学位論文要旨



No 113339
著者(漢字) 陳,章元
著者(英字)
著者(カナ) チン,チャンウォン
標題(和) 歩車混合空間における交通環境評価指標に関する研究 : 時空間占有量によるアプローチ
標題(洋)
報告番号 113339
報告番号 甲13339
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4057号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 講師 室町,泰徳
内容要旨

 歩車混合空間は近年、地区交通計画において関心が高くなってきた課題であるが、関心の高さとは別にその整備・設計の際に用いている評価指標は貧弱である。その原因の一つとしては歩車混合空間の上に共存している多様な交通手段の現状を適切に表現する指標がないことがある。又、歩車混合空間に対する物理的方法については比較的研究が進んでいるが交通工学的観点からその効果や影響について分析する理論は少ない。そこで、本研究の主な目的は、1)従来の交通工学的理論では取り扱いにくいオキュパン-シ指標を改良した時空間占有量の概念を用いて歩車混合空間上の様々な交通現象を表現する理論と交通環境評価指標を開発し、2)その指標を実際の分野で適用して、有効性を確かめること、である。

 研究の内容としてはまず、歩車混合空間、地区交通計画、交通環境評価指標に関する既存研究のレビューを通じて新たな交通環境評価指標が必要であることを述べる。一方、最近、時空間占有量という概念が都市内の交通手段間の効率性を比較したり、歩行者用空間のサービス水準を測定する際に用いられてきたが、その概念に潜在している有用性に比べて限られた分野にしか用いられていない。しかし時空間占有量の概念が歩車混合空間の交通環境評価指標を作るのに非常に有用性が高いことに着目して、この研究は交通環境評価指標の理論的開発とその実際的応用による有用性の検証について研究している。

 まず理論的開発の部分では第一に、時空間占有量の概念に関する歴史的発展のレビューに基づき、関連式の開発及びマクロ交通計画の評価指標として有効性を検討した。第二に、どのような道路でも交通環境評価をするためには基本的に対象道路上の交通流の表現ができる交通流関係の関数が必要であることに着目し、時空間占有量を用いた交通量-速度(TSO-QV)関数を提案し、推定した。対象道路としてはソウル市と東京の商店街又は居住地区の歩車混合空間を選択した。第三には、歩車混合空間で共通の問題となっている路上駐車の影響を測定するため、時空間占有量を用いて路上駐車によって走行車両に与える速度減速率のモデル式を推定した。最後に、歩車混合空間を設計・整備する時重要な指標であるサービス水準について時空間占有度に基づいた指標を提案した。

 実際的応用の分野では第一にケーススタディ地区としてソウル市の一般的な居住地区を対象に時空間占有量を用いて道路交通による社会的費用を試算した。その結果、歩車分離道路の場合は通常、交通混雑と交通事故による社会的費用が一番高いと言われているが、ソウル市の歩車混合空間では路上駐車による社会的費用が約1/2と大きい割合を占めていることを明かにした。更に、現在ソウルで施行している居住地区駐車許可制の料金と比較した結果、社会的費用が現在の料金より約1.4倍から3.5倍であることが分かった。第二に、歩車混合空間の安全性を表す指標として時空間暴露量と言う概念を提案して検討した。時空間暴露量はあるリンクにいる歩行者が車あるいは他の手段にどのぐらいに暴露されているのかを表す交通環境評価指標である。時空間暴露量はソウル市の四つの一般居住地区で調査した43個の道路リンクで適用してみた結果、既存の概念である歩車交錯度や時空間交錯度と比較して現実的でより適切なものであることが分かった。第三に、時空間占有量を用いて歩車混合空間の経済的評価を試みた。これは地区交通改善事業を行ったソウル市の歩車混合空間を対象とし、帰着便益分析の手法を用いて検討したので、時空間占有量の有用性が確認された。最後に、時空間占有量の概念を用いて環境容量を測定する手法の開発について検討した。

 以上本研究では、時空間占有量の概念を用いて歩車混合空間のパフォーマンスを表す交通量-速度TSO-QV関数の開発、路上駐車による走行車両の速度低下を表現する速度減速率モデル式の推定、歩車混合空間でのサービス水準指標の提案、交通安全性についての新たな評価指標としての時空間暴露量の提案等を行い、時空間占有量による交通環境評価指標が歩車混合空間で有用であることを示した。

審査要旨

 市民生活に身近な住宅地の区画道路や商店街の道路では、歩行者と自動車交通との分離がなされず、違法駐車、通過交通の侵入、などより歩行の障害と危険の増大、人と車の交通容量の低下などの諸問題を発生させている。しかし、このような歩車混合空間の計画・設計のベースとなる交通環境評価指標は未確立で、研究が進んでいない。

 本論文は、人・車など多様な交通手段が混在する生活道路を歩車混合空間としてとらえ、社会的公共空間としての道路のアクセス・空間・防災・環境といった側面における諸機能を統合的に表現する交通環境評価指標の開発を目的としている。具体的には、次の2点を目的として理論的実証的分析を行っている。

 1)歩車混合空間において、従来の交通工学的理論では取り扱いにくいオキュパンシー指標を改良した時空間占有量(Time Space Occupancy:以下TSO)という概念を用いて、歩車混合空間上の様々な交通現象を表現する理論と時空間占有量を用いた交通環境評価指標を開発すること。

 2)その指標を実際の分野で適用して、有効性を確かめること。

 論文は全体で7章で構成されており、第1章で、研究の背景と目的を明らかにした上で、次の第2章から第5章は既存研究のレビュー(第2章)、新しい交通環境指標の理論的展開(第3章、第4章)、そして新しい理論の具体的適用(第5章、第6章)の3部に分かれ、最後の第7章で研究の成果と課題についてとりまとめている。

 主要な研究成果としては、以下のとおりである。

(1)新たな総合的交通環境評価指標の必要性の確認

 歩車混合空間、地区交通計画、交通環境評価指標に関する既存研究のレビューを通じて、歩車混合空間の整備・設計をする際に適切な指標が貧弱であり、新たな交通環境評価指標の必要性を明らかにした。

(2)歩車混合空間での新たな交通環境指標としての時空間占有量TSO指標の開発

 既存のオキュパンシー指標を補完し、歩車混合空間のあらゆる交通手段を、同時に表現できる交通環境評価指標として時空間占有量に着目して、その理論を拡充して、歩車混合空間の計画・設計評価の視点から具体的展開を図り、実用的な指標化を行った。時空間占有量指標の有用性に関しては、ソウルと東京の11ヶ所の歩車混合空間についてデータを収集し、時空間占有量を用いたTSO-QV関数により交通流と交通環境の基本的特性がより適切に表現できることを実証的に検証している。さらに、TSO指標により、歩車混合空間のサービス水準や路上駐車による自動車交通の速度低下を適切に表現できることを明らかにしている。

(3)時空間占有量TSO指標の計画・政策評価における有効性の検証

 TSO指標が歩車混合空間の計画・政策評価に有効であることを検証するために、ソウルでのデータを基に新たな概念を提案して具体的に検討を行っている。ひとつは、道路交通による社会的費用の算定および政策への適用であり、ソウル市の一般的な居住地区を対象に時空間占有量を用いて開発したTSO-QV関数および、速度減速率モデル式と時空間占有量そのものを用いて、道路交通に伴う大気汚染、交通事故、交通混雑、路上駐車による社会的費用を試算し、ソウルの場合、路上駐車による社会的費用が大きく、車庫規制などの対策の重要性を明らかにしている。次に、歩車混合空間の安全性を表す指標として歩行者について「時空間暴露量」という概念を提案し、ソウル市のデータを基に適用し、その有効性を検討した。既存の概念である歩車交錯度と比較して、現実的でより適切なものであることを明らかにしている。さらに時空間占有量の概念を用いて環境容量を測定する手法の一つとしてTSO飽和度という概念についても提案している。最後に、今後の課題として多様な歩車混合空間についての実証データの蓄積とTSO指標を用いた各種概念、公式の改善などを指摘している。

 以上全体として、本研究は従来の交通工学分野では取扱いにくかった歩車混合空間の交通環境評価指標として、時空間占有量TSOに着目してその概念の有用性を検討し、各種の関連指標を提案してその有効性を実証的に明らかにしており、今後の計画・設計、政策評価で役立つものと期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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