学位論文要旨



No 113370
著者(漢字) 高坂,達郎
著者(英字)
著者(カナ) コウサカ,タツロウ
標題(和) 知的材料・構造のための光ファイバセンサを用いた荷重同定およびクラック検出に関する研究
標題(洋)
報告番号 113370
報告番号 甲13370
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4088号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 藤本,浩司
内容要旨

 近年,宇宙や深海,原子力発電炉など,今まで以上に厳しい環境で使用される構造物が増加している.それに伴い,より厳しい環境での環境適応能力を持つ材料・構造の開発が望まれている.そのため,十数年前から使用環境・用途に応じてその形状・材料特性を変更し,また損傷時にはシグナルを出して信頼性を高めるように,材料・構造に様々な機能を組み込んだ知的材料・構造という概念が提唱されてきた.

 知的材料・構造のためのセンサ用機能性材料の中でも,光ファイバはその軽量性,強度,小さなサイズ,柔軟性などの多くの特徴を持ち,知的材料・構造のための有望なセンサ用材科であると考えられている.光ファイバの中でも,複屈折光ファイバは偏波状態を維持することができ,高感度な干渉計型ファイバセンサの導波路として用いられる.複屈折光ファイバの他の応用として,ブラッグ格子の書き込まれた複屈折光ファイバを用いた多軸ひずみ成分を測定する研究や,複屈折光ファイバに沿ったモード結合分布測定などがある.しかしながら,知的材料・構造に組み込まれた複屈折光ファイバを場合に作用する3次元応力の複屈折・モード結合への影響に関する研究はほとんど見られない.さらに,将来的には分布的測定が重要になると思われるが,複屈折光ファイバを用いたモード結合分布を測定するモード領域分布型ファイバセンサの知的材料・構造への応用に関する研究はほとんど行われていない.

 以上より,本研究は,複屈折光ファイバの知的複合材料・構造への応用,特にモード領域分布型偏波維持光ファイバセンサシステムの知的複合材料・構造への応用とその基礎的研究を目的とする.具体的には,シングルモード複屈折光ファイバに3次元応力が作用した場合に生じる複屈折及びモード結合への影響を理論的・実験的に明らかにした.また,偏波維持光ファイバを用いた応力検出システムのアプリケーションとして荷重センサシステムの構築を行い,その有効性を実証した.さらに,もう1つのアプリケーションとして,クラック・切り欠きによる集中応力の検出を試みた.

 本研究では,まず任意応力に対するシングルモード光ファイバ中の基底モード,モードのモード結合に関する基本的な方程式を導いた.任意応力が作用する光ファイバには光弾性効果により屈折率変化が生じ,基底モード間にモード結合が生じる.シングルモード光ファイバ中の基底モード間のモード結合方程式は,任意応力が作用する区間を摂動区間として,摂動法を用いて与えられる.すなわち,摂動系の電磁界分布を無摂動系の固有電磁界分布El,(l=1がモード,l=2がモードにあたる)を用いて

 

 

 と表せば,モード結合方程式は

 

 

 となる.ここで,Alは各固有モードの電界振幅定数,lは各固有モードの伝搬定数,lmはクロネッカーのデルタ,は応力の作用によって生じる比誘電率の摂動項,は光の角周波数,Pは光の伝送パワーである.上式に対して,以下の座標変換

 

 を用い,さらに3次元の光弾性理論から導かれる任意応力による比誘電率の摂動項を用いて,適当な近似を用いることにより,以下の任意応力に対するモード結合方程式が導かれる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで,Giは各応力成分による応力誘起複屈折率である.また,C1は縦の,C2は横の光弾性定数,C=C1-C2は光弾性定数,Bは光ファイバの複屈折,kは波数であり,HE11モードの電解分布は以下の式

 

 

 で定義される.ここで,Etrは電界ベクトルの断面内成分のrに関する成分であり,Ezrhは電界ベクトルの軸方向成分のrに関する成分である.

 以上の式を用いれば,任意応力によるモード結合係数を比較的簡単に求めることが出来る.また,軸対称光ファイバのHE11モード電解分布を用いて各積分項を比較すれば,モード結合に最も影響を与えるのが光ファイバの断面内成分x,y,Txy,次に影響が大きい成分はTxz、Tyzであり,最も影響が小さい成分がzであることが分かる.

 さらに,シングルモード光ファイバのエネルギーはコアに集中しており,またシングルモード光ファイバのクラッドの半径は一般にコアの十倍程度以上であるから,クラッド内での応力変化は小さく,埋め込まれた光ファイバに損傷が生じない限り,応力分布を光ファイバの中心で展開して近似しても差し支えない.応力分布を光ファイバの中心で2次の項まで展開した結果を式(6)に代入すれば,以下の式が得られる.

 

 

 

 

 

 ここで,Iiは電解のエネルギー分布に関する積分項で,本研究の実験で用いた光ファイバの場合はI1=0.714,I2=0.00327,I3=0.0423であった.これを用いれば,任意応力に対する各積分項の大きさを見積もることが出来る.

 本研究では,光ファイバ軸方向引張り荷重,純粋曲げ,ねじり,横方向荷重について,光ファイバ単体に作用させた場合と光ファイバが埋め込まれている場合に生じる複屈折・モード結合を導出し,比較した.これより,光ファイバ軸方向引張り荷重が作用する場合は光ファイバ単体,埋め込まれた光ファイバの両方とも複屈折・モード結合に変化がないこと,純粋曲げに関してはは光ファイバ単体,埋込光ファイバの両方とも複屈折・モード結合が同程度であること,ねじりについては光ファイバ単体,埋込光ファイバの両方とも複屈折・モード結合を同じ式で表せることが明らかになった.ただし,埋め込まれた光ファイバに対しては,光ファイバがないものとして応力分布を計算したため,ねじりについては実際には光ファイバ単体と埋め込まれた光ファイバの複屈折・モード結合は同一ではないと考えられる.また,横方向荷重については,埋め込まれた場合には材料表面に対する偏波主軸の埋め込み角度と材料表面に対する主応力軸の傾き角度が必ずしも一致しないことが分かった.以上の問題を解析した結果として,ねじりの場合はG5の項の,その他の場合はG1およびG2の項の影響が大きいことが分かった.また,正規化周波数が2.1以上ならば,≠0である応力分布に対しては,ほとんどの場合

 

 と近似できることが分かった.これにより,ほとんどの応力分布では光ファイバ中心におけるxy断面内応力のz軸方向応力分布が分かっていれば,モード結合方程式を数値積分することによりモード結合の振る舞いを求めることが出来る.

 さらに,埋め込まれた光ファイバについて,クラックによって光ファイバに作用する集中応力のモード結合への影響を解析した.その結果,クラックのモードI開口応力とモードII開口応力によってクラック幅に対する感度が異なること,光ファイバの基底モードのビート長と同程度の大きさのクラックに対して感度が大きく,ビート長の5%以下の大きさのクラックに対しては感度が小さいことが明らかになった.

 理論解析より,複屈折光ファイバに最も影響を与える応力成分が断面内応力成分であることが明らかになった.そこで,まず複屈折光ファイバにせん断圧縮荷重を負荷した場合のモード結合について実験を行った.本研究では,まず被膜のモード結合へ与える影響を実験的に明らかにするために被膜の上から負荷する実験と,被膜を除いてクラッドに直接負荷を加える実験を行った.

 実験より,モード結合と荷重との関係に関して両対数グラフ上で線形となる区間が存在することが分かった.これは,理論予測と一致する.また,被膜を付けて荷重を負荷するとモード結合と荷重との関係が負荷履歴に依存することが明らかになった.これは,再現性のある測定が難しいことを示している.そのため,再現性のある測定のためには被膜を剥いて荷重を加えなくてはならないことが明らかになった.また,複屈折光ファイバの偏波主軸と負荷方向のずれ角度,すなわち負荷角度とモード結合の関係,負荷区間幅とモード結合の関係を実験的に明らかにした.それより,モード結合が負荷角度に依存し,45°付近で最大となり,負荷角度の変化に対して安定となること,負荷区間幅がビート長の約半分でモード結合が最大で負荷区間幅の変化に対して安定となり,負荷区間幅がビート長程度ならばモード結合は最小で負荷区間幅・負荷角度の変化に対して極度に不安定となることが明らかになった.これより,負荷区間幅・負荷角度を固定したセンサモジュールを作成することにより定量的な測定が可能であることが予測される.

 以上の結果から,安定した,再現性のある定量的測定をするために必要なセンサモジュール仕様が次のように得られた.a.光ファイバの被膜の無い部分を保護する.b.組み込み負荷ヘッドにより,単体でセンサとして機能する.c.光ファイバに垂直に荷重を作用させる.d.負荷角度を45°で固定する.e.負荷区間長さを1mmで固定する.以上の仕様が十分かどうかを実験的に確かめるために,やや大きめのセンサモジュール・モデルを設計・製作し,その性能試験を行った.その結果,実用的に十分な安定性,再現性のある出力を得ることが出来た.これより,上の設計仕様が実用的に十分であることが分かった.

 さらに実用的な,そして知的複合材料・構造に組み込むためにセンサモジュールモデルを小型化し,性能試験を行った.その結果,小型化センサモジュールに関しても十分実用的な出力が得られた.これらのセンサモジュールは複屈折光ファイバにセンサ区間を作るためにもはや分布的測定は出来ないが,OCDR法を用いて分布的測定を利用した直列多点型センサシステムとして構築することが出来る.

 クラックによる集中応力によって複屈折光ファイバのモード結合に反応があるならば,クラックによって光ファイバが破断しなくてもクラック検出が可能になる.そこで,本実験ではクラックによるモード結合を実験的に明らかにした.

 まず,軸方向引張り荷重によって埋め込まれた光ファイバに対するモード結合が生じないことを確かめるために,引張り試験を行った.試験片は,光ファイバが埋め込まれたエポキシ材とGFRP一方向材科を用意した.その結果,エポキシ材ではモード結合が生じないことが確認されたが,GFRP一方向材料では大きなモード結合が現れた.また,GFRP一方向材料に関しては,整形後にすでにモード結合が現れており,断面内方向の残留応力が生じていることが推測される.この結果から,複合材料への光ファイバの埋め込みでは,残留応力によって複屈折が生じることを考慮しなくては成らないことが分かった.特に,干渉計ファイバセンサによってひずみを取得する場合には注意を要する.

 次に,切り欠きを入れたエポキシ材について,引張り試験を行った.その結果,切り欠きによる応力集中の影響が確認された.実験で得られたモード結合の大きさは,理論予測値の大きさとほぼ一致したが,安定した関係は得られなかった.そのため光ファイバを埋め込んだ材料中のクラックを検出する場合,クラックの存在を検出することは可能であるが,クラックの大きさや光ファイバからの位置などの定量的な評価は困難であることが分かった.

審査要旨

 修士(工学)高坂達郎の提出論文は,「知的材料・構造のための光ファイバセンサを用いた荷重同定およびクラック検出に関する研究」と題し,和文で書かれ,6章より成っている.

 近年,航空宇宙や深海,原子力発電炉など,今まで以上に厳しい環境で使用される構造物が増加している.そのため,使用環境・用途に応じてその形状・材料特性を変更し,また損傷発生時にはアラームを出して危険度を知らせることにより,材料・構造の信頼性を高めるように,様々な機能を組み込んだ知的材料・構造という概念が提唱されてきた.

 知的材料・構造のためのセンサ用機能性材料の中でも,光ファイバは有望なセンサ用材料であると考えられている.光ファイバの中でも,複屈折光ファイバは偏波状態を維持することができ,高感度な干渉計型ファイバセンサの導波路として用いられ,また,モード領域分布型光ファイバセンサを構築することもできる.しかしながら,知的材料・構造に組み込まれた複屈折光ファイバに作用する3次元応力の複屈折・モード結合への影響に関する研究はほとんど見られない.さらに,複屈折光ファイバを用いたモード領域分布型ファイバセンサの知的材料・構造への応用に関する研究はほとんど行われていない.

 以上より,本研究は,複屈折光ファイバを用いたモード領域分布型光ファイバセンサシステムを知的材料・構造に応用するための基礎理論を構築することを目的としている.とくに,シングルモード光ファイバに任意の3次元応力が作用した場合に生じる複屈折およびモード結合を求めるための理論式を新しく導出し,その影響を理論的,実験的に明らかにしたこと,その結果を用いて定量的測定が可能で,知的材料・構造に組み込み可能な荷重センサモジュールを開発したこと,さらに,クラック・切欠きによって作用する集中応力によるモード結合を実験的に明らかにしたことに特徴がある.

 第1章は,「序論」であり,本研究の背景および従来の研究を概観し,本研究の目的および構成について述べている.

 第2章は,「光ファイバの基礎理論」であり,本研究で導出している理論の基礎となる,光ファイバを伝搬する電磁波の基礎理論について解説している.

 第3章は,「任意応力によるシングルモードファイバ中の複屈折およびモード結合」であり,単純な応力分布に対してモード結合を求めるのに適した従来のモード結合理論を拡張することにより,複雑な3次元応力分布に対して適用できるモード結合理論を新しく導出している.また,それを用いて様々な応力分布に対するモード結合の振る舞いについて理論的に検討し,複屈折光ファイバに対して数値解析例を与えている.とくに,材料に埋め込まれた光ファイバについては,単軸引張り,ねじり,曲げ,集中横方向荷重,内部クラック開口応力に対してモード結合の振る舞いを求めている.

 第4章は,「荷重センサの開発」であり,横方向圧縮によって生じるモード結合を利用した荷重センサの開発を行っている.モード結合と横方向圧縮荷重,負荷角度,負荷区間長さの関係,さらにモード結合の振る舞いと光ファイバの被覆との関係を理論的,実験的に明らかにしたうえで,それらの結果をもとに再現性のある安定した定量的測定のための荷重センサの設計コンセプトを提案している.また,この設計コンセプトの有効性を,センサモジュール・モデルを製作することにより実験的に明らかにしている.さらに,知的材料・構造に組み込むために小型タイプのセンサモジュールを製作し,その性能確認試験を行っている.

 第5章は,「クラック検出の試み」であり,複屈折光ファイバのモード結合によるクラック検出を試みている.光ファイバを材料に埋め込み,その軸方向に引張り荷重がかかる場合,光ファイバが埋め込まれた材料が等方性である場合には残留応力の影響は現れないが,材料が等方性でない場合は埋め込み手法によっては残留応力の影響が大きく現れることを示している.また,切欠きを入れた光ファイバ埋め込み材料を用いて,集中応力によるモード結合への影響が理論予測と同程度のレベルであることを明らかにしている.しかし,クラックの存在の検出は可能であるが,定量的な評価は困難であることを示している.

 第6章は,「結論」であり,本研究によって得られた新たな知見をまとめている.

 以上要するに,本論文はモード領域光ファイバセンサシステムを知的材料・構造に応用するために必要な基礎理論を確立し,さらに荷重センサやクラックセンサを開発することでモード領域光ファイバセンサの知的材料・構造への実用性を基礎レベルで実現したもので,航空宇宙工学上寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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