学位論文要旨



No 113349
著者(漢字) 西田,佳史
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,ヨシフミ
標題(和) 取り巻きセンサシステムによる人の生理的行動理解に関する研究
標題(洋)
報告番号 113349
報告番号 甲13349
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4067号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 助教授 光石,衛
内容要旨 1緒論

 高齢社会到来に伴う介護問題は.現在急速に国民共通の問題になりつつある.あらゆる介護は要介護者を「みる」ことからはじまるが.24時間みつづけることは到底不可能であり.在宅介護の大きな問題の一つが「みる」ことの負担にある.

 本研究のねらいは.この「みる」サービスを行なう新しい在宅介護環境形態を具体的に示すことにある.本論文では.生活環境で発現する「自然な行動」を情報の伝達メディアとして積極的に利用し.「自然な形をした環境」それ自体が.このような行動を無拘束観察する環境システムの構成法を提案する.また,観察された行動から人の状態に関する生理的な意味を理解する手法を示し.提案した構成法に基づいて呼吸・体位モニタシステムを構築することで,提案した構成法と理解手法の有効性を検証する.

2取り巻きセンサ構成に基づく環境システム2.1従来の計測システムの問題点

 従来の生体計測手法では.1)患者がセンサを無意識に外してしまい.計測が中断することがしばしば生じる.2)その際に.センサを破壊してしまう事故が絶えない.3)患者に相当な肉体的.心理的な負担を強いる.4)日常の状態とは微妙に異なる.などの問題点がある.これらはいずれも患者を拘束したセンシングにより計測を行なっていることに起因するものであり.無拘束な計測によって生体情報を計測するシステムが求められている.

2.2日常定型行動の特徴

 人は日常生活において毎日.ある決まった行動をとる.以下.日常生活において繰り返し行われる.睡眠.食事.トイレ.入浴などの習慣的な行動を「日常定型行動」と呼ぶ.これらの行動は生理的にとられるものであるため.行動の発現自体は日常生活において極めて一般的である.このような日常定型行動は.以下の3つの特徴を持つ.1)時間的規則性:定期的に繰り返されるものが多い.(例)睡眠:6〜8時間/日.食事:3回以上/日.排泄 20〜30回/日.入浴:1回/1日〜3日.2)空間的規則性:ある特定の場所で発生することが多い.(例)睡眠は寝室.食事は台所.排泄はトイレ.入浴は風呂場.3)使用機器規則性:ある特定の機器を必要とすることが多い.(例)睡眠はベッド.布団など寝具.排泄は便器.入浴は浴槽.

2.3取り巻きセンサ構成

 本論文では.従来の生体計測システムの問題点を解決する.生理的行動観察システムの構成法として「取り巻きセンサ構成」を提案する.取り巻きセンサ構成は.1)日常定型行動の発生場所分析を行ない.2)発生場所分析に基づいて環境をセンサ化する.3)その際.環境の形の維持し,居住性を確保できる場所を探すことで,環境にセンサをうまく埋め込むセンサ構成法であり,日常定型行動に基づいて環境をセンサ化する点に特徴がある.

 上述の日常定型行動を利用した取り巻きセンサ構成の利点は以下のように整理される.1)環境にセンサを設置し,人とセンサは分離されているので.無拘束な計測である.2)普段行なっている日常定型行動から生理情報を無拘束に収集することができるので,計測のための意識的行動を必要としない.3)日常定型行動の時間的規則性より,定期的な生体情報が採集が可能である.4)日常定型行動の空間的規則性.使用機器規則性から環境を局所的にセンサ化することができ.効率の良い情報の採集が可能である.

2.4取り巻きセンサ構成に基づく行動観察システム

 本論文では.図1に示すような取り巻きセンサ構成に基づいてシステムを構築した.日常定型行動の中で最も長く計測が可能である睡眠行動を取り上げ.これを観察するためのベッド型の行動観察システムを開発した.システムの特徴は.人の睡眠中の行動を観察するための圧力センサ.視覚センサが.人の居住性が損なわれないように.天井内部.ベッド内部に埋め込まれている点にある.視覚部はCCDカメラ5台.照明4基からなっており天井部に埋め込まれている.圧覚部は圧力分布測定シート(221個の圧力センサからなる).圧力センサコントローラからなる.視覚部は主に呼吸の計測に用いられ.圧覚部は主に体位の認識を行ない.体位認識に基づいて呼吸の計測のための視線制御を行なうために用いられる.

図1:取り巻きセンサ構成に基づく行動観察システム
3行動理解アーキテクチャ3.1階層的人間モデル

 測定したい生理量を人の内部までセンサを侵襲させて計測する侵襲計測と異なり.無拘束計測ではセンサで計測できる体表での物理量から人の内部の生理量を推定する必要がある.

 本論文では,このような推定を可能とする階層的人間モデルを提案した.階層的人間モデルの特徴は、モデルが物理層と生理層からなっており.層間で変量変換を行なうことが可能である点にある.本論文では.睡眠時無呼吸症候群診断をとりあげ.人の睡眠中の呼吸運動の観察に基づいて換気量などの生理量を推定することを例題として階層的人間モデルを構成した.

3.2遡及処理機能

 本論文では.生理状態を頑健に理解するための時間管理手法として遡及処理機能を提案した.この機能の特徴は.a)画像バッファの参照速度変化させること.b)画像バッファの参照方向を変化させること.c)画像バッファを複数回参照することによって.状況に応じた画像処理を行なう点が特徴である.

図2:階層的人間モデル(左)と遡及処理(右)
4視覚情報を用いた睡眠時無呼吸症候群診断手法

 睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome,以下SASと略す)は.覚醒時には呼吸障害を自覚しないが.睡眠時に10秒以上続く換気停止が7時間に30回以上生じるものとして定義され.重症例では突然死をきたすことが知られている.原因としては.咽喉部の形状異常などの末梢性のものと.中枢神経の異常などの中枢性に大別される.SAS患者の治療のためには.上記のいずれの原因によるものか判定を行ない,適切な治療方針を決定する必要がある.

 本論文は.2章で開発したシステムを用いることで.従来のSAS診断システムの問題点を解決するSAS診断手法を開発した.また,実験室レベルの検証だけでなく.医師の協力を得て実際のSAS患者を対象に検査を行ない従来手法と比較することにより,本手法の有効性を検証する.

4.1画像処理に基づく診断手法と原理

 本論文で提案する画像処理に基づくSAS診断手法の手順を以下に示す.1)カメラで胸部、腹部の拡大画像を取り込む.2)その画像をもとに.画像処理装置を用いて画像処理を行なうことによって胸部・腹部画像のオプティカルフローを計算する.3)胸部.腹部のそれぞれでオプティカルフローの総和をとる.4)この総和をもとにして各種診断パラメータを導出する.

4.2呼吸運動の理論的解析

 本論文では.上布団がある場合.無い場合について睡眠中の人の呼吸運動をモデル化し理論的に考察した.本稿では.上布団が無い場合のみを取り上げ.特に.換気量を推定原理を示す.呼吸による胸部.腹部の変化をFig.3のようにモデル化する.これは.胸部・腹部を円柱近似したものである.

 オプティカルフローの総和(Bx.By)は次式のように画像の拡大率A.胸部・腹部の長さL.初期状態における胸部・腹部の半径r0.視線方向(.)を用いて次式の書き表すことができる.

図3:呼吸に伴う腹部・胸部の動きのモデル

 

 

 上式により.Bx.Byによって半径変化量rを計測できることが分かる.また.換気量Vとrの間には.次式のような関係があることから.Bx.Byによって換気量Vが測定できる.

 

4.3最適な視線方向の分析

 オプティカルフローの総和の大きさBは.式(4)で与えられるが.式(4)の.の関数部分をR(.)とおくと式(5)のように表される.

 

 

 を0〜.を0〜の範囲で変化させた時.R(.)は図.4のように変化する.

 Bの最大値を与える.を数値的に求めると.=33.6°.=0.0°の時.この時.Byも最大値をとり.Bx=0となるので.B=Byが成り立つ.したがって.カメラの視線方向をBが最大値をとるように選ぶことで.Byを計測するだけで.Vを計測することができる.

4.4遡及処理を応用した呼吸計測の高精度化

 図5は典型的なSAS患者の呼吸曲線を示している.このような呼吸は一般にChenye-Stokes型の呼吸と呼ばれるが.呼吸換気量に増大相と減少相があり,これが周期的に継続する点にある.

図4:R(.)の変化

 このような特徴をもつ呼吸を本研究で提案した画像処理を用いて検出する場合.増大相から減少相への変遷期における画面上での非常に速い動きの測定と減少相から増大相への変遷期の間に非常にゆっくりな呼吸を測定する必要がある.そこでは,本研究では3章で提案した遡及処理機能を用いて.増大相から減少相における動きが大きい場合(画像上の動き1〜8[pixel/flame]の時)には.ビデオレートでオプティカルフローを計測し.動きが小さい場合(画像上の動き1[pixel/flame]以下の時)には.画像バッファに保存された動画像データを間引き参照することによりこの問題を解決した.遡及処理による高精度な呼吸検出の例をFig.6に示した.

図5:実際のSAS患者から得られた呼吸曲線
4.5実際の患者を対象とした臨床実験

 システム構成を図7に示す.実験システムは.従来手法(インダクタンス法)に基づいたシステムと本手法に基づいたシステムの2系統のシステムからなる.本手法を実現するためのシステムは.CCDカメラ2台.画像処理装置(富士通社製:トラッキングヴィジョン.ホストコンピュータ(Sun SS5)からなる.インダクタンス法を実現するシステムは.トランサージュバンド(計測用バンド).計測コンピュータ(Non-invasive system社製:ポリソムノグラフ)からなる.

 表1にインダクタンス法と本手法を用いて導出した無呼吸指数AIと中枢性・末梢性無呼吸の比率を示す.無呼吸指数とは一時間あたりの無呼吸回数を示している.同表で本手法と従来のSAS診断手法を比較すると.中枢性・末梢性無呼吸の比率にずれがあるものの.無呼吸の判定は正確に行なえていることを示している.このことは.本手法がSAS診断に適用可能であることを示している.

図6:実際のSAS患者から得られた呼吸曲線(左)と遡及処理による補正図7:検証実験システム表1:本手法と従来手法による診断結果の比較
5圧力情報を用いた体位認識手法

 2章で述べた無拘束に睡眠中の人の呼吸・体位を計測できるシステムを用いて.1)高精度な呼吸計測を実現するアルゴリズムと.2)これまで環境埋め込み型の無拘束センシング分野では扱われてこなかった体位の認識を実現するアルゴリズムを開発した.また.実験によりシステムと本手法の有効性を検証した.

5.1同位相加算法による呼吸検出

 図8中の白丸と黒丸はそれぞれ呼吸に伴う圧力変化の位相が同じであるセンサ郡を分類している.図中では.基準センサは□で表されている.基準センサの選択については後述する.基準センサとの位相差が0[rad]付近(-0.25<<0.25[rad])であるセンサが白丸で表されており.位相差が[rad]付近(0.75<<1.25[rad])であるセンサが黒丸で表されている.図8は.a)呼吸が身体の広範な場所から検出可能であること. b)呼吸運動に伴う圧力分布の変化は互いに位相差を持っていること.c)白丸領域と黒丸領域の間で呼吸に伴って荷重移動が生じていることを示している.

 このことを利用して.本論文では.高精度な呼吸計測を実現するアルゴリズムとして.以下の手順からなる呼吸検出法を開発した.1)基準センサを選択する: 基準センサとして0.25〜0.33[Hz]におけるパワースペクトルの積分値がが最大となるセンサを選択する.2)圧力センサを2つのグループに分類する 3)2つのグループの総和をとり.互いの総和の差をとる:この操作により.圧力変化の位相差を考慮した適切な加算が可能になり.ノイズの影響を低減させ.位相差による相殺の影響をなくすことができる.

 図9は.上から単純な加算による呼吸曲線.上述の2つに分類したグループの中の1つのグループの加算による呼吸曲線.本手法による呼吸曲線を示している.この図から.本手法が単純な加算と比較して.高精度に呼吸が検出できていることを示している.

5.2芯線近似法による体位認識

 患者の仰臥位.側臥位(左右).腹臥位の4体位を判別するアルゴリズムを開発した.

 このアルゴリズムでは.まず最初に.側臥位の判別を行ない.次に.仰臥位.腹臥位の判別を行なう.

 まず,側臥位判別手法を述べる.側臥位の判別は.圧力分布画像を画像処理することにより後述する圧力分布の芯線を抽出し.これを利用することで行なう.Fig.10.Fig.11.Fig.12中の左側の図は,側臥位(左).仰臥位.腹臥位それぞれのベッド上の圧力分布を表している.Fig.10.Fig.11.Fig.12中の右側の図はそれぞれ左側の圧力分布に対してy軸方向の重心をx軸方向に沿って求めることにより芯線を抽出したものである.芯線を最小2乗近似した2次の多項式の2次の項の係数の大小.正負を調べることにより側臥位(左右)の判別を行なう.

 仰臥位.腹臥位の判別は.芯線と体位固有の圧力分布を利用して行なう.本研究では2種類の判別法.すなわち.最大加重点を利用する方法と.腿部の長さを利用する方法とを用意し.これらの判別精度の比較を行なった.

図8:圧力変化の位相によるセンサの分類図9:呼吸曲線の比較

 最大加重点を利用する方法:仰臥位あるいは腹臥位で寝た場合.体の骨格と肉の位置関係から.仰臥位では尻部に.腹臥位では胸部において特徴的な圧力分布を示す.Fig.13は仰臥位(supine).腹臥位(prone).側臥位(lateral)をとった時の.ヒストグラムを示している.仰臥位と腹臥位の判別は.Fig.11.Fig.12中の左側の図で★印で示された芯線上の圧力最大地点が.Fig.11.Fig.12の右側の図に示された芯線の上端と下端を結んだ線分ABの中点Mよりも上にあるか下にあるかで行なう.芯線上の圧力最大地点が線分ABの中点Mよりも下にあるとき.すなわち圧力最大地点が尻部側にあるときは仰臥位.上にあるとき.すなわち圧力最大地点が胸部側にあるときは腹臥位と判別する.

 腿部の長さを利用する方法:仰臥位あるいは腹臥位で寝た場合.仰臥位では尻部に.腹臥位では腿部で特徴的な圧力分布を示す.仰臥位と腹臥位の判別は.Fig.14中の左側の図で★印で示されたように腿部における分岐している枝の長さを測定することで行なうことができる.すなわち.2又に分岐している腿部の長さがある長さ以上の場合に腹臥位.それ以下の場合に仰臥位と判別する.

5.3体位・呼吸の連続計測実験

 実際の就寝状況に近付けるため本システムの上に通常の布団(厚さ約10.[cm])を敷き.被験者3名(健常者成人男性)を対象に.睡眠時の体位の監視機能を検証するための実験を6時間連続して行なった.

 また.上述の実験では.腹臥位をとった被験者が見られなかったため.仰臥位・腹臥位の判別精度を検証するため.被験者8名(健常者成人男性8名.成人女性1名)を対象に2種類の仰臥位・腹臥位の判別アルゴリズムの判別精度と体型の関係を調べた.

 さらに.呼吸の計測機能を検証するための実験に関しては.画像処理に基づく呼吸計測機能を利用して.被験者3名(健常者成人男性)を対象に.本論文で述べた圧力センサによる呼吸計測と画像処理による呼吸計測の比較実験を行なった.体位計測の実験結果を表2に.仰臥位・腹臥位判別精度と体型の関係を表3に.呼吸計測の実験結果を表4に示す.

 表2中の寝返り回数.平均寝返り周期は.就寝中の画像をビデオに録画し.それを人が解析したものである.表の第3.5項目から.システムの認識結果とビデオを利用した人による解析結果がほぼ一致していることが分かる.また.表の第4.6項目から.寝がえり周期の場合にも.システムの認識結果とビデオ解析結果がもほぼ一致していることが分かる.これらの結果は.提案した体位識別手法の長時間モニタ応用が可能であることを示している.

 表3中のBMIはBMI=身長2/体重[cm2/kg]で表される数値で.本研究ではこれを体型の数量化のために用いた.この値が小さいほど肥満であることを示している.また.その他の数値は仰臥位・側臥位をとった時間に対して.正しく判別が行なえた時間の割合を示している.同表から最大加重を利用した方法では.普通型.痩せ型の体型については良好な結果を示しているが.肥満型では.判別精度が著しく悪く.腿部の長さを利用した方法では.体型によらず判別精度が良いことが分かった.これは.最大加重位置が体型に大きく依存する指標であるのに対して.腿部の長さは体型によらず検出可能であることによっている.

図10:側臥位(横向き)をとった時の圧力画像と芯線図11:仰臥位(おお向け)をとった時の圧力画像と芯線図12:腹臥位(うつ伏せ)をとった時の圧力画像と芯線図13:各体位とヒストグラム図14:腹臥位・腹臥位をとった時の腿部の長さ検出

 また.表4は.被験者3名を対象に.仰臥位.側臥位をとった時の平均呼吸回数に関して.圧力センサを利用した呼吸計測により算出された平均呼吸回数と視覚センサを利用した呼吸計測により算出された平均呼吸回数とて比較している.計測時間は各項目1時間である.この表から.平均呼吸回数はほぼ一致しており.呼吸の検出が正確に行なえていることが分かる.

 以上の結果から.本手法及び本システムが実際の就寝状況で機能することが示された.

表2:芯線近似法による体位認識の連続計測実験結果表3:芯線近似法(仰臥位・腹臥位)の体型間の比較実験結果表4:同位層加算法による平均呼吸回数[回/分]の体位別比較
6視覚・圧覚統合による呼吸連続計測

 4章で述べた呼吸換気量や運動量の計測機能と5章で述べた呼吸・体位理解機能を統合し.患者がベッド上での体位を判断し.適切に視線を呼吸の検出できる場所にあわせることで.視覚による呼吸換気量・運動量計測の連続性を保障する機能を実現した.表5に健常者3名(成人男性)を対象に行なったSAS診断に必要な生理量の6時間自動計測の結果を示す.測定可能時間率は計測時間6時間に対する呼吸検出が可能であった時間の割合を示している.いずれも10回以上の寝がえりに対して視線を適切に制御することには成功したが.測定可能時間率はばらつきがあり7割程度の低い場合もあった.測定可能率の低い場合があるのは.腕を組んで寝ている時など画像処理によって呼吸が検出しにくくなったことによるもので.腕の検出を行ない適切な呼吸検出箇所を探索する機能の開発は今後の課題である.

表5:視覚・圧覚統合による呼吸連続計測実験
7結論

 本論文では.人の自然にとる行動を無拘束に観察するための.自然な形を持った環境システムの新しい構成法として取り巻きセンサ構成法を提案した.また.無拘束に観察された行動から生理的意味を解釈するためのアーキテクチャとして.階層的人間モデルと遡及処理機能を提案した.さらに.取り巻きセンサ構成法に基づいて睡眠中の人の行動を観察するシステムとして.天井部分に視覚センサを.ベッドに圧力センサを埋め込んだシステムを構築した.また.提案した生理的行動理解アーキテクチャに基づき,具体的に呼吸・体位モニタ機能を実現することで.提案した手法の有効性を検証した.

 本研究の知見は.以下のようにまとめられる.1)取り巻きセンサ構成法に基づいて構築したベッド型環境システムにより.呼吸と体位のモニタが行なえることを確認した.また.2)呼吸モニタ機能については,睡眠時無呼吸症候群診断システムに適用し,実際の患者を対象とした臨床実験(東京女子医大 石井研究室協力)を行ない従来の診断システムと比較することにより.提案した構成法に基づく診断システムの実現可能性を示した.これらの知見により.本研究で提案したシステム構成法と生理量推定手法が日常行動を無拘束観察し.そこから生理量を理解する環境システムを構築するうえで有用であることを確認した.

参考文献[1]Y.Nishida.M.Takeda.T.Mori.H.Mizoguchi.T.Sato:"Monitoring Patient Respiration and Posture Using Human Symbiosis System."Proc.of IROS’97,Vol.2.pp632-639.1997[2]西田.森,溝口.佐藤:"視覚情報による睡眠時無呼吸症候群診断手法".日本ロボット学会誌.Vol.16.No.2,1998(in press)[3]西田.武田.森.溝口.佐藤:"圧力センサによる睡眠中の呼吸・体位の無侵襲・無拘束な計測".日本ロボット学会誌.Vol.16,No.5,1998(in press)
審査要旨

 本論文は、「取り巻きセンサシステムによる人の生理的行動理解に関する研究」と題し、7章からなる。本論文は、生活環境で発現する人の自然な行動を機械システムが人の生理的状態を理解するための情報伝達メディアとして利用し、自然な形をした環境が、このような行動を無拘束観察する新しい環境システムのセンサ構成法と観察された行動から人の状態に関する生理的な意味を理解する手法に関して述べたものである。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的、および本論文の構成を述べている。

 第2章「取り巻きセンサ構成に基づく環境システム」では、従来の生体計測技術の課題を整理し、この課題を解決するシステムの設計思想として、自然な行動の無拘束観察を自然な形を備えた環境で実現する環境型システムの必要性を指摘している。また、このような環境型システムを具現化する上で、日常定型行動に着目する利点を整理し、日常定型行動の観察を目的とした環境システム構成法として、取り巻きセンサ構成法を述べ、その特徴を明らかにしている。さらに、この構成法に基づいて視覚センサ、圧力センサから構成された取り巻きセンサシステムについて述べている。

 第3章「生理的行動を理解するアーキテクチャ」では、身体の内部までセンサを侵襲させる侵襲計測や、センサを体表で固定してしまう拘束型計測による直接的計測とは異なり、取り巻きセンサシステムでは、計測できる体表での物理量から人の内部の生理量を推定する必要性を指摘し、このような推定を可能とする枠組として階層的人間モデルと遡及処理機能を提案している。

 第4章「視覚情報を用いた睡眠時無呼吸症候群診断システム」では、構築した取り巻きセンサシステムの視覚センサを用いて睡眠中の人の胸部・腹部を観察することで、呼吸運動だけでなく、呼吸換気量を計測できる階層的人間モデルについて述べている。また、これを睡眠時無呼吸症候群診断へ適用し、診断原理と呼吸計測原理を理論的に考察している。さらに、実際の患者を対象とした実験により、無拘束に診断が行なえることを示し、構築したシステムとモデルの有効性を示している。

 第5章「圧力情報を用いた体位・呼吸理解システム」では、圧力センサを用いた体位・呼吸の検出を行なう物理層と、体圧履歴を検出する生理層からなる階層的人間モデルについて述べている。本研究で提案した呼吸を計測するアルゴリズムである同位相加算法と、体位を計測するためのアルゴリズムである芯線近似法について述べ、これらの手法の有効性を実験により検証している。また、芯線近似法による体位モニタを床ずれ防止支援機能へと応用している。

 第6章「遡及処理を用いた計測の連続計測化・頑健化」では、画像バッファを応用した遡及処理機能を提案し、視覚センサによる睡眠中の呼吸計測の連続保障と高精度化へ適用することで、この機能の有効性を検証している。

 第7章「結論」では、これまでの各章で展開した議論を総括し結論を述べている。

 以上、本論文は,生活環境で発現する自然な日常行動を情報の伝達メディアとして利用し,自然な形をした環境が行動を無拘束観察する環境システムの構成法と観察された行動から人の状態に関する生理的な意味を理解する手法を示し、それを具体的な医用アプリケーションとして、呼吸・体位モニタシステムに適用することで提案した構成法の実現可能性と手法の有効性を検証したものであり、機械工学に貢献するものである。よって、本論文は東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻における博士の学位請求論文として合格と認められる。

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