本論文は「3D CG人物ヘアスタイルの生成に関する研究」と題し、コンピュータグラフィックス(CG)による人物像の印象を決める重要な要素であるにもかかわらず、複雑性の故に不十分な状態にあった髪の生成法に関して、新しいモデリング手法を提案し、編集機能等を含むCGソフトウェアシステムの開発を行った研究成果をまとめたものである。 第1章の序文に続き、第2章「CGヘアスタイルの生成」では、まずCGにおけるこれまでの髪の生成手法について概観している。髪は本数が極めて膨大、髪の毛の直径は画素サイズに比べて微細、髪の空間的配置すなわちヘアスタイルが多彩であることが現実感の高い髪の生成を困難にしてきた。これまでに基本的に髪の毛を一本一本の描写する陽的(explicit)モデル、全体を内部にテクスチャを持つ容量のある立体として扱うボリューム密度モデル、粒子(パーティクル)モデル等の手法が存在するが、表現力や計算時間の点で十分でなかったことを述べている。 本論文では、高い現実感、低計算コスト、多種のヘアスタイルへの対処、動きの表現性、エディタを介してのデータ生成の容易性を考慮し、三角柱状房モデル(Trigonal Prism Wisp Model)と名付けた新しい髪のモデリング手法を創案している。これは何百本の髪の毛をwispという単位でグループ化して扱う手法であり、本来何万本という数量の髪の毛を何百房という数量のwispで扱うことを可能にする。 ここでは、一房のwispを3本の3次元B-spline曲線で囲まれる三角柱状の領域とし、一房のwispは最大256本の髪の毛を含むようにしている。wispの形状はB-spline曲線の少数の制御点で制御できる。各wispは、毛の本数、毛の長さのばらつき、毛の分布形態、毛の色のばらつき等の質感に関連する情報を含む。3D情報を持つ最小のオブジェクトはwispであり、一本一本の髪の毛は基本的に3D情報を持たない。全ての3D演算はwispを最小の演算対象として行われ、wisp以下の対象は3D演算の対象としないことによって、効率的な計算処理が可能になる。 しかし、このTrigonal Prism Wispは三角柱構造であるため、その連続体で表わすと不自然さが目に付いてしまう問題が生じる。この問題に対処するため、2次元ヘア分布マップ(2D Hair Distribution Map)の手法を導入している。これは三角形断面での髪の毛の分布領域を表わすものであり、あらかじめ3種を用意している。一つは三角形の頂点を通過する外接円内に均一に分布するものであり、これを用いると三角柱外にも髪の毛が分布することになり、wisp間の不連続性が目立たなくなる。二つの断面の髪の毛を繋ぐ方法は通常は直線状であるが、これをsin曲線状に繋ぐことにより縮れ毛の表現が可能であることも示している。 第3章「髪のレンダリング」では、提案した房モデルによる髪データの効率的な描画(レンダリング)法について記している。照明による髪の反射光の色強度は各wispについて3本の制御線に沿って計算し、wisp内部に位置する毛の色強度はその補間によって計算する。この場合、拡散反射と共に素材感を出すために髪の異方性反射特性を持つ鏡面状反射も考慮する。 また、髪の毛の直径は投影スクリーンの画素サイズと比べて細いことから、1画素上に複数本の毛の投影が通過する場合が大部分である。この性質を忠実に表現するには、投影された各色の占有面積に応じて画素の色を算出する画素混合(pixcel blending)法が必要になる。しかし、これは計算時間がかかることから、画素を通過する毛の属するwispの平均色と毛の通過本数を使用して効率的計算を実現している。8本以上の毛が通過すると背景は不可視となるが、8本以下では背景色も混合計算に加えられ、髪の毛の薄い部分のリアリティが表現される。 陰影効果の効率的生成も実現されている。陰影の表現には通常、まず光源から可視となる点を求め、次いで光の当たる部分と影の部分を区別した視点からの画像を生成するShadow Z-buffer法が使用される。この髪への適用は計算コストが非常に高くなることから、髪の性質を考慮した効率的なShadow Mask法と名付けたレンダリング手法を考案している。これはまず光源から可視となる点を求めるのは同じであるが、3D空間にこれらの点を中心とする小半径の球の集合を想定し、視点からの画像生成時にはいずれかの小球内の点であれば照明を受ける点と判断し、そうでなければ影の点として光強度を低下させる。 第4章「動きのエミュレーション」では、創案した髪のモデリング手法が、内力(頭の動き)や外力(風など)による髪の動きの生成にも有効であることを示している。髪全体の動きを円錐の斜面上に置かれた振り子の運動としてエミュレートしている。 第5章「ヘアスタイル エディタ」では、Trigonal Prism Wisp Model は数万本の髪の毛の量を数百房のwispという単位で扱うことを可能にしたものであるが、そのデータの作成にはなおかなりの時間がかかるので、これを支援するために開発したグラフィカル・ユーザインタフェースをもつヘアスタイルエディタHET(Hairstyle Edit Tool)について記している。これは頭皮を領域に分割して、各々の領域に対してwispを貼り付けられるようになっている。更に、ヘアスタイルデザインの手間を削減するため、例えば前髪や後髪といったように近接頭皮領域のwisp間の類似性が高い場合には、グループ化を行い、一部のwispを指定するだけで他のグループ内のwispを自動的に生成する機能を付加している。髪の毛の色とその分布比率等も容易に指定できるようになっている。 第6章「システムの統合」では、別途開発されている顔の3Dモデラと結合し、テクスチャマッピングによる自然感の高い顔と本論文の手法による髪を有するCG人物像が実現できることを実証している。音声認識/合成装置、動作のスクリプトを記述してアニメーションを生成するシナリオメーカ機能の構想についても言及している。 第7章では本論文の研究成果をまとめている。 以上を要するに、コンピュータグラフィックス(CG)による人物像の印象を決める重要な要素であるが、複雑性の故に不十分な状態にあった髪の生成法に関し、高い現実感、低計算コスト、多種のヘアスタイルへの対処機能等を特徴とする三角柱状房モデル(Trigonal Prism Wisp Model)による新しい髪のモデリング手法を提案し、その効率的なレンダリング手法を開発し、グラフィカル・ユーザインタフェースをもつヘアスタイルエディタ及び顔の3Dモデラ等との結合を含もCG人物のヘアスタイル生成システムを実現して有効性を実証したものであり、電子情報工学上貢献するところが少なくない。 よって著者は、東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。 |