学位論文要旨



No 113369
著者(漢字) 池庄司,敏孝
著者(英字)
著者(カナ) イケショウジ,トシタカ
標題(和) 材料の破壊における延性脆性遷移と破面のフラクタル性の関係についての研究
標題(洋)
報告番号 113369
報告番号 甲13369
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4087号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 助教授 藤本,浩司
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨

 材料の破壊形態は大別して延性破壊と脆性破壊がある.延性破壊は破壊に至るまでの変形量(塑性変形)が大きい破壊形態で,脆性破壊は破壊に至るまで巨視的にはほとんど弾性変形のみの破壊形態である.これらの破壊形態の相違は一般には破面の微視的な観察から破壊形態を定性的に特定する.定量的には吸収エネルギの値や臨界応力拡大係数の値(破壊靭性値)等の巨視的指標を用いる.また,より理論的には、脆性破壊におけるいわゆる寸法効果の存在と,延性破壊における相似的な破壊形態(寸法効果が無い)で区別する.破壊現象のより深い理解と、多くの破壊データの系統的な整理のためには、このような巨視的指標と微視的破壊形態との関連付けが必要である。しかし,このためには破面の微視的形状を定量的に表現する必要があるが,現実には破面形状は非常に複雑であり、ほとんど研究がなされていない.本研究は、新たにフラクタルの概念を用いてこの関連付けを試みたものである。

 フラクタルは複雑形状の表現に適した概念といわれ,形状の複雑さを表す指標としてはフラクタル次元DFを用る.また,フラクタルの性質を示すスケールの範囲も考慮する必要がある.

 実験において破断面は環状切欠き付き丸棒試験片を準静的に引張破断することにより得ている.切欠き径を変化させ,切欠き底部の3軸応力状態を変化させ,延性-脆性遷移をおこしている.試験片はS35C鋼製,S55C鋼製,共晶状黒鉛鋳鉄製である.これらの破面から縦断面曲線を測定しフラクタル次元を2次Height-heihgt Correlationを用いて計算した.縦断面曲線は2検出器型走査型電子顕微鏡を用いて測定し,測定時には観察倍率を変化させ,測定長さの異なる断面曲線を得ている.

 その結果,S35C製試験片およびS55C製試験片の破断吸収エネルギ(Er)とフラクタル次元(DF)の関係において,延性破壊と脆性破壊により明瞭に分かれる領域が得られている(Fig.(1)(a)).Er値が20[MPa]より大きい領域に属する破面は,SEM観察により延性破面と同定され,それらのDF値は測定長さ(L)に依存せずにほぼ一定の値を示している.一方,Er値が低い脆性破面ではDF値がLにより異なる値となり,長いLの断面曲線ではDF値は高く,逆に,短いLではDF値は低い.S55C製試験片の試験では,応力3軸度とDFの関係にで,0.5より低い応力3軸度で延性破面領域,高い応力3軸度で脆性破面領域が現れている(Fig.(1)(b)).延性破面領域ではDF値はLによらずほぼ一定である.しかし,脆性破面領域では,短いLでDF値は低く,一定であり,長いLでDF値は高く,微増している.LとDF値との関連性を共晶状黒鉛鋳鉄破面で詳細に調べたところ,DF値は短いLで低く,長いLで高い(Fig.(1)(d)).そして,それらの間に遷移域が存在している.この低DF値から高DF値への急激な上昇を開始するLLDは応力3軸度の増加に応じて低減している(Fig.(1)(d)).

 以上のように,延性破面においてはフラクタル次元が一定となり,延性破壊が相似的な破壊形態であることに合致している.他方,脆性破面においてフラクタル次元は一定ではない.巨視的観察下では比較的高い値となり,微視的観察下ではそれよりも低い値を取り,これらの間に特性長さが存在すると考えられる.このような特性長さの存在は脆性破壊が寸法効果を有する破壊形態であることに対応している.

図1:(a)破断吸収エネルギとフラクタル次元の関係.(b)応力3軸度の変化とフラクタル次元の関係.凡例はいずれも「測定長さL[m](サンプリング間隔[m])」.(c)測定長さとフラクタル次元の関係.凡例は「応力3軸度(切欠き径[mm])」.(d)フラクタル次元が遷移する測定長さと応力3軸度の関係.
審査要旨

 修士(工学)池庄司 敏孝の提出する論文は,「材料の破壊における延性脆性遷移と破面のフラクタル性の関係についての研究」と題し,和文で書かれ,7章より成っている。

 一般に,材料の破壊様式は延性破壊と脆性破壊に大別される。延性破壊が破壊に至るまでの変形が大きく,吸収エネルギーも大きいのに対し,脆性破壊は破壊に至るまでほとんど弾性変形のみであり,吸収エネルギーも小さい。破壊力学における原義からいえば,これらの破壊形態の相違は応力拡大係数や吸収エネルギー,破断ひずみなどの巨視的な指標における寸法効果の有無であり,延性破壊とは寸法効果の無い破壊,逆に,脆性破壊とは寸法効果のある破壊現象である。一方,フラクトグラフィのように破面の微視的な観察から破壊形態を特定する解析方法もある。これら巨視的指標と微視的観察による判断は必ずしも一致するとは限らない。このため,破面の微視的形状を定量的に表現し,巨視的指標に関連付ける必要があると思われる.

 一般に材料破面は微視的には複雑な形状をしている。同じ「延性破面」と分類される破面であっても微視的にみて同一のものはない。「脆性破面」についても同様である。このような複雑な形状を整理して表現することに適した概念の1つとしてフラクタルがある。フラクタルの理論においては,形状の複雑さを表す指標としてフラクタル次元がある。また,フラクタルの性質を示すスケールの範囲も重要な因子である。

 本研究は,従来経験的にされてきた延性破面,脆性破面の分類に,より客観的な定量化の方法を提案することを目的としている。具体的には,破断面の表面形状に関するフラクタルの概念を導入し,鉄鋼,鋳鉄などの延性破面,脆性破面を測定・解析することにより,この方法が適用できることを示している。また,これにより,微視的形状と巨視的指標の関連をつけることも可能としている。

 第1章は「緒論」で,本研究の背景を概観するとともに,本論文の目的,構成を述べている。

 第2章は,「破壊形態」と題し,本研究で注目している延性破壊,脆性破壊,および,それらの遷移について解説を行っている。

 第3章は, 「破面とフラクタル」であり,フラクタルの概念の解説を行うとともに,破面との関連を述べている。

 第4章は,「炭素鋼および鋳鉄の延性-脆性遷移に関する実験」であり,具体的な材料破壊実験における,延性-脆性遷移の表われ方を論じている。実験は環状切欠き付き丸棒試験片を準静的に引張破断することにより破断面を得ている.環状切欠きの方法は切欠き半径を変化させることにより,切欠き底部の応力3軸状態を変化させる効果があり,延性-脆性遷移は応力3軸度および材料成分などのパラメータにより生じる。延性-脆性の判別には,破面観察に基づく微視的様相の変化,および,吸収エネルギーなど巨視的指標をもとに示している。

 第5章は,「破面のフラクタル解析」である。まず,破面の凹凸のプロファイルを示す高さ曲線を電子顕微鏡より得,これに基づき,高さ-高さ相関のフラクタル次元を求める方法を示している。さらに,材料成分および応力3軸度を変化させた実験によりどのように変化が現れるかを示している。

 第6章は,「延性破面および脆性破面のフラクタル特性」で,延性破面および脆性破面におけるフラクタルを詳しく解析したものである。この結果,延性破面および脆性破面の差は,フラクタル次元が異なるといった単純な形式ではなく,測定長さの範囲を変化させた場合にフラクタル次元の変化がどのように現れるかの問題であることが明らかにされた。具体的には延性破面がフラクタル次元が一定となるのに対し,脆性破面においては,測定長さの範囲によりフラクタル次元が2つに分かれることが示された。

 第7章は,「結論」であり,本研究により得られた新たな知識を要約している。

 以上要するに,本論文は従来経験的に分類されていた材料の破壊における延性-脆性遷移も,フラクタルの概念の導入により定量的にまた客観的に示しうるものであることを明らかにしたもので,航空宇宙工学上寄与することが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54007