学位論文要旨



No 113342
著者(漢字) 黄,善振
著者(英字)
著者(カナ) ファン,ソンジン
標題(和) 埋め立て廃棄物の性状と通気条件が硝化・脱窒及び亜酸化窒素発生に与える影響
標題(洋)
報告番号 113342
報告番号 甲13342
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4060号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 古米,弘明
 東京大学 講師 佐藤,弘泰
内容要旨 <背景>

 図-1に示したように埋立地における廃棄物の生物分解過程は、有機窒素分解と有機炭素分解の大きく二つに分けられる。有機窒素から窒素ガスまでの各段階には様々な微生物が関与している。すなわち、無機化を行なうDeamino bacteria、硝化を行なうアンモニア酸化菌及び亜硝酸酸化菌、さらに脱窒菌としてThiobacillus denitrificans,Achromobacter nephrii,Flavobacterium sp.,Vibrio succinogenes等の細菌が挙げられる。

 一方、近年、大気中の温室効果ガス(GHG)の濃度増加による地球温暖化が問題となっており、その発生原因の究明および対策に関心が集められている。廃棄物埋立地は温室効果ガスの発生源の一つであり、廃棄物の分解に由来する温室効果ガスとしては、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素等が挙げられる。しかし、それらガスの発生実態に関する報告例は十分でなく、測定方法も確立されてないことなど、廃棄物埋立地の地球温暖化への影響及び対策はまだ充分に把握されていない。

図-1廃棄物層内における生物分解性物質の質変換現象モデル概念図

 亜酸化窒素(N2O)は主に燃焼と微生物反応による硝化及び脱窒の過程で生成される。N2Oは重量基準で二酸化炭素の数百倍程度の温室効果をもたらすだけでなく、成層圏でNOxを生成しオゾン層を破壊する可能性もあると考えられており、地球規模環境に対する影響が懸念されるようになった。大気中N2O濃度は、現在約310ppbで毎年約0.25%ずつ増加している。N2Oは大気中での反応活性が低く大気圏で120年と長い寿命を持つので、その影響は極めて長期間にわたるものと考えられる。

 脱窒反応の場合、最終的に生成される窒素ガスと温室効果ガスである亜酸化窒素は、埋立地から大気中にそれぞれのフラックスとして放出される。但し、亜酸化窒素の場合は高い溶解度を有するため、生成されたガスの一部は層の内部で溶解され存在している場合も多い。

 埋立層の場合は、基質の存在する環境が水処理の場合と大きく異なっている。そのため、無機化、硝化、および脱窒に対する影響因子の種類、及び相対的な重要性も異なってくる。なお、埋立地の安定化の面で最も望ましい処理方法は、有機窒素を無機化した後、硝酸まで硝化させ、さらに、脱窒により窒素ガスにまで分解させる方式といえる。準好気性埋立構造、好気性埋立構造および循環式準好気性埋立構造等はこれらの反応促進に適している。特に、花島らにより提案された循環式準好気性埋立方式は、浸出水の返送による窒素の安定化も目指した埋め立て方式で、本研究ではその機能に加え亜酸化窒素発生の面を考察した。

<目的>

 本研究においては、埋立地の安定化及び亜酸化窒素発生の両観点から、循環式準好気性埋立方式想定し以下の内容に関して研究を行なった。

 (1)ごみの含水率および通気条件が、埋立層内の窒素成分の安定化に及ぼす影響を、15N安定同位体を応用したトレーサー技法及び、カラム実験による物質収支の評価を通して把握する。

 (2)ごみの含水率、覆土の厚さおよび通気条件が、温室効果ガスである亜酸化窒素の生成及び、大気中への放出量に及ぼす影響を、生物学的硝化・脱窒反応の観点から把握する。

 (3)In situでの硝化菌の検出が可能であるFISH技法を導入し、アンモニア酸化菌を中心に硝化菌量を把握し物質収支から求めた硝化量との関連を検討する。

 (4)以上の実験から求められた結果に基づき、循環式準好気性埋立方式の導入が、ごみの早期安定化に加え、温室効果ガスである亜酸化窒素の放出量抑制という目標を満足するかを検討する。

<実験結果>1.N2O発生源の把握のための15Nの窒素同位体実験および物質収支の検討

 図-2の実験装置を用いて廃棄物の含水率がN2Oに及ぼす影響を調べら結果、atom-%15Nは40%、50%、60%の含水率と関係なくすべてが49.78%-50.04%の値を示した。初期にラベリングした硝酸の15N同位体比が50.04%であった事実から生成された亜酸化窒素はほぼ脱窒から生成されたのが分かった。

図-2 15N同位体実験に用いられた反応槽の概念図

 同様にバルクの酸素濃度の影響を調べた実験からは、以下の結果が得られた。

 (1)バルクの酸素の濃度は生成されたN2Oの量に影響し、酸素濃度の減少はN2Oの生成を促進した。しかし,15N同位体実験により低濃度の酸素濃度だけではなく、十分に好気的な条件から生成されたN2Oもほぼ脱窒から生成された。

 (2)硝化・脱窒量の計算から、バルクの酸素の濃度が0%-5%のところでは脱窒反応だけが起きたが、酸素の濃度が10%-15%になると硝化と脱窒が同時に起きるのが把握れた。つまり、10%酸素濃度に対しては脱窒量が硝化量より約1.5倍、15%酸素濃度の場合は硝化量が脱窒量より約4.5倍多かった。

 (3)発生する総脱窒ガスは嫌気性に近付くほど増加したが、総説窒ガス中のN2Oの比は好気性に近付くほど増加した。

2.初期硝酸性窒素を含まない従来埋め立て方式での硝化・脱窒およびN2O生成

 初期硝酸態・亜硝酸態窒素が存在しない条件下で、人工ゴミに対する通気構造の影響を調べた結果、以下の結論が得られた。

 (1)層内酸素濃度は、埋め立て構造の好気性、嫌気性の違いより、覆土厚による影響が大きかった。

 (2)覆土厚が浅いほど硝化量・脱窒量及びN2Oフラックスの量は増加した。

 (3)炭素の生物分解速度は、覆土厚よりも下部からの通気の違いが大きく影響てしおり、好気性下でより多い炭素分解が見られた。

 (4)以上の結果からは、ゴミの安定化促進とN2O生成の抑制を共に満たす最適な埋立構造は挙げられなかった。しかし、窒素および炭素の安定化の面からは、好気性埋め立て構造が有効であった。なお、脱窒量当たりのN2Oの発生量をみた結果、準好気性埋め立てで適正な厚で覆土をすることにより、安定化の促進およびN2O発生の抑制の達成可能性が示唆された。

3. 2.4mカラムを用いた硝化・脱窒およびN2Oフラックス

 含水率49.8%の人工ゴミを用いて行った通気実験から得られた物質収支とその時の層の表面からのN2Oフラックスとの関係に関する実験の結果、以下の内容がまとめられた。

 (1)N2Oフラックスの大部分は実験開始後1-3日のあいだで層から放出されており、その量は好気性で嫌気性の約4倍であった。その後20日までN2Oフラックスはほぼ発生しなかった。

 (2)各層における物質収支の計算結果、全無機化量と全脱窒量においては通気の影響は少なかったが全硝化量は通気を行った層で約2倍多い硝化が行われた。

 (3)N2Oフラックスが初期に集中的に発生した理由としては、実験終了後の硝酸濃度から浸出水の循環を想定し加えた初期硝酸が脱窒に使われたからであったのが分かった。

 (4)脱窒量に対するN2O発生量は嫌気性で5.8%であり、好気性では23.5%であった。しかし、この値は短期間(20日)に対する結果であり、長期間になると好気性では硝酸供給により脱窒が続いて進行するので、その比は、長期間に渡ってN2Oが急に大量で発生しない限りは低下すると予測できた。

 (5)循環式準好気性埋立法により浸出水が定期的に循環されるのを考えてみると発生するN2Oの量は、送気量、循環する浸出水の量および循環を行う時間間隔などの影響を強く受けると考えられる。

 (6)埋立地の場合、効果的な窒素の窒素ガスまでの安定化のためは、制限因子である硝化速度を高めるのが重要であり、それは地下水汚染を起こすアンモニア蓄積の抑制の面でも望ましいと思われる。

<結論>

 以上の実験結果から以下のことが本研究の結論として得られた。

 埋め立て廃棄物処分に当たって、有機物分解及び窒素安定化の促進とN2O放出量の削減とは一般的に相反する傾向が示唆された。それは、埋め立て廃棄物の場合、酸素が存在する条件下での脱窒が、主なN2Oの発生源であるためである。

 本研究の結果によると、有機物分解及び窒素安定化を優先する場合は、覆土が薄い強制通気が最も効果的であり、含水率は生物の活性に影響が与えられない範囲で、多少低めに維持することが、通気の抵抗を低下させ、有機物分解及び脱窒源供給のための硝化反応を促進させる立場では望ましいと考えられる。しかし、この方式はN2O放出量が最も多い方式であるという短所を持っている。覆土の厚さを厚くすることによって、ある程度、N2O放出を抑制できると考えられる。

 一方、N2O放出量の削減を優先する場合は、覆土が厚い自然通気が最も効果的であり、含水率は層内で生成されたN2Oの還元が促進できるよう、生物分解に最適な含水率より多少高めの含水率を維持することが望ましいと判断される。

審査要旨

 世界的に見ると、生活から発生する廃棄物の大部分は埋め立てられている。埋め立てられた廃棄物は土壌中で分解を受けるが、同時に浸出水が水系への汚染を招く恐れもある。埋め立てられた廃棄物は早期に安定化されることが望ましい。本研究は、廃棄物中の窒素成分に着目し、それらの硝化・脱窒反応による安定化とその際に生じる亜酸化窒素の生成の可能性について検討を行ったものである。

 本論文は「埋め立て廃棄物の性状と通気条件が硝化・脱窒及び亜酸化窒素発生に与える影響」と題し、全7章からなる。

 まず第1章では、本研究を行うに至った背景、目的、意義について述べている。その中で、とりわけ浸出水を循環する準好気性埋め立てについて、窒素の分解除去の観点からの利点を述べ、それを本研究で対象としていることを述べている。一方で、温室効果ガスとしての亜酸化窒素の重要性ついても指摘している。わが国に流入する窒素が過多となっており、それが地下水汚染や富栄養化の形で環境問題を引き起こしているが、従来廃棄物埋め立てではこの窒素の問題はあまり取りあげられてこなかった。本研究は、その窒素の問題を取りあげた点で新しく、またそこに亜酸化窒素発生の視点を入れた点に特徴がある。

 第2章は、本研究で扱う廃棄物の窒素変換に関する理論的な背景についてまとめたものである。その中では、硝化・脱窒のみならず、土壌系の亜酸化窒素の生成に関する知見をもレビューしている。

 第3章は実験材料と分析方法について述べた章である。本研究では廃棄物の埋め立てを対象としているが、研究を行う上では実際の廃棄物を用いることは現実に困難であり、また組成の不均一性の面からかえって問題がある。しかし一方で、たとえばグルコースのような物質のみを基質にしたのでは単純化しすぎることになる。そこで、実際のコンポストにドッグフードとでんぷんを添加したものを人工ごみとして用いるという方法を取っている。また、本研究では発生する亜酸化窒素の起源を明らかにするために、窒素の安定同位体を用いたトレーサー実験を行い、発生する亜酸化窒素中のトレーサー濃度を定量する方法を取っている。さらに、近年応用が進んでいる分子生物学的手法について、本試料に対して試みた手法を述べている。

 第4章は、廃棄物層が持つ含水率が窒素変換と亜酸化窒素に与える影響を検討した結果を述べたものである。埋め立て層内の酸素濃度を10%にして含水率を40〜60%の間で変化させて実験を行い窒素成分の物質収支を詳細に検討した結果、含水率の増加に伴って、硝化のみならず脱窒の速度も増大したことがわかった。一方、この条件下で行ったトレーサー実験によって、発生する亜酸化窒素は全て脱窒起源であるという事が判明した。更に、含水率が大きければ、一旦発生した亜酸化窒素の還元・分解が進むことも示された。層内の酸素濃度をこのように見かけ上十分に保っていても脱窒が起きること、さらにそこで亜酸化窒素の発生が起きてしまうこと、さらに含水率が微環境中の酸素濃度を支配していることをこれらの実験結果は示唆するものである。また、実用的には、含水率を高く保つ方が最終的な窒素の安定化段階である脱窒が良好に進むことが指摘されている。

 第5章は通気条件が与える影響を調べたものである。硝化と脱窒の比率は酸素濃度に影響されるが、酸素濃度を15%程度に保ってもなお脱窒が起きるということを示している。全体の窒素安定化としては、硝化が反応の律速となり、一方脱窒は高い酸素濃度下でも進行することから、窒素安定化の面では通気を十分に行う方が有利である、と結論づけている。しかし一方で、酸素濃度が高いほど脱窒に際して発生する亜酸化窒素の比率が高いという、極めて重要な点も本研究は明らかにしている。このことは、窒素の早期安定と亜酸化窒素の発生防止のための最適条件には相反する側面があることを示すものとして注目される。

 第6章では今回の研究結果と実際の埋め立て地での条件との関連を整理している。

 第7章は結論である。

 本研究は、廃棄物の埋め立てにおける窒素成分の安定化という、今後重要になる問題を捉え、併せて亜酸化窒素生成防止という地球環境問題からの視点を加えて埋め立て技術を解析したものであり、今後の埋め立ての方法に対して重要な知見を提供した。よって本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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