近年超音速輸送機実現の気運が高まっている.そのため超音速流れや圧縮性流れの研究が活発になってきている.超音速流れはよくシュリーレン法で可視化されるが,密度勾配の向きと大まかな大きさがわかるだけで定量化は困難である.定量測定の方法としてはマッハツェンダ干渉法やホログラフィ干渉法などが用いられているが,高価な光学部品や光の波長オーダーの振動対策が必要とされ手軽に用いられない.そこで安価で容易な定量測定法の確立が必要とされている.モアレシュリーレン法(Moire Schlieren,Moire Deflectometry)は平行光線源に2枚のロンキ格子(Ronchi Gratings)と受光系という簡単で安価な光学系を用いる容易な定量測定法である.まさに安価で容易な定量測定法という要求に適合する方法であり,圧縮性流れの測定に適用してその有用性を示すことを研究の目的とする. モアレシュリーレン法は1980年にイスラエルのOded Kafriにより考案された.光の屈折角を定量的に測定する方法である.密度勾配等により生じた屈折率勾配により,光は屈折し,その屈折角をモアレ現象を利用して定量的に測定する.屈折率の分布が軸対称の場合は逆アーベル変換を用いることにより屈折角のデータから屈折率分布を求めることができる.モアレシュリーレン法を用いた軸対称密度場の測定手順は大きく分けて,モアレシュリーレン法による屈折角の測定と逆アーベル変換による密度分布の計算に分類できる. この測定システムの特徴として以下のことがあげられる. ・非接触の測定法なので流れを乱さない. ・レーザードップラー流速計のようなシード粒子等が不要である. ・測定システムが簡単で安価である. ・比較的機械精度が要求されない.(振動に強い) ・感度が可変である. ・非定常の測定も可能である. ・コヒーレントではない光源が利用できる.(できれば単色光がよい) ・光の屈折角から光路に沿った密度勾配の積分量が求まる.(干渉計は密度の積分量) ・密度分布を求めるためには逆アーベル変換等の処理が必要である. ・大きな光の屈折がある場合には再構成が困難である. 本論文ではまず第2章においてモアレや関連する光学からモアレシュリーレン法の原理の説明を試み,他の光学を利用する流れ場の測定法と比較を試みる.つぎに第3章において軸対称場の場合のデータ処理法であるアーベル変換について考察し,いくつかの方法の比較を試みる.第4章においてヒーター周りの温度分布,超音速円錐状流れやスパイク付き鈍頭物体周りの流れ場の測定結果を示し,圧縮性流れの測定におけるその有用性を示す.また付録に作成した計算機プログラムを収録した. モアレシュリーレン法の測定方法を研究し,モアレシュリーレン法の簡単で安価な装置で定量化できること,軸対称圧縮性流れの密度場(温度場)測定に非常に有効であることを示すことを本研究の目的とする. モアレシュリーレンの光学系を図1に示す.原理的には平行光線と2つのロンキ格子とスクリーンがあればよいので,シャドーグラフの光学系にロンキ格子を加えた形になる.光源としては白色光源が利用できるが,ロンキ格子で起きる回折で格子の像がぼやけるのでできれば単色光がよい.光源としては高圧水銀灯とHe-Neレーザーを用いた.同ピッチpの2つのロンキ格子を交差角で交わらせるとピッチp’のモアレ縞が観測される(図2).モアレ縞は似た空間周波数の模様を重ねると観察することができる.レースのカーテンが重なった場合やテレビで走査線の周期と似た周期の模様を写した場合などに観察される現象である.同ピッチpの2つのロンキ格子がつくるモアレ縞は,明るい縞がロンキ格子の交点を結ぶかのように現れる.また縞の太さやピッチp’は交差角が増えると細く細かいピッチになる.またロンキ格子の縞方向にロンキ格子を動かしてもモアレ縞は動かないが,ロンキ格子の交差角の中線に垂直な方向の移動には敏感に反応する.ロンキ格子を格子に垂直方向にpだけずらすとモアレ縞がp’だけ移動するつまりの逆数だけ拡大されているのがわかる.最初の格子と2番目の格子に入射する光が平行光線の場合は直線状のモアレ縞が観測されるが,試験部の密度変動により平行光線でなくなった場合,最初の格子の像が歪んで2番目の格子に重なることになる.その歪みは格子間隔の分とモアレ拡大率の分だけ拡大される.つまりモアレ縞の移動量から元の格子の変形を拡大して調べることができて光の偏向角を求めることが可能となる.光の偏向角の測定感度は格子の交差角を大きくするか,格子間間隔を変えることで変えることが可能になる(図3).また偏向角は屈折率勾配の積分と関連付けられ屈折率勾配はグラットストーン・デールの関係により密度勾配と関連づけられる.これによりモアレシュリーレン法は密度勾配の光路積分を定量的に計測していることになる.密度分布を軸対称と仮定すると密度勾配の積分値を利用して密度分布を求めることができる.光の偏向角と屈折率勾配の光路積分の式は軸対称分布を仮定するとアーベル変換の形になるので逆アーベル変換により光の偏向角から屈折率分布を求めることができる.逆アーベル変換の式は特異になる点があるので,そこで単純に光の偏向角と離散化した位置を測定点の中点で代表させて積分した場合と特異な点を特別に扱ったBar-Zivの積分の方法で積分を行って結果を比較してみた.元の屈折率分布は2次元ガウス分布として,屈折角データを作成した.Bar-Zivの方法は少ないデータ点数でうまく再構成されていた.中点を用いて計算する方法はデータ点数数が少ないと精度が悪く,精度を十分高めるには多くのデータ点数が必要で実用的ではなかった.また不連続がある場合の再構成の例として半径0.5の円柱を再構成してみた.この場合どの方法でも低めに再構成されている.また不連続付近の立ち上がりが鈍っている.両方の方法ともデータ点数の増大により高さも立ち上がりももとの分布に近づいている.Bar-Zivの方法のほうがうまく再構成されている.今後逆アーベル変換による再構成はBar-Zivの方法を用いて行うことにした. 図1モアレシュリーレン法の光学系図2モアレ縞のピッチの関係図3モアレシュリーレン法の原理 以上の方法でヒーター(はんだごて)周りの空気の温度場をモアレシュリーレン法で測定し,実験の精度と現象の不安定性,軸対称からのずれを考慮したうえでほぼ妥当な結果が得られた. また超音速円錐流れを測定した.この場合,軸対称性は向上し安定な位相物体が作れた.結果の検証を行うため行ったテイラー・マッコールの理論解の計算値より衝撃波付近での再構成結果は幾分低目であるが比較的よい一致を示した.縞の読み取りをイメージスキャナを用いて行うことにより高精度化した.また格子台を改良して格子の設置精度を高めた. さらにスパイク付き鈍頭物体周りの流れの測定をマッハ数2.0,0.8,0.6について行った.光源を白色光源から単色光であるHe-Neレーザーに変更することで回折による影響が減り格子間距離を大きく取り,モアレ縞のコントラストを向上させることが出来るようになった.マッハ数が0.6から0.8になるにつれて模型の流れに対する影響範囲が広くなっていくことが観察されたが,亜音速の流れではスパイクの流れに及ぼす影響はあまり大きくないことが確認された.超音速のマッハ数2.0の実験では模型の影響範囲はスパイクの先端から発生する離脱衝撃波の内部でかなり広くなり,スパイクに起因するせん断流の存在が明瞭に認められた.マッハ数2.0の場合,密度場を求め,測定した密度場を軸対称ナビエ・ストークス方程式の数値解析結果と比較することにより,湾曲衝撃波をうまく捕らえることができなかったが,スパイク付近の密度の定量測定は良好であることが示された. 最後に代表的な点における測定精度について考察した.測定の真値はヒーターの測定の場合測定値の1.73〜0.44倍,超音速円錐流れの測定は1.45倍〜0.57倍,超音速スパイク流れの場合1.14倍〜0.87倍の範囲にあると思われる. 以上の結果からモアレシュリーレン法による圧縮性軸対称流れ場の測定の有効性が示され,種々の流れ場の測定への適用の可能性が示唆される. |