1983年に創設された密集住宅市街地整備促進事業(以下「密住事業」、都の「木造賃貸住宅地区整備促進事業」を含む)は、改善型地区整備の主要手法として適用地区を広げながら15年間の成果を積み上げつつある。同事業は密集市街地の改善について点的公共施設の整備や建替えには一定の成果をあげているが、「誘導」を主軸とした現行の「密住事業」の下では道路等線的公共施設整備のための用地買収と沿道建替え、「無接道敷地」等の建替えが進まない状況である。なお改善の進度と効果を促進するためには、現行の制度要綱の改正や、強制力を伴う部分的改造手法を導入すること等が近年提案されている。しかし現在の誘導型制度の仕組みでも建替助成の要件(国・都にとっては区に対する補助要件に該当する)の再検討を通じて助成対象を広げたり、必要な敷地の買収に国・都の補助を集中したりするといった、改善余地が残されているのではないか。本研究はこのような考え方に立脚し、(1)「密住事業」地区での公共施設整備及び建替活動の実態を調査・検討し、(2)現在の建替助成の要件、用地買収の方針の問題点を公共施設の整備と建替え促進の側面から考察し、(3)両者の今後の効果的なあり方を探ることを目的とする。 論文は五つの章で構成されている。I章は研究の目的と内容構成、II章は日本における低水準住環境整備事業の展開と運用上の問題点に関する既往研究のまとめ、III章は現在の低水準住環境整備事業である「密住事業」の内容と東京都での実施状況、及び本研究における補助・助成の考察の方法、IV章では事例地区での分析・考察、最後のV章では結論として今後の効果的なあり方を提示している。 I章「研究の目的と構成」では、今後韓国でも低水準住環境整備を行うことが望ましいので、日本のこの制度を研究しようという研究動機、建替え助成・用地買収により漸進的改善方法を取っている「密往事業」はまだ様々な問題点を抱えており、その改善方向を探ることによって銅製殿日本での低回の方向性を示すとともに、韓国における今後の制度運用の一助にしたいという研究目的を述べた。あわせて論文の構成について述べて。 II章「低水準住環境整備政策の展開と制度運用上の問題点」では、まず、日本における低水準住環境改善政策の展開として生産施設・生活施設への社会間接資本の概念の分離、シビルミニマムの主唱等の身近な生活環境改善に関心を注ぎ込み始めた政治、社会的背景と、次いで各種住環境整備事業制度の創設、住居法の制定論議、居住水準・住環境水準の設定、都市再開発方針・住宅マスタープランの策定といった一連の制度への発展過程を概観した。続いて、現在の各段階(不良水準・低水準・中水準)の都市環境整備制度の変遷と概念の整理、内容の比較を行い、また制度の持つ誘導手段である助成・補助の概念について説明した。そして制度の中で本研究の対象になる代表的低水準住環境整備制度である「密住事業」(旧コミュニティ住環境整備事業や旧市街地密集地区整備促進事業とを含む)について、運用上の問題点を既往研究からまとめた。既往研究で指摘された運用上の問題点としては、(1)要綱制度下では強制力がないので道路の整備のためには要綱制度の改正を検討すべきこと、(2)用地を買収し代替地として建替え種地・土地交換に使用することが望ましいこと、(3)土地交換・分合時の税制優遇措置が必要であること、(4)建て詰まりになっている街区内部の更新のためには、まとまった街区型共同建替えが必要であり、この場合住民の合意形成・権利調整・助成の仕組みが問題になること、(5)賃貸住宅建設誘導時に採算性を保障するため財政支援の拡充が必要であること、(6)採算性を高める方法として幅員6m道路へ拡幅し、高度利用を可能にし建替えを容易にすること、等さまざまであるが要約すると、執行の強制力確保、税制優遇・補助の拡大等に絞られる。 III章「密集住宅市街地整備促進事業の全般的運用実態と評価方法」では、低水準住環境整備の代表的制度となった「密住事業」制度の主な変化と、東京都を中心として地区指定現況・予算支出実態をまとめ、また、「密往事業」における補助・助成の基準の詳細を整理した。その上で、現在の「密往事業」制度の運用上の改善点を探るために、制度の持つ補助・助成手段の使用上の効果を評価する枠組を設定した。評価は(a)整備地区選定の段階と(b)選定された地区における整備実態の段階、の二つの局面に分け、特に後者についてはA.良質な賃貸住宅の供給、B.公共施設の整備、C.老朽木造住宅建替え促進・除去の相互に関係しながらも方向性の異なるいわば3軸を構成する制度目標について、それぞれ、(1)建替え促進支援、(2)土地整備支援、(3)老朽住宅除去等の支援手段の種類との対応関係を踏まえて行うこととした。 IV章「事例地区における補助・助成実態の評価」では、実際に東京都で「密集住宅市街地整備促進事業」が実施されてきた地区の中から太子堂地区、仲宿地区の二つを選定し、(a)環境改善対象地区を選定する基準と都の都市再開発方針及び住宅マスタープランとの関係をまとめ、また(b)選定された地区における補助・助成の効果を分析した。(b)の分析の結果、(1)「良質な賃貸住宅の供給」に関して、ファミリー世帯向け住宅の供給を条件とする助成要件は、単身向けの住戸供給傾向の強い太子堂地区では、バランスの取れたコミュニティ形成に一定程度貢献したと評価できる反面、元来ファミリ世帯向けの住戸供給傾向の強い仲宿地区では助成による効果は薄いと評価できた。このことから、現行の助成要件は対象地区の住宅市場における特性を踏まえ再検討されるべきと考えられる。(2)「老朽住宅の建替え促進」については、1990年から1996年度の間に助成を受けて建替えられた件数が、太子堂地区で全体200件中13件、仲宿地区では243件中28件と、助成による建替えが少なく、助成支援の効果が薄い。これは現在の建替え助成要件が厳しく、戸建住宅や小規模敷地の共同住宅等の多くの老朽住宅が対象から除外されていることによる。(3)「公共施設整備」に関しては、事例地区の状況や区の整備姿勢により実績に違いが見られた。すなわち太子堂地区は用地買収に、板橋区仲宿地区は建替えに予算の主な部分を執行している。その結果、太子堂地区は1985年の事業開始から1996年3月までの現在11年間で、広場10個所整備完了、通り抜け路11個所1,921.2m2買収、まちづくり用地27個所2,692.1m2が確保された。仲宿地区の場合、地区施設のための用地買収は1990年の事業開始から1997年6月現在までの7年間、2個所にとどまっている。助成建替え時におけるセットバックによる地区施設整備等の効果は、太子堂地区では助成建替え21件中6件が幅員6m道路整備に関連し、仲宿地区では助成建替え33件中20件が既存の幅員6m道路沿道に立地しているが、現在の建替え助成要件は要整備道路との関連を有していないため、上記は単なる偶然の効果に過ぎず、助成の枠組は道路整備についてはきわめて限定的な効果しかもっていないと評価できる。 V章「まとめ」では、IV章の分析を基に、「密住事業」の運用上の改善方向について検討した。まず、区における整備地区の選定基準について見れば、世田谷区における(1)環境指標評価、(2)環境不満度調査、(3)整備参加意向調査の三つの基準による事業地区の選定手法は、必要性と効率性を考慮したといえ、優れた整備地区選定手法といえる。選定された整備地区における補助・助成の運用枠組については次のように改善の方向を提案した。 (1)良質な賃貸住宅供給をねらいとする建替え助成は、地区における必要性と成立可能性を踏まえた内容となりうるよう柔軟性のあるものとしなければ誘導効果が乏しい。むしろ住戸面積要件を緩和し、地区の敷地面積分布を踏まえ敷地規模要件も緩和し、一方、要整備公共施設の関係敷地に支援を限定することによって公共施設(たとえば幅員6m道路整備、通り抜け路整備)の沿道敷地の建替えを促進することが望ましい。 (2)老朽住宅除去については建替え困難な敷地を建替え可能にするための敷地買収に集中して使うことが望ましい。ただし、強制収用権の伴わない現行制度下において、必要な場所の敷地買収のためには、世田谷区のように代替地との交換によって買収を容易にする件の手法をさらに検討する必要がある。 |