学位論文要旨



No 113367
著者(漢字) 鈴木,浩治
著者(英字) Suzuki,Kohji
著者(カナ) スズキ,コウジ
標題(和) 積層複合材料構造の多層・高次変形有限要素法解析
標題(洋) Layerwise Higher-Order Finite Elements for Laminated Composite Material Structures
報告番号 113367
報告番号 甲13367
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4085号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 緒言

 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に代表される先進複合材料(ACM)は,軽量で強い高性能構造材料としてモーターボート,人工衛星からスポーツ関連用品まで幅広く使われており,その用途は今後ますます拡大していく勢いである。

 ところが,材料の信頼性・適用限度の尺度として欠かせないものである力学特性評価方法および適切な数値解析モデルの研究が先進複合材料の場合,鉄鋼など既存の均質・等方性構造材料の場合ほど進んでいない。これは偏に,先進複合材料の有する異方性・不均質性といった特殊な材料特性,層間はく離といった特殊な破壊モードがその足枷となっているためである。

 特に有限要素法(FEM)を援用した数値解析シュミレーションは,先進複合材料の力学特性評価および構造解析・強度設計に不可欠であるものの,強い異方性・不均質性などの複合材料の特性を十分考慮したうえでの,信頼のおける数値解析を行うことは,汎用のFEM解析コードでは難しいと言われている。したがって,今日,複合材料の異方性・不均質性といった特性を十分考慮した適切な数値解析モデルおよびそれに基づく高精度の有限要素モデルの提唱の必要性が高まっている。

既存モデルの限界と新たな展望

 本学位論文研究は,複合材料,特に積層複合材料の高精度な構造解析・強度設計を実現するために既存モデルの欠点を提示し,それを解消する新たな数値解析モデルを提案することから始まる。そのために,著者は実際に既存モデルによる積層複合材料構造のケーススタディーを行った。なお,ここでいうところの既存モデルとは汎用のFEM解析コードに備わっている有限要素モデルのことであり,具体的には単層・低次の板・シェル有限要素モデルおよび2次元・3次元連続体有限要素モデルのことである。そして,その結果,既存モデルでは十分にはモデル化のできていない積層複合材料の特徴として,以下の3点があることを突き止めた。つまり,

 ・強化繊維による繊維方向に突出した強い異方性

 ・積層板の板厚さ方向の高次変形

 ・積層という幾何学的,力学的および材料特性の多層不均質性である。

多層・高次変形モデル

 前節に示した積層複合材料の3つの特徴を高精度でしかも効率よくモデル化できる数値解析モデルは既存のものの中には残念ながら存在しない。そこで本研究の前半では,この積層複合材料の3つの特徴を適切にモデル化した新たな数値解析モデルとして,多層・高次変形モデルを提唱した。

 本研究における多層・高次変形モデルは以下に示すような層厚さ方向の変位場仮定を基礎に置いている。

 

 ここで,肩文字kは層分割された積層板の第k番目の層を表す。は多項式の未定係数であり,は第k層中央面から測った厚さ方向の座標値である。多層分割された積層板および第k層内の変位仮定の模式図を図1に示す。

 物理的には,,およびがそれぞれ,x1,x2およびx3方向の並進を,およびがそれぞれ,x2および-x1回りの微少回転角を意味する。さらなる高次項は,面外方向の伸縮やせん断ゆがみなどの高次変形に関する項である。実際の高次変形が多項式で十分正確に表されるかどうかは議論の余地があるが,局所的な集中荷重が負荷されたり,自由縁が存在したりする特別な局所領域を除けば,変位の多項式近似は十分妥当性があるものと考えられる。

 本研究では便宜的に,第k層の変位多項式の次数が,およびに対してそれぞれ,およびである場合,それをと表すことにする。さらに,NK層に分割された積層板全体の変位自由度をで表すことにする。式(1)に示した変位場仮定にしたがって,第k層における変位-ひずみ関係式,応力-ひずみ関係式等が導かれる。

 次に,多層分割した各層を再び貼り合わせることを考える。多層分割した各層を貼り合わせる際に考慮すべき拘束条件として最も重要なものは第k層と第k+1層の層間での変位連続条件であり,その導入方法にはいくつかの方法が提唱されている。本研究では,この変位の連続条件の導入方法として,

 ・直接消去型の方法

 ・ペナルティ法

 の2つのタイプを提唱した。特に,ペナルティ法に関しては,通常のLagrange未定乗数を適用するよりもいくつかの利点があり,それを用いての積層板の支配方程式までを導いた。

 定式化した多層・高次変形モデルは非常に一般的な形で示したため,解析対象によって柔軟なモデル化が可能であり,ゆえに提唱した多層・高次変形モデルを実際問題に適用する際の指針についても言及した。

 本多層・高次変形モデルは積層板を忠実にモデル化することが可能であり,古典積層理論に基づく既存の板・シェルモデル比べて高精度である。特に,積層材の強度評価に欠かせない面外・層間応力の精度良い評価が可能であることは,本モデルの重要な点である。本モデルは本研究後半において展開する有限要素モデル作成の基礎となる。

図1 積層板の多層・高次変形仮定
直接消去型の選択的高次変形サンドイッチ平板要素

 提唱した多層・高次変形モデルの適用例として,まず直接消去型の選択的高次変形サンドイッチ平板要素を作成した。具体的には,上下スキン材層を一次せん断変形仮定(FOSDT)とし,コア材層を面外の伸縮までを考慮した一次の高次変形仮定(HOT1)とした,[(110)(111)(110)]要素モデルである。層間の変位連続条件は,直接消去型の方法により導入した。

 作成したサンドイッチ平板要素をまず,サンドイッチ正方形平板の曲げの問題へ適用した。解析した正方形平板は,0.8mmの上下スキン材層と8.0mmのコア材層からなり,周辺単純支持され,平板の上表面に等分布荷重が作用する場合を想定した。本要素による解析結果を,3次元連続体有限要素による詳細な解析結果および既存の解析解と比較した。図2はサンドイッチ平板の対角線に沿った,たわみの分布である。本要素による解析結果が他の既存の解析解より3次元連続体有限要素による詳細な解析結果に近い値を与えていることが分かる。ゆえに,本サンドイッチ平板要素の精度が優れたものであることが示された。

図2 サンドイッチ平板要素の解析例サンドイッチ平板の対角線上のたわみ分布

 さらに,並行して行ったサンドイッチパネルの水圧試験結果と,本サンドイッチ平板要素による解析結果を比較することにより,作成した要素の実際間題への適用性も示した。

ペナルティ法を用いたN層積層型の一般積層平板要素モデル

 次に,サンドイッチ平板要素よりも汎用性のある要素として,N層積層型の一般積層平板要素モデルを作成した。要素の変位仮定は[(332)NK]である。層間の変位連続条件は,ペナルティ法を用いて導入した。作成した一般積層平板要素を,まず,クロスプライ積層平板の曲げの問題に適用した。解析した積層正方形平板は,[0/90/0]1の積層構成を持ち,周辺単純支持され,平板の上表面にサイン波形分布荷重が作用する場合を想定した。本要素による解析結果を,Paganoによる厳密解および古典積層理論による解析解と比較した。図3に示すものは,クロスプライ積層平板の板厚方向の面外せん断応力分布である。本要素による解析結果が厳密解と非常によく一致していることが分かる。

図3 一般積層平板要素の解析例その1クロスプライ積層平坂の面外せん断応力分布

 さらに,積層複合材料の強度設計に必要との見地から,作成した平板要素に線形破壊力学的手法を組み込み,積層板の自由縁効果,エネルギー解放率の計算などが可能となるようにした。図4は,層間応力評価に本平板要素を用いた解析例である。これは,一様軸引張り下にある[45/-45]s斜交対称積層板の自由端部における層間せん断応力の応力集中を解析したものであり,本要素による解析結果が厳密解との良い一致を示していることが分かる。

図4 一般積層平板要素の解析例その2自由端部における層間せん断応力の応力集中

 本要素を用いれば,任意層数の積層平板の非常に精度の良い数値解析が可能である。その意味で,この有限要素モデルが,本研究で目指すところの積層複合材料構造に適した数値解析モデルの一つの解答を与えるものであると考える。

提唱した数値モデルの実用的問題への適用

 最後に,より実用的な数値構造解析への適用可能性を探るために,先に作成した一般積層平板要素の一般積層シェル要素への拡張を試みた。そして,作成したシェル要素をクロスプライ球殻シェルの解析に適用した。解析した積層シェルは,[0/90/0]1の積層構成を持ち,周辺単純支持され,シェルの上表面に等分布荷重が作用する場合を想定した。図5はその解析例の1つである。このような一般的な積層複合材料構造への適用の可能性がこれにより示された。

図5 一般積層シェル要素の解析例クロスプライ積層シェルの面外せん断応力分布

 また,積層複合材料構造において最も深刻な強度低下の原因となる接合部における詳細な応力解析に,先に示した一般積層平板要素に若干の改良を加えた要素モデルを適用した。そして,熱弾性応力解析試験により得られたT型接合部の詳細な応力分布と作成した要素による解析結果との比較から,本要素モデルがこの種の複雑な構造物の数値解析にも十分精度良く適用できることを示した。

結言

 終わりに,本学位論文研究に対する結論を述べると,

 ・既存の数値解析モデルの積層複合材料構造への適用の際の欠点,限界などは整理された。

 ・既存の数値解析モデルに取ってかわる高精度なモデルとして,多層・高次変形モデルの提唱がなされた。

 ・有限要素法解析を介して提唱した多層・高次変形モデルの妥当性・有用性を具体的な数値解析例から示した。

 本研究が最終的に目指すところは,既存の汎用FEMコードによる複合材料構造の数値解析の限界を打開することにある。多層・高次変形モデルを用いることで数値計算は大規模なものとなることはさけられないが,逆に言うと複合材料構造を精度よく解析しようとするとその解析プログラムはある程度は高次・高自由度となることは当然のことと考える。一方,超並列計算機などの登場で非常に大規模な数値構造解析も非現実的ではなくなってきており,本研究の価値は今後高まっていくものと思われる。さらに,多層・高次変形モデルを詳しく論じることは本研究で目指した積層複合材料の高精度・高効率なFEM解析システムの実現にとどまらず,層間応力などといった複合材料特有の問題の深い追求のためにも非常に役立つことになる。今後,複合材料構造の更なる普及が進むに連れて,本研究で取りあげたような,複合材料に特化したFEM解析システムの開発の重要性は益々増してくるものと思われる。

審査要旨

 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)に代表される先進複合材料(ACM)は,積層複合材料構造の形態として,軽量かつ高強度の構造材料としての用途を二次構造部材から一次構造部材へと拡大しつつある。このような積層複合材料の一次構造部材への適用を進める上で,その力学的挙動を忠実にかつ効率よく表現する数値解析モデルの必要性は極めて大きい。特に有限要素法(FEM)を援用した数値解析シュミレーションは,積層複合材料構造の力学特性評価および構造解析・強度設計に不可欠であるものの,強い異方性・不均質性などの複合材料の特性を十分考慮したうえで,十分信頼のおける数値解析を行うことは,汎用のFEM解析コードでは困難である。

 本論文は,このような背景のもとで、積層という不均質形態を忠実にモデル化することが可能な多層・高次変形モデルを提唱し,それに基づいたいくつかの有限要素モデルを作成し、積層複合材科構造の構造解析・強度設計への適用に対する妥当性・将来性を示したもので、7章より構成される。

 第1章は序論で、本研究に関する従来の研究について述べ,問題点を明らかにし,本論文の構成を述べている。

 第2章では、実際に既存モデル(汎用のFEM解析コードに備わっている有限要素モデル)による積層複合材料構造のケーススタディを行い,既存モデルでは十分にはモデル化のできていない積層複合材料の特徴として,以下の点があることを明確にしている。すなわち,1)強化繊維による繊維方向に突出した強い異方性,2)積層板の板厚さ方向の高次変形,3)積層という幾何学的,力学的および材料特性の多層不均質性,の3つの特徴である。

 第3章では、前章に示した積層複合材料の3つの特徴を高精度でしかも効率よくモデル化できる新たな数値解析モデルとして,多層・高次変形モデルを提唱している。このモデルでは積層板を多層分割し,層厚さ方向の変位場を多項式近似し,多層分割した層間での変位連続条件の導入方法として,1)直接消去型の方法,2)ペナルティ法の2つのタイプを提唱している。特に,ペナルティ法に関しては,通常のLagrange未定乗数を適用するよりもいくつかの利点があり,それを用いて積層板の支配方程式までを導いている。

 第4章では、提唱した多層・高次変形モデルの適用例として,まず直接消去型の選択的高次変形サンドイッチ平板要素を作成している。具体的には,上下スキン材層を一次せん断変形仮定とし,コア材層を面外の伸縮までを考慮した一次の高次変形仮定とし,層間の変位連続条件は,直接消去型の方法により導入した。作成したサンドイッチ平板要素を,周辺単純支持され,上表面に等分布荷重を受けるサンドイッチ正方形平板の曲げの問題へ適用し、3次元連続体有限要素による詳細な解析結果および既存の解析解と比較し,本サンドイッチ平板要素の精度が優れたものであることを示し,サンドイッチパネルの水圧試験結果との比較により,実験結果とも良く一致することを示している。

 第5章では、サンドイッチ平板要素よりも汎用性のある要素として,ペナルティ法を用いたN層積層型の一般積層平板要素モデルを作成している。作成した一般積層平板要素を,周辺単純支持され,上表面にサイン波形分布荷重が作用するクロスプライ積層平板の曲げの問題に適用した結果を,Paganoによる厳密解および古典積層理論による解析解と比較し,本要素による解析結果が厳密解と非常によく一致することを示している。さらに,積層複合材料の強度設計に対する必要性の見地から,作成した平板要素に線形破壊力学的手法を組み込み,積層板の自由縁効果,エネルギー解放率などの計算が可能となるようにしている。本平板要素を層間応力およびエネルギー開放率の評価に適用し,本要素による解析結果が厳密解または他の解析解と良く一致することを確認している。

 第6章では,より実用的な数値構造解析への適用可能性を探るために,先に作成した一般積層平板要素の一般積層シェル要素への拡張を行っている。そして,作成したシェル要素を周辺単純支持され,上表面に等分布荷重が作用するクロスプライ球殻シェルの解析に適用し,一般的な積層複合材料構造への適用の可能性を示している。また,積層複合材料構造において大きな強度低下の原因となる接合部における詳細な応力解析に,先に示した一般積層平板要素に若干の改良を加えた要素モデルを適用して,熱弾性応力解析試験により得られたT型接合部の詳細な応力分布と作成した要素による解析結果との比較から,本要素モデルがこの種の複雑な構造物の数値解析にも十分精度良く適用できることを示している。

 最後の第7章は結論で、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文は、多層・高次変形モデルにより積層複合材料構造を忠実にモデル化し,構造要素としての任意層数の積層平板およびシェルの高精度・高効率な有限要素法解析システムを構築したのみならず,積層材の強度評価に欠かせない面外・層間応力の高精度な評価をも可能にしたものである。これにより複雑な形状と積層構成を有する複合材料構造に対しても、新しいアプローチと実用的な解析手法を提供するものであり、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54631