学位論文要旨



No 113357
著者(漢字) 長坂,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナガサカ,イチロウ
標題(和) 進化的計算手法を用いた形状モデルによる空間デザイン支援方法論
標題(洋)
報告番号 113357
報告番号 甲13357
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4075号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田浦,俊春
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 太田,順
内容要旨

 本論文は、設計対象の要求された機能要素-実体として形状を有する、機械的な意味での構成要素-の3次元形状とその空間的配置を決定することを空間デザインと呼ぶこととし、人工物の設計プロセスにおける空間デザインの支援方法について論ずるものである。

 従来まで、空間デザインの設計プロセスは、設計解が得られるまでスケッチを重ねたり、物理的にプロトタイプを作成することによって進められることが多く、人工物の構成が複雑になるに従って、非常に時間や費用がかかり、困難なものであった。このような空間デザインに対して、従来も様々な支援方法が提案されている。しかし、従来の方法では、機能要素の3次元形状とその空間的配置を別々に逐次的に求めており、また取り扱っている形状も設計対象に依存したものとなっている。この理由は、空間デザインを解く場合の適切な3次元形状モデルが存在していないことが根本にあり、適切な3次元形状モデルがあれば、この空間デザインの支援の限界を乗り越えることができると考える。本論文では、設計プロセスを制約を発見し設定する行為と、その制約を充足させる行為の繰り返しとして捉え、後者の制約充足プロセスに主眼を置く。ここで、空間デザインにおける制約充足問題の困難さや制約の不足から、制約充足解には、設計者の選択の余地を残すような多様性を確保する必要がある。本論文では形状モデルにおいて、このような多様性を確保することが空間デザインの支援に有効であると考え、それを実現する形状モデルのヒントとして自然界における生物の形状生成の多様性に着目し、進化的計算手法を用いた適応成長型3次元形状モデルを提案する。この形状モデルを応用して設計対象の要求された機能要素の3次元形状と、その空間的配置を同時に決定する方法を提案することが本論文の主題である。また、本論文では、この3次元形状モデルと空間デザインを行なう上での制約を基に、空間デザインの支援のための方法論を構築する。そして、この枠組を基に支援システムを実装する。このシステムは、機能要素の3次元形状とその空間的配置の決定を統合的に支援するものである。また、このシステムを設計事例に適用することを試み、本方法論の有用性を検証する。

 以下、本論文の内容を章の順に概説する。

 第1章では、本論文の背景と目的を述べる。まず、背景として空間デザインを行なう場合、機能要素の3次元形状とその空間的配置を同時に求める支援方法の必要性を説明し、従来の研究において、この2つを同時に決定していく過程を支援する研究はほとんどなされていないことを指摘する。そして、本論文における目的は、空間デザインにおいて、設計対象の要求された機能要素の3次元形状と、その空間的配置を同時に決定する方法を提案することであり、その具体的な方法論として、一つの試みとして進化的計算手法を用いた適応成長型3次元形状モデルを提案することを述べる。そして、本論文の対象とする範囲は、設計対象として機械的な要素のみから構成されている人工物を考察の対象とし、設計段階は実体設計の上流過程であることを述べる。

 第2章では、本論文における空間デザインの捉え方について述べ、これに基づいた研究の方針を述べる。本研究における支援すべき空間的デザインを、設計プロセスの中における実体設計フェーズの上流段階と位置付ける。また、空間デザインを制約を設定する行為と、その制約を充足させる行為の繰り返しとして捉え、空間デザインにおける制約について、その幾何学的側面を「幾何学的制約」とし、また空間配置についての制約を「空間配置制約」として分類し、その内容について具体的に説明する。そして、これらの各項目における関連する研究について概観した後、本研究の基本方針として、空間デザインを制約を発見する行為とその制約を充足する解を探索する行為と捉え、本研究の支援対象は後者であることを述べる。そして、本研究の最大の特徴は、空間デザインの2つの側面である3次元形状とその空間的配置を統合的に扱うため、多様な形状の生成を可能とする形状モデルを提案することであると述べる。

 第3章では、進化的計算手法の一つであり、本論文における方法論の基盤となっている遺伝的アルゴリズム(GA)とクラシファイアシステム(CS)について概説する。進化的計算手法とは、自然界における進化プロセスを基にした計算手法の総称であり、て個体の構造を、自然選択と突然変異、新しい世代の生成というプロセスを通して進化させていくという共通の枠組を持っていることを説明する。そして、GAはミシガン大学においてHollandらによって開発された、自然進化に見られる選択淘汰と遺伝のメカニズムに基づいて構築された探索アルゴリズムであること、また、CSとは、GAと同じくHollandによって具体化されたGAをもとにした学習システムであり、与えられた実行例から基本モデルに即した汎用的規則を帰納学習するものであることを述べる。

 第4章では、まず、空間デザインに求められる形状モデルについて議論した後、第3章において説明した遺伝的アルゴリズムとクラシファイアシステム用いた2つの適応成長型形状表現法を提案する。この適応成長型形状モデルは、自然界における生物の形状生成のプロセスに基本的アイデアを負っている。生物界においては、その形状表現は形状をダイレクトに記述しているわけではなく、その表現(遺伝子型)と環境との相互作用によって形状(表現型)が決定されていく。そして、このことが、生物界の形態の多様性をもたらしている。本形状モデルも同様な考え方に基づいており、進化的計算手法を応用し、形状を記述するコードとその環境および生成過程を参照することによって形状を表現する適応成長型形状表現法を提案する。本表現法の基本的アイデアは、まず形状を生成するプロセスに注目し、その生成プロセスを細胞分裂の過程に還元する。この細胞分裂過程の取り扱い方について2種類の形状表現法を試みる。そして、この2つの形状表現法を空間デザインへの応用の観点から比較評価し、3次元形状とその空間的配置を統合的に扱うための形状モデルとして、生成ルールに注目した形状表現法を採用することを述べる。

 第5章では、第4章において提案した適応成長型3次元形状表現法を基礎技術とした空間デザインの支援のためのアルゴリズムを構築する。まず、空間デザインの性質を第2章の議論をもとに設計支援方法論の立場から整理し、その内容を「機能要素の3次元形状とその空間的配置に関する制約を発見し、決定する行為」と「その設定された制約を満たす解を探索する制約充足行為」に分類する。また、このうち前者を設計者が行なうものとし、後者を支援システムが行なうものとして捉え、そのシステムが取り扱う具体的な内容を、設計者が設定した制約の下で行なわれる、3次元形状とその空間的配置を同時に求める制約充足問題と捉える。そして、空間デザイン解を生成する過程を3つのユニット(幾何学的制約ソルバ、空間配置制約ソルバ、空間デザインユニット)に分け、それぞれのアルゴリズムについて具体的に説明する。幾何学的制約ソルバは生成ルールに注目した形状表現を直接的に応用したものであることを説明し、空間配置制約ソルバは、染色体を実数表現としたGAを応用したものであることを述べる。最後に、空間デザインユニットは、機能要素の3次元形状とその配置を同時に最初から生成するのではなく、他の2つのソルバによって示された概略設計解をもとに、生成ルールに注目した形状表現の特徴を応用して、3次元形状とその空間的配置の矛盾点を同じ枠組で調整しながら統合的に取り扱うものであることを述べる。

 第6章では、第5章で述べた進化的計算手法を用いた空間デザイン支援方法論に基づいて、システムの試作と建築設計および、人工衛星設計への適用を試み、本方法論の有用性を検証する。まず、システムの全体構成について説明し、システムの5つの部分についてその構成を述べた後、第2章で述べた空間デザインの過程に従って幾何学的制約ソルバ、空間配置制約ソルバおよび空間デザインユニットのそれぞれを住宅設計および人工衛星設計の具体例に適用する。そして、空間デザインの制約に関する2つの側面と多様性という観点から本研究の提案する方法論について評価し、その結果、本論文の目的である機能要素の3次元形状とその配置を、複数の機能要素の間で同時に求められることと併せて、多様な設計解が生成可能であるかを示す。また、空間デザインにおいて設計者の制約の決定を促すシステムの可能性について議論する。

 第7章は、結論と展望について述べる。空間デザインを制約を設定する行為と、その制約を充足させる行為の繰り返しとして捉えるとする考えに基づいて、その後者を、適応成長型形状モデルと進化的計算手法を用いて設計支援システムを作成し、このシステム上で住宅設計および人工衛星設計における空間デザインを行ない、機能要素の3次元形状と、その空間的配置を同時に決定し、多様な設計解を生成する実施例を示し、その結果、生成ルールに注目した形状表現を用いた空間デザインユニットにおいで3次元形状と空間的配置が同時に取り扱えることと同時に多様な設計解が示され、本方法論の有効性が示されたことを述べる。また、今後この手法を制約の発見と充足を統合的に扱う方法に発展させ、空間デザインを総合的に支援する環境の構築を目指すことが、本研究の進むべき方向であることを述べる。

審査要旨

 本論文は「進化的計算手法を用いた形状モデルによる空間デザイン支援方法論」と題し、7章よりなる。

 本論文の基礎となる考え方は、複数の要素(本論文ではこれを機能要素と称している)から構成される3次元空間の設計(本論文ではこれを空間デザインと称している)を支援するためには、各機能要素の形状とそれらの配置を同じ枠組みで取り扱うことが重要であり、とくに各機能要素の表現において多様性を確保することが有効であるというものである。従来からも、形状デザインの支援の必要性については認識されており、すでにいくつかの研究がなされている。ところが、それらの研究の多くは、空間デザインを形状の決定問題とそれらの配置問題に分割し、各々をいわゆる最適化問題の枠組みのなかで取り扱ってきていた。しかしながら、空間デザインにおいては、まず、前提となる制約が明確でない場合が多く、つぎに、たとえ制約が仮定されたとしても、各要素の形状とそれらの配置を同時に求めるのは困難であった。そこで、本論文では、空間デザインの支援のためには、ある仮定された制約のもとに計算機が効率よく設計解を求めることだけでなく、設計者に解の選択の余地を残し、あいまいな制約を順次定めながらデザインを進めるということが重要であるという立場をとり、それを実現する方法として、機能要素の形状表現に多様性をもたせることを提案している。具体的には、自然界における生物の形状表現の多様性に着目し、最近注目を浴びている進化的計算手法を用いた適応成長型3次元形状モデルを構築し、それを計算機上にシステムとして実現している。そして、この形状モデルを用いて空間デザインの支援システムを構築し、このモデルの妥当性を検証している。

 第1章は序論であり、本論文の背景と目的が述べられている。

 第2章では、本論文の研究方針と従来研究との関連が述べられている。とくに、本論文の提案する適応成長型3次元形状モデルの必要性が述べられている。

 第3章では、本論文で適応成長型形状モデルを実現する手法として注目している進化的計算手法について論じられている。本論文で用いるクラシファイアシステムの特徴について分析し、その有用性が評価されている。

 第4章は、適応成長型形状モデルの実現方法を議論する章である。まず、自然界における生物の形状表現の豊かさのメカニズムについて分析されている。生物の遺伝子には形状が直接記述されているわけではなく、そこに記述されているのは形状の生成の方法(プロセス)であり、最終的な形状はそのプロセスと環境との相互作用のなかで形成されていることに注目し、その視点から形状モデルの在り方が議論されている。そして、現状の形状記述の方法は、形状を直接記述する方法であると位置付けた上で、形状表現に多様性をもたせるためには、生物とのアナロジーから形状の生成の方法(プロセス)を記述する方法が考えられると指摘している。このような考え方のもとに、2種類の形状表現方法が提案され、それらを比較評価し、適応成長型形状モデルが構築されている。

 第5章では、第4章において提案された適応成長型形状モデルを基盤技術として空間デザインの支援のためのアルゴリズムが構築されている。具体的には、空間デザイン解を生成する過程を3つのユニット(幾何学的制約ソルバ、空間配置制約ソルバ、空間デザインユニット)から構成されるシステムアーキテクチャが提案されている。幾何学的制約ソルバにおいては各機能要素の概略形状が求められ、空間配置制約ソルバではそれらの機能要素の概略配置が求められるようになっている。その概略形状と概略配置をもとに、デザインユニットにおいて、形状と配置の双方の制約を満足させるように詳細の形状と配置が調整される。このアルゴリズムでは、各機能要素の形状と配置の矛盾を適宜調整しながら解を求めるところに特徴があり、この特徴によって多様な解を生成可能であって、そして、その多様性の実現は本論文の提案する適応成長型形状モデルによって実現可能であるというのが本章の主張である。

 第6章では、第5章で提案されたアルゴリズムに基き、空間デザイン支援システムの試作と例題による検証が試みられている。例題としては、住宅と人工衛星の設計が試みられている。そして、与えられた制約のなかで導出されている解の多様性について考察が行なわれている。

 第7章は結論と展望である。空間デザインの支援においては、解の多様性を確保することが重要であり、それを実現する方法として、形状を生成するプロセスに関する情報を取り扱うという考え方が本論文の出発点であった。本章では、そのような考え方のもとに導出された適応成長型形状モデルの有効性が、それを用いて構築された空間デザインの支援システムの試用の結果から示されたと結論づけられている。また、本支援方法論は、与えら得た制約のもとにそれを充足する解を求めるだけでなく、制約そのものの発見の支援にも応用可能であり、実用面からも期待されることが述べられている。

 以上を要するに、本論文は空間デザインを支援するための形状表現の方法に関する研究を行ない、とくに多様な解の導出という観点からの考察を行なうことによって、適応成長性を実現するための形状表現の方法についての理解を格段に進めたものであり、さらにその考えを支援システムに実現して、実用的なシステムへの応用可能性を確認したものである。本論文は工学理論ならびに応用分野に対し、顕著な貢献が認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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