ソニックブームとは、超音速で飛行する機体の各部から発生する衝撃波が大気中を伝播する過程で整理統合され、地上において急激な圧力変動として観測される現象であり、コンコルドに代わる次世代の超音速輸送機(Supersonic Transport:SST)開発における環境適合性に関する課題とされている。ソニックブームに関する研究は1960年代のコンコルド開発の時代から行われており、その推算法としてはWhithamのF関数法がよく知られている。F関数法は、幾何音響理論に衝撃波特有の非線形性を取り入れた修正線形理論であり、衝撃波の整理統合過程や圧力波形の非線形的な歪みの効果を考慮することができる。しかし、ここでいう衝撃波の非線形性とは衝撃波が長い距離を伝播してゆく機体遠方場における非線形性であり、機体近傍での強い衝撃波が持つ非線形性を考慮しているわけではない。それゆえ、特にマッハ数が高い時や機体が強い揚力を発生している時などは、機体近傍における衝撃波が有する強い非線形性により正しい波形が推算できなくなる。また、F関数法は軸対称物体について構築された方法であるために、実際の3次元機体形状は等価断面の理論に基づいてそれと等価な軸対称物体に変換されてしまい、機体の3次元性を考慮することができないという欠点も持つ。一方、近年の計算機の高速化とアルゴリズムの進歩によってめざましい発展を遂げた数値流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)が、流体力学の様々な問題に対して力を発揮しつつある。そこで、流れの支配方程式を直接計算機で解くCFD解析を用いて、機体近傍場における流れの詳細を明らかにする試みがなされるようになり、ソニックブームの強度解析にも応用されはじめた。 本論文では、従来の修正線形理論とCFD解析とを組み合わせ、機体近傍場の非線形性や機体の3次元性をも考慮したソニックブーム波形推算法を確立する。まず、CFD解析を用いて機体近傍での圧力波形を推算するが、機体から発生する衝撃波による非線形性や3次元機体形状がもつ3次元性を考慮できる様、基礎方程式として3次元非定常圧縮性Euler方程式を採用する。計算方法としては差分法を用い、非定常問題の時間発展的な漸近解として定常解を求める。具体的な数値解法としては、対流項の差分にRoeの近似リーマン解法に基づいた高精度TVD(Total Variation Diminishing)スキームを用い空間の解像度を高め,時間方向の積分には陰的な解法を用いて収束性を高める。次に、求められた近傍場圧力波形をF関数法と同じ修正線形理論である波形パラメータ法の入力波形として用い、その波形を非線形的な波形の歪みや実在大気の効果などを考慮したうえで遠方場まで外挿することで地上での圧力波形を推算する。 ソニックブーム低減化に関する従来の研究もF関数法を用いて行われている。F関数法によれば、どんな形状の機体でも十分に離れた遠方場においてはN波と呼ばれる前後端のみに圧力上昇を持つN型の圧力波形になってしまう。しかし、SSTのように大きくて細長い機体においては、圧力波形がN波に統合する前に地上に到達する可能性があることや、実在大気にはその密度勾配により圧力波形をN波への統合過程の途中である漸近波形として下方に伝播させる性質、いわゆるFreezing effectがあることが指摘されたことから、機体形状を工夫して近傍場において好ましい圧力波形を得ようとする近傍場設計の概念が生まれた。ここで好ましい近傍場圧力波形とは、地上に到達した時に図1に示すような低ソニックブーム圧力波形となっているような波形のことであり、これらの低ソニックブーム圧力波形は普通のN型波形と比べて波形先端圧力上昇量が小さく騒音量が低いのが特徴である。低ソニックブーム圧力波形を実現するような機体形状の設計法として従来用いられているのはF関数法を利用する方法であるが、この設計法で求まるのは、低ソニックブーム圧力波形に対応するF関数から求められる等価断面積分布のみであり、そこから3次元機体形状を設計する際に生じる3次元効果などは考慮できない。 図1.低ソニックブーム圧力波形 本論文では、そのようなF関数法を基礎とする低ブーム機体設計法の問題点を検討し、それらを考慮した新しい低ブーム機体設計法を提案する。具体的には、地上において目標とする低ブーム波形となるような近傍場圧力波形を与えてその波形から機体形状を求める逆問題を、近傍場圧力波形の推算に用いたCFD解析と最小二乗法を利用した最適化手法とを組み合わせて解くことによって低ブーム機体形状の設計を行う。この設計法では3次元Euler CFD解析コードを用いているため、機体の3次元性の効果や流れ場の非線形性を考慮した低ブーム設計が可能である。本論文では、この設計手法を用いて、線形理論により低ブーム設計された機体形状のソニックブーム強度をさらに低減することで、本設計手法が低ブーム設計に有効であることを示す。 本論文第一章では、これまでのソニックブーム推算手法およびソニックブーム低減化に関する研究を概観し、本論文の目的と意義が述べられる。第二章では本論文で用いたソニックブーム推算手法の説明として、3次元Euler方程式を流れの基礎方程式とするCFD解析を用いた近傍場圧力波形推算法と、その近傍場圧力波形を波形パラメータ法によって地上まで外挿してソニックブーム圧力波形を推算する地上圧力波形推算法について説明する。また、ソニックブーム強度評価法として周波数解析を用いたASEL(A-weighted Sound Exposure Level)について解説する。N型波形の強度評価に用いられる波形先端圧力上昇量に比べ、ASELによるソニックブーム強度評価は波形全体で評価する点で低ソニックブーム圧力波形の評価に適している。第三章では第二章で述べた推算手法を用いて簡単な3次元機体形状のソニックブーム波形を推算し、近傍場において実験データと比較することによりCFD解析の検証を行う。そこでCFD解析によって得られた機体近傍場圧力波形は、超音速風洞で筆者らが行った圧力測定実験の結果と良く一致することが示される。また、F関数法と同じ修正線形理論である波形パラメータ法を、CFD解析と組み合わせて用いる際の留意点についても検討する。 第四章では、線形理論によって低ブーム圧力波形を実現するように設計された機体形状に対し本推算手法を適用してその低ブーム効果を調べ、その結果から線形理論による低ブーム設計法の問題点について検討している。図2には、線形理論によって図1におけるFlat-top型の低ソニックブーム圧力波形を実現するように設計された低ブーム機体形状の推算地上波形を、比較の対象として計算した低抗力機体形状の推算波形とともに示す。推算結果より、線形理論を用いて低ブーム設計された機体形状は低抗力機体形状よりもソニックブーム強度が低減されていることが示されるが、その地上波形を図1のFlat-top型低ソニックブーム圧力波形と比較すると完全には目標圧力波形が実現できていないことが分かる。その理由としては、線形理論では考慮できない機体の3次元性や流れ場の非線形性が挙げられ、それらの効果を含めた低ブーム設計法の必要性が述べられる。 図2.線形理論による低ブーム設計効果 第五章では第四章で挙げられた線形設計の問題点をふまえ、CFD解析と最適化手法とを組み合わせた新しい低ブーム設計法を提案する。この設計法は翼型設計における逆問題解法として用いられている数値最適化法の応用であり、流れ場解析コードとして3次元Euler CFD解析コード、最適値問題解法コードとして最小二乗法を利用した最適化コードを採用したものである。また、従来の設計法においては逆問題を解くために機体表面での圧力分布を与えていたが、本設計法では新たに機体から離れた近傍場圧力波形を与えて解くように拡張される。第六章では第五章で解説した設計法を、2次元翼型などに適用してその有効性を示すとともに、その手法を低ブーム設計に適用するための準備を行う。第七章では第三章で扱った低ブーム機体形状に対して、この最適化を用いた設計手法を適用し、そのブーム強度をさらに低減させることで本手法の有効性を示す。図3には本低ブーム設計法による設計結果として、線形理論による低ブーム設計機体を初期形状として最適化を行った結果の機体形状と地上圧力波形を示すが、最適化により地上波形が目標低ソニックブーム圧力波形に近付いており、従来の低ブーム設計法では実現できなかった低ソニックブーム圧力波形が実現されていることが示されている。 図3.最適化を利用した低ブーム設計結果 第八章は結論であり、本論文で確立したソニックブーム推算手法と最適化を用いた低ブーム設計法の有効性が改めて強調される。また、今後の課題として抵抗軽減をも含めたより自由度の高い設計法の必要性が述べられている。 |