学位論文要旨



No 113364
著者(漢字) 余,祖元
著者(英字) Yu,Zuyuan
著者(カナ) ユ,ズユエン
標題(和) 単純電極による三次元微細放電加工
標題(洋) Three dimensional micro-EDM using simple electrodes
報告番号 113364
報告番号 甲13364
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4082号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 本論文は単純電極による放電加工の手法での三次元微細形状の成形を目的としたものである。微細放電加工では電極消耗率が大きいことに対して均一消耗法と補正式を提案し,これを利用して単純な三次元形状を既に成功した。また,より複雑な微細金型の形状はいくつかの異なる単純電極を用いて加工した。さらに,この新しい方法が一般的な金型の製作に適用であることは明らかにした。

 電極消耗の問題は二つに分けて解決する。これは電極先端の形状を消耗による変形することと電極消耗の長さを補正することである。

 均一電極消耗法は,微細放電加工における電極消耗が大きいことを利用して均一に電極底面を消耗させ,一層の加工が完了した時に,電極底部形状が回復する手法である。これを実現するため,工作物と電極の形状,加工パラメータ(電極消耗率や切込み深さなど)の選択,加工経路設計に注意しなければならない。以下のルールが守れば,電極先端部の形状を維持することができる。

 できる限り,電極底面で放電加工する。

 往復スキャニング加工する。

 オーバーラップ加工する。

 加工面の内部と周辺を交互に加工する。

 正方形キャビティは放電加工における代表的な形状である。WEDG法で製作した断面が正方形の電極を用い,均一消耗法に基づいて設計した加工経路に沿って加工を行った。正方形キャビティを精度良く加工したうえ,シャープなコーナとエッジを持つ正方形電極の先端形状を維持することはできた。正方形の電極を用いて幅の狭い溝を階層状に加工する場合,一層加工を完了するごとに,電極を工作物の表面の上へ引き上げて90°ずつ回転することにした。そうすると,電極の底部を均一に消耗させ,シャープなエッジとコーナを持つ長方形の溝が加工できる。もっとも重要なのは,加工経路を設計する時,加工精度を配慮すると同時に,電極を均一に消耗させることである。

 しかし,正確な三次元形状の成形には電極消耗の長さへの補正をしなければならない。一層の電極送り量(切り込み深さ)が消耗した長さと残った長さ,すなわち,加工された一層の平均の深さの二つの部分からなると仮定する。これを電極消耗率の定義と組み合わせ,切り込み深さと工作物の面積,加工深さの基本関係式を次のように表わす。

 

 △Z=切り込み深さ(一層の電極送量)

 Lw=残った部分の長さ(加工された一層の平均の深さ)

 R=電極の体積消耗率

 Se=電極断面面積

 Sw=工作物の面積

 式(に示すように加工面と電極断面の形状と関係がない。キャビティを加工する前,単純電極の断面面積Seと体積消耗率Rは既知のパラメーターである。加工する時,△Zを調整すれば,実際の加工深さを一定値に加工できる。これを制御によるXテーブルの移動と組み合わせれば,任意縦断面形状が加工できると考えられる。

 この補正式を利用して水平断面が正方形で45°の壁面を持つキャビテイ,円錐台状キャビティと半球状キャビティを加工した。加工の結果により,この式によって補正することができた。

 加工効率を向上するために,微細放電加工でも荒加工と仕上げ加工に分けるのが効果的である。仕上げ加工では荒加工した表面を除去するため,加工は輪郭加工になる。均一消耗法に基づいて除去層の厚さは電極寸法の半分より大きくしなければならない。荒加工の粗さだけで決まるとすれば,仕上げ加工に必要な電極が細くて長すぎる。加工する時,放電や気泡排出などによって生じた力が電極の先端に与えて電極の振動は引き起こしやすい。したがって,仕上げ加工用の電極の寸法が決まる時,総合に考えなければならない。荒加工した後の円錐台状キャビティと半球状キャビティの仕上げ加工を行った。電極消耗の補正方法は荒加工する場合と同様で,ただ荒加工の電極消耗率を仕上げ加工の電極消耗率に,ある層nの面積をその層の輪形の面積に変更するだけで,精度良く加工できた。

 実際の電極消耗率の設定値からの誤差,テーブルの位置決め誤差や放電ギャップの変動による加工面積のずれ,電極の端面寸法の誤差などがどのように微細キャビティの精度に影響を与えるのかは,まだ解明されていない。そこで,補正式からキャビティ形状誤差計算式を引き出したうえ,最上層直径300m,底面直径100m,45°の壁面を持つ円錐台状キャビティの深さ,および半径150mの球面状キャビティの深さに対して,電極消耗率の誤差,加工面積の誤差と電極端面寸法の誤差の影響をシミュレーションした。分析の結果により,できるかぎり,電極消耗率が小さい条件を用い,電極断面面積を大きく設計した方が誤差を減少させるのには効果的であることがわかった。しかし,均一消耗法を適用するには,一層加工が完了する時,電極の形状が回復しなければならない。また,電極断面面積を増加し,電極切込み深さを減少すると,加工能率を低下する。したがって,電極寸法の決定と加工経路の設計には,さらに総合的な考察が必要である。

 一般の微細金型の形状はより複雑であり,特別の走査パターンやいくつかの異なる単純電極が必要となる。微細金型の製作には,金型の形状を単純な形状に分割し,単純な電極を利用し,均一消耗法を基づいて設計した加工経路を沿い,補正式により電極消耗を補正しながら加工できる。例として,斜面を持つ十字キャビティとマイクロカーの金型の加工を行った。さらに,CAD/CAMの概念に基づいて三次元微細加工に対するCAD/CAMシステムの基本構造を提案した。主に均一電極消耗法と補正式をどのように一般的なCAD/CAMシステムと結合するかについて検討した。

 均一電極消耗法と補正式の一般金型加工への応用について実験を行った。正方形(10×10mm2)の電極による45°の壁面を持つ深さが12mmの四角錐キャビテイを階層状に加工したのと直径6mmの円断面電極を用いて半球面(半径15mm)を階層状に加工した結果により,電極の長さの消耗があった(正方形電極の場合,2.18mm,円断面電極の場合,12,67mm)のに対して加工後の電極先端の形状を維持することができた。単純電極の加工効果と比べるため,キャビティの形状と同じような四角錐状の総形電極を用いて単純電極と同じ加工条件でジャンプをかけて加工を行った。加工したキャビティを三次元測定機で測定した結果により,単純電極を用いた場合と総形電極による加工の加工精度はほぼ同じ程度であることがわかった。しかし,単純電極での加工パラメーター(切り込み深さ,電極端面面積など)を調節すれば,加工精度を向上することができる。誤差の構成に要因がいくつかある。近似計算の誤差,加工条件,電極の誤差などが考えられる。特に本実験では電極の誤差が無視できない。

 実験の結果により,均一電極消耗法と電極補正式は微細放電加工でだけではなく,一般的な形彫放電加工でも有効である。このことにより,放電加工機のNC機能が充分に発揮されていない現状に対して,EDMマシニングセンターが普通のNCマシニングセンターのように加工することの可能性を示すことができた。

 本論文の研究結果により,今後の研究課題は次のテーマを期待されている。

 加工速度や精度を向上するため,加工パラメーター(加工面面積,電極断面面積,切り込み深さなど)を最適化する。

 環境を保護するため,一般放電加工での使用されている灯油系と水系の絶縁液のかわりに純水を利用する。放電加工では,加工精度に影響を与える要因のうち,最も大きいのは電極消耗による誤差だと考えられるが。均一電極消耗法と電極補正式を利用して電極消耗による誤差が主要な要因ではなくなったため,新しい放電電源の開発や制御方法の研究などが必要となる。単純電極による放電加工では,放電キャップに噴流しやすいので,ワイヤ放電加工と同じように加工することが可能である。

審査要旨

 本論文はThree dimensional micro-EDM using simple electrodes(単純電極による三次元微細放電加工)と題し,8章からなる。

 第1章「緒論」では本研究の背景と目的について述べている。すなわち,放電加工の歴史と現状を分析したうえ,単純電極による三次元放電加工の電極消耗について,微細放電加工における問題点を指摘している。電極消耗の問題点を電極先端形状が消耗によって変形することと電極の長さ消耗との二つの部分に分け,それぞれに対応して均一消耗法と補正式を提案し,これを利用した単純電極による三次元微細放電加工の実現を本論文の研究の目的としている。

 第2章「実験装置」では,実験装置の構成,制御方法と実験用のソフトウェアの流れなどについて述べている。

 第3章「予備実験」では,三次元微細放電加工用の各パラメータ(電極消耗率,電極材料,切り込み深さなど)および相互の影響を調べるため一次元溝加工を行った。実験の結果により,電極消耗率は電極材料によって変化するだけではなく,電極の切り込み深さによって変わること,また,低いヤング率の銅電極と残留応力があるタングステン電極を用いる場合,電極の弾性変形や破損が加工精度に影響を及ぼすことを明らかにした。

 第4章「均一電極消耗法」では,均一電極消耗法の原理と実現方法について述べている。均一電極消耗法は,微細放電加工における電極消耗が大きいことを利用して均一に電極底面を消耗させ,薄い層状の加工を行うごとに,電極底部形状が回復する手法である。これを実現するため,工作物と電極の形状,加工パラメータ(電極消耗率や切込み深さなど)の選択,加工経路設計等に関わる一般的な条件を明らかにしている。加工例として正方形電極による正方形キャビティと幅の狭い溝を加工した。それぞれの形状を精度良く加工すると共に,電極の先端形状を維持することができた。

 第5章「電極消耗の補正式」では,電極長さの消耗による変化に対し,これを補正する方法,荒加工と仕上げ加工の組合せかた,及び実際に加工する時の各パラメータの誤差の影響について述べている。一層あたりの電極送り量(切り込み深さ)が消耗した長さと残った長さ,すなわち,加工された一層の平均の深さの二つの部分からなると仮定し,これを電極消耗率の定義と組み合わせ,切り込み深さと工作物の面積,加工深さの基本関係式を導出した。この式は加工面や電極断面の形状と関係がない。この式を用いることにより,既知のパラメーターである単純電極の断面面積と体積消耗率から,実際の加工深さを一定値にできるような切込み深さを算出することができる。これらの結果をCNCによるテーブル,主軸制御に適用することにより,任意縦断面形状が加工できる。実例として水平断面が正方形で45°の壁面を持つキャビティ,円錐台状キャビティ及び半球状キャビティを加工し,この式による補正方法の妥当性を検証している。また,加工効率を向上するために,荒加工と仕上げ加工に分ける場合の上記手法の適用方法についても明らかにしている。実例として円錐台状キャビティと半球状キャビティの加工を行い,有効性を確認している。更に,各パラメータに予め誤差が含まれている場合に,それが加工精度にどのように影響するかをシミュレーションにより明らかにしている。

 第6章「三次元微細放電加工とCAD/CAM」では,より複雑な三次元微細形状の加工方法および三次元微細加工に対するCAD/CAMシステムの基本構造について述べている。一般の微細金型の形状はより複雑であり,特別の走査パターンやいくつかの異なる単純電極が必要となる。微細金型の製作には,金型の形状を単純な形状に分割し,単純な電極を利用し,均一消耗法に基づいて設計した加工経路に沿い,補正式により電極消耗を補正しながら加工する。例として,斜面を持つ十字キャビティとマイクロカーの金型の加工を行った。さらに,CAD/CAMの概念に基づいて三次元微細加工に対するCAD/CAMシステムの基本構造を提案している。

 第7章「普通の金型加工への応用」では,均一電極消耗法と補正式の,微細でない一般金型加工への応用について述べている。正方形電極による四角錐キャビティの加工と円断面電極を用いた半球状キャビティの加工結果により,前章までに述べた手法がそのまま大型のキャビティ加工に適用可能であることを明らかにした。比較のため,キャビティの形状に対応する四角錐状の総形電極を用いた加工実験を行い,単純電極を用いた場合と総形電極による加工の加工精度がほぼ同じ程度であることも明らかにした。これらの結果は,放電加工機のNC機能が充分に発揮されていない現状に対して,将来EDMマシニングセンターのような加工形態の実用化の可能性を示している。

 第8章「結論および将来の展望」では,従来の単純電極による三次元微細放電加工での問題点に対して提案している均一消耗法と補正式についての実験結果および分析がまとめられると共に,その将来性に対する展望が示されている。

 本論文は単純電極による放電加工の手法での三次元微細形状の成形を目的としたものである。微細放電加工では電極消耗の影響が大きいことに対して均一消耗法と補正式を提案し,これを利用して単純な三次元形状から,より複雑な微細金型まで,実際の加工例により実用性を明らかにすると共に,この方法が一般の金型の製作にまで適用可能であることも示し,微細放電加工の技術と応用に新しい道を開拓した。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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