学位論文要旨



No 113362
著者(漢字) 波多,伸彦
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,ノブヒコ
標題(和) 画像誘導下手術支援を目的とした剛性及び弾性医用画像統合に関する研究
標題(洋) Rigid and Deformable Medical Image Registration for Image-guided Surgery
報告番号 113362
報告番号 甲13362
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4080号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 松本,博志
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 鈴木,真
内容要旨 1.背景

 画像誘導下手術は、術前又は術中に撮影された画像をもとに外科手術を行う手法である。患部までの進入経路への侵襲を最小限に押さえながら、同時に患部位置の的確な把握が行えるため、低侵襲手術の代表格として近年注目されてきた。

 しかし、術前画像は提示される生体情報の種類が多岐に渡り、画質が高い事が利点であるが、術中の臓器の変形や手術操作による組織の変性を反映させる事が出来ないという欠点も指摘されている。一方で術中画像はこれらの実時間情報を画像化できるが、画質は術前画像に劣る。

 そこで、本研究では医用画像を剛性及び弾性変形をさせながら統合する手法を開発し、これを用いて術中の臓器の変形に追従しながら「術前・術中医用画像統合」を行うことで画像誘導手術を支援するシステムを開発し、その評価検討を行う。術前と術中の画像の双方の利点を生かしながら、一方で欠点を補完しあうことで、画像誘導手術支援の更なる向上が期待できる。

2.目的

 本研究では画像誘導下外科手術における術前・術中医用画像を統合する手法を開発し、これを応用したシステムを構築する。具体的な研究項目は以下の通りである。

 1.術前、術中の医用画像統合を行う半自動式剛性医用画像統合法の開発と評価

 2.「患者と画像の座標系統合」を画像統合で行う手法の開発と評価

 3.臓器変形に対処するための、術前、術中画像の弾性統合法の開発と評価

 4.開発された手法を応用した核磁気共鳴診断画像誘導下手術支援システムの開発とその臨床応用による評価検討

3.方法

 本研究では患者の術前画像を術中画像と統合して、術中画像の情報の補完を行ったり、術中は臨床上の制約で撮像不可能な機能画像や血管画像を提示する。術中の臓器は術前画像内のそれと比べて、多くの場合変形している事が多いので、応用される画像統合は変形に対応している必要がある。またここで画像統合の対象とする医用画像は核磁気共鳴画像(MRI、T1強調、T2強調、アンギオグラフィー)、X線CT、単光子エミッションCT(SPECT)等である。

剛性変形統合

 近年、複数の医用画像の統合(=位置合わせ)を行い、単一の医用画像では同時に観察できない生体の機能や形態情報を同時に提供することで、診断や手術計画の正確化と効率化を計る研究が注目を集めている。提案されている手法の中でも、撮影時に患者に取り付けられたマーカを、画像から手動で抽出して統合を行なう方法は、最も単純ではあるが、広く用いられている手法である。しかし、時に頭蓋にネジ状のマーカを埋め込むこの手法は患者への侵襲度が高い事や、手続きの煩雑さを伴う事から、より簡便な手法の開発が求められてきた。

 この問題を解決する方法として昨今注目を集めているのは、Correlation型画像統合と呼ばれる手法である。これは、画像全体の濃度分布を対象にして、画像の一致度を統計学的に解釈する手法である。この手法の最も重要な利点は、マーカの設定や画像の前処理を全く必要とせず、取得された画像をそのまま利用できる点であり、医療現場のニーズに合致した手法として脚光を浴びている。

 本研究ではこのCorrelation型画像統合に属する、統合ヒストグラム型のMaximization of Mutual Information(以下、統合ヒストグラム型MMI法)の開発に取り組んだ。ここでいう統合ヒストグラムとは二つの画像上の同一位置のピクセルの輝度の組み合わせ(ui,i)に基づいた、2次元のヒストグラムであり、階調2個のビンが用いられる。

 開発された統合ヒストグラム型MMI法では、統合を行なう2つの入力画像の内、一方の画像に任意の剛性座標変換を施し、他方の画像との一致度を、独自に定義された相関関数を用いて計測する。この相関関数を最適化することで、最も良く両方画像を一致させる変換を求めることができる。以上の問題は以下の式で表わされる。

 

 ここでTは座標変換、I()は相関関数を表わし、u、は対象臓器xを観察する異なる画像を表わす。ここでは画像(観察媒体)に剛性変換Tを施し、相関関数I()を最大にしようとしている。

Mutual Informationの導入

 次に画像の一致度を計測する相関関数の設定を画像(信号分布)の相関度を統合ヒストグラムの分布エントロピーで計測する。

 

 式(2)のHで表わされるエントロピーは分布の「複雑さ」や「広がり具合」を表わす。

 相関関数の近似推定を省き、精度が向上する事に伴い、計算量の増加が認められるが、並列処理や、プログラムの最適化により、その欠点を克服した。特に、本来なら、高速グラフィクス処理に用いられる、グラフィクスボード(Creator 3D,Sun Microsystems,Moutain View,CA)を計算に用いた点は独創的である。

弾性変形統合

 剛性変形を対象とした統合では、入力された断層画像全体に対し一様に剛性変換(並行移動、回転移動)が加えられた。弾性変形統合では、この断層画像をさらに格子状に分割し、各格子単位に変位を与える。

 ただし、ここで各格子単位の移動が、画像(組織)全体で弾性変形を実現する為に、式(1)に弾性変形に伴う歪みエネルギを表す弾性変形制御項E(u)を加え、これを最適化する。

 

 式(3)では、剛性変形のみを扱う式(1)にも見られた相関関数Iを最大にしようとする一方で、制御項E(u)で画像Bの弾性変形を維持しようとする。

4.結果

 複数医用画像統合への応用

 評価実験を行ない、統合精度、誤差の検定を行なった後、開発された統合ヒストグラム型MMI法を用いて、MRI(T1強調)、MRアンギオグラム、SPECTの異種医用画像統合を行なった。表1にT1強調MRI画像(TR/TE=35/5,Sagital,256x256[pixels]x124slices,0.78125x0.78125x5.0[mm])の統合の評価結果を示す。

表1:Result of accuracy test with T1-weighted MRI(Sagital)and its artifically mis-aligned image.

 さらに、開発された手法を用いて、MR画像誘導手術への応用を行なった。ここでは、術前のMRIやその三次元再構成モデルと、MR画像誘導手術中のMRIを統合し、その相対関係を調べることで、手術支援を行なう事を目的とした。図2にそのシステム構成図を示す。

図1 開発されたアルゴリズムを応用したMR画像誘導手術システムの構成図図2 開発された統合ヒストグラム型MMI法による、術前、術中医用画像統合を用いた、MR画像誘手術、術中MR画像(A)のみならず、術前MR画像(B)にもアクセスできる.腫瘍を摂取する生検針が術中MR画像上に示されている.
5.考察とまとめ

 本研究では画像誘導下外科手術における術前・術中医用画像を統合する手法を開発し、これを応用したシステムを構築した。術前、術中の医用画像統合を行う半自動式剛性医用画像統合法の開発では統合ヒストグラム型MMI法を用いて、画素サイズ程度(1.03x1.03x4.61[mm])の誤差で統合を実現した。

 本研究は画像統合法を開発するにあたり、臨床現場の特殊環境を充分に加味した。例えば、従来の様に患者への(頭蓋骨埋め込み式)マーカの設置を行わない画像統合法は、患者に対する低侵襲性とマーカの取扱の煩雑さの解消を実現した。またMMI法を用いた、広く種々の医用画像に応用可能な移用画像統合法は、機能画像や血管画像等、これまでに適応の難しかった医用画像を統合対象とする事ができた。以上の点で、本研究の臨床応用を鑑みた研究設計は有効であったといえる。

 また、開発された手法を元に、MR画像誘導手術への応用を行なった。ここでは術前MR画像と術中MR画像を統合し、互いの特長を併せ持った画像を術者に提供して、手術の低侵襲性の向上に貢献した。開発されたシステムは開放型MR装置とこれに付属する制御用ワークステーション、またこの研究の為に新たに加えられたグラフィクスワークステーションが、相互にRPCクライアント・サーバー接続で通信を行ないながら、オンライン、リアルタイムで統合、表示を行なった。

審査要旨

 本論文は、低侵襲外科手術を発展させるために必須な医用画像統合について、統合ヒストグラムを利用した画像相関度評価関数の導入により、術前および術中を通じた複数種類の医用画像を半自動的に統合する手法を実現し、MRI(磁気共鳴画像)等の医用画像による脳外科手術への臨床応用を通じて評価しこれらの手法の有効性を明らかにしたものである.

 近年注目されている低侵襲手術の代表例に、術前又は術中に撮影された画像を参照して外科手術を行う画像誘導下手術がある.ここで利用する医用画像として、術前の画像は画質が高く様々な情報が得られる反面、手術中の臓器の変形には追従できないという問題がある.また術中画像は臓器変形などの実時間情報を得られるが、画質や撮影範囲が劣っている.そこで本論文では、術前医用画像と術中医用画像を情報を変形させ統合する手法を開発し、両者の利点を併せ持った画像の提供による手術支援システムの構築を目的としている.

 本論文では、まず医用画像の変形統合について具体的な応用を考察し、術前についてはX線CTやMRIなど複数のモダリティが各々に提供する高画質な画像情報を、全体的な座標変換によって統合し、一つの手術支援画像とすることが有効であること、術中ではさらに臓器変形のようなリアルタイムかつ局所的な変形を行う必要があることを述べた.そして各々において扱う変形統合操作を、画像全体の座標変換による「剛性変形」および局所的な変形も含めた「弾性変形」として分類した.

 次に「剛性変形」すなわち複数の医用画像を座標変換により統合するための変換行列を求める新しい手法を述べている.従来は患者身体にマーカと呼ばれる標識物体を埋め込んで画像を撮影し変換行列を求めていたが、患者への侵襲度が高く手続きが煩雑であった.そこで本研究では画像の濃度分布がどのくらい一致しているかという相関度を統計学的に求めることで、マーカを用いず簡便な操作で変換行列を求める手法について研究した.具体的には、「統合ヒストグラム」を新たに導入した.これは二つの画像上の同一位置のピクセルの輝度の組み合わせに基づいた、2次元のヒストグラムである.この統合ヒストグラムの分布エントロピーを二つの画像の相関度の評価関数とし、一方の画像に座標変換を施したものと他方の画像との一致を計算する.この相関度を最大化するような座標変換行列を求め、二つの術前医用画像同士の統合を行う.この相関度関数の計算量は大きなものとなるが、近似計算を行わず並列処理と計算アルゴリズムの最適化により高速かつ高精度の相関度計算を実現した.

 さらに術中の臓器の局所的な変形に対応するための「弾性変形」の実現について述べている.ここでは断層画像を格子状に分割し、各格子単位での座標変換として局所的な変形を考えている.そして各格子単位の変形が画像全体で整合して行われるために、変換行列の最適化に際して変形制御項を加えた.これにより、組織全体の形状の連続性を保ちつつ変形するような変換行列を求めることができる.

 開発された手法の評価として、頭部MRI画像を用いて人為的に移動、回転を行った画像を作成し、元画像との間で統合処理を行った.その結果、統合後の画像の元画像に対する誤差として、最大位置誤差1.3mm×1.3mm×4.6mm、回転誤差3.9度を得た.これは画像分解能が0.78mm×0.78mm×1.5mmであることから誤差として許容できる結果であった.更に臨床画像データを用い、描出される臓器が異なるT1強調MRI画像とT2強調MRI画像の統合、および頭部全体を撮影した術前MRI画像と、部分的に撮影された術中MRI画像の撮影範囲の異なる画像間での統合をそれぞれに行い、統合後の画像が臨床に十分応用可能であることを示した.

 さらに開発された手法を用いMRI画像誘導手術への応用を行った.ここでは、術前に撮影されたMRI画像や、それから得られた患者臓器の三次元再構成モデルと、術中に得られたMRI画像を統合し、それらの相対関係を参照することで医師の手術を支援するシステムを構築した.具体例では、術前において得られる医用画像情報として、T1強調MRIから得られる患者頭部全体の形状、MR血管造影像による血管形状、SPECT(核医学画像)による癌組織形状を用い、これらを統合した術前統合医用画像を作成した.これをグラフィックスワークステーションにより立体表示し手術中に参照することとした.さらに、術中に得られる患部周辺のMRI画像との変形統合により、術前、術中の情報を合成して表示することで、効果的に手術を支援できることが示された.

 考察において、画像一致度による評価関数を導入した本手法では、従来のマーカを用いないために患者に対する低侵襲性と統合操作の半自動化を実現できただけでなく、機能画像や血管造影像等これまで変形統合の適用が困難であった医用画像についても統合対象として扱えるようになった点を挙げ、そのために臨床の現場という条件下でも有効に利用できる方法となったことを述べている.

 以上から本論文では、手術支援のための統合医用画像の提供のため、統合ヒストグラムの分布エントロピーを相関度関数とする医用画像の変形統合手法を実現し、この手法は低侵襲治療に適しており十分な精度を有し操作も半自動で行えること、さらに術前、術中の様々な医用画像に対して従来よりも広い範囲で適用可能であることを明らかにした.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク