学位論文要旨



No 113375
著者(漢字) 雷,忠
著者(英字)
著者(カナ) レイ,ゾン
標題(和) 層流剥離泡にみられる非平衡乱流場の数値的研究
標題(洋) Numerical Simulation of Non-Equilibrium Turbulent Flows of Laminar Separation Bubbles
報告番号 113375
報告番号 甲13375
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4093号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 翼型上に存在する層流剥離泡の挙動は翼の失速特性を決定づける要因と言われる。境界層が翼型表面から層流剥離して生じた剪断層内ではKelvin-Helmholtz不安定による周期的変動、さらには乱流遷移が生じ、これによってその後急激に圧力回復した乱流が翼型表面に再付着して層流剥離泡を形成する。再付着点の下流において、流れは充分に発達した乱流境界層へ漸近する。これらの剥離泡内部にみられる乱流を含む複雑な流れのメカニズムの理解は、これまでになされた多くの研究にも関わらず未だ未解決の問題として残されている。

 本研究では、レイノルズ平均Navier-Stokes方程式に渦粘性モデルを適用して数値的に解くことにより層流剥離泡を再現することを試みた。特に渦粘性モデルの能力や適用範囲を検討し、実験によって知られた翼型上に生ずる層流剥離泡の流れ場と比較して考察を行った。

 Boussinesqの等方渦粘性に基づく代数モデル、1方程式モデル、さらには2方程式モデルは比較的単純な流れ場においては多大の成果を上げている。しかし、工学分野で取り扱われる複雑な流れ場では、これらは一般に精度の高い解を与えることはできない。特に、局所エネルギー平衡が成り立たない場合に、渦粘性モデルを適用することには問題がある。Chapter3の理論分析により、非平衡の流れ場では代数モデル、1方程式モデル、あるいは2方程式モデルがいずれも適当でないことが示される。そのひとつの原因は、渦粘性の無次元係数が簡単な代数関数で近似することができないためである。ここでは、その無次元係数が満たす輸送方程式を導出した。非平衡の流れ場に対する渦粘性は

 

 ただし

 

 と書くことができる。この無次元係数2の輸送方程式が得られた。これと同様に、1方程式モデルあるいは2方程式モデルの無次元係数の輸送方程式が得られる。例えば、2方程式k-モデルに対して

 

 と置くと

 

 の形になる。これより2方程式k-モデルの無次元係数の輸送方程式は次のようになる

 

 式(4)と(5)を見ると、渦粘性の無次元係数は簡単な代数関数では近似出来ないことが分かる。

 Chapter4では代数モデルを用いて、層流剥離泡の数値計算を行う。これまでの多くの研究では遷移関数を経験的な間欠係数と仮定しているが、ここではChapter3の理論分析によって得られた非平衡の遷移モデルを提案した。非平衡の渦粘性は式(5)より

 

 と置き遷移関数はこの無次元係数とする。非平衡因子は次の式

 

 から得られる。計算の結果は図1、及び図2に示される。

Fig.1Comparison of transition functions.―――non-equilibriurm model;…………intermittency factorFig.2.Comparison of results of turbulence models of Airfoil B1.―――Cebeci-Smith model;…………Baldwin-Lomax model;------Non-equilibrium model.

 遷移過程に見られるovershoot現象がこの非平衡の計算で再現されでる(図1)。また図2.bでは最大レイノルズ応力の発達過程の傾向が実験結果によく対応した。しかし、全体的に、非平衡の特性をもつ層流剥離泡には代数モデルが満足な結果を与えない。

 Chapter5ではさらに精度の高い低レイノルズ数型k-モデルを用いて層流剥離泡を解析し、実験結果と比較検討した。ここで使用した代表な乱流モデルは低レイノルズ数型のJones-LaunderモデルとLaunder-Sharmaモデルである。結果としては、低レイノルズ数型モデルが非平衡乱流遷移過程を基本的に再現できるが、計算の結果は一様流の乱流強度に対して敏感であることが分かった。計算結果と実験値の比較を図3に示す。

Fig.3 Results of 2-equation models:solid line,Jones-Launder model dash line,Launder-Sharma model.

 本論文の結論として、1)等方的な渦粘性に基づく代数モデル、1方程式モデルおよび2方程式モデルは、いずれも非平衡の乱流に対して流れ場の特性を適切に再現出来ないことが認識された。そのモデルのもつ欠点を補う指針が提案された。2)層流剥離泡を数値的に解析する場合、代数モデルあるいは低レイノルズ数型k-モデルによる結果としては、定性的に実験結果と対応するが、レイノルズ応力の成長は実験値に及ばず、過小評価に止った。

審査要旨

 工学修士 雷忠 提出の論文は、"Numerical Simulation of Non-Equilibrium Turbulent Flows of Laminar Separation Bubbles"(層流剥離泡にみられる非平衡乱流場の数値的研究)と題し、本文6章及び付録2章より成り、英文で書かれている。

 航空機の主翼上に生じる層流剥離泡は、翼の失速の特性を決める要因の一つとして古くより航空機設計者の間で注目され、空気力学の研究課題として取り上げられてきた。しかし、層流剥離泡は非常に小さく測定が困難であることや、この内部に見られる流体力学的な機構が複雑であることなどによって、未だ十分には解明されていない。良好な特性を持つ翼型を設計するには、このあまり細部機構が知られていない剥離泡を考慮に入れなければならないが、その為には層流剥離泡の数値解析モデルを開発することが有効である。著者は、この非平衡性の強い乱流場を含んだ層流剥離泡を、レイノルズ平均Navier Stokes方程式に渦粘性モデルを適用して数値的に解くことにより再現することを試みた。この為、従来良く知られた平衡乱流の渦粘性モデルをもとに、これらを非平衡乱流場に当てはめるために必要な検討を行って、結果を実験データと比較している。

 第1章は序論で、これまでの層流剥離泡に関わる研究と、その数値解析を概観し、翼型設計において利用できる層流剥離泡解析モデルの必要性を指摘している。

 第2章は、以下の解析に使用するNavier Stokes方程式の数値解析法に関する説明で、差分スキーム・格子形成等について詳細に述べている。

 第3章は非平衡流の渦粘性モデルに対する理論的な考察で、Boussinesqの等方渦粘性に基づく代数モデル、1方程式モデル、2方程式モデルのそれぞれについて、局所エネルギー平衡が成立しない非平衡乱流場にこれらを適用する妥当性を検討し、流れ場の長さスケール及び速度スケールに対する従来の検討に加えて、非平衡乱流場においてはこれらを渦粘性に結びつける無次元係数を定数として取り扱うことが不適当であることを指摘して、この無次元係数が満たす輸送方程式を導出している。

 第4章は代数モデルを用いた層流剥離泡の数値シミュレーションで、古典的なCebeci-Smithモデル、Baldwin-Lomaxモデルに加えて、剥離泡内部での乱流遷移過程とその後の非平衡な乱流発達のモデル化を目的に、Bradshaw-Ferriss-Atwellに依る乱流境界層の計算法に倣って乱れエネルギーに対する常微分方程式を導入し、この助けによって経験的な間欠係数に代わる遷移関数を算出・適用する手法を提案している。これら三種類のモデルによって実験データに対応する剥離泡を算出して比較し、これより層流剥離泡内部乱れに見られる非平衡性と、これを考慮した非平衡遷移モデルの優位を指摘している。

 第5章は低レイノルズ数型2方程式k-モデルを使用した計算で、Jones-Launderモデル及びLaunder-Sharmaモデルの2種類を用いて層流剥離泡をそれぞれ算出し、実験データと比較している。いずれも定性的には実験結果と良く対応する結果が得られるが、乱流遷移点の予測結果が仮定する風洞一様流乱れに強く影響されることや、比較的に定量的一致も良好なJones-Launderモデルにおいてもレイノルズ応力の成長が実験に及ばず、過小評価に止まるなどの未解決な問題点が指摘されている。更に、これら2方程式モデルを用いると翼型によっては合理的な計算結果が得られないなどの重大な欠陥が見られ、その原因と解決に必要な研究の方向が検討されている。

 第6章は結論で、以上の考察を総括して成果としている。

 付録Aでは、使用したNavier Stokes方程式の数値積分法について詳細を述べ、同じく付録Bでは二方程式乱流モデルを含んだ基礎方程式を数値計算する手法について具体的な詳細を示している。

 以上を要するに、著者の論文は翼型上の層流剥離泡を数値的に解析する場合に必要となる非平衡な乱流場の渦粘性乱流解析モデルを物理的に考察し、新たな知見を付け加えたもので、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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