学位論文要旨



No 113340
著者(漢字) 糸川,浩紀
著者(英字)
著者(カナ) イトカワ,ヒロキ
標題(和) 高負荷間欠曝気式硝化脱窒法による高濃度排水処理過程での亜酸化窒素の生成機構
標題(洋)
報告番号 113340
報告番号 甲13340
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4058号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 味埜,俊
内容要旨

 現在、地球温暖化問題が、数ある環境問題の中でも最大の注目を集めている。その原因物質である温室効果ガスとしては、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素(N2O)、ハロカーボン類などが代表的である。N2Oの大気中濃度は18世紀後半の産業革命以降増加を続けていることが明らかにされており、人間活動の寄与が指摘されている。その放出量を削減することは、地球温暖化対策として意義あることだと考える。

 細菌による硝化・脱窒の両過程でN2Oが生成されることは、古くから知られていた。そして、近年になって、排水処理過程で遂行される硝化・脱窒過程からも相当量のN2Oが生成され得ることが明らかになってきた。しかし、実排水処理施設からの放出量を実測した例は少なく、そこで生成されるN2Oの起源、生成機構などについて不明な点が多い。現行の知見をもとにすれば、し尿処理施設、とりわけ高負荷脱窒型の施設において、除去される窒素量に対して高い割合でN2Oが放出されるようである。

 本研究では、高負荷間欠曝気式の窒素除去をおこなうし尿処理過程を想定し、以下の3点を目的とした。

 (1)し尿処理施設のN2O発生源としてのインパクトを評価する。

 (2)生物処理過程でのN2O生成機構を明らかにする。

 (3)N2O放出抑制型の運転方法を見出す。

 間欠曝気槽および無酸素槽から成る高負荷膜分離型の窒素除去をおこなっている実し尿処理施設における調査を実施した。

 N2O発生源としては間欠曝気槽が重要であり、そこから揮散し環境中へ放出されるN2O量を実測値をもとに推定した。放出量は調査日により大きく異なり、1日当たりの放出量は0.16〜63gN/dであった。そこから日本の全し尿処理施設由来の放出量を0.01〜13GgN/yrと試算し、-し尿処理施設がN2O発生源として無視できないものである可能性が示された。

 調査回により放出量が大きく異なったのは、間欠曝気槽の処理状態の違いが要因であると思われた。特に、脱窒の役割が重要であり、脱窒が不調であると判断された場合に放出量が著しく大きくなった。

 上記実施設の間欠曝気槽を模擬した実験室規模リアクターを運転し、運転条件および処理状態がN2O放出量に与える影響を検討した。

 投入基質のCOD/N比を2.4〜3.5と小さく設定すると、脱窒が不完全となりNO3-Nが高濃度に残留した。その条件において無酸素工程後半でN2Oが大量に発生した。一方、COD/N比を5.0以上と高く設定した運転では、硝化の不調によりNH4-Nが蓄積することがあったが、以下に記した低DO条件を除いてN2O放出量は常に小さかった。

 好気工程のDOを制御した実験系を実施したところ、基質のCOD/N比を5.0と高く設定しDOを0.5〜1.1mg/lと低濃度に維持した運転条件において、好気工程でN2Oが多量に発生した。

 基質のCOD/N比が小さくN2Oを大量に発生していたリアクターに対して、脱窒の有機物源としてメタノールを添加することによりN2O放出を抑制することを試みた。当初予想されたよりも多量の投入を要したものの、メタノール投入がN2O放出抑制策として有効であることが示された。

 上記リアクターで発生したN2Oに対する硝化と脱窒の寄与率を明らかにするため、窒素の安定同位体15Nを用いたトレーサー実験を実施した。

 低COD/N比の基質で運転しN2Oが大量に発生した条件では、無酸素工程後半での脱窒がN2Oの主要な起源であった。また、好気工程においては硝化由来のN2Oが発生することが示され、DOを低濃度に制御した場合に硝化由来のN2O放出量が増加した。

 基質のCOD/N比を小さく設定した場合に脱窒過程で大量のN2Oが発生した機構を、種々の実験的手法により推定した。

 リアクターの運転サイクル内での窒素成分および有機物の挙動より、N2Oが大量に発生した無酸素工程後半には脱窒が内生型になっていたことが示唆された。また、基質投入中に進行する脱窒の過程でNO2-Nが蓄積し、それが内生脱窒へと持ち越された。

 脱窒経路中の各還元活性を測定したところ、N2O放出量の大小に関わらずN2O還元活性は常に前段の各還元活性よりも高く維持されていた。また、脱窒過程でN2Oを大量に発生した系列に限ってNO3-N還元活性がNO2-N還元活性よりも大きく、上述のNO2-N蓄積の原因が明らかにされた。

 リアクターの汚泥を脱窒条件で回分式に培養し、様々な環境因子の影響を検討した。添加した有機物が残存する間はN2Oが蓄積されず、内生脱窒へと移行して初めてN2Oが蓄積した。ここでの有機物源は、有機物残存時に細胞内に蓄積されたPHBであると考えられた。NO3-Nは内生脱窒時のN2O生成を促進した。また、NO2-NがN2O還元を著しく阻害する効果を持つことが確認された。

 脱窒経路中の各還元反応について、有機物存在下での速度と内生呼吸時の速度とを比較した。内生脱窒時には各還元速度が低下したが、NO2-N還元速度の低下率のみが極端に小さかった。その結果、内生脱窒時にはNO3-N還元速度よりもNO2-N還元速度の方が大きくなった。また、内生脱窒時にNO3-NとNO2-Nが同時に存在する場合には、後者が優先的に使用されることが示唆された。

 リアクターの運転中にNO3-NないしはNO2-Nをパルス的に与えた実験より、内生脱窒が進行すること自体はN2Oの蓄積を伴わず、そこにNO2-Nが存在すると大量のN2Oを発生することが分かった。

 以上の諸検討より、間欠曝気式の運転における脱窒過程でのN2O発生に対しては、(a)基質投入終了後に脱窒が内生型となる、(b)基質投入中NO2-Nが蓄積する、という2点が支配的な因子であると考察された。ここで、NO2-Nの蓄積は、N2O生成速度の増大とN2O消費速度の低下という二つの効果により寄与していると考えられた。その意味で、NO2-N還元活性がNO3-N還元活性よりも小さかった点も重要であると思われた。また、処理状態としてのNO3-Nの蓄積も、N2O還元速度の低下という寄与を持つと考えられた。

 脱窒過程でのN2O生成に対するpHの影響を検討した。

 脱窒過程でN2Oを発生しているリアクターの混合液のpHを6.5〜7.8の範囲で変化させたところ、pHが高いほどN2O放出量は減少した。特に、pHを7.5〜7.8にまで増加させた場合には脱窒過程でのN2O生成がほとんど認められず、pHの制御のみによってN2O放出量を抑制できる可能性が示された。

 ここでのpHの影響は、pH変更後直ちに起こり、かつ可逆的であった。また、脱窒自体は影響を受けなかったことから、脱窒経路中でN2O還元のみが特異的に影響を受けると考察された。

 上の傾向は、リアクターの混合液を使用した脱窒回分実験によっても示された。ここでも、N2Oの蓄積は内生脱窒時においてのみ起こったが、そこにNO2-Nが存在していたにも関わらず、高pH条件ではN2O蓄積速度が著しく小さかった。

 好気工程のDOを低濃度に制御した場合のN2O生成機構について考察した。

 好気工程で大量のN2Oを発生しているリアクターにおいては、N2Oの発生がNO2-Nの蓄積と同時期に起こった。

 これと前述の15Nトレーサー実験の結果より、好気工程のDOが低い場合には、(a)硝化菌が利用可能な酸素量が制限されること自体による硝化過程でのN2O生成量の増加、(b)酸素量が制限されたことにより亜硝酸酸化が阻害を受けその結果蓄積したNO2-NによるN2O生成量の増加、という二つの機構が想定された。

 実施設調査および実験室規模リアクターを用いた諸検討の結果より、N2O放出抑制型の運転法を提案した。

 投入原水のC/N比が小さい場合には脱窒過程で大量のN2Oが発生する可能性があるが、その場合には、(a)間欠曝気槽で脱窒を完遂させる、(b)原水投入時期を最適化し内生脱窒の進行を抑制する、(c)pHを高く維持する、などの方策が有効であると考察された。

 また、好気工程のDOを決定する際には、NH4-Nの蓄積のみに注目するのではなく、亜硝酸酸化が阻害を受けないようなDOレベルを維持する必要がある点を指摘した。

 最後に、たとえ低濃度であれ常時NO2-Nが残留しているような運転は避けるべきである点を指摘した。

審査要旨

 人為的な温室効果ガスの増大により気候変化が生じることが世界的に懸念されており、その防止のために二酸化炭素のみならず亜酸化窒素の発生を抑制することが求められている。本研究は排水処理過程における亜酸化窒素の生成機構を明らかにし、その発生を抑制することを目指して行われたものである。

 本論文は「高負荷間欠曝気式硝化脱窒法による高濃度排水処理過程での亜酸化窒素の生成機構」と題し、全11章からなる。

 第1章「はじめに」では、本研究の背景、目的、意義について述べている。

 第2章「既存の知見の整理」では、まず地球温暖化の問題の中での温室効果ガスとしての亜酸化窒素の役割と発生源及び消失先について既存の知見を整理し、未知の発生源が存在していることを指摘している。次に本研究で扱う排水処理過程からの亜酸化窒素生成に関する研究をレビューしている。

 第3章は「分析方法」である。本研究においては、窒素の安定同位体をトレーサーに用いた研究を行っているが、その手法の基礎となっている、アンモニア、硝酸態窒素及び亜酸化窒素中の窒素の安定同位体の濃度を求める方法について、確立した前処理の方法も含めて詳述している。

 第4章は「実し尿処理施設における調査」である。この章では本研究におけるさまざまな運転条件検討のきっかけとなった実際の処理施設における調査結果について述べている。そもそもし尿処理施設からの亜酸化窒素の生成量に関する調査は極めて限られており、それらも限られた回数の調査の結果が報告されているに過ぎない。本研究では、同一の処理施設において繰り返し実測することにより、亜酸化窒素の生成量は大幅に変動しうることをまず明らかにしている。また、転換した窒素からの亜酸化窒素の生成比率が状況によっては極めて高いことを指摘している。更に、わが国のし尿処理施設全体からの亜酸化窒素の生成量が無視できない量になっている可能性を示唆している。

 第5章は「実験室規模リアクターによる運転条件および処理状態がN2O放出量に与える影響の検討」である。室内実験によって、排水中の有機物と窒素の比(COD/N比)、好気工程の溶存酸素濃度、有機物を補う目的で行われるメタノール添加の有無が亜酸化窒素の生成量に与える影響を検討している。その結果、硝化と脱窒から構成される本窒素除去プロセスの内、大量の亜酸化窒素生成につながるのは脱窒反応であることを明らかにした。このことは亜酸化窒素の生成を抑制する対策を立てるに当たって非常に重要な知見である。

 第6章は「N2O生成に対する硝化と脱窒の寄与率推定」である。本法のように硝化と脱窒が同一のリアクターで起きるプロセスでは、発生する亜酸化窒素が脱窒起源か、硝化起源かは自明ではない。これを明らかにするために、著者は窒素の安定同位体を用いた実験を行った。その結果、大量の亜酸化窒素生成は脱窒によるものであることを確認し、また溶存酸素の低い状況では硝化過程で亜酸化窒素が発生する場合があることを明らかにした。このように同位体を用いて排水処理過程での亜酸化窒素生成の起源を明らかにした研究はこれまでになく、その意義は大きいと評価される。

 第7章は「有機物制限条件下での脱窒過程でのN2O生成機構」である。外部からの基質が消費された後の内生的な脱窒反応の際には、亜硝酸態窒素から亜酸化窒素への還元速度が低下しない反面、亜酸化窒素の更なる還元の速度が低下する結果として亜酸化窒素の蓄積が起こる、というメカニズムを明らかにした。このような知見はこれまでに報告されていない点であり、亜酸化窒素生成のメカニズム解明に寄与した。

 第8章は「脱窒過程でのN2O生成に対するpHの効果」であり、低pHで亜酸化窒素が出やすい傾向を明らかにした。

 第9章は「低DO条件下でのN2O生成機構」で、好気工程で溶存酸素を抑制した際に起きる亜酸化窒素の生成についてその機構を推定している。

 第10章「N2O放出抑制型の運転法」では今回の一連の実験結果を元にして望ましい運転方法についての提言を行っている。

 第11章は「結論および今後の検討課題」で、研究成果を総括すると共に、今後の課題を抽出している。

 本研究は、これまで発生量の推定が十分になされず、特に発生機構が知られていなかった排水処理過程での亜酸化窒素発生という、環境問題としての重要な課題を取りあげ、従来の研究を越えて機構解明を深く行ったものである。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54627