都市交通問題が、交通事故、渋滞、局所的な騒音・大気汚染問題から、地球温暖化問題にまで拡大し、多様化する中で、交通政策・計画におけるパラダイムシフトが進行している。このため、交通の供給サイドだけでなく需要・制度フレームワークサイドを含めた交通政策パッケージの効果を適切に分析・評価するための手法の開発がもとめられている。多様化し、かつ広域化した施策から成る数多くの総合的交通政策パッケージを、効率的に比較検討する上で、現在戦略交通モデルの開発が注目されている。戦略交通モデルの鍵のひとつが従来分析上最も労力がかかるとされる道路ネットワークの簡略化であり、本論文は、この道路ネットワークの簡略化に伴う交通流の表現に不可欠な集計型ネットワークパフォーマンス関数について理論的、実証的研究を進めたものである。 研究の目的は、(1)集計ネットワークパフォーマンス関数の性質を理論的、実証的に明らかにすること、(2)都心地域等に適切な集計ネットワークパフォーマンス関数として信号交差点での遅れ時間を考慮した関数の開発、そして交通政策への適用性を検討するために、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた(3)マクロ環境インパクト分析モデルの開発、(4)戦略交通モデルの開発、の4点である。 論文全体は、7章で構成されており、第1章は序論として研究の背景と目的、論文の構成について説明されている。第2章は、既存研究のレビューと研究課題の整理である。続く第3章と第4章は、集計ネットワークパフォーマンス関数の理論的側面を分析したものである。第3章では、集計ネットワークパフォーマンス関数の性質、特に都心地域と渋滞流領域での性質について考察し、従来の集計Q-V式の限界を明確にして、中断交通流を含む新しい集計Q-V式の理論的展開を行っている。第4章では、集計ネットワークパフォーマンス関数の特性分析としてシミュレーションにより、前章での理論的関係について関連する要因を分析して検証している。第5章と第6章は、新たな集計ネットワークパフォーマンス関数の具体的開発とその試験的適用といった応用的側面について述べている。第5章は、信号交差点での遅れ時間を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発であり、東京のデータを基にパラメータを推定し、環境インパクト分析モデルとしての適用性について検討している。第6章は、戦略交通モデルへの適用であり、東京大都市圏についてのロードプライシング政策の分析を題材に、政策効果分析への適用可能性を示している。最後の第7章は、結論として研究全体の成果と残された課題についてまとめている。 主要な結論は次の4点である。 (1)集計ネットワークパフォーマンス関数の特性分析 集計ネットワークパフォーマンス関数としての集計Q-V式、集計Q-K式について、道路ネットワークとその交通流の性質をマクロ的に表現する上での特性と限界について理論的、実証的に明確にした。 (2)信号交差点を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発 特定地域の道路ネットワーク供給量に対する台キロ交通量とネットワーク平均速度の関係を表す従来型集計Q-V式の大きな欠点のひとつは、信号交差点での交通流変数の特性に対する配慮がないことであり、都心地域への適用に限界がある。そこで、2流体モデルを利用して信号交差点での遅れ時間を考慮した新たな集計ネットワークパフォーマンス関数を提案し、その検証を東京都の道路網を対象に道路交通センサスデータによって行ない、実測速度の再現性から、提案型の集計Q-V式の有用性を確認した。 (3)交通政策による環境インパクト分析モデルの開発 自動車交通による排気ガス、騒音等の環境インパクトを分析するには、平均旅行速度だけではなくより詳細な走行・停止条件を考慮した分析が必要である。そこで、上記(2)で開発した新しい集計Q-V式を用いて交通流を走行時間と停車時間に分けて排気ガス量と燃料消費量を算定する方法を提案し、東京都心部について具体的に適用して、このアプローチの有効性を示した。 (4)集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの開発 マクロ交通政策評価への適用性を検討するために東京大都市圏を対象に、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いて一般道路ネットワークを簡略化した戦略交通モデルを開発し、ロードプライシング施策を例として適用を試みその有効性を示している。 今後の研究課題としては、集計ネットワークパフォーマンス関数の適用分野の拡大に関して渋滞流領域、交通流パターンの変動、信号制御方式の考慮を指摘している。これらの研究成果全体を通して、本研究は集計ネットワークパフォーマンス関数を用いたマクロ的交通政策手法の有用性を理論的実証的に示したものと言える。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |