学位論文要旨



No 113338
著者(漢字) 李,薫基
著者(英字)
著者(カナ) イ,フンギ
標題(和) 集計型道路ネットワークパフォーマンス関数に関する研究
標題(洋)
報告番号 113338
報告番号 甲13338
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4056号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 講師 室町,泰徳
内容要旨

 交通渋滞や環境問題は様々な要因から発生するために、交通政策も多様化・広域化されており、多数の交通政策パッケージから最も効果のよい代替案を、時間と費用の制約下で選択する必要が生じた。戦略交通モデルは、時間と費用の制約下で、多様な交通政策を分析し、最も効果のよい代替案を選択するため開発されたものであり、そのモデルの特徴は集計型道路ネットワークパフォーマンス関数(以下、集計ネットワークパフォーマンス)の一種である集計Q-V式による道路ネットワークの大胆な簡略化にある。今後マクロレベルの政策評価分析の必要性は一層大きく、集計ネットワークパフォーマンス関数に関する研究が必要である。

 本研究の目的は、理論的及び実証的分析によって集計ネットワークパフォーマンス関数の性質を把握し、マクロレベルの政策評価分析への活用を図ることである。本研究から得られた主要な研究成果は、信号交差点での遅れ時間を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発、交通政策による環境インパクト分析モデルの開発、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの開発の3点で、以下にそれぞれの内容を述べる。

(1)信号交差点での遅れ時間を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発

 マクロレベルの評価分析や戦略交通モデルに用いられる集計Q-V式は、集計ネットワークパフォーマンス関数の代表的なものであり、特定地域の道路ネットワーク供給量に対する台キロ交通量とネットワーク平均速度の関係を表す。しかし、従来集計Q-V式の大きな欠点は、信号交差点での交通流変数の特性に対する配慮がないことであり、都心地域への適用には限界を持っている。そこで、道路区間での集計交通流変数の特性、信号交差点での集計交通流変数の特性を理論的に考察したうえ、道路区間での交通サービスと信号交差点での交通サービスを同時に表現できる、集計ネットワークパフォーマンス関数を提案し、その検証を東京都の道路網を対象に道路交通センサスデータによって行った。従来型の集計式と比較して、実測速度の再現性から、提案型の集計式の有用性を確認した。

(2)交通政策による環境インパクト分析モデルの開発

 排気ガス、騒音等自動車交通による環境問題は非常に深刻であり、環境評価モデルとして様々なものが提案されている。そのモデルの大半は、排気ガスの排出量や燃料消費量の算定を、平均旅行速度を基準に行っている。しかし、自動車からの排気ガスの排出量は走行・停止条件により変動するためより適切な手法が必要である。そこで、道路ネットワークを移動する交通流を、走行時間と停車時間に分類し、そこから排気ガスの排出量と燃料消費量を算定する方法を提案した。基本的な概念は、主に都心地域では、道路区間を走行する場合と信号交差点で停車する場合だけが存在すると仮定し、それぞれから排気ガスの排出量と燃料消費量を算定することである。具体的には、(1)の集計ネットワークパフォーマンス関数を用いて、走行時間と停車時間とを計算し、マクロレベルの2流体モデルを適用することを提案した。2流体モデルを用いると、平均旅行時間を平均走行時間と平均停車時間に区別することができるため、走行時の排出量と停車時の排出量をマクロレベルで算定できる。この環境インパクト分析モデルを用いれば、アイドリングについても環境評価分析が可能となる。

(3)集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの開発

 戦略交通モデルは、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた代表的な例であり、ある程度の精度を維持しながら多数の政策分析に必要な時間や費用を大きく削減しうることにその意義を見つけることができる。今後の交通政策は、広範囲な地域に対し、最も効果のよい政策パッケージを選択することが必要であり、戦略交通モデルの必要性はより高まると予想される。そこで、東京大都市圏を対象に、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの開発を試みた。基本的な考え方は、配分計算の際、首都高速道路はフルネットを用い、一般道は集計ネットワークパフォーマンス関数による簡略ネットワークを用いることである。その理由は、一般道はリンク数が非常に多くて配分用のネットワーク構築に時間と費用がかかり、多数の一般道から配分用リンクの選定基準が困難なためである。台キロと台時間における実測値と推計値の比較結果は、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの適用可能性を示している。

 以上、本研究による主な研究成果について説明したが、残された課題としては、需要サイド要因による集計ネットワークパフォーマンス関数の感度分析、また渋滞領域に対する集計ネットワークパフォーマンス関数型の性質分析等がある。

審査要旨

 都市交通問題が、交通事故、渋滞、局所的な騒音・大気汚染問題から、地球温暖化問題にまで拡大し、多様化する中で、交通政策・計画におけるパラダイムシフトが進行している。このため、交通の供給サイドだけでなく需要・制度フレームワークサイドを含めた交通政策パッケージの効果を適切に分析・評価するための手法の開発がもとめられている。多様化し、かつ広域化した施策から成る数多くの総合的交通政策パッケージを、効率的に比較検討する上で、現在戦略交通モデルの開発が注目されている。戦略交通モデルの鍵のひとつが従来分析上最も労力がかかるとされる道路ネットワークの簡略化であり、本論文は、この道路ネットワークの簡略化に伴う交通流の表現に不可欠な集計型ネットワークパフォーマンス関数について理論的、実証的研究を進めたものである。

 研究の目的は、(1)集計ネットワークパフォーマンス関数の性質を理論的、実証的に明らかにすること、(2)都心地域等に適切な集計ネットワークパフォーマンス関数として信号交差点での遅れ時間を考慮した関数の開発、そして交通政策への適用性を検討するために、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた(3)マクロ環境インパクト分析モデルの開発、(4)戦略交通モデルの開発、の4点である。

 論文全体は、7章で構成されており、第1章は序論として研究の背景と目的、論文の構成について説明されている。第2章は、既存研究のレビューと研究課題の整理である。続く第3章と第4章は、集計ネットワークパフォーマンス関数の理論的側面を分析したものである。第3章では、集計ネットワークパフォーマンス関数の性質、特に都心地域と渋滞流領域での性質について考察し、従来の集計Q-V式の限界を明確にして、中断交通流を含む新しい集計Q-V式の理論的展開を行っている。第4章では、集計ネットワークパフォーマンス関数の特性分析としてシミュレーションにより、前章での理論的関係について関連する要因を分析して検証している。第5章と第6章は、新たな集計ネットワークパフォーマンス関数の具体的開発とその試験的適用といった応用的側面について述べている。第5章は、信号交差点での遅れ時間を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発であり、東京のデータを基にパラメータを推定し、環境インパクト分析モデルとしての適用性について検討している。第6章は、戦略交通モデルへの適用であり、東京大都市圏についてのロードプライシング政策の分析を題材に、政策効果分析への適用可能性を示している。最後の第7章は、結論として研究全体の成果と残された課題についてまとめている。

 主要な結論は次の4点である。

(1)集計ネットワークパフォーマンス関数の特性分析

 集計ネットワークパフォーマンス関数としての集計Q-V式、集計Q-K式について、道路ネットワークとその交通流の性質をマクロ的に表現する上での特性と限界について理論的、実証的に明確にした。

(2)信号交差点を考慮した集計ネットワークパフォーマンス関数の開発

 特定地域の道路ネットワーク供給量に対する台キロ交通量とネットワーク平均速度の関係を表す従来型集計Q-V式の大きな欠点のひとつは、信号交差点での交通流変数の特性に対する配慮がないことであり、都心地域への適用に限界がある。そこで、2流体モデルを利用して信号交差点での遅れ時間を考慮した新たな集計ネットワークパフォーマンス関数を提案し、その検証を東京都の道路網を対象に道路交通センサスデータによって行ない、実測速度の再現性から、提案型の集計Q-V式の有用性を確認した。

(3)交通政策による環境インパクト分析モデルの開発

 自動車交通による排気ガス、騒音等の環境インパクトを分析するには、平均旅行速度だけではなくより詳細な走行・停止条件を考慮した分析が必要である。そこで、上記(2)で開発した新しい集計Q-V式を用いて交通流を走行時間と停車時間に分けて排気ガス量と燃料消費量を算定する方法を提案し、東京都心部について具体的に適用して、このアプローチの有効性を示した。

(4)集計ネットワークパフォーマンス関数を用いた戦略交通モデルの開発

 マクロ交通政策評価への適用性を検討するために東京大都市圏を対象に、集計ネットワークパフォーマンス関数を用いて一般道路ネットワークを簡略化した戦略交通モデルを開発し、ロードプライシング施策を例として適用を試みその有効性を示している。

 今後の研究課題としては、集計ネットワークパフォーマンス関数の適用分野の拡大に関して渋滞流領域、交通流パターンの変動、信号制御方式の考慮を指摘している。これらの研究成果全体を通して、本研究は集計ネットワークパフォーマンス関数を用いたマクロ的交通政策手法の有用性を理論的実証的に示したものと言える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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