学位論文要旨



No 113344
著者(漢字) 李,政炯
著者(英字)
著者(カナ) リ,ジョンヒョン
標題(和) 都市設計手法による既成市街地の景観整備・コントロールに関する研究
標題(洋)
報告番号 113344
報告番号 甲13344
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4062号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 北澤,猛
 東京大学 講師 小泉,秀樹
内容要旨

 本論文は、既成市街地における街並み景観コントロール手法のあり方について考察することを目的としている。特に自治体レベルの景観関連施策について制度的枠組みとその運用の仕組み・体制に注目し、市区町村の自治体を景観施策の単位とした景観コントロールがどのようにあるべきかを検討し、新たな景観コントロール手法の考え方を提案したものである。

 本論文の構成は2部の7章からなっている。第1部は日本の景観コントロール施策について1章から4章まで、第2部はアメリカ合衆国の景観施策について5章から7章までである。

 第1章では、日本における景観コントロール施策の計画体系を把握するため制度論的観点から、国及び自治体レベルの対応の特徴とその考え方を整理した。

 景観施策に関連した国の制度として、従来の法制度の枠組み(建築基準法や都市計画法等)は、既成市街地の都市計画的課題(防災、相隣環境など)を解決することを主な目的としていること、敷地と上物(建築物等)が一体化し周辺の街並みの景観まで視野に入れた3次元的な仕組みになっていないこと、などにその限界がある。なお、近年景観関連の事業制度にも地域の景観特徴やより高度な住環境への要望に応答するため、より細かな制度が備えることになったものの、今後の事業手法の課題として、1)事業制度が目指す具体的な整備イメージを明確にすること、2)各省庁単位のセクションナリズムを取り払って総合的な評価と投資のできる総合的システムの構築が必要であること、3)なお、ある緩やかな枠組みの中で、各自治体に事業の詳細な内容を預ける柔軟な制度的枠組みが求められていること、等を指摘した。

 一方、自治体独自の景観関連の条例や要綱は、既存の都市計画法や建築基準法などを補完するものでより望ましい市街地像に向けて柔軟な発想に基づいていることが特徴的である。しかし、1)法的根拠・拘束性が弱いこと、2)制度運用を担当する行政の取り組みや体制の未整備、3)制度の策定や運用における住民合意形成プログラムの確立、等が今後の課題である。また、都市計画法の改正により導入された「市町村マスタープラン制度」が、自治体の景観(或いはまちづくり)施策のマスタープランとして定着するためには既存の自治体の景観関連施策との連携・支援(法的担当性)を図りながら、地域(地区)の景観づくりにおける個々のきめ細かな対応ができる計画仕組み・体制づくり及び住民協調型まちづくりプロセスの確立などが求められていることを明らかにした。

 第2章では、日本の自治体における条例策定による景観コントロール施策の現状と課題に関する考察である。近年の既成市街地を対象とした条例策定による自治体の景観コントロール施策は、新規開発行為に対する「事前協議制度」を大きな柱としているが、これは、1)建築基準法に基づく敷地単位の建築確認制度など従来の2次元的な制度的枠組みの限界を乗り越え、街並み景観という3次元的な視点から景観コントロールの概念を取り入れたこと、2)また、開発行為の許可審査に先だって行政側と事業者(設計者)側、さらに外部の専門家である景観アドバイザーとの間に、街並みの景観を議論する場ができたこと、などに意義があると言える。一方、事前協議制度の運用においては、1)制度運用を担当する専門部署の設置が絶対条件であること、2)事前協議に基づくデザインレビューにおける景観アドバイザーをめぐっては、その役割・位置づけ・権限などを明確にする必要があること、等を指摘した。

 デザインレビューにおける今後の課題としては、アメニティや景観等の問題が一律的・機械的適用ができないことから、行政、事業者、専門家を含んで多くの議論をとおしてお互いの街並みの将来像を築いていくオープンでかつ透明なプロセス・仕組みの構築が重要であることを強調した。

 第3章では、自治体の事業手法による景観整備のあり方に関する考察を行った。

 既成市街地を対象とした景観コントロール施策には、民間建築行為だけではなく公共空間の整備も重要な要素となる。現在の自治体の事業手法による景観コントロール施策の展開は、従来の予算編成を目的とした事業計画に加え、個々事業の相乗効果を高めるため事業の時間的・空間的調整を可能とする「事業マスタープラン」の策定が求められること、また、これを策定・運用するにあたっては自治体の庁内部における「事業マスタープラン」を総括・調整する担当部署の設置及び担当部署の事業の企画段階への参加が重要となること、等を提案した。なお、一方、事業を総括する担当部署は、「事業マスタープラン」に基づき地域内の事業の実現可能性が高い所を選定し先導的に実施していく戦略性が必要であり、地元住民の事業への参加プログラムにより景観づくりにおける住民参加のきっかけを提供することも必要であると言える。さらに、公共事業が地域のリーディングプロジェクトとして実効性を高めるため、民間側と一体化したコントロールシステムが求められいることも指摘した。

 第4章では、自治体の広告景観コントロール施策の実態とその課題を検討した。

 日本の自治体における広告景観施策は、1)都道府県レベルでは、基本的に屋外広告物法に基づく屋外広告物条例の制定によるが、より踏み込んだ施策の展開は広告景観形成地区の指定や補助・助成制度をとおして実現している。2)また、市・区部の自治体レベルでは、屋外広告物法に基づく「屋外広告物条例」を基本としながら、市・区部の独自の要綱行政・景観関連条例などによる事前協議制度、並びに工作物として確認申請が必要な場合の確認申請制度等の二重・三重の制度が異なる担当部署により運用されているのが現状である。

 今後の自治体の広告景観施策は、1)都道府県レベルの調整が必要な事務以外は、区市町村へ事務移譲し、現在の屋外広告物条例の機械的運用をのりこえ、地域の特性に基づく実効性のある広告景観施策行政の仕組みが必要であること、2)市・区部の運用の仕組みにおいても、既存の二重・三重の行政対応から、庁内部の調整を景観関連部署が総括し、街並み景観の視点から総合的な対応ができる庁内部の仕組み・体制の構築が必要であること、3)なお、施策の展開にあたっては、全区・市域にわたり、(a)住民の自主管理を積極的に奨める地区、(b)地区計画制度、条例制度等、制度的手法による地区、(c)行政と住民の協議による協議地区、など地区の状況により施策の性格を明確にし、それに応じる運用の取り組み・体制を構築していく必要があること、などを提案した。

 第5章では、アメリカ合衆国における景観施策の概観である。アメリカではゾーニング制度に代表される都市計画のシステム(景観施策)における敷地主義や用途純化主義などの限界を乗り越えるため、デザインレビュー制度、屋外広告物コントロール、眺望保護・規制などの多様な景観コントロール施策が模索されその新たな視座を提示している。

 特に、1)ゾーニング制度は、自治体の景観施策の基本でありながら、個別の敷地を単位とした用途の純化をめざす制度として街並み景観の視点からの限界がある。しかし、この限界を乗り越えるため、各自治体では行政による制度の一方的・機械的な運用によらず、常に街並み景観の視点から協議を行い、その例外(variances)を認めたり行政の決定に対する提訴の制度的装置を備えるなど、制度運用の柔軟な対応がなされていることが特徴的である。2)1980年代以後、アメリカのほとんどの自治体で適用されているデザインレビュー制度は、当初歴史市街地の保全を目的としたものであった。以後、多くの自治体で既成市街地を対象としたデザインレビュー制度がゾーニング制度と連携しながら展開されている。特に、近年の動向としては大都市がデザインレビュー制度の導入に積極的であり、デザインレビュー制度がフィジカルなデザインに加えて都市環境の将来像を実現していく都市戦略(政策)の総合的な枠組みの一部として機能していることを明らかにした。

 第6章では、アメリカ合衆国ボストン(Boston)市における景観施策についてゾーニング制度の仕組みと運用実態、デザインレビュー制度、また景観関連施策としてサイン条例や眺望保護施策などを考察した。

 ボストン市における景観コントロール施策は、近年のゾーニング修正案(Zoning Amendments)の作成にともなう地区別計画に基づき展開されている。ボストン市はアメリカの中でも歴史が古く、都市形成の歴史や都市の構造的特性などから、他のアメリカ都市とは違って各地区ごとに強い特性があり、それらの特性を十分に活かした景観施策体系の仕組みになっているのが特徴的であることを指摘した。なお、景観コントロール施策の運用においてはボストン再開発局(BRA)が、ゾーニング修正案(地区別計画)の策定とそれに基づくプロジェクトのレビューまでの一連の施策運用を主導している。特にボストン再開発局は、建築許可レビューには建築局、大規模建築物の場合にはボストンシビックデザイン審議会(BCDC)、歴史地区ではランドマーク委員会などと連携をしながら、景観施策の関連部署の横繋ぎの組織としても機能していることを明らかにした。

 結論として、ボストン市における景観施策は、ボストン再開発局が一連の景観施策に強い主導権を持ち、多くの裁量権を持ちながらも、1)コミュニティ参加に基づくゾーニング修正案の策定プロセス、2)公聴会などそのレビュープロセスの明確化、透明化、3)行政の一方的な決定に対する一般市民の異議を制度的に支援する仕組み(例えば提訴委員会)の整備などにより、景観コントロール施策に適切に対応することができることを指摘した。

 第7章は、アメリカ合衆国サンフランシスコ市の景観施策についての考察である。その内容としては、1)景観施策の計画体系を整理した後、2)建築許可プロセスを含んだ一連のデザインレビュー制度を中心に検討を行った。3)なお、歴史地区を対象としたデザインレビュー、並びにサインコントロール施策についても検討を行った。

 サンフランシスコ市におけるデザインレビュー制度の特徴としては、1)建築行為の規模や用途などに応じた柔軟なレビューシステムが整えていること、2)レビューにあたっては、近隣住民の参加を前提とした公聴会に基づきオープンで透明なプロセスが展開されていること、3)レビューを担当する審議会がレビューの目的(建築行為の用途、規模、例外条件、提訴等)に応じて設置され協議が進められていること、などが上げられる。また、歴史地区におけるデザインレビューの特徴としては、1)計画面では「プラニング・コード」に歴史地区に関する詳細な規制内容(ガイドライン)が定められていること、2)また運用面では一般の建築許可申請の以前に、環境評価、ランドマーク保存委員会による特別承認書の発給などが必要となる仕組みになっていること、などを特徴的である。さらに、サンフランシスコ市におけるサイン・コントロール施策の特徴は、1)特別サイン地区を設定しサインの種類・位置・面積等に関する詳細な規定がなされていること、2)サインの許可申請が完全に建築許可申請の一部としてレビューされていること、などが上げられる。

 以上の考察をとおして、結章では、アメリカ合衆国における景観施策の経験・蓄積を踏まえて、今後の日本における景観施策のあり方に関して、1)制度的装置の空間化、2)計画策定プロセスの明確化、3)建築行政と都市計画行政の連携、4)行政の裁量権と権限の分散、5)市民参加のプログラム化、6)オープンで透明なレビュープロセス、等を提案した。

審査要旨

 本論文は、既成市街地における街並み景観コントロール手法のあり方について日本の事例を運用実態にまで踏み込んで明らかにし、これをアメリカに於ける事情を比較検討したものである。とりわけ自治体レベルの景観関連施策について制度的枠組みとその運用の仕組み・体制に注目し、基礎自治体における景観コントロールがどのようにあるべきかを検討し、新たな景観コントロール手法の考え方を提案したものである。

 本論文の構成は2部7章からなっている。第1部は日本の景観コントロール施策について論じ、第2部は景観施策の先進都市であるボストンならびにサンフランシスコのじれいについて、現地調査をもとに論じている。

 第1章では、日本における景観コントロール施策の計画体系を把握するため制度論的観点から、国及び自治体レベルの対応の特徴とその考え方を整理している。第2章では、日本の自治体における条例策定による景観コントロール施策の現状と課題に関して考察している。近年の既成市街地を対象とした条例策定による自治体の景観コントロールは、新規開発行為に対する「事前協議制度」を大きな柱としているが、これは、従来の2次元的な制度的枠組みの限界を乗り越え、街並み景観という3次元的な視点から景観コントロールの概念を取り入れたこと、開発行為の許可審査に先だって行政側と事業者側、さらに外部の専門家である景観アドバイザーとの間に、街並みの景観を議論する場ができたこと、などに意義があると論じている。また、事前協議制度の運用に関しては、制度運用を担当する専門部署の設置が不可欠であること、事前協議に基づくデザインレビュー時の景観アドバイザーの役割・位置づけ・権限などを明確にする必要があること、等を指摘している。デザインレビューにおける今後の課題としては、アメニティや景観等の問題が機械的適用ができないことから、行政、事業者、専門家を含んで多くの議論をとおして相互に街並みの将来像を築いていくオープンでかつ透明なプロセス・仕組みの構築が重要であることを論じている。第3章では、自治体の事業手法による景観整備のあり方に関する考察を行っている。既成市街地を対象とした景観コントロール施策には、民間建築行為だけではなく公共空間の整備も重要な要素となるが、これに関して事業の時間的・空間的調整を可能とする「事業マスタープラン」策定およびこれを担当する部局設置の必要性を述べている。第4章では、自治体の広告景観コントロール施策の実態とその課題を検討している。

 第5章では、アメリカ合衆国における景観施策の概観を行っている。アメリカではゾーニング制度に代表される都市計画のシステムにおける敷地主義や用途純化主義などの限界を乗り越えるため、デザインレビュー制度、屋外広告物コントロール、眺望保護・規制などの多様な景観コントロール施策が模索されていることを示し、景観コントロールにおける新たな視座を提示している。第6章では、ボストン市における景観施策についてゾーニング制度の仕組みと運用実態、デザインレビュー制度、また景観関連施策としてサイン条例や眺望保護施策などを詳細に考察している。第7章ではサンフランシスコについて同様の分析を行っている。

 以上の考察をとおして、結章では、今後の日本における景観施策のあり方に関して、制度的装置の空間化、計画策定プロセスの明確化、建築行政と都市計画行政の連携、行政の裁量権の確保と権限の分散化、市民参加のプログラム化、オープンで透明なレビュープロセス、等を提案している。

 以上、本論文はわが国の景観コントロール施策の現状と将来展望について、これまで実施されてこなかった詳細な運用実態の把握を通して、具体的かつ有用な提言を多数行うことに成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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