学位論文要旨



No 113374
著者(漢字) 郭,東潤
著者(英字)
著者(カナ) カク,トンユン
標題(和) ロール運動をするデルタ翼の非定常空力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 113374
報告番号 甲13374
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4092号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 デルタ翼を主翼に持つ航空機はその空力特性上,離着陸などの低速飛行時には大きな迎角をとる必要があり,このような大迎角の状態でしばしばwing rockと呼ばれる運動を起こすことが知られている。このwing rockは一定の振幅と周波数を持つ自励的なロール振動であり,飛行継続を困難に招く。

 このようなwing rockに関して,実用上の要求からも多くの研究者だちが興味を持ち,古くから研究が行われてきたが,未だwing rockの発生メカニズムなどについては不明な部分が残されている。

 この研究ではロールするデルタ翼の非定常空力特性を調べるため,強制ロール振動法による研究を行った。この方法では従来の自由ロール振動法では測定できなかった広いパラメータ(振動振幅,加振周波数)の範囲で実験が可能であり,特に,この研究ではなるたけ高いロール加振周波数領域まで測定を行うことを試みた。

 翼半頂角14度,7度の二つのデルタ翼模型を使用し,これに正弦波状の強制ロール振動を与え,振動中の模型に働く法線力,および,それにもとづくローリングモーメントを天秤を使って測定した。又,煙を使った流れの可視化を併用することにより前縁剥離渦の崩壊(vortex breakdown)や配置変化(渦の分離,結合)といった前縁剥離渦の状態変化を力測定結果と定量的に比較し,両者を関連づけて説明することを試みた。

 翼半頂角14度模型では遅い無次元振動数の範囲でも大迎角では大きなローリングモーメント曲線のヒステリシスが生じる。これは前縁剥離渦のbreakdown発生位置と翼のロール運動間に生じる時間遅れによるものであり,エネルギー収支を考えると模型のロール振動を抑える働きをする。これらのvortex breakdown発生位置の時間遅れにより生じるローリングモーメント曲線のヒステリシスは無次元振動数が増加すると,その大きさは減少する。これは無次元振動数が増加するとvortex breakdown発生位置が翼後方に後退することにより,breakdownによる影響が減少するためである。

 翼半頂角7度模型の迎角40度以上では前縁剥離渦の分離や結合が生じており,激しく渦配置が変化していた。ローリングモーメントは複雑に変化しており,負の復元モーメントが働く範囲も存在した。このような複雑なローリングモーメントの変化は前縁剥離渦配置変化に依存する。渦配置変化により翼面近くに位置している渦の影響が大きい。一方,この迎角では前縁剥離渦が翼面との摩擦により運動エネルギーを失うため,翼面近くに位置している渦がbreakdownを起こす傾向がある。つまり,vortex breakdownの発生位置も前縁剥離渦配置に依存する。この場合,vortex breakdownと前縁剥離渦配置はローリングモーメントに互いに逆の働きをするが,渦配置による影響が上回るため,渦配置に強く依存するローリングモーメントを示す。

 翼半頂角7度模型で迎角が40度では観察する翼コード位置を移動させるとその翼断面での前縁剥離渦配置も異なる。ある迎角で,観察する翼コード位置を一定に保ち,ロール角を変化した場合の渦配置変化は,ロール角を固定し,観察する翼コード位置を翼後方に移動させた場合の渦配置変化と同様な傾向を示す。これらの渦配置変化はogive-cylinderで見られる左右交互の周期的な渦の分離と,従来の翼の後方で見られるtrailing vortexの一種と見なせる渦の結合によって支配されると考えられる。

 翼半頂角14度,7度模型の低迎角でのローリングモーメント曲線のヒステリシスは前縁剥離渦の輸送と翼のロール運動間に生じる時間遅れと,翼のロール運動により翼前縁で局所的な迎角が変化することにより生じるロールダンピング効果によって影響される。前縁剥離渦に関する時間遅れは翼のロール振動を助長させる働きをする。又,ロールダンピング効果はロール振動を抑える働きをする。さらに,vortex breakdown発生位置の時間遅れを含め,これらの3要因の相対的強さによりデルタ翼のローリングモーメントのヒステリシスが決定される。

 力測定結果を用いることによりロール自由振動シミュレーションを試みた。初期ロール角の違いによりロール自由振動特性が大きく異なる。又,翼半頂角7度模型の迎角が40度以上ではモデル化により振動振幅や振動中心ロール角が異なる3種のwing rockが発生する可能性について提議した。

審査要旨

 修士(工学) 郭東潤 提出の論文は、「ロール運動をするデルタ翼の非定常空力特性に関する研究」と題し、本文5章及び付録2章より成っている。

 超音速で飛行する航空機の主翼形状としてしばしば採用されてきたデルタ翼は、超音速における空気力学上あるいは構造強度上から有利な形状であると認められているが、離着陸のような低速飛行時には大きな迎え角をとる必要があり、このような状態でしばしばwing rockと呼ばれる自励的なロール振動を起こし、これが飛行を困難にすると云われている。これまでの多くの研究によって、このwing rockはデルタ翼の前縁から巻きあがる一対の剥離渦の挙動によって支配されることが知られているが、著者は小型のデルタ翼模型を風洞の中で強制的にロール振動させながら、これに働く空気力とローリングモーメントを天秤により測定し、この結果を流れの可視化によって得た剥離渦の挙動と読み合わせることによって、これまで充分には説明されていなかったwing rock現象の詳細を明らかにすることを試みている。

 第1章は序論で、これまでのデルタ翼非定常空気力に関する研究を歴史的に概観し、大迎え角においてしばしば観察されるwing rock現象のあらましを述べ、その流体力学的発生機構に関する研究の必要性を指摘している。

 第2章では、風洞によるロール強制振動実験の装置・模型などと具体的な試験内容について説明している。模型はこれまでに行われた研究の成果を参考に、特に現象が顕著に異なると思われる半頂角が14度と7度の二種類のデルタ翼を採用し、迎え角とロール加振振動数の組み合わせについて広い範囲にわたって測定を行っている。

 第3章は実験結果に関する詳細な説明で、天秤による力測定と煙による渦の可視化試験結果とをそれぞれ半頂角14度及び7度模型について説明し、色々な観点から整理したデータを繰り返し示すことにより、天秤測定結果と可視化による前縁剥離渦の状態とを関連づけている。

 第4章は考察で、ロール運動によって翼面に垂直方向に誘起される流速成分により生じる空気力は、ロール運動を減衰させる効果を示すのに対して、前縁より発生した渦が主流に乗って下流に運ばれる間に翼面がロール運動により移動し、このため渦は翼面運動に比べて位相遅れを持って周期運動をすることになり、この位相遅れの大きさに従って翼のロール運動を助長する不安定モーメントを形造る。この両者は、迎え角・ロール角・ロール回転速度の組み合わせに応じて相対的な強さを変え、結果として天秤測定によって得られた特性を決めていることが説明されている。また翼面上の前縁剥離渦にvortex breakdownを生じると、これが渦による揚力を減少させてその変動に含まれる時間遅れと共にローリングモーメントにも影響を与える。更に翼半頂角7度模型において顕著に見られる渦の分離・翼面よりの周期的な浮き上がりを伴うと、これがvortex breakdownにも影響を与え、これらを考慮すると天秤測定によって得られた大迎え角における複雑な揚力・ローリングモーメント特性の殆ど全てが説明出来るとしている。

 考察の最後に、天秤測定によって得た空気力特性を使用して、模型をロール軸周りに自由に回転できるようにした場合の運動を計算によって推定するシミュレーションを行い、これによって過去の研究で多用されたロール自由回転法による実験結果を再現し、過去の自由回転法の研究結果と強制加振法との関連を明らかにしている。更にこの計算を通して、自由回転運動はその初期ロール角に強く依存している可能性を指摘している。

 第5章は結論で、以上の考察をまとめて成果としている。

 付録Aには、設計製作した天秤の構造と、これによる測定データの処理に関して詳細な記録が示されている。

 以上を要するに、著者の論文はデルタ翼の非定常空気力学的特性に関する基礎的な物理現象を取り扱い、新たな知見を付け加えたもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク