市民生活に身近な住宅地の区画道路や商店街の道路では、歩行者と自動車交通との分離がなされず、違法駐車、通過交通の侵入、などより歩行の障害と危険の増大、人と車の交通容量の低下などの諸問題を発生させている。しかし、このような歩車混合空間の計画・設計のベースとなる交通環境評価指標は未確立で、研究が進んでいない。 本論文は、人・車など多様な交通手段が混在する生活道路を歩車混合空間としてとらえ、社会的公共空間としての道路のアクセス・空間・防災・環境といった側面における諸機能を統合的に表現する交通環境評価指標の開発を目的としている。具体的には、次の2点を目的として理論的実証的分析を行っている。 1)歩車混合空間において、従来の交通工学的理論では取り扱いにくいオキュパンシー指標を改良した時空間占有量(Time Space Occupancy:以下TSO)という概念を用いて、歩車混合空間上の様々な交通現象を表現する理論と時空間占有量を用いた交通環境評価指標を開発すること。 2)その指標を実際の分野で適用して、有効性を確かめること。 論文は全体で7章で構成されており、第1章で、研究の背景と目的を明らかにした上で、次の第2章から第5章は既存研究のレビュー(第2章)、新しい交通環境指標の理論的展開(第3章、第4章)、そして新しい理論の具体的適用(第5章、第6章)の3部に分かれ、最後の第7章で研究の成果と課題についてとりまとめている。 主要な研究成果としては、以下のとおりである。 (1)新たな総合的交通環境評価指標の必要性の確認 歩車混合空間、地区交通計画、交通環境評価指標に関する既存研究のレビューを通じて、歩車混合空間の整備・設計をする際に適切な指標が貧弱であり、新たな交通環境評価指標の必要性を明らかにした。 (2)歩車混合空間での新たな交通環境指標としての時空間占有量TSO指標の開発 既存のオキュパンシー指標を補完し、歩車混合空間のあらゆる交通手段を、同時に表現できる交通環境評価指標として時空間占有量に着目して、その理論を拡充して、歩車混合空間の計画・設計評価の視点から具体的展開を図り、実用的な指標化を行った。時空間占有量指標の有用性に関しては、ソウルと東京の11ヶ所の歩車混合空間についてデータを収集し、時空間占有量を用いたTSO-QV関数により交通流と交通環境の基本的特性がより適切に表現できることを実証的に検証している。さらに、TSO指標により、歩車混合空間のサービス水準や路上駐車による自動車交通の速度低下を適切に表現できることを明らかにしている。 (3)時空間占有量TSO指標の計画・政策評価における有効性の検証 TSO指標が歩車混合空間の計画・政策評価に有効であることを検証するために、ソウルでのデータを基に新たな概念を提案して具体的に検討を行っている。ひとつは、道路交通による社会的費用の算定および政策への適用であり、ソウル市の一般的な居住地区を対象に時空間占有量を用いて開発したTSO-QV関数および、速度減速率モデル式と時空間占有量そのものを用いて、道路交通に伴う大気汚染、交通事故、交通混雑、路上駐車による社会的費用を試算し、ソウルの場合、路上駐車による社会的費用が大きく、車庫規制などの対策の重要性を明らかにしている。次に、歩車混合空間の安全性を表す指標として歩行者について「時空間暴露量」という概念を提案し、ソウル市のデータを基に適用し、その有効性を検討した。既存の概念である歩車交錯度と比較して、現実的でより適切なものであることを明らかにしている。さらに時空間占有量の概念を用いて環境容量を測定する手法の一つとしてTSO飽和度という概念についても提案している。最後に、今後の課題として多様な歩車混合空間についての実証データの蓄積とTSO指標を用いた各種概念、公式の改善などを指摘している。 以上全体として、本研究は従来の交通工学分野では取扱いにくかった歩車混合空間の交通環境評価指標として、時空間占有量TSOに着目してその概念の有用性を検討し、各種の関連指標を提案してその有効性を実証的に明らかにしており、今後の計画・設計、政策評価で役立つものと期待される。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |