学位論文要旨



No 113348
著者(漢字) 中井,達郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,タツロウ
標題(和) 損傷機構に基づく316FR鋼のクリープ疲労評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 113348
報告番号 甲13348
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4066号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 クリープ疲労相互作用は,高温構造設計において重要な研究課題である。先行研究において,改良9Cr-1Mo鋼のクリープ疲労相互作用の非線形性に着目して,損傷機構に基づくクリープ疲労損傷評価モデル(非線形クリープ疲労相互作用則)が提案された。本研究では,より一般性のある,すなわち,異なる材料に対して高精度で適用可能なクリープ疲労損傷評価法の確立を目的として,改良9Cr-1Mo鋼に対して開発された非線形クリープ疲労相互作用則を316FR鋼に対して適用・拡張した。

 まず,二段二重変動波形,二段多重変動波形,過大疲労負荷挿入変動波形の3種類のひずみ波形を用いた波形変動試験を650℃,0.1Pa高真空中で実施し,316FR鋼におけるクリープと疲労の相互作用を実験的に詳しく検討した。その結果,クリープと疲労の相互作用は非線形であることが分かったが,316FR鋼の場合,先行研究における改良9Cr-1Mo鋼の場合と比較すると,その非線形性は小さいことが分かった。さらに,波形変動試験により得られた破面を観察した結果,316FR鋼と改良9Cr-1Mo鋼の大きな違いは,316FR鋼のような高延性の材料の場合,クリープによって材料内部に生じた欠陥から疲労き裂が発生・伝ぱしにくいことであることが分かった。

 次に,改良9Cr-1Mo鋼に対して開発された非線形クリープ疲労相互作用則の原型モデルをそのまま316FR鋼に対して適用し,その評価精度について検討した。非線形クリープ疲労相互作用則とは,損傷力学の概念に基づく連続損傷則であり,クリープ疲労損傷機構を以下のように考えている。疲労は損傷の発生と成長の二過程より成るものであり,クリープは損傷の発生過程のみと考える。クリープ疲労の場合は,クリープ,および,疲労により発生した損傷がそれぞれ疲労により成長すると考える。疲労損傷の発生寿命,および,疲労による損傷の成長則は,人工損傷材を用いて実施した疲労試験の結果より求めることができる。また,クリープ損傷の発生則については,ひずみ波形一定の基本的なクリープ疲労試験結果より求めることができる。ひずみ波形一定のクリープ疲労試験結果,および,人工損傷材を用いた疲労試験結果から,非線形クリープ疲労相互作用則における材料定数を決定した。そして,ひずみ波形一定のクリープ疲労試験,および,二段二重波形変動試験の寿命予測を実施し,本寿命評価法の評価精度について検討した。その結果,ひずみ波形一定のクリープ疲労試験結果は,良好な精度で評価可能であったのに対し,特に,クリープ疲労型から疲労型にひずみ波形を変動する二段二重波形変動試験の寿命評価精度は不十分であった。ここで,特に寿命評価精度が不十分であった二段二重波形変動試験の結果,破面観察の結果,および,寿命評価結果について再検討し,寿命評価精度が不十分であった理由について検討した。その結果,クリープ損傷の発生,クリープ損傷の大きさの初期値,および,クリープ損傷発生則についてさらなる検討が必要であると考えた。

 さらなる検討が必要であると考えられた項目のうち,まず,クリープ損傷の発生に関して,クリープ損傷潜伏期間同定試験を実施することにより詳細に検討した。クリープ損傷潜伏期間同定試験とは,クリープ疲労型ひずみ波形をどの程度負荷すると寿命に影響を及ぼすようなクリープ損傷が材料内部に発生するか,あるいは,疲労によって成長しうるようなクリープ損傷が生じるか,という点を実験的に検討するために実施したものである。試験方法は,クリープ疲労型ひずみ波形をあるサイクル数負荷した後,いったん試験を中断し,試験片表面を研摩した後,さらに疲労型ひずみ波形を破断まで負荷するという方法をとった。試験片研摩は,クリープ疲労型ひずみ波形を負荷した際に試験片表面に生じた疲労損傷を除去するために行った。その結果,316FR鋼の場合,クリープ疲労負荷条件下において,疲労によって成長しうるようなクリープ損傷が発生するまでの期間(クリープ損傷潜伏期間)が存在することが明らかとなった。クリープ損傷潜伏期間の破断寿命に占める割合は,ひずみ波形に依存し,10〜35%であった。

 そして,解析検討から,モデル上,クリープ損傷潜伏期間をクリープ損傷発生寿命として考慮する,すなわち,クリープ損傷潜伏期間中はクリープ損傷が全く発生しない,と考えると寿命評価精度が向上することが分かった。そこで,クリープ損傷発生寿命を考慮することにより,非線形クリープ疲労相互作用則を316FR鋼に対して拡張した。さらに,クリープ損傷の大きさの初期値については,解析的検討,および,実際の破壊形態とモデルとの対応関係調査の結果に基づき修正した。改良9Cr-1Mo鋼の場合,クリープにより生じた材料内部の微小な欠陥から疲労き裂が発生・伝ぱしやすいためにクリープ損傷発生寿命Nccを考慮しなくても妥当な評価が可能であったのに対し,316FR鋼のような高延性の材料の場合,微小な欠陥から疲労き裂が発生・伝ぱしにくいという点を,クリープ損傷の発生寿命が存在する,という形で考慮することによってクリープ疲労相互作用の適切な評価が可能になる。拡張された非線形クリープ疲労相互作用則は,クリープ損傷発生寿命Ncc=0と考えれば,そのまま改良9Cr-1Mo鋼に対しても適用可能である。したがって,クリープ損傷発生寿命を考慮することにより拡張された非線形クリープ疲労相互作用則は,より一般性を持つものということができる。

 本研究で拡張した非線形クリープ疲労相互作用則における各評価式を以下に示す。なお,応力の単位は[kgf/mm2],時間の単位は[s]である。

 

 

 

 

 

 ここで,vfは疲労損傷面積密度,af0は疲労損傷の大きさの初期値,affは疲労損傷の大きさの疲労による増分,vcはクリープ損傷面積密度,acoはクリープ損傷の大きさの初期値,acfはクリープ損傷の大きさの疲労による増分である。

 

 ここで,H[]はHeavisideのステップ関数であり,u>0のときH[u]=1,u0のときH[u]=0である。また,<>はマコーレ括弧であり,u>0のとき<u>=u,u0のとき<u>=0である。

審査要旨

 本論文は、「損傷機構に基づく316FR鋼のクリープ疲労評価法に関する研究」と題し、9章からなる。高温構造設計に於ける最大の課題である耐熱金属、合金材料のクリープ疲労相互作用による寿命低下を高精度で予測するより普遍的な評価手法を、現象の基本メカニズムの解明と、それに基づく機構論的モデルの提案を通して、開発したものである。

 316FR鋼を対象として、高真空中で実施した広範なクリープ疲労実験の結果を基礎とし、クリープ疲労損傷機構を同定するために、クリープ疲労前負荷と疲労後負荷からなる二段二重負荷波形変動実験、更に、それらが交番する二段多重負荷波形変動実験、過大疲労負荷挿入波形変動実験を開発し、これによりクリープ損傷と疲労損傷の累積過程と、その間の両損傷の相互作用を観察した結果に基づいて、クリープ疲労前負荷の過程で発生したクリープ損傷である微小空洞から、疲労後負荷により早期に疲労亀裂の成長が生じる事がクリープ疲労相互作用の機構であるが、更に、クリープ損傷の発生に潜伏期間が存在し、これが材料に依存するとし、この過程を記述する損傷力学に基づく損傷速度方程式を提案し、その妥当性を、従来から行われてきた一定歪波形繰り返しのクリープ疲労実験、二段二重、二段多重、過大疲労負荷挿入の各波形変動実験等の広範な実験結果に基づいて検証したものである。

 第1章は「序論」であり、従来の知見を調査して、非線形クリープ疲労相互作用則を拡張して、材種によらず普遍的に適用できる評価方法を開発する必要性を述べている。

 第2章は「本研究の前提」と題し、研究の出発点である316FR鋼の高真空中クリープ疲労実験データーと評価の基礎とした有効応力概念を概括している。

 第3章は「波形変動試験の方法および結果」と題し、二段二重、二段多重、過大疲労負荷挿入の各波形変動実験の方法と結果、及び、得られた新知見を記載しており、材料の靭性の相違により、クリープと疲労の相互作用が影響される可能性を指摘した。

 第4章は「有効応力概念に基づくクリープ疲労損傷評価法の波形変動試験の評価結果」と題し、前章の実験結果の評価を行って、有効応力概念の応用では単純な二段二重負荷波形変動実験結果の寿命予測性が不十分で、一般性に欠けるとの結論を得た。

 第5章は「非線形クリープ疲労相互作用則の316FR鋼に対する適用」と題し、既に他材料について開発された非線形相互作用則の本材料に対する適用性を検討する為に必要な基礎データーとして人工損傷材による損傷成長実験を行い、この結果を用いて二段二重負荷波形変動実験結果を評価して、本評価法を本材料に適用する上での問題点を検討した。この結果、クリープ損傷の発生に関する規則性を導入することが、より一般性のある非線形相互作用則への拡張に必要である事を明らかにした。

 第6章は「クリープ損傷の発生に関する実験的検討」と題し、本材料でのクリープ損傷発生時期を実験的に観察したものである。即ち、クリープ疲労実験を途中で系統的に中断し、試験片の内部微細組織を観察して、クリープ損傷に相当する結晶粒界の微細な割れの発生時期を実験的に明らかにした。更に、本材料が高靭性である事から、クリープキャビテイーの発生だけではクリープ損傷とならず、疲労負荷により自動的に成長する最小キャビテイー寸法があることを明らかにし、その実験的予測式を定めた。

 第7章は「非線形クリープ疲労相互作用則の拡張」と題し、前章で得られた結果を非線形クリープ疲労相互作用則に取り入れて、その適用性を拡張する事を検討している。即ち、クリープ損傷の潜伏期間をモデル化する方法とその初期値を検討し、疲労との相互作用が開始するクリープ損傷の発生時期を記述する為に、クリープ損傷についても疲労損傷同様、その発生寿命を与え、これ以後疲労によるクリープ損傷の成長が生じるとし、又、クリープ損傷発生の初期値は、発生寿命に依存させる事により、従来と同様のクリープ損傷成長則表現式を用い、良好な寿命予測を行うことが可能であることを示した。

 第8章は「拡張された非線形クリープ疲労相互作用則による寿命評価」と題し、これまでの検討で寿命予測精度が不十分であった二段二重負荷波形変動の他、二段多重、過大疲労負荷挿入の負荷波形変動によるものも含め、全ての実験結果を、前章で導いた拡張非線形クリープ疲労評価則によってその寿命を再評価した。その結果、著者が導いた拡張非線形評価法は、これまでの原型評価法に比べて、格段に寿命評価精度が向上したことを認めた。

 第9章は「結論」であって、各章で得られた知見と総合した本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、構造材料のクリープ疲労相互作用について、その発生機構の材種による相違を詳細に検討し、クリープ損傷の発生に、材種に依存して発生寿命が存在する事を明らかにし、これを非線形クリープ疲労評価モデルに取り入れる事によって、クリープ疲労相互作用の予測精度を格段に向上させ、同時に、材種によらず普遍的に適用できるよう拡張した寿命評価手法の開発に成功したもので、機械工学、材料力学の発展に貢献する所が極めて大きい。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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