学位論文要旨



No 113346
著者(漢字) 李,東偉
著者(英字)
著者(カナ) リ,トウイ
標題(和) 環状すきま流励起振動に関する研究
標題(洋) A study on Annular Leakage-Flow-Induced Vibration
報告番号 113346
報告番号 甲13346
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4064号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 弁や熱交換器などには環状すきま流路を介して構造物が相対的に運動する部分が含まれている.このような環状すきま流れを含む構造系では,しばしば激しい振動が生じることが知られている.これまでに行われた平面すきま流れに関する研究からは,流れの下流方向に向かって徐々に流路断面積が狭まっていくような先細流路では振動が発生しないことや,すきま流励起振動の原因は構造系に作用する流体力と構造系の振動変位との位相差が励振側にあることなどが明らかにされている.しかし,環状すきま流れは三次元の問題となり,非定常流体力を求めるのが困難である.そのため,環状すきま流路を有する振動系の安定性解析に適用できる理論体系はまだ確立されていない.本研究は,三次元すきま流路における非定常流体力を求める手法と環状すきま流れを含む構造系の安定性解析法を開発するとともに,実験によってその妥当性を検討することを目的としたものである.

 本研究では図1に示すように,並進-回転2自由度の運動ができるように弾性支持された内円筒とテーパ角度を有する偏心外円筒からなる振動系を研究の対象とした.

Figure 1 An annular leakage-flow system with two-degrees-of-freedom coupled with translational and rotational motions

 第1章では,研究の背景と従来の研究についてまとめ,従来の研究の問題点と本研究の目的を述べた.

 第2章では,流体-構造連成系の安定性解析に関する一般的な方法と平面すきま流路への適用について述べた.本安定性解析法では流体力を付加質量,付加減衰,付加剛性の項で表し,流体-構造連成系の運動方程式を導出し,その運動方程式を解析することにより振動数方程式,安定限界を得た.ここで,流体力は実際に発生する流動励起振動の振動数の関数になっているため,振動数に関する繰り返し計算により安定限界の条件を満たす安定限界流量を求めた.本安定性解析法は実際に発生する流動励起振動の振動数を用いて非定常流体力を求めているので,従来のように自励振動の発生振動数を求めず,構造系の固有振動数を用いて流体力を求めた場合よりも精度が高いことに特長がある.さらに,稲田らの平面すきま流路での実験データとの比較によって,本安定性解析法の妥当性を確認した.

 第3章では,環状すきま流励起振動の安定性解析の第一歩として,三次元環状すきま流れの基礎式を導出した.ここでは,境界層理論に基づき,すきま幅方向の圧力変化を無視し,流れの方程式をすきま幅に関して積分し,境界層方程式と同じ形を持つ二次元環状すきま流れの基礎式を導いた.

 第4章では,微小正弦状振動の仮定と周方向定常流れを無視することにより,基礎式を線形化し,さらに,線形化された基礎式に対して離散化を行い,次のような簡単な圧力分布を与える式を得た.

 

 ここで,b1(j,k)〜b5(j,k)は流路形状と流体の物性値からなる係数である.上式は数値計算により解くことができるので,非定常圧力分布は容易に求めることが可能となった.

 第5章では,並進-回転2自由度振動系の特別なケースとして,並進1自由度と回転1自由度振動系を取り扱った.ここでは,圧力分布の式を解くことにより,内円筒に作用する非定常流体力と流体力によるモーメントを付加質量,付加減衰,付加剛性の項で表した.続いて,第2章で述べた安定性解析法により,系の安定性が流路の拡大率,偏心率及び流路入口での圧力損失係数によって,どのように変化するかを理論計算により調べた.その結果,次のことが明らかになった.(1)系の安定性は一定の流路の拡大率の範囲内のみで顕著に影響を受ける.(2)偏心率と流路の入口での圧力損失係数の安定性に対する影響の程度は流路の拡大率に依存する.

 第6章では,並進-回転2自由度振動系に作用する非定常流体力を求めた.ここでは,流体力を構造系の2自由度の運動方程式と連成させるために,並進-回転2自由度の場合の流体の圧力をそれぞれ並進1自由度と回転1自由度の場合の流体の圧力との’和’で表して,並進-回転2自由度の場合の無次元非定常流体力を次のように求めた.

 

 ここで,FとMはそれぞ内円筒に作用する無次元非定常圧力と非定常圧力によるモーメントを表し,eとはそれぞれ無次元並進変位と回転角度を表し,各マトリクス内の係数はそれぞれ付加質量係数,付加減衰係数,付加剛性係数を表している.

 第7章では,実験及び実験結果と理論結果の比較について述べた.本章では,並進-回転2自由度系の環状すきま流励起振動の限界流量,流動励起振動の発生振動数及び並進・回転振動の振幅比を測定する実験を行った.実験では,並進-回転2自由度運動ができるように弾性支持された二種類の内円筒とテーパ角度が0,1,2,3,4,5度である外円筒を組み合わせ,さらに,偏心率を変えながら流動励起振動の限界流量を測定した.実験結果と理論計算結果を比較した結果,実験値と理論値がよく一致することが分かった.

 第8章では,本研究の結論を次のようにまとめた.

 (1)本安定性解析法は,実際に発生する流動励起振動の振動数を用いて流体力を正確に求めているため従来の方法より精度が高い.

 (2)境界層理論に基づき,境界層方程式と同じ形を持つ二次元環状すきま流れの基礎式を導出した.さらに,周方向の定常流れを無視し,線形化した基礎式に基づき,非定常圧力分布の計算を行った.

 (3)環状すきま流れの非定常流体力を付加質量,付加減衰,付加剛性の項で表し,本安定性解析法に適用できる形で流体力を求めた.

 (4)系の安定性が流路の拡大率,偏心率及び流路入口での圧力損失係数によって,どのように変化するか理論計算により調べた結果,系の安定性は一定の流路拡大率範の囲内のみで顕著に影響を受けること,偏心率と流路入口での圧力損失係数の安定性に対する影響の程度は流路拡大率に依存することが明らかになった.

 (5)並進-回転2自由度系の環状すきま流励起振動の限界流量,流動励起振動の発生振動数及び並進・回転振動の振幅比を測定する実験を行い,実験値と理論計算を比較した結果,実験値と理論値がよく一致することが分かり,本研究で提案した理論計算手法の妥当性が確認された.

審査要旨

 本論文は,A Study on Annular Leakage-Flow-Induced-Vibration(環状すきま流励起振動に関する研究)と題し8章より構成されている.

 弁や熱交換器などには環状すきま流路を介して構造物が相対的に運動する部分が含まれており,このような構造系では,しばしば激しい自励振動が生じることが知られている.従来から平面すきま流路を持つ構造系については研究が行われてきたが,環状すきま流れは三次元の問題となり,非定常流体力を求めるのが困難であるため,安定性解析に適用できる計算手法はまだ確立されていない.本研究は,並進-回転2自由度の運動ができるように弾性支持された内円筒とテーパ角度を有する固定外円筒からなる振動系を研究の対象とし,三次元すきま流路における非定常流体力を求める手法と環状すきま流れを含む構造系の安定性解析法を開発するとともに,実験によってその妥当性を検証している.

 第1章は「序論」で,研究の背景と従来の研究についてまとめ,従来の研究の問題点と本研究の目的を述べている.

 第2章は,「流動励起振動の安定性解析法と平面すきま流路への適用」と題し,流体-構造連成系の安定性解析に関する一般的な方法と平面すきま流路への適用について述べている.本安定性解析法は,実際に発生する振動の振動数を用いて構造物に作用する非定常流体力を求めているため,従来のように自励振動の発生振動数を求めず,構造系の固有振動数を用いて流体力を求めた場合よりもその精度が高いことに特長がある.この方法を,平面すきま流路を持つ構造系の自励振動の安定性解析に適用し,解析結果を既存の実験データと比較することによって,本解析法の妥当性を確認している.

 第3章は,「環状すきま流の基礎方程式」と題し,三次元環状すきま流れの基礎式を導出している.ここでは,境界層理論に基づき,すきま幅方向の圧力変化を無視し,流れの方程式をすきま幅に関して積分し,境界層方程式と同じ形を持つ二次元環状すきま流れの基礎式を導いている.

 第4章は,「環状すきま流路内流体の圧力分布」と題し,微小正弦状振動の仮定と周方向定常流れを無視することにより,第3章で得られた基礎式を線形化し,さらに,離散化することによって圧力分布を与える式を導き,これを解くことにより非定常圧力分布を求めている.

 第5章は,「1自由度環状すきま流励起振動の安定性解析」と題し,並進-回転2自由度振動系の特別なケースとして,並進1自由度と回転1自由度振動系を取り扱った.ここでは,圧力分布の式を解くことにより,内円筒に作用する非定常流体力を付加質量,付加減衰,付加剛性の項で表している.続いて,第2章で述べた安定性解析法により,系の安定性が流路の拡大率,偏心率及び流路入口での圧力損失係数によって,どのように変化するかを計算により調べている.その結果,系の安定性は特定の流路拡大率の範囲内でのみ顕著に影響を受けることや,偏心率と流路の入口での圧力損失係数の安定性に対する影響の程度は流路の拡大率に依存することなどが明らかにされている.

 第6章では,並進-回転2自由度振動系に作用する非定常流体力を求めている.ここでは,流体力を構造系の2自由度の運動方程式と連成させるために,並進-回転2自由度の場合の圧力をそれぞれ並進1自由度と回転1自由度の場合の圧力の重ね合わせて表し,並進-回転2自由度の場合の非定常流体力を加速度,速度,変位および回転角加速度,角速度,角変位の関数として求めている.

 第7章では,実験及び実験結果と解析結果の比較について述べている.本章では,まず,並進-回転2自由度の場合の環状すきま流励起振動の限界流量,発生振動数及び並進・回転振動の振幅比を測定するための実験について詳しく記述している.実験では,並進-回転運動が可能となるように弾性支持された内円筒とテーパ角度を持つ固定外円筒を組み合わせ,偏心率を変えながら振動の発生限界流量を測定している.続いて,実験条件に対応する解析結果を実験結果と比較し,実験値と解析結果がよく一致することを示し,本研究で提案した計算手法の妥当性を確認している.

 第8章は,「結論」であり,本研究で得られた結果を要約したものである.

 以上を要するに,本論文は,環状すきま流路を介して相対的に運動する部分を持つ構造物に発生する自励振動の発生限界と発生振動数を計算によって予測することの可能な手法の提案を行った研究であり,複雑な流路形状を持つバルブや熱交換器サポート部等で発生する自励振動の予測に有効で,図面段階での事前検討によって振動発生を避けることを可能にするツールとなりうる研究であって,振動学および機械工学に寄与するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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