学位論文要旨



No 113366
著者(漢字) 飯島,一博
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,カズヒロ
標題(和) 超大型半潜水式浮体の波浪中応答解析と構造形態が構造応答に与える影響
標題(洋)
報告番号 113366
報告番号 甲13366
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4084号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨 1.はじめに

 将来、海洋空間の利用のための超大型浮体の出現が予想される。新しい形式の構造の計画や開発のために必要であるのは、解析法の確立を第一のステップとし、続いて各種現象の理解と解釈、特性の把握を行うことである。本論文はカテナリーなどの弱い係留方式で係留され、多数要素浮体で支持される超大型半潜水式浮体に関して、波浪中応答解析法の確立から、将来利用が予想される二つのタイプの浮体について、構造の長さと幅を基本パラメータとする、パラメトリックな計算を行い特性の把握まで一貫して行った。最終的にその初期構造設計法についての、ガイドラインを与えた。

2.本研究における解析理論について

 半潜水式浮体の構造設計のためには、構造を立体骨組みでモデル化して、ズーミング解析のための入力である部材力を出力できる解析法が必要とされる[1]。超大型半潜水式浮体を対象とする、同様の解析を行うために、具の解析手法[2]を発展させて、構造領域ではFEMに従来から構造解析の分野で用いられている部分構造法を応用し、流体領域では複数の要素浮体をひとまとまりとして扱うgroup bodyの概念を新たに導入した解析法を提案した。具の波浪中応答解析手法は、影本による相互干渉の理論[3]と特異点分布法を組合せ流体力学的相互干渉を含めた流体力の評価をし、構造部分にはFEMを用いるというものである。部分構造法を用いる場合には、通常荷重が作用する節点については拘束点として消去しないが、ここでは他のsub-structureとの間にある境界節点以外の内部節点は全て消去する。この時に、内部節点に作用する慣性力や流体力は厳密に考慮されており、近似を行っていない。検証のために具の解析法による結果との比較、実験[4]との比較を行い、良好な結果を得た(Fig.1参照)。

Fig.1:R.A.O.of bending strain at the mid-ship of semi-submersible type structure;L=2.7(m)in head sea

 詳細な解析法が必要な一方で、数値解析の結果に生じている現象を簡潔に説明するための簡易解析理論も必要である。浮体を弾性支床上の一次元の梁としたモデルを行い、従来扱われてきた面外たわみ振動[5]に加えて、面内たわみ振動、ねじり振動、縦振動についての解析解を得た。斜め波中の応答についての考察も行った。水平面内の振動やねじり振動は他の振動モードと連成することが考えられるが、簡易解析では連成項を考慮しない。

 以前から向かい波中での応答について指摘されている、準静的な応答のピークが現れる周波数が存在すること、その周波数、あるいは特性周波数sとその時に入射波の波長、あるいは特性距離はは弾性支床上の梁モデルを記述する際の幾つかのパラメータを用いた簡単な関係式で与えられること、同調周波数はheaveの固有周波数よりも高くなることなどに加えて、斜め波中では準静的な構造応答のピークが現れる周波数が特性周波数sに比べて高周波数域に変化すること、構造の同調周波数は特性距離sと浮体長さLとheaveの固有周波数0を用いて簡単に表すことができることを示した。特性距離は復元力に対する剛性の大きさを表すパラメータでもある。準静的なピークが存在するのは復元力が存在するからであり、同様にねじり振動についても特性距離などを定義できることを示した。

3.コラム支持浮体モデルの波浪中応答特性Fig.2:column supported model

 開発した数値解析法を用いて、幅を150(m)の一定として、浮体長さの異なる3種類のコラム支持浮体モデル(Fig.2)の波浪中応答を解析した。コラム支持浮体とは、コラムだけで浮力を得、デッキ部で全体剛性を得る形式の浮体モデルであり、喫水を10(m)と小さくし、heaveの固有周波数を高く配置して構造の同調周波数全体を高周波数域に配置する。得られた結果について、第2章で得られた知識を参考に、重要な現象を調べ、応答特性を把握した。Fig.3に浮体長さ2400(m)の場合のデッキ部曲げ応力についての周波数応答曲線を示す。低周波数域で準静的な構造応答のピーク(向かい波中で円周波数=0.24(rad/sec))が生じ、そのときの周波数と応答量は簡易解析で得られる結果に一致すること、構造の同調周波数は簡易計算法によってほぼ予測できることがわかった。斜め波中で準静的なピークが高周波数域に移動することも簡易計算で説明される。同調時のピークの高さは、生じるモード形状の波長と同調周波数に対応する入射波の波長との比rnで決定される。この比が1よりはるかに小さい場合にはあまり大きなピークは生じないと考えられ、rnが1程度の場合には大きな応答のピークが生じる。コラム支持モデルではこの比は一次のモード(円周波数=0.81(rad/sec))については1/50になっているので、大きな同調時の応答は見られない。浮体長さが大きいほど、rnは小さいので、構造の同調応答は設計の上で大きな問題にはならないと考えられる。以上はいわゆる縦曲げの問題であるが、水平面内のたわみに関する剛性が足りない非常に細長い浮体の場合には、水平曲げによる大きな影響がデッキ部の軸応力に生じる。長さ2400(m)、幅150(m)の浮体では水平面内の曲げによる軸応力は面外たわみによる曲げ応力に比較して3/4程度になった。

Fig.3:R.A.O.of bending stress at the port-side of the midship of the structure;L=2400(m)Table 1:r.m.s.of deck axial stress and deck bending stress(N/mm2);column-supported model in ISSC spectrum wave;H1/3=1.0(m),T01=10.0(sec)

 構造設計上重要になるのは、低周波数域での準静的な応答のピークである。準静的な構造応答は浮体の長さには無関係であり、浮体の剛性と復元力によって支配されるので、生じる曲げ応力のレベルは浮体の長さによって、大きくは変化しない。生じる応力の大きさは見掛け板厚の1/2乗に反比例し、復元力係数の1/2乗に比例する。応力を減じようとすれば、見掛け上の板厚を増加させる必要があり、そのために扱ったモデルでは30(mm)の板厚の4層デッキ構造になっている。今回のモデル化においては内部構造をモデル化していないが、仮に内部構造で全体応力レベルが大きくなった場合に、応力レベルを低減させるためには板厚を増やして全体剛性を上げる対策をとることで対応する。変位応答は中央部では非常に小さく上下揺れの振幅は波高の数パーセント、端部では波高に対して20パーセント程度になる。

4.コラム・ロワーハル支持浮体モデルの波浪中応答特性

 次にコラム・ロワーハル支持浮体モデル(Fig.4)について、数値解析を行い、浮体長さあるいは浮体の幅の大きさが構造応答に与える影響について調べ、生じる重要な現象を把握し、設計に必要となる応答の改善法について述べた。コラム・ロワーハル支持浮体とは、主にロワーハルで浮力を与え、デッキ部とロワーハル部によって大きな全体剛性を得る形式である。復元力はデッキとロワーハルを結ぶ比較的小さな直径のコラムによって得るので、heaveの固有周波数は波のエネルギースペクトルに対して低い周波数域にある。

Fig.4:column lower-hull suppoeted models B=56(m),mono-ploid L=91.4(m),di-ploid L=183(m),hexa-ploid L=548(m),deca-ploid L=914(m)

 コラム・ロワーハル支持浮体の構造応答は長さの影響を大きく受け、基本的に長い浮体ほど大きな部材力が生じる(Fig.5参照)。復元力が小さく剛性が大きいために、特性周波数は非常に小さくなって、準静的な応答はあまり問題にならないが、梁が長くなることで静的に曲げモーメントが増加することの他に、面外たわみ振動の同調周波数が波が有効なエネルギーを持ち得る周波数域に入りこんで応答を大きくするのが理由である。Fig.5中のdeca-ploidに関する周波数応答曲線で円周波数=0.58(rad/sec)におけるピークは最低次の面外たわみの同調周波数である。同調時のモードの節点間の距離と入射波の波長の比rnは1/10になっている。同調周波数域が問題になることで、構造工学的には厳しくなる。面外振動の同調は基本的に、同調を波エネルギースペクトルに対して高周波数域に逃してやることで解決される。その目安は今回の計算では最低次のモードについてrn=1/20程度であった。

Fig.5:R.A.O.of deck axial stress at the mid-ship of column lower-hull supported models in head sea cond.

 斜め波中では、さらに構造応答が大きくなる(Fig.6参照)。構造応答が大きくなる理由は水平曲げによる影響、ねじりと他のモードとの連成応答による影響、Warpingによる影響、ロワーハルが付くことで水平方向の波強制力が大きいことの4つが原因であることが示された。逆に、コラム支持モデルで設計上大きな問題にならなかった理由は、水平曲げに関する剛性が高いこと、Warpingが生じにくい断面形状であること、水平方向の波強制力が小さい喫水の小さいコラムであることである。簡易解析理論から、入射波の入射角をとして波数をk、浮体長さをLとすれば、sin(kcosL/2)=±1の時にこれらの応答が極大になることが説明される。

Fig.6:R.A.O.of deck axial stress at the mid-ship of column lower-hull supported models in diagonal sea cond.

 斜め波中での応力レベルを下げるためには、外形寸法を変更しないとすれば、水平斜めブレースをロワーハル間につけることが効果的であった。この方法は確かに有効であるが、効果に限界がある。幅56(m)の構造の時、長さ900(m)程度までが限界であった。しかし、幅が56(m)に対して長さ900(m)は外形上非常にスレンダーであり、さらに横幅が広いデッキが要求されることが多いだろう。例えば、幅400(m)の浮体では長さ1300(m)でも成立することがわかった(Fig.7参照)。幅方向に浮体が大きくなることで、水平曲げに対する剛性が大きくなるからである。

Fig.7:effect of structure breadth(B)on R.A.O.of deck axial stress at the mid-ship in diagonal sea;L=1280(m),T1 B=56(m),T3 B=113(m),T5 B=169(m),T7 B=395(m)

 コラム・ロワーハル支持浮体モデルの構造設計は、まず向かい波中の応答で大きな応力が生じることがないように浮体構造を設計する。そのために面外たわみ振動の固有値を比較的高い周波数域に配置する必要がある。この時、同調時に生じるモード形状の波長と入射波の波長との比rnが1/20程度がひとつの目安になるだろう。同調周波数を高周波数域に配置するためには、全体剛性を上げる必要があり、デッキとロワーハルの間の距離を増加させることと、heaveの固有周波数を若干大きくすることが有効である。次に、斜め波中の応答レベルを低減させるためには、水平斜めブレースは有効であるが効果には限界があり、デッキ寸法の変更も必要である。このような過程を経て、従来のセミサブリグと同程度の応力レベルにまで応答を低減させることになる。変位応答はコラム支持浮体よりもさらに小さく、中央部に比べて2〜3倍大きな変位が生じる端部でも波高に対して上下揺れ振幅は5パーセント程度である。

 なお、コラム支持とコラム・ロワーハル支持浮体の設計法について、Fig.8にまとめられる。コラム支持浮体の全体構造設計の場合には、簡易計算で応答の概要を把握することのできる、準静的な応答が重要になる。この段階で十分にチェックを行えば、次の詳細な解析でも許容応力を満たす可能性が高い。応答を改善する方法は見掛け上の板厚を増加させることである。コラム・ロワーハル支持浮体では、やや複雑で縦曲げの問題と、水平曲げ・ねじりの問題を分離するためにまず、縦曲げ強度が十分であることを確認する。応答の改善法は縦曲げに関する全体剛性を上げることである。次に、水平曲げ・ねじりに対する強度の確認を行う。水平斜めブレースをつけるなどの方法が有効であるが、不十分な場合にはデッキ形状の幅を広げるなどの根本的な変更も必要である。

Fig.8:flow chart for designing semi-submersible type V.L.F.S
References in this abstract[1]海洋工学委員会構造分科会:半潜水式海洋構造物の構造強度概論(1),日本造船学会誌674号,1985,8月[2]Goo,J.S.and Yoshida,K:A Numerical Mehotd for Huge Semisubmersible Responses in Waves,SNAME Transactions,1990,vol.98[3]Kagemoto,H and Dick K,P.Yue: Interactions among multiple three-dimensional bodies in water waves,J.Fluid Mech.,1986,vol.166,pp.189-209[4]吉田宏一郎,鈴木英之,飯島一博,岡徳昭:大規模浮体の波浪中応答解析と流体力学的相互干渉が設計に及ぼす影響,日本造船学会論文集,178号,1995,pp.297-304[5]鈴木英之,吉田宏一郎:超大型浮体の構造挙動および構造設計に関する考察,日本造船学会論文集,第178号,1995
審査要旨

 国土が狭く周囲を海に囲まれている我国においては、従来より沿岸の浅海域を埋め立て、各種の公共施設や産業施設を作ることが行われてきた。しかしながら、埋立に適した広い浅海面が少なくなった現在、海上空間を利用するもう一つの形態として超大型浮体を用いることが検討されている。超大型浮体は、上載機能や浮体上の構造物に免震の基盤を与える有望な工法の一つと考えられている。超大型浮体は、代表寸法がキロメートルオーダーになる構造物であり、その力学的特徴は浮体に生じる弾性応答と流体の連成応答、いわゆる流力弾性応答にある。この点は従来型の比較的小型の浮体において剛体運動が支配的な応答を示すのに対して大きく異なる点である。

 超大型浮体の設計や計画においてはいくつかの問題点が指摘されている。一つは超大型浮体の挙動を解析する手法が一般に多大な計算時間と計算機容量を要するため、超大型浮体の特性を詳細に解析することが妨げられてきたことである。また、超大型浮体の挙動は複雑であり、生じている応答の明確な解釈が難しいことにより、応答特性に基づいた設計方針の立案を難しいものにしていた。このような背景の下に、超大型浮体は成立しないとの見解も一部にはあった。本研究は、超大型浮体の設計に関連して、これまで課題となってきた問題のいくつかに明確な回答を与え、超大型浮体を成立させる設計に方針を与えたものである。

 本論文では超大型浮体を代表する形式の一つである、半潜水式超大型浮体について、流力弾性応答の高効率の解析法の開発を行った。流体部分の取扱については、従来より特異点分布法などポテンシャル理論に基づいた解析法が一般的であるが、一つの欠点は解法で設定される自由度が非常に大きく、計算が膨大となることであった。これまでに試みられた計算の効率化の手法は、問題を波が超大型浮体を構成する浮体群に入射し、相互干渉を生じる問題と捉えて解き、流体力を評価するものであった。この解法により格段に解析の効率が上昇したが。本研究ではgroup bodyという概念を新たに導入し、浮体群をいくつかの浮体グループにまとめ、この浮体グループ間の相互干渉問題と捉えて解く手法を提案し、解法の格段の効率化をはかった。

 また、構造部分についてはsub-structure法という従来より有限要素法で用いられてきた手法を適用して、自由度を減らして計算を実行する手法を開発し、流体部分の解法と組み合わせて流力弾性問題をより少ない計算機容量で高速で解く解法に作り上げ、その有効性を実証したものである。計算時間は従来のものに比べて10分の1程度まで短くすることが可能となった。

 一方、詳細な解析法の開発に平行して、超大型浮体の基本的な応答特性を表現できる簡易解析法の開発を行い、この解析法に基づいて浮体の縦曲げ振動の周波数応答に現われる準静的な応答の高まりが存在すること、固有周波数がヒーブの固有周波数より高くなることなどを示した。また、浮体の剛性と復原バネにより定義される特性距離より入射波の波長が長いと浮体は波に乗った応答を示し、波長が短いと剛体として挙動することを示した。また、同調時に応答が増大するためには、波の周波数と浮体の固有周波数が一致するほかに、波の波長と励起される浮体のモードの波長が一致することが必要であることを示した。これらの考察は一見複雑な応答を示す超大型浮体の応答を理解する上で重要な着眼点を与えたものである。

 超大型浮体については、細長なものについては強度的に成立させにくいことが海外などから指摘されていたが、本研究では現実に稼働し良好な特性を示す半潜水式海洋構造物Aker H-3を複数一列に繋げ、順次その長さを増すことにより応答特性がどのように変化するかを調べた。その結果、斜め波中ではねじりや水平曲げによる応答が浮体の長さの増大とともに厳しくなることを示した。同調を防ぐためには浮体剛性を上げることが有効であることを示した。一方、浮体の幅を広げることにより面内曲げ、ねじりを減らすことが可能となり、浮体剛性を上げることなく成立させることが可能になることを示した。細長な浮体を成立させにくいとの指摘は一面で正しいが、浮体の幅を広げることで克服でき、超大型浮体の可能性を否定するものでないことを示した。

 以上、本論文は、超大型浮体の応答特性や設計上課題となっていたいくつかの重要な問題に明確な回答を与え、さらに、超大型浮体の成立性についての問いかけについても回答を与えるなど半潜水式超大型浮体の設計について明確な見通しを与えたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54630