学位論文要旨



No 113354
著者(漢字) 佐藤,洋
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヒロシ
標題(和) ゲーム理論による多目的構造最適化法に関する研究
標題(洋)
報告番号 113354
報告番号 甲13354
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4072号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨

 本論文は7章からなる.第1章「序論」では,構造最適設計の研究の現状を述べるとともに,研究の目的として不確定条件下での構造最適化および多目的構造最適化を有限要素法に基づいて行なう手法の開発を掲げている.

 第2章「ゲーム理論と構造最適設計」では,不確定条件下における構造最適化問題に対し,ミニマックス原理に基づく最適解を探索する一手法として,零和2人ゲーム理論におけるミニマックス定理を応用し,線形計画法により解を求める手法を提案している.そして,面内剛性を基準とするFRP積層平板の積層序列最適化問題に対し,提案した手法を適用している.ひずみ成分の配分を戦略とするプレーヤと積層序列の選択を戦略とするプレーヤを想定することにより,応力成分により定義する目的関数を利得とした零和2人ゲームを構成する.線形計画法による解の探索により,ミニマックス原理に基づく積層序列最適化が可能であることが確かめられている.

 第3章「複数荷重条件下におけるトラス構造の寸法最適化」では,第2章で提案した手法を発展させ,設計パラメータの変動に対する目的関数の非線形変化に起因する精度不足を補償するため,繰り返し計算により最適解を探索する手法を提案し,トラス構造の寸法最適化問題への適用を図っている.不確定荷重条件をm個の集中荷重liによりモデル化し,n個の設計戦略sjが選択させる確率をqjとする.設計戦略sjが選択され,集中荷重liのみが負荷されたときの目的関数値をUijとすれば,設計戦略と均衡解となる目的関数値は,次式の線形計画問題を解くことにより算出される.

 

 式(1)により設計戦略を決定し構造変更を行なう過程を反復し,最適構造を探索する.目的関数として,節点変位の二乗和または平均ひずみエネルギ密度を用いる場合の比較検討を行ない,最適な構造としては不要と考えられる構造部材を含む場合に対しては,平均ひずみエネルギ密度を目的関数とすることが適切であることを示している.また,構造重量の増加量を決定するための線形計画問題の構成に必要となる目的関数値の算出に,有限要素再解析を用いる方法,および感度解析を用いる方法を検討し,いずれの方法でも最適解を得ることが可能であることを示している.

 第4章「複数荷重条件下におけるフレーム構造の寸法最適化」では,第3章において提案した手法を平面フレーム構造および立体フレーム構造の寸法最適化問題に対して適用し,重量一定・指標変位最小の最適解および指標変位一定・重量最小の最適解を探索することが可能であることを示している.図1に示す8部材平面フレーム構造に対し,配分が未知である8個の荷重を想定し,非固定節点変位の平均値により定義する指標変位を0.45mm以下とする条件の下で,構造総重量が最小の構造を探索した結果を表1に示す.考慮する荷重が4つであるcase2とcase3ではcase1に比して構造総重量を小さくすることが可能であるが,case1では考慮する荷重条件がcase2とcase3を重ね合わせたものであるにもかかわらず,case1の構造総重量はcase2とcase3で得られた構造総重量の和よりも小さな値となっている.

図1 8部材2層門型フレーム構造表1 8部材2層門型フレームの部材断面直径と構造総重量

 第5章「複数荷重条件下における平板の板厚最適化」では,第3章と第4章で検討してきた手法が一般的な連続体構造にも適用可能か否かを検討するため,平板の板厚最適化問題を扱う.三角形要素により平板を離散化する方法では,要素数が節点数に対して相対的に多くなるため,節点における板厚を設計変数として採用し,要素内の板厚を節点での板厚により直線近似する手法を用いたが,1つの節点を共有する要素の数が設計結果に影響し,また要素数を多くすることは演算時間の観点から困難であるなどの問題が生じた.四角形要素により要素分割を行ない,要素内一定の板厚を設計変数とする場合には,演算時間の観点からより多くの要素分割を行なうことが可能であり,目的とする最適形状が得られることが示されている.図2に不確定面内荷重条件下における片持ち板の板厚最適化を行なった例を示す.ここでは目的関数として構造全体がもつ平均ひずみエネルギ密度を用いている.(a)は単一の荷重条件に対して設計を行なった例であり,従来の手法による設計も可能である.(b)では2つの荷重による複数の荷重モードに対して設計を行なった例であり,設計計算の過程で中央の荷重よりも右端の荷重に対して力学的強度を保持するように板厚の決定が行なわれていることが分かる.(c)は3つの荷重を考慮した例である.平板の非固定辺の周辺部分の板厚が特に増加し,この部分で強度を保つ構造が設計計算の結果として得られていることが分かる.このような構造では,例えば中央の荷重が単独で作用する場合の平均ひずみエネルギ密度は,(a)または(b)の構造よりも大きくなる.これは複数の荷重モードに対して平均ひずみエネルギ密度を小さくする構造を得るため,平均ひずみエネルギ密度の減少量をある程度犠牲にした結果であり,全ての荷重条件に対して相対的に小さな平均ひずみエネルギ密度となる構造が得られている.

図2 片持ち板の板厚分布(200要素)

 第6章「構造系と制御系の同時最適化」では,構造系と制御系の同時最適化問題の解となるPareto最適解の一つをNash均衡解の概念に基づいて探索する手法を提案し,フレーム構造を対象とした数値計算例により本手法の妥当性を検討した.構造系の最小化すべき目的関数として構造重量Wを用いるとともに,制御系の目的関数として最適レギュレータ理論における評価関数の最小値Jを採用し,2つの目的関数を同時に最小化する設計変数を感度解析に基づいて探索する本手法により,最適解が得られることが示されている.図3に示したフレーム構造は,z方向に制御入力を与えることができる制御器をもつシステムである.提案した手法を適用し,WとJの同時最小化を行なった結果が図4である.設計変更量を変えた3つのケースに対して,いずれも2つの目的関数を同時に小さくする結果が得られている.収束値はそれぞれ異なるが,3ケースの結果はPareto最適解を形成していることが分かる.

図3 12部材フレーム構造図4 2つの目的関数の変化

 第7章「結論」では,第2章から第6章において得られた知見を総括している.

審査要旨

 本論文は「ゲーム理論による多目的構造最適化法に関する研究」と題し,7章から構成されている.確定的な設計条件の下で単一の目的に対して最適構造を探索することは比較的容易であるが,不確定最適化問題や多目的最適化問題に対しては,一般的かつ普遍的な解法は未だ存在していない.このような背景を踏まえ,本論文では不確定条件下での構造最適化および多目的構造最適化を有限要素法に基づいて行なう手法を開発することを目的としている.

 第1章「序論」では構造最適設計の研究の現状を述べるとともに,その問題点を検討している.その結果に基づき,ゲーム理論を直接応用することにより研究目的の達成を目標とすることを掲げている.

 第2章「ゲーム理論と構造最適設計」では不確定条件下での構造最適設計問題に対してミニマックス原理に基づく解を与える一手法として,零和2人ゲーム理論におけるミニマックス定理を応用し,線形計画法により解を求める手法を提案している.提案した手法をFRP積層序列最適化問題に対して試用し,線形計画法による解の探索により,ミニマックス原理に基づく積層序列最適化を行なうことが可能であることを検証している.

 第3章「複数荷重条件下におけるトラス構造の寸法最適化」では零和2人ゲーム理論を構造最適設計に適用する手法を,荷重条件が不確定であるトラス構造の寸法最適化問題に対して適用した不確定最適設計問題を扱っている.構造部材の寸法を設計変数にとり設計変数の値の組合せを変えた設計戦略をもつプレーヤと,総和を一定とした複数の集中荷重の配分を戦略とするプレーヤを想定し,2人のプレーヤが構成する零和2人ゲームから線形計画法により最適解を決定する.設計変数の変動に対する目的関数の非線形変化に起因する線形計画法探索の精度不足を補償するため,繰り返し計算により最適解を探索する手法を提案している.目的関数の選択に関与する影響を検討すると共に,重量を漸次増加させる手法と感度解析を用いる手法の妥当性をそれぞれ検討している.

 第4章「複数荷重条件下におけるフレーム構造の寸法最適化」では不確定荷重条件下のフレーム構造の部材寸法最適化問題に対して第3章で提案した手法を適用している.目的関数である指標変位として非固定節点の変位の平均値を採用し,構造重量一定の条件の下で指標変位を最小化する設計,および指標変位一定の下で構造重量を最小化する設計について検討し,定式の妥当性を示している.

 第5章「複数荷重条件下における平板の板厚最適化」では第3章および第4章で検討してきた手法が一般的な連続体構造にも適用可能か否かを検討するため,不確定面内荷重を受ける平板の板厚最適化問題を扱っている.目的関数として構造全体の全般的挙動を表す平均ひずみエネルギ密度を採用し,平板を三角形要素により離散化する場合と四角形要素により離散化する場合それぞれについて検討している.三角形要素により平板を離散化する方法では要素数が相対的に多くなるため,節点における板厚を設計変数として採用し,要素内の板厚を節点での板厚により直線近似する手法を用いている.しかし,一節点を共有する要素の数が設計結果に影響し,また要素数を多くすることは演算時間の観点から困難であるなどの問題が生じている.四角形要素により要素分割を行なうときは,要素内一定の板厚を設計変数とする場合には演算時間の観点からより多くの要素分割を行なうことが可能であり,目的とする最適形状を得られることが示されている.

 第6章「構造系と制御系の同時最適化」では非零和協力ゲームの解として定義されるNash均衡解の概念に基づいて,構造系と制御系の同時最適化問題におけるPareto最適解の1つを探索する手法を提案している.構造系の最小化すべき目的関数として構造重量を用いるとともに,制御系の目的関数として最適レギュレータ理論における2次形式評価関数の最小値を採用する.感度解析を用いて試設計近傍における2つの目的関数の変化を凸多角形内の領域として近似し,Nash均衡解の概念に基づく求解過程を繰り返すことにより2つの目的関数を同時に最小化する設計変数を探索する.フレーム構造を対象とする数値計算例から本手法によりPareto最適解の一つを探索することが可能であり,目的とした最適解が得られることが検証されている.

 第7章「結論」では第2章から第6章までの研究により得られた知見を総括し,構造最適化に対するゲーム理論の応用についての所見を述べている.

 本論文は,ゲーム理論の適用により不確定構造最適化および多目的構造最適化を行なうことが可能であることを示し,従来の研究では取り扱いが困難であった構造最適化問題に対する本論文の貢献は大きいと考える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク