学位論文要旨



No 113353
著者(漢字) 中西,泰人
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ヤスト
標題(和) 進化計算を応用したデザイン支援システムおよび感性情報獲得システムの研究
標題(洋)
報告番号 113353
報告番号 甲13353
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4071号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月尾,嘉男
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 助教授 廣瀬,通孝
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
内容要旨 1.研究の背景および目的

 情報技術の発達と共に生産・流通・消費の一体化が進み,消費者が必要で欲しい製品を生産するための仕組である一品種一生産のシステムが構築されつつあるが,その実現にあたって,ユーザ自らが製品の仕様を作成するためのシステムの展開が最も遅れている.従来から研究されている感性デザインの研究には感性工学とよばれる手法が多く用いられ,感性語とデザインのパラメータとのマッピングによって感性情報を表現する.しかし,あくまでも統計的な近似なため,構造的な情報表現が出来ない,情報の再利用が困難,平均化された感性である,データ収集・解析コストが高いという短所がある.そこで本研究では,一品種一生産を前提とした非言語的操作による感性デザインシステムと,そのシステムを支援するために特定の個人の感性情報を構造的表現として獲得することを目的とした.

図1 デザイン支援システム
2.デザイン支援システム

 ユーザは一般的な消費者なため,システムは曖昧にイメージされている情報を明確にし協調的でだれでも使えるといった特徴を持つべきであると考え,デザイン支援システムを対話型進化システムとして構築した.デザインの対象はワンピースの形状とした(図1).ユーザは,画面上に提示される候補案の中から「最も気に入るものを選ぶ」ことを繰り返して探索を行い.デザインを作成する.各遺伝子座の各対立遺伝子すべてにポイントを持たせ,ユーザが選択した候補案を構成する各対立遺伝子にポイントを付与する.変動したポイントに応じた確率を用いて次世代の遺伝子を作成し,ユーザが再び選択するということを繰り返す.この相互作用により,最初はフラットな評価関数を分布した関数へと変化させその分布により次世代の候補案を作成し再び入力を促す,ホジティブフィードハックルーフを形成し探索を行なう.さらに一定回数の選択毎に,探索空間を構成するデータを変更して徐々に細かくすることで,より評価の高い地点を探索する.ユーザはこれまでと同様の手法て,新たに作成された探索空間を探索する.

図2 遺伝子作成と探索空間変更

 対話型進化システムは無益な候補案を提示する可能性があるため,有用な候補を選択的に出力させるためのフィルタリングが効果的である.本研究においては,特定のユーザがあるデザインを作成した探索履歴から,そのプロセスを再現するような数学的関数を遺伝的プログラミング(以下GP)によって合成し,その関数を用いたフィルタリングによって探索の支援を行った.特定のデザインプロセスを再現する関数には,ある形状が作られた際の感性的な情報が埋め込まれていると思われる.GPが生成する数学的関数は,上記のデザイン支援システムにおいて,どのような候補案の中からユーザがどれを選んだかという全ての選択の履歴と提示された全ての候補案のパラメータを読み込む.GPにおける終端記号は形状の遺伝子型のデータとし,非終端記号は数学的初等関数とした.提示されたデザイン案の中でユーザが選択したものを関数が最も高く評価した回数,ユーザが選択した候補の評価値の推移の仕方,関数含む変数項の数を計算し,理想的な値からのユークリッド距離によって各関数を評価してGPにおける遺伝的操作を行なった.

 得られた関数を仮想のユーザと見なしたシミュレーションにより,デザイン支援システムの定性的な評価を行った.その結果,対立遺伝子の数が少なく探索空間の変更をより多く行なう程,最終的な探索地点の評価値が高かった.前者は,最も評価の高いものだけを選ぶという手法では,その遺伝子型を構成した対立遺伝子のデータにしかフィードバックがされないために並列的多点探索の利点が生かされていないと考えられる.選択案を構成する対立遺伝子の近傍にもポイントを与えるなど,入力の情報を滑らかに探索空間に広げる必要があると思われる.後者は同じ回数の選択でより密度の高い探索空間を探索できるためであると考えられる.視覚的評価による対話型進化システムは個体数と世代数に限度があるため,こうしたパラメータの変更は効率的な探索をもらすと考えられる.

 また,GPにより得られた関数を用いたデザイン支援の効果もシミュレーションにより検討した.関数が支援を行う場合には,提示する数よりも多くの候補案を作成し,関数が上位に評価したものだけをユーザに提示する.デフォルトのパラメータ,調整したパラメータ(近傍にも加点し半分の回数で探索空間変更),デフォルトパラメータで支援あり,調整したパラメータで支援あり,といった条件での探索結果の比較をした(グラフ1).横軸はユーザによる選択案の評価値の最大値と関数による選択案の評価値の最大値と比率を示し,縦軸は関数による選択案の評価値がユーザによる選択案の評価値の最大値を超えた選択回数を示す.このグラフから,パラメータの調整と関数の支援よって,最終的な探索地点の評価値が上昇し,同程度の評価値をもつ地点へより少ない探索回数によって到達できることがわかる.両者は効率的な探索をもたらし,両方が共存する場合には相乗的な効果が現われることがわかる.

図3 ユーザによるデザインと関数によるデザイングラフ1 探索の比較
3.感性情報獲得システム

 デザインの特徴を基に感性情報を表現するための一般的記述法の一つとして,代数的制約記述が考えられる.デザインの情報を連立方程式や不等式として表現できれば,距離の入ったパターン情報と距離の入らない記号情報を統合でき,さらに基本的な式や関数を要素とした高次の制約式はより高次の感性を表現できると考えられる.本研究では上述したように,GPを用いた帰納的な学習により,デザイン作成のプロセスを再現するような数学的関数として感性情報の獲得を行なった.

 獲得の正否の定量的な把握のために,得られた関数の特徴を統計的に分析した.関数によるデザインを視覚的に評価し,成功例と失敗例のグループに分類する.ユーザが選択した案を関数が評価した値の推移を対数関数へ当てはめ,各々の関数における対数関数の係数と残差を計算し,判別分析を行なった.GPにおける評価と関数へのあてはめを用いた判別による判別率は0.743であった(グラフ2).さらに対数関数への残差にモーメントをかけた場合は判別率が0.781と上昇するが,GPにおける評価の一つである正負の判別だけを用いた場合には0.648へと低下した.このことから収束に向かう正負例を時系列的にシステムに提示することの有意性が確認された.これは,本研究が対象とした感性的な評価は,暖昧で不等式で表現されるような相対的なものであり,概念学習のように厳密な正負例を提示できないためであると思われる.こうしたことからもパターンと記号の共通表現である代数的制約記述を感性情報の表現方法として用いることは有効であると考えられる.

グラフ2 関数の判別図4 感性情報の獲得

 次に,形状のパラメータを用いるのではなく,背景知識を与えて曲線の連なりの特徴と多角形の連なりの特徴を抽出することで,可読性が高く再編集可能な感性情報の獲得を目指した.各特徴量の評価を行なう正規分布関数のパラメータを表現するビット列と,それらローカルな関数の構造的表現を行なう全体的な関数を進化させることで,感性情報を獲得する(図4).ユーザの意図を反映させることで情報の可読性および利用価値を高めるため,進化計算の途中に関数を編集可能な対話型のシステムとした.代数的制約記述表現による感性情報は再編集可能なため,共有する側が改変をしつつ追体験を行うことが可能になり,経験を重ねる他にない分野での学習に有効であると思われる.

4.考察および結論

 対話型進化システムを用いてデザイン支援システムを構築した.現在の手法では遺伝子長の最大値が事前に固定されるために概念設計には用いることができないが,ユーザが一般的な消費者の場合には許容できると思われ,さらに動的なシステムとして拡張する必要があると思われる.また,その探索履歴からGPを用いた帰納学習により個人の感性情報を数学的関数として獲得し,構造的な感性情報獲得の一手法を提案した.可読性を高める場合には背景知識が必要なため,既知の知識の相互作用としての浅い感性情報しか得ることができないが,さらに動的な対話型知識獲得システムとして拡張したいと考える.

審査要旨

 中西泰人提出の論文は「進化計算を応用したデザイン支援システムおよび感性情報獲得システムの研究」と題し、4章より構成される。

 これまで非言語的かつ主観的な情報をデジタル情報として表現するためには統計的手法やパターン認識手法が用いられてきたが、そうした手法では、本来、主観的で属人的である感性情報を平均化してしまうため、再現性や再利用性が低く、特定の言語や文化にしか対応できないという短所を持っている。本論文は、これらの課題を解決するような感性情報の表現と獲得を実施し、獲得された感性情報をデザイン支援システムに応用することで、その有効性を提示することを目的としたものである。

 第1章「研究の目的および背景」では、本研究の背景と目的を説明している。生産技術と情報技術の融合により実現した一品種一生産システムにおける消費者による製品仕様策定システムを開発するにあたり、その種の技術の現状および社会的環境について概説している。本研究はそうした仕様策定システムの中でも感性的な要素の大きい対象を扱うデザイン支援システムの開発を研究の目的とすると規定している。

 第2章「デザイン支援システム」では、デザイン支援システムの構築に関する概説とそのシステムの評価を行っている。本研究で構築されたデザイン支援システムは対話形式の進化システムであり、利用者が画面に提示された複数のデザイン対象から、視覚的にもっとも評価するデザイン対象を選択し、その行為を繰り返していくことにより希望するデザインを作成する手法を採用している。また、その選択の履歴をもとに、利用者と同様の属性をもつ数学的関数を遺伝的プログラミングによって自動生成する機能も内蔵している。次に、このようにして得られた数学的関数を仮想の利用者として、デザイン対象を選択するシミュレーションを行い、システムのパラメータが探索にもたらす影響を評価すると同時に、本研究で提案する数学的関数を用いたフィルタリングによるデザイン支援の有効性を定量的に検討している。

 これまでの感性情報を利用したデザイン支援システムの研究においては、構築されたシステムの評価は利用者の印象による場合が多く、定量的な評価が十分になされていなかったが、本研究では数値的な評価の可能性を提示している。

 第3章「遺伝的プログラミングによる感性情報獲得」では、個人的な感性情報の獲得を行なう手法の提案とその有効性の検討をおこなっている。感性情報処理における情報表現は様々な形式が提案されているが、本研究で利用している感性的なデザイン対象を表現するプログラムや数式は、形態と論理の双方を共通に表現することができ、より高次の感性を記述することや、複数の利用者が情報を共有したり伝達したりすることに適しているため、従来のパターン認識的な情報表現より有利な手法といえる。そうした情報表現は、コンピュータグラフィックスの手法として採用されている表現でもあるが、それらはあくまでも試行錯誤や経験を基礎にしたものであり、本研究では視覚的な判断により希望するデザインを作成する過程から同様の結果を自動的に生成できる情報を獲得できることを示すと同時に、提示されたデザイン対象を単純に○×で評価する方法よりも一定のデザイン対象へ収斂していく過程を学習機構に提示するほうが有効であることを明示している。また、関連する研究について調査し、本研究の特徴及び立場を明らかにしている。帰納学習による感性情報獲得の研究のなかで、その情報獲得過程の評価をおこなう研究は従来存在していないことから、本研究は新規の分野を開拓したと評価できる。学習機構として遺伝的プログラミングを用いることによって、探索過程で様々に評価要素の数が動的に変化する候補案の時系列データを取り扱うことが可能なことを示し、より一般的な設計過程から感性情報を獲得できることも示唆しており、この分野の研究の今後の発展に貢献すると期待される。

 第4章「結論」では、以上の各章の内容を要約し、デザイン支援システムを対話形式の進化システムとして構築すること、および、デザインの作成過程から帰納的な学習を用いて感性情報を獲得することの有効性を示したことを結論としている。

 本研究が対象としたデザイン選択手法は直接広範な分野に応用するにはやや特殊であるが、客観的な知識の獲得が対象であった従来の研究とは相違する主観的な知識の獲得を目的とした研究としては先導的なものであり、今後、様々な研究領域への展開が期待され工学上寄与するところは多大である。

 よって、本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54628