学位論文要旨



No 113352
著者(漢字) 邱,暁明
著者(英字)
著者(カナ) キュウ,ギョウメイ
標題(和) 光散乱法による加工表面の識別技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 113352
報告番号 甲13352
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4070号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 光石,衛
 東京大学 助教授 中尾,政之
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨 1.はじめに

 工業製品の製造技術に関する特許侵害に対する防衛や,工芸品の考古学的見地からの製造技術の推定および発掘等のためには,工業製品や工芸品の表面観察によりその加工表面の評価技術の開発が重要である.その技術の確立のために,対象とする表面の特徴を抽出することが必要となる.

 表面の特徴を抽出する技術として従来用いられてきた方法は,触針式粗さ計により二次元的に走査を行って得た三次元データを用いて,二次元フーリエ解析,自己相関解析,時系列解析,フラクタル解析などを行う方法である.しかし,これらの方法には,測定のために非常に長い時間を必要とし,触針による表面に損傷を与えることがあり,データ解析は離散点を対象としたものとなり種々の離散誤差を生じる等の問題点があった.そこで,本研究ではこれらの問題点を克服する方法として,表面形状のフーリエ変換を光学的に行うことを意図して,光散乱法を適用することにした.これまで,光散乱法は主に加工面の表面粗さを評価する一方法として研究が進められてきている[1].本研究では光散乱法を用いて加工法の識別,加工条件の識別,前加工面の残留判定,工程設計の支援技術の開発および加工面の総括的識別などいろいろな面で加工面の識別技術に関する研究を展開する.

2.光散乱法を用いた加工法の識別

 部品の作製には,加工表面の形状は加工法によって大きく異なる.すなわち,加工法の特徴が加工表面に現れる.一方,表面からの散乱光強度分布はその表面形状のフーリエ変換像となると言われている[2].このフーリエ変換の様子を図1に示す.この図から見られるように,加工面の中に短い空間波長成分に起因する散乱角が大きく,長い空間波長成分に起因する散乱光は正反射に近くなる.また散乱角による散乱光強度分布の変化は加工面の中に空間波長成分の分布を表している.すなわち,表面形状の特徴がその表面の散乱光強度分布で表れる.よって,散乱光強度分布から表面形状の特徴を表すパラメータを抽出することによる,加工法の識別することが可能となる.

 本研究では,加工面における一方向の散乱光強度分布から加工面の空間波長成分の分布を示す減衰特徴パラメータAh,加工面の周期性を示す振幅特徴パラメータAp,および主要波長を示す傾き特徴パラメータAvを導入した.これらの特徴パラメータは次のように定義する,

 

Fig.1異なる空間波長成分の表面の光散乱の様子Fig.2特徴パラメータの定義式の各要素

 

 

 式(1),(2),(3)中の各要素を図2に示す.一方,表面における異なる方向の凹凸の差異を表す二次元特徴パラメータSh,Sp,Svは次のように定義する,

 

 式中xはh,p,vがとられる.s1,s2は試料回転角0°〜360°間の異なる角である.

 これらの特徴パラメータによって,加工法の識別が可能となる.加工法の識別の一例を図3に示す.図3にLD,EW,PW,GD,TDはそれぞれラップ面,エッチング面,ポリシング面,研削面と切削面を指す.

Fig.3特徴パラメータAhShと加工法の関係
3.光散乱法を用いた加工条件の識別

 部品を作製するには加工法のほか,加工条件も加工表面の形状に大きな影響を与える.一方,前節に述べたように加工表面からの散乱光強度分布は表面形状のフーリエ変換像となるので,加工条件による表面形状の違いが散乱光強度分布に現れる.すなわち,散乱光強度分布から適切な特徴パラメータを抽出することによる加工条件の識別が可能となる.本章では,加工条件のなかに工具種および加工方式の識別を試みた.具体的に工具種の識別はダイヤモンド切削とき単結晶バイトと多結晶バイトの識別で,加工方式の識別は砥粒加工のとき固定砥粒加工と遊離砥粒加工の識別である.

 加工条件を識別するために,加工条件の変化に対応する表面形状の変化を明確にすることが必要である.

 次は工具種の識別を説明する.図4に単結晶バイトと多結晶バイトで加工した面の微分干渉写真図と断面形状を示す.この図から見られるように,単結晶バイトで加工した面のほうが多結晶より周期性が強い.そのため,散乱光強度分布から加工面の周期性を示す特徴パラメータApによる,工具種の識別ができる.その結果を図5に示す.

4.光散乱法を用いた前加工面の残留判定

 部品の作製には最終の仕上げ面になるまで,何段階もの加工工程を経て完成するのが普通である.この場合,後続する加工によって,二種類面がある.一種類は加工面における前の加工法の特徴を完全に消してしまう単一加工面,あるいは,加工面には一つの加工法の特徴しか残っていない面である.もう一種類は前の加工法の特徴が残っている残留加工面である.前加工面の残留判定はその二種類の面の識別である.そのため,それらの面の散乱光強度分布の特徴を明確にすることが必要となる.

 本研究では単一加工面は評価区間(i-1,i)(i=1,2,…7)による散乱光強度分布特徴パラメータは大きな変化はないということが明らかになった.一方,残留加工面には二つの加工法の特徴が現れるので,その表面の散乱光強度分布にはこの二つの加工法の特徴が現れる.このため,残留加工面は評価区間による散乱光強度分布の特徴は大きく変化する.図6に切削面を単一加工面として,後続とする電解研磨による残留加工面を創成する場合の散乱光強度分布を示す.この図から見られるように,評価区間1,2のところ単一加工面と残留加工面の散乱光強度分布は似ている.評価区間3以降になると両表面の散乱光強度分布は大きく異なる.これは電解研磨により切削面の一部の特徴が電電解研磨面の特徴による取って代わり,散乱光強度分布には二つの加工法の特徴が現れるわけである.この散乱光強度分布に対応する各評価区間の特徴パラメータの変化を図7に示す.この図から見られるように単一加工面の散乱光強度分布特徴は評価区間による大きな変化はない.一方残留加工面に対して大きな変化は見られる.特徴パラメータが一番異なる評価区間1と7の特徴パラメータは一つの加工法の特徴範囲にあるかどうかを判断することによる,単一加工面か残留加工面かを判定することが可能となる.

Fig.4.ダイヤモンド切削面の微分干渉写真図と断面曲線Fig.5特徴パラメータApとダイヤモンド工具の関係Fig.6単一加工面と残留加工面の散乱光強度分布Fig.7単一加工面と残留加工面における評価区間による特徴パラメータの変化
5.光散乱法を用いた工程設計支援技術の開発

 前述したように部品によっては,何段階もの加工工程を経て仕上げられるものがある.このような場合,部品に求められる機能を能率的に実現し得る工程設計を行うことが必要となる.従来は,工程設計の妥当性は熟練作業者の経験に基づいて評価されており,定量的な評価はほとんど行われていないのが実状であった.そのため,加工工程の選定を定量的に評価できる新しい工程設計の支援技術の開発が早急に求められている.

 このような社会的ニーズに対応するために,本研究では「加工進行度」という概念を提案した.これは,ある部品の仕様が後続する加工工程によりどの程度目標とする仕様に置き換えられているかを,加工面から抽出される特徴パラメータを基にして定量的に評価する指標である.この定義から分かるように,加工進行度は非常に広い範囲に適用できる.部品の要求に応じて,目標とする仕様は部品の平坦度,真円度,表面硬度,表面粗さなどであり得る.目標とする仕様による,部品から抽出された特徴パラメータが異なる.加工進行度の概念は次式のように表現できる.

 

 式中X0,X1はそれぞれ加工前の部品と加工開始後t経過したときの部品との目標とする部品から抽出した特徴の差異を表すパラメータである.

 図8には切削面を前加工面として,電解研磨を後続とする加工の場合,散乱光強度分布の時間的な変化を示す.この図から見られるように,加工時間が進むにつれて散乱光強度分布が似ていく.これは前加工面が異方的な面の場合,後続とする加工によって等方的な面になるわけである.そのため,切削方向と送り方向の散乱光強度分布の相似程度を一つの特徴パラメータとして,その加工進行度を計算する.この結果を図9に示す.図9から見られるように研削面のほうが切削面より電解研磨の進行が速い.これは全体的に研削面のほうが切削面より表面の加工条痕が細いので,次の段階の加工により加工条痕が取り除きやすいである.以上のことから,加工進行度による,適当な前加工法を前加工条件の選択ができる.

Fig.8散乱光強度分布の時間的な変化Fig.9加工進行度の評価による前加工法の選択Fig.10加工面の総括的な識別における特徴の関係
6.光散乱法を用いた加工面の総括的な識別

 これまで,光散乱法を用いて加工面の特徴を抽出することにより加工面の識別,加工条件の識別,前加工面の残留判定および光散乱法を応用する一例の加工進行度の評価による工程設計の支援技術の開発などいくつかのケース・スタディを行った.本章では,全く未知な加工面に対して,光散乱法を用いることによるその加工面はどの程度識別できるかについて展開する.

 加工面の総括的な識別とはその加工面を創成する加工工程の特徴を識別するである.

 図10に示すように,項目P,S,Iはそれぞれ加工工程の特徴,加工面形状の特徴,および散乱光強度分布の特徴を表す.この図から見られるように項目PとIの間には直接の関連がない.項目PとIを関連させるために,項目Sの加工面形状の特徴によるやらなければならない.それで本章では,項目P,SとIをそれぞれ説明してから,項目Pと項目Sの関連,および項目Sと項目Iの関連を明確にしたもとに,Pの加工工程の特徴とIの散乱光強度分布の特徴を関連させるという手法を取られる.そして項目Iによる項目Pを識別する.

7.おわり

 本研究では,加工表面を識別するために,光散乱法を応用することにした.次の結論が得られた,

 (1)光散乱法を用いて,加工法を識別することができる.

 (2)光散乱法を用いて,加工条件の識別することができる.

 (3)光散乱法を用いて,前加工面の残留判定を行うことができる.

 (4)光散乱法を光学上応用する一例として,加工進行度という概念を導入した.このことにより,工程設計において最適な加工法,加工条件を選択することができる.

 (5)加工面の形状を創成する加工工程の特徴と散乱光強度分布の特徴を関連させることにより,加工面の総括的な識別ができる.

参考文献[1]John,C.S.,Roughness characterization of smooth machined surface by light scattering.Applied Optics,Vol.14,No.8,August(1975),1796.[2]Church,E.L.,Jenkinson,H.A.and Zavada,J.M.,Measurement of the finish of diamond-tumed metal surface by differential light scattering.Optical Engineering,Vol.16,No.4,July-August(1977),360.
審査要旨

 工業製品の製造技術に関する特許侵害に対する防衛や,工芸品の考古学的見地からの製造技術の推定および発掘等のためには,工業製品や工芸品の表面観察によりその加工表面の識別技術の開発が重要である.その技術の確立のために,対象とする表面の特徴を抽出することが必要となる.そこで,本論文は光散乱法を用いて加工表面の識別を行う技術について論じいたものである.本論文は「光散乱法による加工表面の識別技術に関する研究」という題目のもとに,第1章から第9章までの全9章で構成されている.

 その各章はおよそ次のような内容を持っている.

 第1章「序論」においては,表面評価に関する各要素およびそれらの間の関連について述べ,表面評価法の現状と課題について概観し,光散乱法を用いた加工表面の識別技術の開発の必要性について述べている.

 第2章「従来の表面評価法」においては,従来の種々の評価法について述べている.この章では,触針式粗さ計,光切断法,光干渉計測法,SEM,STM,AFM,電気容量式粗さ計測器などを利用した種々の加工面の評価法について解説し,各評価法の原理,利点と欠点および応用範囲を明確にしている.特に光散乱法とそこで用いられる表面のモデルに重点を置いて解説している.

 第3章「散乱光強度分布の測定」においては,まず従来の散乱光強度分布の測定装置の構造について述べている.そのうえこれらの装置の問題点を明確にし,これらの問題点を克服するために,本研究で新たに開発した測定装置の構造および特性について述べている.

 散乱光測定装置は,レーザ光学系,被測定物回転駆動系と散乱光受光系から構成されている.本章はこの装置の各系の設計および選択について述べている.また,散乱光強度分布の測定方法についても述べ,正しい散乱光強度分布を測定するために,測定に影響を与えるいろいろな因子について検討している.

 第4章「光散乱法を用いた加工法の識別」においては,まず典型的な加工面の切削面,研削面,エッチング面,ポリシング面およびラップ面を対象として,それらの面の散乱光強度分布の特徴を分析している.そして,散乱光強度分布は表面形状のフーリエ変換像になるということに基づき,加工面形状の特徴と散乱光強度分布の特徴との関連を検討している.加工面形状の特徴を定量的に評価するために,散乱光強度分布曲線からの特徴パラメータを抽出し,被測定物の一方向の散乱光強度分布の特徴を抽出した一次元特徴パラメータと被測定物の二方向の散乱光強度分布の特徴を抽出した二次元特徴パラメータを組み合わせて用いることにより,加工法の識別を可能にしている.

 第5章「光散乱法を用いた加工条件の識別」においては,光散乱法を用いた加工条件の識別を試みている.加工条件は加工面の形状に大きな影響が与える.そのため,本章では,加工条件が加工面形状の特徴に与える影響を分析し,加工条件と加工面形状の特徴との関連を明確にしている.そのうえ,それらの加工面形状の特徴を表せる散乱光強度分布の特徴パラメータを抽出することにより,加工条件を識別を行っている.散乱光強度分布の周期性を解析することにより,加工条件の識別を可能にしている.

 第6章「光散乱法を用いた前加工面の残留判定」においては,光散乱法を用いて前加工面の残留判定を行っている.手法としては,単一加工面と残留加工面の空間周波数特性を考察し,それらの面の散乱光強度分布の相違を明確にしている.そのため,散乱角の微小区間毎に定義した拡張特徴パラメータを提案している.単一加工面の散乱光強度分布から抽出した特徴パラメータは散乱角に依存しない値を持つが,残留加工面には二つの加工法の特徴が同時に存在するので,特徴パラメータが散乱角に依存して変化することを明らかにしている.

 第7章「光散乱法を用いた工程設計支援技術の開発」においては,光散乱法を用いた識別技術を加工工程の選定に利用することを提案している.そのため,「加工進行度」という概念を導入している.「加工進行度」とはある部品の仕様が後続する加工工程によりどの程度目標とする仕様に置き換えられているかを,加工面から抽出される特徴パラメータを基にして定量的に評価した指標である.本章では,加工面の散乱光強度分布を基に加工面の特徴を表すパラメータを提案し,それらを用いて後続する加工工程による加工面を特徴づけ,そのパラメータの変化から加工進行度を求めている.そして,この加工進行度を用いて,加工法および加工条件などの最適な選定を可能にしている.

 第8章「光散乱法を用いた加工面の総括的な識別」においては,光散乱法を用いることにより,未知な加工面の総括的な識別について検討している.加工面を識別することは加工面の凹凸形状の特徴を求めることではなく,その加工面を創成した加工工程との関連を見出すことである.この認識に基づき,本章ではまず加工工程の各支配要因を検討し,それらの要因と散乱光強度分布の特徴との関連を明確にしている.このことにより,未知の加工面の総括的な識別技術を確立している.

 第9章「結論」においては,各章における主要な研究成果を列記すると共に本研究の特徴を示し,本研究の目的が達成されたことを明言している.

 本論文は以上のように埋没加工技術の発掘や特許侵害の防衛につながる新学問分野の開拓を目指したものであり,その機械工学,特に製造加工学の分野への貢献が多大である.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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