し、また構造物を構成する要素のエネルギー吸収量の分担を簡便に予測する解析手法を提案することをその目的とする。 本論文は、全5章より構成されている。各章の主な内容を要約すると以下のようになる。 第1章は、本研究の背景、目的、研究方法および既往の研究について述べている。 第2章では、非剛床または剛床で結ばれた多構面鉄骨架構に対するサブストラクチャー・オンライン地震応答実験の概要、実験結果及び考察について述べている。 本章では、実験対象とする骨組模型の設定、骨組の部分構造化、実験システムを支配する振動方程式の作成、実験パラメーターの設定、載荷装置および測定システムの概要について記述している。このシステムでは、耐震要素の偏在した多構面鉄骨造架構モデルを想定し、架構モデルの部分構造化によって、耐震要素である筋かい部材試験体に対して載荷実験を行う。筋かい部材の復元力を実測し、架構モデルの残余部分については仮想の数学モデルを用いて耐震要素の偏在した多構面鉄骨造骨組の全体挙動を解析するというサブストラクチャー・オンライン地震応答実験システムを開発した。特徴として、支配振動方程式の作成において、構面間の相対変形が床のせん断変形部分と床全体の剛体回転による部分からなるとしており、床が柔床の場合は、各構面の並進自由度と床全体の回転自由度より表現される多自由度振動モデルを採用している。また、主な実験パラメータとして、筋かいの配置による偏心率、床の剛性、筋かいの細長比、地震波形を実験パラメータとして,オンライン地震応答実験を行う。 その結果、床剛性が各構面の変位応答に及ぼす影響が大きいこと、また、構面間の変位応答のうち床の剛体回転による変位成分の占める割合が大きく、床の剛体回転を考慮した立体的取扱いが重要であることが判明した。 第3章は、数値シミュレーションによる耐震要素の偏在した多構面鉄骨造骨組地震応答の予測方法について述べたものである。 まず、第2章のサブストラクチャー・オンライン地震応答実験から得られた履歴曲線を、その曲線を区分線形近似によって表現した比較的簡単な復元力特性モデルと、履歴曲線の連続的な特徴を忠実に反映した復元力特性モデルを用いてあてはめを行い、各復元力特性モデルを用いた地震応答解析によって、各要素の履歴吸収エネルギーを含む動的応答をどの程度予測できるかを検討した。続いて、弾性応答によって弾塑性応答を予測するという観点から、弾性時刻歴応答解析もしくは弾性応答スペクトルとモーダルアナリシス(SRSS自乗和平方根法)を用いての最大変位応答量の予測、また、弾性系各構面の最大弾性ひずみエネルギーによる弾塑性系の履歴吸収エネルギーの予測を行った。これらの予測方法の予測精度に基づいて、地震時の履歴吸収エネルギー及び変位応答量などを含む大局的な弾塑性応答性状を把握するためには、どの程度の解析モデルが適切であるのか、また、あるレベルの解析モデルを設定した場合にどのような応答量に対して満足の行く予測ができ、どのような応答量に対して予測誤差が大きくなるのか、などの問題について検討した。その結果、実験範囲内では、各構面の最大変位応答及び履歴吸収エネルギーについての量的な予測は、簡単な復元力特性モデルないし忠実な復元力特性モデルを用いた地震応答解析による予測で実験結果と概ね対応している。しかし、最大変位発生構面の逆転などの予測誤差が発生する場合もあった。 時刻歴弾性応答解析及び弾性応答スペクトルによるSRSS法を用いての最大応答量の予測では、大略的な実験応答量の傾向把握は可能であるが、応答量そのものに関しては大きな予測誤差を伴う場合があることが判明した。 次に、耐震要素の偏在による偏心の作用する多構面鉄骨造骨組の剛床仮定に必要な最小床剛性についての考察を行った。その方法としては先に述べた簡便な復元力特性モデルを用いて、多構面立体振動モデルに対して、筋かい付フレームの剛性に対する床剛性の割合、筋かいの配置、また、地震波の種類をパラメータとして広汎な弾塑性地震応答解析を行った。また、床の剛体回転とせん断変形を両方考慮した立体振動モデルの他に、せん断変形のみを考慮した疑似立体振動モデルを用いて、前者と同一の解析条件のもとで地震応答解析を行った。 その結果、偏心の存在する解析ケースでは、立体振動モデルと疑似立体振動モデルの地震応答量の差違は無視できず、偏心の存在する多構面構造物の応答解析においては、床の剛体回転を考慮するべきであるという結果を得た。また、剛床仮定が成立つ床剛性の範囲は、立体振動モデルと疑似立体振動モデル両方とも床剛性が耐震要素の配置された構面の水平剛性に対して約2倍程度以上であることが判明した。 第4章では、耐震要素の偏在した多構面鉄骨造骨組を構成する弾塑性要素の、地震時における履歴吸収エネルギーの分担を予測するための等価線形化手法について考察している。まず、モード重畳法に基づき線形多自由度系の総入力エネルギーと各ダッシュポット要素の散逸エネルギーを評価するための理論を展開した。この理論を応用して弾塑性多自由度系のエネルギー応答を予測するために、履歴要素を逐次的に等価剛性と等価減衰を有するVoigt型等価線形要素で近似して予測する方法を提案した。履歴要素の等価剛性については、初期剛性と割線剛性の2種類、また、等価減衰については、スリップ型履歴性状を考慮したものとしないものの2種類を試み、2章の地震応答実験結果との適合性を検討した。 その結果、逐次的等価線形化手法によれば、履歴モデルによる各要素の履歴吸収エネルギー予測とほぼ同程度の適合性が得られることが判明した。 第5章の結論では、第2章から第4章まで得られた知見をまとめ、さらに本研究から導き出される今後の検討課題について述べた。 |