学位論文要旨



No 113337
著者(漢字) 後藤,寛
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ユタカ
標題(和) 都市空間構造の比較分析法と日本の都市群への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 113337
報告番号 甲13337
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4055号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 助教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 講師 貞廣,幸雄
内容要旨

 均質地域とは、ある指標においては領域の内部は均質であるとみなす操作的概念である。都市を均質地域の集合体としてとらえる視点、また各々の均質地域の分布、形状を分析するという発想は、1920年代のシカゴ学派に端を発する。そして理論的には同心円理論、扇型理論、多核心理論が提案され、実証研究は多変量解析(因子分析、クラスター分析)の発展と共に深化してきた。日本でも多くの研究がなされたが、1980年代半ばで停滞してしまっている。

 しかし均質地域概念そのものは都市計画におけるゾーニングにも通じるものであり、都市全体の空間的広がりの傾向を把握するには今なお有効な方法であると考えられる。それにもかかわらず効果的に応用されることもあまりなく、研究が停滞してきた。その理由としては、1つには均質地域の形状、分布、隣接関係などを柔軟に表現する手段がなかったこと。2つめには個別の都市の分析は多数行われてきたのに対し、都市間あるいは時間的変化についての比較分析の方法が確立されていなかったことが挙げられる。

 そこで、本論文は均質地域概念に基づく都市空間分析において、客観的で比較可能な表記方法の開発を目指す。また対象については、経済・文化的条件が同一である日本中の都市を同一条件で分析にかけ、共通する均質地域を見出す方法を採ることによって、都市間比較を可能にすると考えている。

 データにはメッシュ集計データを用いる。日本全国のデータが揃う国勢調査および事業統計調査のメッシュ集計データを用いて、最大3時点の全国の人口集中地区(DID)を分析対象としている。これは全国の都市を同等の精度で比較するには最良のデータである。

 まず分析の第1段階として、日本のすべての都市地域を同一のクラスターで説明できるか検証するための比較分析を行う。

 そこで技術的課題として均質地域の配置を記述する方法が必要になる。これには隣接グラフでも不十分なので、包含関係の表記を補うためにSerra(1982)によってホモトピーの概念を導入する。隣接グラフに包含関係を表すホモトピーの発想を組み合わせたホモトピック・ツリーを導入することで、領域間のトポロジカルな関係を隣接関係と包含関係という2つの鍵概念として整理することが可能になる。この方法によって対象領域内の全ての均質地域の位置関係を図示することが可能になる。

 全国のDIDから366の都市圏を設定した。指標には居住地ベース職業別分類と事業所形態別分類を採用し、11変数によるクラスター分析から9つのクラスターを得た。そしてクラスターの空間的分布から、どの都市においても一定の空間的凝集を形成することを確認した。このことは、この分析が都市の空間構造を抽出するという目的に対して有効であることを意味している。

 3種の均質地域を含み、DID人口規模で10万人から100万人程度の56の地方都市について詳細に分析する。対象都市の空間構造パターンはホモトピック・ツリー法によって7種類に整理される。うち約7割を2種類のパターンで説明できる。この結果をもとに地方都市の一般的な空間構造は、CBD外周部がCBD中心部を不完全包含するか、2領域がCBD中心部をはさむかの2種に大別できる。CBDの形状は多くの都市において楕円形をとる。

 同様の分析から、CBDを構成するクラスターをオフィス系と商業系の2系列に分類できた。地方都市では商業系メッシュが都心の中心に位置する場合が多いが、東京・大阪の2大都市圏では都心の中心はオフィス系メッシュであり、商業系はその周囲や副都心の核として分布している。ここまではDID全域を一括してとらえようとする方法をとった。

 この分析から残された課題を2つに整理する。まず、とくに密度差の大きい従業者密度については別個に分析を行うこととする。そこでは都心の内部での空間的な形状や、その性格に基づく区分を行うことと、都市規模の程度による都心空間構造の相違の検出を課題とする。

 居住者分布の分析を精緻化するにはトポロジカルなツールが必要となる。メッシュデータをクラスタリングする際の問題点である、ノイズとみなされる微小領域の除去を行うためにデータスムージングおよび空間クラスタリングを導入する。これらのツールはトポロジー、画像処理工学から援用する。これらの方法を駆使した都市空間分析を、中規模の地方都市間の比較を行う。

 次のテーマは地方都市の居住地分化である。再びDID全域を対象として時間的変化を含めた分析を行う。まず、画像処理で用いられるローパスフィルターと、横矢 他(1977)に基づいた領域統合法について、熊本市をサンプルとしてその効果を調べた。Ward法クラスター分析のみでは461メッシュを7分割すると200領域が生成される。それに対し、前処理としてローパスフィルターを用いると38領域、後処理として領域統合を行うと99領域にまで縮減されることが確認され、均質地域を概観するという目標に対して有効であるといえる。

 その結果に基づいて、今度は3大都市圏を除く都市圏DID人口10万人以上の63都市について、住居形態、住居所有形態、職業階層から9変数を用い、1980年、1985年、1990年の3時点を通した分析を行った。これは共通クラスターが空間的安定性のみでなく、時間的にも安定していることを確認するためである。データにはローパスフィルター処理を行った後、3時点を通してクラスター分析を行い、最後に領域統合処理を行った。

 その中から、都市圏DID人口20〜30万人の17都市について地図上で分析を行った。10年間3時点を通して変化しないメッシュは58.6%にのぼり、クラスターが基本的に安定的であることがわかる。

 画像処理技術の導入により、クラスターの分布と変化は単純化してとらえられるようになった。その中でも明瞭な知見は、全体として職業階層別の居住地分化が曖昧になりつつあり、また中心部では高層居住も増加しているさまが見出されることである。日本の地方都市では現在でも中心部にホワイトカラー層が多く居住しており、全体的な増加傾向をも反映して「ホワイトカラー・共同住宅」クラスターが増加していることは、民間賃貸マンションの増加を示すものと考えられる。またDID周辺部では「ホワイトカラー・持家」クラスターが大幅に拡大している。そして「工業都市」と呼びうる都市ではブルーカラー層の住宅は社宅から持家への転移が著しい。

 このように日本の地方都市では、戸建・持家による郊外分散化とマンション等中心部の高度利用居住が並行して進行していることがわかる。都心分析の結論と組み合わせると、事務所・営業所系事業所が日本の都市においては求心力として機能しているといってよいだろう。

 3番目のテーマは都心である。まず都心の実態を正確に表す領域を用意する必要がある。都心の概念、その範囲のとり方については多くの議論があるが、本論文では従業者密度に基づく都心の一般的基準として「都心型従業者集積地区」と呼ぶ指標を提案する。CBDのような相対的基準とは異なり、従業者密度の絶対値を定義としているので都市間の比較分析を可能にする。指標の定義は、従業者数が500mメッシュ当たり1250人以上となるメッシュが空間的に連続し、その合計が10000人以上である領域である。この指標に該当する領域として、事業所統計調査(1991年)を用いて135個を抽出した。

 「都心型従業者集積地区」の空間的形状や集中程度を測るために4つのオリジナルな指標を提案する。各々の定義を以下に説明すると、まず「商業従業者比」は商業従業者の構成比を示す指標である。次に「ピーク集中度」は従業者の中心地点への集中程度を示す。「都心型従業者集積歪率」は空間的形状の歪みの程度を数量化する。「業務-商業中心乖離率」は、業務中心地点と商業中心地点の分離の程度を相対的に測るものである。これらを用いて「都心型従業者集積地区」を立地と性格により分類して性質を比較分析する。その際、大都市圏では中心都市と衛星都市、地方都市は県庁都市と一般地方都市に区分する。

 その結果から、商業とオフィスの従業者比が都心の性格を表すこと、オフィス従業者比が高いほど中心性が高いことがいえる。3大都市圏では大都市の都心はオフィス機能に特化しており、衛星都市は商業機能に特化すると共に空間的形状がコンパクトである。また県庁都市と一般地方都市の都心の性格の違いは、前者がオフィス集積が高度であること、従業者密度が高率であって空間的に均質であることを示した。

 また1980年から1990年の10年間の時系列分析によって、地方都市の多くにおいて、DID常住人口が増加していても都心従業者数が減少する「郊外化」が進行していることが見出された。

 このように近年の日本では、3大都市圏では都心と呼べる地域の発生、成長が続いているが、地方では郊外化の波との間で均衡状態を保っていることがわかった。

 このように本論文では、クラスター分析を用いた均質地域による都市空間分析の改良のためにローパスフィルターや領域統合法を導入し、また均質地域の配置の表記法としてホモトピック・ツリー法を導入して、均質地域概念を前提とする都市空間分析に新たな展望を開いたと考えている。

 これらを活かした分析の結果として、都市地域(DID)、都心地域共に日本全国を比較分析の対象とすることが可能なことを確認したこともまた、日本の都市群についての比較分析を行うための基礎条件を確認したという点で、大きな意義があるといえるだろう。

審査要旨

 本論文は、均質地域概念に基づく都市空間分析において、比較可能な表記方法の開発を目指し、それを用いた日本の都市群の比較分析を行ったものである。

 第1章では研究の方針と、使用するデータの説明を行っている。この論文ではクラスター分析を用いた均質地域による都市空間分析の改良と、均質地域配置の表記方法の開発を目指している。またこれらのツールを用いて、日本の都市群に対して都市空間構造の比較分析を行っている。データに国勢調査および事業統計調査のメッシュ集計データを用い、全国の人口集中地区(DID)を最大3時点について分析対象としている。これは全国の都市を比較するには好適なデータである。

 第2章では既存研究のレビューを行っている。都市を均質地域の集合体としてとらえる視点は1920年代のシカゴ学派に端を発し、多変量解析(因子分析、クラスター分析)の発展と共に深化してきたが、空間構造の表記方法が十分でなく停滞してしまっていた。この反省をもとにこの論文では、社会経済的変数を用いた多変量解析による地域分類をベースに、空間分析法の改良を進めることを基本方針としている。

 第3章では、日本のすべての都市地域を共通のクラスターで説明する比較分析を行っている。技術的課題として均質地域の配置を記述する方法が必要になるが、隣接グラフにホモトピーの発想を組み合わせたホモトピック・ツリーを導入することで、領域間のトポロジカルな関係を隣接関係と包含関係という2つの概念で整理し、均質地域の位置関係を図示することを可能にしている。

 まず全国のDIDから366の都市圏を設定し、指標には職業別分類と事業所形態別分類を採用して9つのクラスターを得ている。クラスターの分布は、どの都市においても一定の空間的凝集を形成している。このことは、この分析が都市の空間構造を抽出するという目的に対して有効であることを意味している。さらに56の地方都市について詳細に分析し、ホモトピック・ツリー法によって対象都市の空間構造パターンは7種類に整理される。この結果、地方都市の一般的な空間構造としては、CBDの形状が楕円形をとること、また地方都市では商業系が都心の核に位置するが、東京・大阪では都心核はオフィス系であり、副都心核は商業系となることが示されている。

 第4章では地方都市の居住地分化の時間的変化について分析を行っている。クラスター分析の問題点である微小領域の発生を抑えるため、データスムージングおよび空間クラスタリングを導入し、地方都市間の比較を行っている。

 まず都市圏DID人口10万人以上の63都市について、住居形態、住居所有形態、職業階層の変数を用い、3時点を通した分析を行っており、ここではローパスフィルター処理、クラスター分析、領域統合処理を組み合わせた方法を用いている。地図上で10年間3時点を通して変化しないメッシュは58.6%にのぼり、クラスター構造は空間的安定性だけでなく、時間的にも安定していることが確認されている。

 さらに画像処理技術の導入によりクラスターの分布と変化を単純化してとらえることに成功している。日本の地方都市では中心部にホワイトカラー層が多く居住しており「賃貸共同住宅地区」が増加していること、またDID周辺部では「事務職一戸建地区」が大幅に拡大していること、ブルーカラー層の住宅は社宅から持家への転移が著しいこと、日本の地方都市では戸建・持家による郊外分散化と中心部での高度利用居住が並行して進行していることが知見として得られている。

 第5章のテーマは都心である。都心の範囲について「都心型従業者集積地区」と呼ぶ設定方法を提案している。CBDのような相対的基準とは異なり、従業者密度の絶対値を定義とすることで都市間の比較分析を容易にしている。指標の定義は第4次メッシュ当たり従業者数が1250人以上となるメッシュが空間的に連続し、その合計が10000人以上である領域である。

 「商業従業者比」、「ピーク集中度」、「都心型従業者集積歪率」、[業務-商業中心乖離率」の4つの指標を用いて空間形状や集中程度を測った結果、商業とオフィスの従業者比が都心の性格を表すこと、オフィス従業者比が高いほど中心性が高いという結論を得ている。3大都市圏では大都市の都心はオフィス機能に特化しており、衛星都市は商業機能に特化すると共に空間的形状がコンパクトであること、県庁都市は一般地方都市と比較してオフィス集積が高度であり、従業者密度が均質であることが示されている。また1981年から1991年の時系列分析から、地方都市の多くでDID常住人口が増加しても都心従業者数が減少する「郊外化」が進行していることも見出されている。

 このように本論文では、クラスター分析を用いた均質地域による都市空間分析の改良のためにローパスフィルターや領域統合法を導入し、また均質地域の配置の表記法としてホモトピック・ツリー法を導入して、均質地域概念を前提とする都市空間分析に新たな展望を開いた。これらを活かした分析の結果として、都市地域(DID)、都心地域共に日本全国を比較分析の対象とすることが可能なことを確認したことも、日本の都市群についての比較分析を行うための基礎条件を確認したという点で、大きな意義がある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク