学位論文要旨



No 113356
著者(漢字) 鄭,宇眞
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ウジン
標題(和) 非ホロノミックな拘束を用いたアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの設計と制御
標題(洋) Design and Control of Under actuated Manipulators using Nonholonomic Constraints
報告番号 113356
報告番号 甲13356
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4074号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 近年、不可積分な微分方程式拘束を受ける非ホロノミック・システムに関する研究が盛んに行なわれている。中でも、平衡点まわりで線形近似すると不可制御になるため、大域的な非線形解析が必要になる非線形システムに関して様々な成果が得られている。これまでシステムの解析、または制御系設計に焦点を当てて多くの研究が行なわれて来た。このようなシステムでは少ない入力によって多くの一般化座標が可制御になることが多く、アンダアクチュエーティッド・システムと呼ばれる。本研究では非線形制御に関する研究成果を新しい機械システムの設計と制御に積極的に用いることを目標とする。非ホロノミックな拘束を機構設計に取り入れることにより、可制御なn関節マニピュレータを2つのアクチュエータのみで構成できる。このようなアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの理論設計、非線形制御法の開発とその実験的検証が主な研究課題である。

 球と車輪の転がり運動を用いた特殊な機械的動力伝達装置である非ホロノミック・ギアを考案し、関節駆動に用いることで非線形構造を作り出す。非ホロノミック・ギアの構造を図1に示す。非ホロノミック・ギアは関節角の三角関数のギア比をもつ1入力多出力の非線形無段変速機として用いることができる。最初に非ホロノミック・マニピュレータの理論設計を確立し、可制御性を証明する。次に運動学モデルのチェインドフォーム変換法を確立する。チェインドフォームはあるクラスの非ホロノミック・システムの構造的特徴を表す正準系として知られており、様々な開ループ、閉ループ制御則が確立されている。非ホロノミック・マニピュレータの運動学モデルをチェインドフォームに変換可能に設計することで既存の制御手法を有効に適用できる。

 非ホロノミック・マニピュレータは理論機構学と非線形制御の観点から設計されたシステムであり、その実現性を判断するための力学的解析、実験による有効性の実証が重要である。プロトタイプの試作においては摩擦駆動を用いて関節駆動トルクを確実に伝達できる機械設計の方針を確立した。非ホロノミック・ギアの保持機構の設計と接触力の力学的解析を行ない、図2に示す平面構造のプロトタイプを試作した。2つのアクチュエータはベースに設置されており、各関節には非ホロノミック・ギアが装着されている。また、ベルト、軸と歯車などの機械要素を介してアクチュエータの入力角速度が受動関節に伝達される。非ホロノミック・マニピュレータのプロトタイプを用いてチェインドフォームの開ループ・閉ループ制御を適用し、理論設計の有効性と適用した制御則の妥当性を実証した。開ループ制御ではアクチュエータの飽和と非ホロノミック・ギアの動力伝達限界を考慮して実現可能な運動を計画できるタイムスケーリング法を提案した。また、容易に制御系を設計でき、指数関数的収束性をもつ新たな閉ループ制御則であるチェインドフォームの疑似線形化を用いたフィードバック制御法を確立し、実験結果からその有効性を検証した。3関節モデルに対して関節角の初期状態(0)と目標状態d(0)=[10°,10°,10°]、d=[-10°,-10°,-10°]とし、位置制御の実験を行なった結果を図3に示す。疑似線形化したシステムには状態フィードバック制御を適用しており、目標状態に滑らかに収束することを確認できる。

 非ホロノミック・ギアを用いたアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの設計には多様な視点がありうる。非ホロノミック・マニピュレータでは機構を簡単にすることに重点をおいた。その結果、多関節構造を設計するうえで、機構の数学的構造と動力伝達性に問題があった。そのため、理論的には関節数の制限が無いにも関わらず、実際には4関節以上を制御することが困難であった。数値計算を行なった考察結果から非ホロノミック・マニピュレータの問題点を明らかにした後、理論設計の段階からチェインドフォーム変換式の性質と機械的動力伝達特性を考慮することで、問題点を根本的に解決した新しいチェインドフォーム・マニピュレータを設計した。チェインドフォーム・マニピュレータの理論的な機構設計を行ない、この機構が関節数に関わらずに単純な運動学モデルを保つことを6関節モデルを用いた計算結果から検証した。

 システムのモデル化誤差、外乱などに対処するためにはフィードバック制御が有効な手段であるが、アンダアクチュエーティッド・マニピュレータを含む非ホロノミック・システムへの応用は容易ではない。主な問題点は次の2点である。(1)オーバシュートを制御できないため、軌道がチェインドフォーム変換の特異点に到達する可能性が高く、障害物回避などへの利用が困難である。(2)n台のトレーラを牽引する移動ロボットなどの高次元のシステムを状態空間の原点以外の目標点に安定化することが困難である。このような問題点から実際の応用では運動計画法を用いた開ループ制御が一般的に用いられる。この視点からアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの制御のための実用的な運動計画法を開発した。非ホロノミックな拘束を考慮せずに自由に計画された軌道を与えられた軌道近似誤差で実現できる効率的な運動計画法を確立した。チェインドフォームに対する三角関数入力法に基づいて滑らかな軌道を計画できることを数値シミュレーションで確認した。

 運動計画法に基づいた開ループ制御は特異点や障害物を考慮したより実用的な運動制御法として利用できるが、モデル化誤差、外乱などには無防備であることが欠点である。チェインドフォーム・マニピュレータのプロトタイプは関節駆動用歯車のバックラッシュが誤差の原因となり、開ループの制御性能に影響する。関節角の初期状態に誤差が含まれている場合の解軌道を求め、誤差の影響を考察した結果から初期状態誤差の影響を受けにくい運動軌道を計画することで実際の制御性能を向上する方法を確立した。三角関数入力で求まった軌道の初期条件鋭敏性の計算法を示し、誤差の影響を運動計画に導入することでチェインドフォーム・マニピュレータを有効に制御できることを実験結果から実証した。図5は4関節チェインドフォーム・マニピュレータに対して初期条件鋭敏性を考慮した運動計画法を適用した実験結果である。境界条件は(0)=[-30°,-30°,-30°,-30]、d=[-30°,-30°,-30°,-30]とした。関節角が滑らかに目標状態の近傍に移動しており、適用した運動計画法の妥当性を確認できる。

 以上、非ホロノミックな転がり接触を利用した動力伝達装置を用いることで2つのアクチュエータで任意な関節数のマニピュレータを制御できることを実証した。従来の非ホロノミック・システムに関する研究が主に既存のシステムの解析から出発したことに対して、本研究では非ホロノミック・システムに適用可能な非線形制御技術を念頭において、今までに存在しなかった新たな機構を提案したことに意義がある。

図1:非ホロノミック・ギアの構造図2:非ホロノミック・マニピュレータのプロトタイプ図3:チェインドフォームの疑似線形化を用いたフィードバック制御を適用した場合の関節軌道図4:チェインドフォーム・マニピュレータのプロトタイプ図5:初期状態誤差の影響を考慮した三角関数入力を用いる運動計画法を適用した場合の関節軌道
審査要旨

 本論文は「Design and Control of Underactuated Manipulators Using Nonholonomic Constraints」(非ホロノミックな拘束を用いたアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの設計と制御)と題し、6章からなっている。

 非可積分(非ホロノミック)な微分方程式拘束を受ける機械に関する研究が近年、盛んに行なわれている。このような系のうち入力数より多くの一般化座標を可制御にするものをアンダアクチュエーティッド系と呼ぶ。本研究では非線形制御に関する最近の研究成果を機械の設計に積極的に用いることにより新たな構造・機能をもつ機械を実現することを目的としている。非ホロノミックな拘束を機構設計に取り入れることにより、可制御なN関節マニピュレータを2つのアクチュエータのみで構成できることを証明している。さらに、2種類のアンダアクチュエーティッド・マニピュレータの理論設計、試作、非線形制御法の開発、実験的検証を行い。アンダアクチュエーティッド・マニピュレータの設計法と制御法を確立した。

 本論文の第1章は「Introduction」で、拘束条件の非可積分性とその拘束を受ける機械の運動について述べた後、非ホロノミックな機械系の例やそれらに対する非線形制御理論の最近の成果を示し、この論文の目指す方向、ならびに内容と特徴を概説している。

 第2章は「Design of the Nonholonomic Manipulator」と題し、球と車輪の転がり運動を用いた非線形無段変速機である非ホロノミック・ギアを関節駆動に用いることで非可積分な拘束条件を作り出すことを提案している。非ホロノミック・ギアを用いて「非ホロノミック・マニピュレータ」の理論設計を行い、可制御性を証明し、非線形制御のための正準形であるチェインドフォームへの変換法を確立している。この変換によって非ホロノミック・マニピュレータにさまざまな非線形制御法が適用することができることを明らかにした。

 第3章は「Prototyping and Control of the Nonholonomic Manipulator」と題し、非ホロノミック・マニピュレータの力学的解析、実験による有効性の実証を行っている。試作においては摩擦駆動を用いて関節駆動トルクを確実に伝達するための機械設計法を確立した。非ホロノミック・マニピュレータのプロトタイプを用いてチェインドフォームの開ループ・閉ループ制御を適用した実験を行い、理論設計と制御則の有効性を検証した。

 非ホロノミック・マニピュレータは機構を簡単にすることに重点をおいた機械設計を行ったものであり、機構の数学的構造と動力伝達性に問題があった。そのため、理論的には関節数の制限が無いにも関わらず、実際には4関節以上を制御することが困難であった。第4章は「Design of the Chained Form Manipulator」と題し、理論設計の段階からチェインドフォーム変換式の性質と機械的動力伝達特性を考慮することで、これらの問題点を根本的に解決した新しい機構である「チェインドフォーム・マニピュレータ」を設計した。チェインドフォーム・マニピュレータは関節数に関わらず単純な運動学モデルを保つことを明らかにした。

 第5章は「Prototyping and Control of the Chained Form Manipulator」と題し、チェインドフォーム・マニピュレータの試作を行い、その制御法を議論している。はじめに非ホロノミックな拘束を考慮せずに自由に計画された軌道を、与えられた誤差で近似する効率的な運動計画法を確立した。次に非ホロノミック系の開ループ制御では条件によりモデル化誤差、外乱などの影響が拡大しやすい場合があることを計算と実験により明らかにし、初期状態誤差の影響を受けにくい運動軌道を計画する問題を最適化問題として定式化し、実用的な運動計画法として有効であることを実験により検証した。

 第6章は「Conclusion」であり、以上の結果を要約したものである。

 以上を要するに、本論文は、非ホロノミックな転がり接触を利用した動力伝達装置を用いることで2つのアクチュエータで任意な関節数のマニピュレータを制御できることを実証したのもであり、本論文で確立した機械設計法、運動計画法、制御法はさまざまな非ホロノミック機械系に応用できると考えられる。従来の非ホロノミック系に関する研究が主に既存機械の解析から出発したことに対して、本研究では非ホロノミック系に適用可能な非線形制御技術を念頭において、今までに存在しなかった新たな機構開発の可能性とその方向性を示したものであり、機械工学ならびにロボティクスに寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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