学位論文要旨



No 113358
著者(漢字) 赤津,豪
著者(英字)
著者(カナ) アカツ,タケシ
標題(和) Al/-Al2O3常温接合界面の微細構造
標題(洋) Microstructure of Al/-Al2O3 Interfaces Fabricated by Surface Activated Bonding at Room Temperature
報告番号 113358
報告番号 甲13358
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4076号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
 東京大学 講師 伊藤,寿浩
 大阪大学 教授 菅沼,克昭
内容要旨

 本論文は、表面活性化による常温接合法(Surface Activated Bonding at Room Temperature,SAB)により接合したAl/-Al2O3界面の微細構造解析により、SABの異種材料間の初期界面形成の動的過程を明らかにしたものである。

1.緒言

 従来の異種材料の接合手法は高温プロセスを伴うため、熱膨張係数の違いによって界面近傍に生じる熱残留応力や脆性な生成中間層による機械的電気的特性の低下などが問題であった。根本的な解決法はなによりも接合温度の低下にある。そこで、須賀らによって開発研究されてきたのが、"表面活性化による常温接合法"(Surface Activated Bonding;通称SAB)である。プロセスとしては、真空中で試料表面を覆う酸化物層や汚染部室層などをAr高速原子照射などの手法により除去し、本来活性な表面を露出、制御し、この活性な面同士を接触することにより、急峻で反応層のない接合界面を作成するという、単純な原理に基づく。数多くの異種材料が本手法により加熱せずに接合することが確認され、現段階及び将来的にも応用分野が広がっている。しかし同時に、実用化に際し困難がいくつか指摘されてきた。その原因の一つに、プロセス的には単純でありながら、実は複雑な現象を含む常温接合のメカニズムの詳細が未だ明らかになっていない点が挙げられる。現在主に、Arの高速原子照射を用いて表面を活性化し、その後現実的には微細な凹凸を持つ表面同士をある加重の下で接触、接合を行っている。しかし、この接合前の試料表面へのArの高速原子照射の影響や微細な粗さが界面を形成する過程は、重要な要素でありながら未だ不明確である。特にSiのwafer-bondingやpackagingなどの今日の最先端電子科学技術においては最表面、及びそのごく近傍の物性が全体の機能に大きく影響し得る。

 そこで本研究では、異種材料の典型的な組み合わせとして、サファイア(-Al2O3)とAlを選び、その表面活性化された試料表面及び形成界面の微細構造を、主に高分解能透過電子顕微鏡観察(HRTEM)により、表面活性化過程の接合前の試料表面へ及ぼす影響と界面形成の初期段階のメカニズムを明らかにした。

2.実験方法

 Al/-Al2O3常温接合界面を理解するために、まず以下の2種類の試料を用意し、それらを統合した上でAl/-Al2O3界面構造について考察を行った。すなわち、第一にAl/Al常温接合界面観察を行い、Al表面への表面活性化過程であるAr照射の影響及びAl表面に存在するnmレベルの凹凸が界面を形成する初期過程を明らかにした。そして、第二にArイオン衝撃(加速電圧1.0kV)のサファイア表面に与える影響、すなわち界面近傍における結晶性及び化学的性質の変化を明らかにした。以上の2点をふまえた上で、最後にAl/-Al2O3常温接合界面の微細構造を明らかにした。また比較対照のために、同様に表面活性化処理を行った-Al2O3上に分子線エピタキシー(MBE)によりAlを成長させ、Al成長の優先方向及び反応層生成の有無について調べた。最後にAl/-Al2O3常温接合界面の熱的安定性についても考察した。界面形成の初期過程を探る際に、バルクの塑性変形による界面構造の複雑化を回避するため、-Al2O3(>99.995%)もAl(99.999%)も粗さ10m以下の平坦な面を用意し、平面同士の接合を行った。Alの最終前処理である電解研磨後の表面には高さ最大10nm程度の不規則な突起が多数存在しミクロな凹凸を形成していた。表面活性化処理は加速電圧1.5kVでAr高速原子ビーム照射により行い、および接合には約40MPaの荷重を掛けた。これら接合過程はすべて10-6Pa以下の超高真空雰囲気で行われた。接合時の方位関係は精度約±3°以内でAl(111)[10]‖-Al2O3(0001)[100]とした。界面断面の微細構造観察には通常及び高分解能透過型電子顕微鏡(CTEM,HREM)を用い、また化学分析にはEDXおよびELNES分析も行った。

3.実験結果および考察3-1.Al/Al常温接合界面

 Alの表面はまず微小突起の先端部分同士から接合し始めていることがわかった。(Fig.1)接合部分では、清浄なAlの表面同士が直接合しており、結晶方向の僅かなずれは対応粒界を作ることで吸収していた。接合部はしかし、元来の微小突起の形状から変化しているため、塑性変形及び原子拡散が接合時あるいは接合直後に起きたことを示している。同時に結合部の格子像に乱れがみられないため、Ar照射による結晶構造への影響が小さいこと、また常温でのプロセスでありながら、原子拡散によりエネルギー極小の界面を形成していったことが結論できる。(Chap.3)

Fig.1 Microstructure of Al/Al interface.Two protrusions are bonded to each other.
3-2.Ar照射の-Al2O3表面への影響

 HREM観察によって、Ar照射を施した-Al2O3表面には、厚さ0-3nm、表面粗さ約1nmの半結晶構造の-Al2O3が生成していることがわかった。(Fig.2)また、原子の結合様式に敏感なELNES観察により、-Al2O3の特徴である酸素格子間隙の四面体位置を占めるAl原子の存在が示唆されるため、-Al2O3の存在が裏付けされた。

Fig.2 Microstructure of -Al2O3 surface.-Al2O3 formed due to Ar irradiation.
3-3.Al/-Al2O3常温接合界面

 以上の観察結果を基にして、次にAl/-Al2O3常温接合界面の原子構造解析を行った。接合界面はAl/Al界面と同様に、Alの微小突起が-Al2O3と接合しているが、Alの微小突起の接合部はAl/Al界面と異なり、Al(111)面が双晶面の多数のmicrotwinを含む乱れた構造を持つことがわかった。また、元来Alと-Al2O3の結晶方位には数度の誤差があるにもかかわらず、このmicrotwinはAlの結晶方位よりもむしろ、-Al2O3の結晶方位に敏感で、Al(111)[110],±[11]‖-Al2O3(0001)[100],[110]という関係だった。比較のために作成した、Ar照射を行った-Al2O3にMBEによりepitaxial成長したAlとの界面には、反応層は確認されず、またAlの成長方向には2種類の優先方位はがあり、Al/-Al2O3常温接合界面でみられたmicrotwinの方位と同じであった。従って、界面は、まず、-Al2O3の上にAr照射によって生成した、厚さ〜3nm表面粗さ約1nmの-Al2O3が存在し、その上にAlの微小突起が接合し、接合界面近傍のAl内部はmicrotwinを多数含む乱れた構造をとっているというものである。(Fig.3)(Chap.4)

Fig.3 Microstructure of Al/-Al2O3 interface

 次に常温接合界面を773Kで1および3hr熱処理した界面を観察した。熱処理1hrではAlの乱れた構造が回復し、-Al2O3が残っているが、熱処理3hrではこの-Al2O3の部分も消失し、-Al2O3の相がテラス状に成長し、成長先端の面ではAlと-Al2O3が原子レベルで急峻な界面を形成していることが明らかになった。また結晶方位関係はほぼAl(001)[100]‖-Al2O3(0001)[100]で、対称性よりもむしろ界面での電荷のバランスがとれた構造であると言える。773Kという->相変態には低い温度でありながら実際に起こったことから、常温接合界面は非平衡な状態にあり、その安定化エネルギーが相変態に寄与したものと考えられる。

4.界面形成過程に関する考察

 最後に、Al/-Al2O3常温接合界面の形成過程について考察する。接合界面ではAl/Al界面で観察されなかった、Al部の乱れた部分が存在した。これは明らかに2つの接合界面の形成過程が異なっていることを示している。Al微小突起がnmレベルの粗さのある-Al2O3表面に接合していく際には、微小突起先端には約100-400MPaという圧力が掛かっていたと算出される。この時、Al微小突起先端は-Al2O3表面のnmレベルの凹凸に食い込んでいかねばならず、かつ先端部分が接触面積増加に伴いAl2O3表面と摩擦を伴い、結合していくと考えられる。以上の2点はAl/Al界面形成には起き得ないことである。こうして形成されていくAl/-Al2O3界面極近傍には非常に高い残留応力が生成し、この応力がAl微小突起先端の変形の駆動力になると考えられる。その時、Al微小突起先端は結合により拘束されている、-Al2O3表面から比較的安定な位置へ再配列を始め、その際-Al2O3表面でのAl原子の優先方位に従って並んだ結果、界面近傍で同方向の成分を持つmicrotwinを形成し、界面近傍の応力を緩和していったと推定できる。

5.結論

 Alと-Al2O3の常温接合における、表面活性化過程および初期の界面形成過程について、接合界面の原子構造分析を主に行うことにより、以下のことを明らかにした。

 1.表面活性化過程であるAr照射により、Al表面には格子の乱れなどのような影響は見られなかった。一方、-Al2O3の表面には厚さ0-3nm表面粗さ約1nmの-Al2O3が生成したことがわかった。

 2.以上の表面によって作成された常温接合界面は、従って、-Al2O3の上にAr照射によって生成した、厚さ〜3nm表面粗さ約1nmの-Al2O3と、Al表面に接合前から存在していた微小突起との間で生成し、接合部近傍Al側では-Al2O3の表面に対しある優先方位であるmicrotwinを多数含む乱れた構造をとっていた。

 3.上記のAlの乱れた構造は、約100-400MPaという実質接合圧力の下、Al微小突起先端が-Al2O3表面のnmレベルの凹凸に食い込み、かつ先端部分が接触面積増加に伴いAl2O3表面と摩擦を伴い、結合していく際、界面近傍に局所的に生じた高い残留応力が駆動力となり、結合によって拘束されている-Al2O3表面のAl原子に倣い、比較的安定な位置へ再配列した。結果Al2O3基板に優先的な方位をとるmicro-twinを形成しつつ、界面局近傍に生じた応力を緩和していった。

 4.接合界面は非平衡な状態にあり、773Kという比較的低温での熱処理によって、界面の-Al2O3層とAlの乱れた層は消失し、界面での電荷のバランスを保つように-Al2O3が成長しAlと急峻な界面を形成した。

 以上のように本研究は、SABの界面形成の動的過程を明らかにするものであり、今後の異種材料界面創設および設計に大きく貢献するものである。

審査要旨

 本論文は、表面活性化による常温接合法(Surace Activated Bonding at Room Temperature,SAB)により接合したAl/-Al2O3界面について、主に透過電子顕微鏡法(TEM)を用いた微細構造解析により、SABの異種材料間の初期界面形成の動的過程を明らかにしたものである。

 熱過程を全く経ない常温での接合界面形成という複雑な現象を、個々の現象に分解検討を加えた後、それらを統合することでAl/-Al2O3界面の微細構造を明らかにしていった点が評価された。

 具体的には、まずSABによるAl/Al界面形成が、Al表面に存在するnmオーダーの微小突起の先端部で接合が行われ、その接合部の形状が変化していること、また接合界面付近での格子構造から、接合が単なる機械的な接触ではなく、微視的な原子の拡散および再配列を伴う動的過程を明らかにした点が評価された。

 また、Ar衝撃による表面活性化処理をした-Al2O3表面を接合せずにその断面観察を行い、試料再表面が相から相に相変態していることを、高分解能TEMおよび電子エネルギー損失分光法(EELS)により発見した。これにより、表面活性化処理の-Al2O3表面への影響と接合前の試料表面の構造を捉え、Al/-Al2O3界面構造の理解を容易にした点が評価された。

 次に、巨視的な粗さを持つAl表面が、接合時に加えた圧力下で-Al2O3側に押し付けられて組成変形していくことによって生じた、Al内部界面近傍の小傾角粒界網の形状および転位を明らかにすることで、粗さを持つAl金属表面の変形過程を明らかにした点が評価された。

 そして、考察は界面の原子構造に移り、Al/Al界面同様、A1表面の微小突起部がAr高速原子衝撃により生じた表面-Al2O3相との接合部の原子構造を明らかにしている。具体的には、界面極近傍では、Al(111)面が双晶面の多数のmicrotwinを含む乱れた構造を持ち、このmicrotwinが、元来Alと-Al2O3の結晶方位には数度の誤差があるにもかかわらず、Alの結晶方位よりもむしろ-Al2O3の結晶方位に揃い、Al(111)[110],ア[11]‖-Al2O3(0001)[100],[110]という優先関係があることを突き止めている。また、Ar照射を行った-Al2O3にMBEによりAlをepitaxial成長させ、その界面構造の格子像解析から、界面に反応相がないこと、及び同様な優先方位があることを実験的に検証確認している。以上の観察結果により、異種材料の界面形成過程が、単なる表面原子層同士の接触による結合形成だけではなく、格子定数や結合様式などの物理/化学的な相違や表面形状の相違といった、様々な種類のミスマッチを克服するために、界面近傍の原子の再配列を伴う現象であること、しかしながらそれが母材に影響を及ぼさず極界面近傍のみの現象であることを実証しており、この点が特に評価された。

 さらには、接合体を773Kで熱処理し、熱的挙動に関しても考察を行い、Al側の乱れた構造が消失し、そして-Al2O3の層がの層に層変態し、テラス状にAl側に成長するという現象を確認している。そして、結晶方位関係から、界面では結晶の対称性より電荷のバランスという化学的な要素が熱処理後の界面形成に影響していることを明らかにした点が評価された。

 以上の結果より、本論文は、透過型電子顕微鏡的手法を駆使し、Al/Alの常温接合界面形成過程が単なる機械的な接触による結合ではなくAl原子の再配列より安定な構造を形成することを示した点、Ar衝撃による表面活性化処理により、-Al2O3の表面が-Al2O3の層に相変態するという影響をを明らかにした点、そして、以上のことを踏まえ、またMBEによるAl膜生成などによる界面での優先方位などの比較実験などとも比較研究をしつつ、Al/-Al2O3界面の乱れた原子構造を明らかにした点、そしてその接合界面の熱的挙動にまで考察を広げた点などを特徴としており、熱過程を全く経ずに行う常温接合法による異種材料の界面形成過程の基礎的な知見を与えるものであり、今後の常温接合法の応用ばかりでなく、広い意味での異種材料間の界面設計に大きく貢献するものであるとの評価が与えられた。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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