学位論文要旨



No 113376
著者(漢字) 陳,履恒
著者(英字)
著者(カナ) チェン,リュウヘン
標題(和) 3D CG人物ヘアスタイルの生成に関する研究
標題(洋)
報告番号 113376
報告番号 甲13376
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4094号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨 1.ヘアスタイル生成手法のポイント:

 我々は、より自然な3D CG人物像生成の一つのボトルネックである、"CGヘアスタイルの生成法について研究を行い、本論文で3D CGヘアスタイル生成システムについて述べでいる。

 髪(または眉、鬚など)は人間の性格、身分、状態と感情などの情報を表す重要な要素の一つであり、CG人物においては非常に重要且つ必要な部分である。しかし、髪のイメージの生成は、極めて膨大な数である髪の本数のため、莫大な計算量が必要になり、また、髪の空間的配置(つまりヘアスタイル)の種類やバリエーションは大変複雑であることから、種々のヘアスタイルを自然感が高く表現することはとても難しい。

 髪のような複雑な対象物を表現でき、且つ、ヒューマン・インタフェースとしての3D人物に適用できるようにするためには、我々は好ましい髪の表現手法は以下の点を満たさなければならないと考えた:

 1. 低いコスト:短時間で、髪のCGを生成できる。

 2. 高い表現力:一つの髪のモデルで、様々なヘアスタイルを表現出来る。

 3. 髪のリアリティに忠実:表現に髪の色々な性質を考慮できる。

 4. 実用化の可能性: ヘアスタイルの3Dデータを簡単に作成できる。

2.Trigonal Prism Wisp Model&Hair Distribution 2D Map:

 上記の4つの要求を満たすため、我々は新しい3D CGキャラクターヘアスタイルの生成システムを開発した。

 まず、手法の原点である髪のモデリング方法、"Trigonal Prism Wisp Model"について説明する。Tigonal Prism Wispは、図1のように、髪のひと房(Wisp)を三角柱(Trigonal Prism)の連続で表現するモデルである。一束のTrigonal Prism Wispをインプリメントするため、実際には三本の3DスペースB-spline曲線が用いる。この三本の制御ラインによって、Wispの位置や、方向などの情報を求めることができる。

 次に、Hair Distribution Mapという2Dの配列を用いて、一束のWispに所属する髪の毛の空間中の配置と分布を決める(図2)。

 CGの髪の生成手法において、"Wisp Model"は他でも用いられるモデルである。我々の場合、Wispは一房の髪であり、ヘアスタイルを構成する一番基本的なユニットでもある。WispはTrigonal Prismという三角柱の立体構造を繋いで作られ、Trigonal PrismはWispが占有する空間領域を定義し、制御する。しかし、Trigonal Prism、つまり上記の三本の制御ラインはWispの"断面の形"にはなんの影響も与えない。Wispの"断面の形"、すなわち、Wisp内の髪の毛の分布は、Wispのパラメータの一つである、Hair Distribution Mapによって決められる。

3.照明、影、特殊オブジェクトなどの処理

 2D投影平面上において二枚のマップ上の点を繋ぐ時、まず三本の制御ラインの3D情報に対して照明モデルを適用し、制御ラインの正確な色を決める。Map上の他の点は補間によって、近似的な計算値を使用する。

 また、髪の色と光沢を正確的に表現するため、従来のShadow Z-buffering手法を改良したShadow Maskという手法を開発した。このShadow Maskの手順について以下に説明する:

 まずは従来の方法と同様に、Shadow Z-bufferと、視点の座標空間における投影平面を生成する。視点の座標空間におけるZ-bufferによって、可視点と不可視点を分ける。このとき、従来の方法では、影の判断ルーチンに入って座標変換などの処理を行うが、これらの処理コストを削減するため、影の判断ルーチンを後回しにして、その代わりに可視点の3D座標をxyzの2D配列に格納する。全ての描画作業が終わったあと、xyz 2D配列に入っている3D座標群に対して影処理を行う(図3)。

 髪のような複雑な、且つユニットの数が膨大であるオブジェクトをレンダリングする時には、影処理のコストはその複雑さに比例する。しかし、Shadow Maskの手法を用いれば、そのコストをO(髪の投影面積のサイズ)のオーダまでに押えることができる。

 さらに、髪の色や長さの差異等のパラメータと、三つ編みのような特殊なオブジェクトを扱う機能をシステムに導入した。

4.ヘアスタイルエディタ&システムの構成

 以上の手法を実際に適用するため、HET(Hair style Edit Tool)と言う3Dヘアスタイルのデザイン・エディタを開発した(図4)。HETヘアスタイル・エディタを用いて、Half-Ring状に分割した頭皮の上に、各Ringに対して2本の曲線を入力し、合計24本の3D曲線によって、一つのヘアスタイルを自動的に生成することが出来る。また、生成されたヘアスタイルの各WispのControl Lineを編集することも出来る。

 また図5のように、顔の入出力、編集ツールや、表情生成ツールなどと統合し、より自然度の高い3D CG人物像を作成出来るシステムの試作を行った。

5.動きのエミュレーション:

 髪の本来の動きは、重力、髪の質、弾力、硬さや、髪と髪、あるいは髪と頭皮の間の摩擦力、静電力などなどの複雑な作用によって生ずる結果である。そのような複雑な動きを正確的にエミュレーションすることは極めて困難であり、大変な作業やコストがかかる。より簡単な方法で髪の複雑な動きをシミュレーションするため、我々は、バネと振り子の二種類のパターンの組み合わせによって、髪の動きのエシミュレーションを試みた。

6.まとめ:

 CG人物のヘアスタイルの新しい生成法として創案、開発したTrigonal Prism Wispモデルは、以下のような利点を有する:

 1. "同一Wispの中の髪は局所的に平行である"という髪の特性を利用して、一本一本の髪の処理をグループ化して、計算時間を短縮可能。

 2. 髪の物理的な特性を保つこと。

 3. 髪のモデルが簡単化、グループ化されたため、ヘア・スタイルのデザインや髪の動きのシミュレーションも容易にできること。

 4. 柔軟性をもつ、種々のヘア・スタイルを表現できること。

 5. Trigonal Prism Wispの三角柱構造は、Hair Distribution Mapという2D Mapの導入によって、生成された画像に不自然な影響を与えない。

 などのポイントが利点として挙げられる。

 この手法とヘアスタイル エディタを用いて、色々なヘアスタイルを含むデータベースを構築し、自然な髪のイメージを低い処理コストで生成できるシステムを作成した。

図1Trigonal Prism Model図2Hair Distribution 2D Map図3Shadow Maskの構成図4HETヘアスタイルデザインエディタ図5 3D CG人物ヘアスタイル生成システムの構築
審査要旨

 本論文は「3D CG人物ヘアスタイルの生成に関する研究」と題し、コンピュータグラフィックス(CG)による人物像の印象を決める重要な要素であるにもかかわらず、複雑性の故に不十分な状態にあった髪の生成法に関して、新しいモデリング手法を提案し、編集機能等を含むCGソフトウェアシステムの開発を行った研究成果をまとめたものである。

 第1章の序文に続き、第2章「CGヘアスタイルの生成」では、まずCGにおけるこれまでの髪の生成手法について概観している。髪は本数が極めて膨大、髪の毛の直径は画素サイズに比べて微細、髪の空間的配置すなわちヘアスタイルが多彩であることが現実感の高い髪の生成を困難にしてきた。これまでに基本的に髪の毛を一本一本の描写する陽的(explicit)モデル、全体を内部にテクスチャを持つ容量のある立体として扱うボリューム密度モデル、粒子(パーティクル)モデル等の手法が存在するが、表現力や計算時間の点で十分でなかったことを述べている。

 本論文では、高い現実感、低計算コスト、多種のヘアスタイルへの対処、動きの表現性、エディタを介してのデータ生成の容易性を考慮し、三角柱状房モデル(Trigonal Prism Wisp Model)と名付けた新しい髪のモデリング手法を創案している。これは何百本の髪の毛をwispという単位でグループ化して扱う手法であり、本来何万本という数量の髪の毛を何百房という数量のwispで扱うことを可能にする。

 ここでは、一房のwispを3本の3次元B-spline曲線で囲まれる三角柱状の領域とし、一房のwispは最大256本の髪の毛を含むようにしている。wispの形状はB-spline曲線の少数の制御点で制御できる。各wispは、毛の本数、毛の長さのばらつき、毛の分布形態、毛の色のばらつき等の質感に関連する情報を含む。3D情報を持つ最小のオブジェクトはwispであり、一本一本の髪の毛は基本的に3D情報を持たない。全ての3D演算はwispを最小の演算対象として行われ、wisp以下の対象は3D演算の対象としないことによって、効率的な計算処理が可能になる。

 しかし、このTrigonal Prism Wispは三角柱構造であるため、その連続体で表わすと不自然さが目に付いてしまう問題が生じる。この問題に対処するため、2次元ヘア分布マップ(2D Hair Distribution Map)の手法を導入している。これは三角形断面での髪の毛の分布領域を表わすものであり、あらかじめ3種を用意している。一つは三角形の頂点を通過する外接円内に均一に分布するものであり、これを用いると三角柱外にも髪の毛が分布することになり、wisp間の不連続性が目立たなくなる。二つの断面の髪の毛を繋ぐ方法は通常は直線状であるが、これをsin曲線状に繋ぐことにより縮れ毛の表現が可能であることも示している。

 第3章「髪のレンダリング」では、提案した房モデルによる髪データの効率的な描画(レンダリング)法について記している。照明による髪の反射光の色強度は各wispについて3本の制御線に沿って計算し、wisp内部に位置する毛の色強度はその補間によって計算する。この場合、拡散反射と共に素材感を出すために髪の異方性反射特性を持つ鏡面状反射も考慮する。

 また、髪の毛の直径は投影スクリーンの画素サイズと比べて細いことから、1画素上に複数本の毛の投影が通過する場合が大部分である。この性質を忠実に表現するには、投影された各色の占有面積に応じて画素の色を算出する画素混合(pixcel blending)法が必要になる。しかし、これは計算時間がかかることから、画素を通過する毛の属するwispの平均色と毛の通過本数を使用して効率的計算を実現している。8本以上の毛が通過すると背景は不可視となるが、8本以下では背景色も混合計算に加えられ、髪の毛の薄い部分のリアリティが表現される。

 陰影効果の効率的生成も実現されている。陰影の表現には通常、まず光源から可視となる点を求め、次いで光の当たる部分と影の部分を区別した視点からの画像を生成するShadow Z-buffer法が使用される。この髪への適用は計算コストが非常に高くなることから、髪の性質を考慮した効率的なShadow Mask法と名付けたレンダリング手法を考案している。これはまず光源から可視となる点を求めるのは同じであるが、3D空間にこれらの点を中心とする小半径の球の集合を想定し、視点からの画像生成時にはいずれかの小球内の点であれば照明を受ける点と判断し、そうでなければ影の点として光強度を低下させる。

 第4章「動きのエミュレーション」では、創案した髪のモデリング手法が、内力(頭の動き)や外力(風など)による髪の動きの生成にも有効であることを示している。髪全体の動きを円錐の斜面上に置かれた振り子の運動としてエミュレートしている。

 第5章「ヘアスタイル エディタ」では、Trigonal Prism Wisp Model は数万本の髪の毛の量を数百房のwispという単位で扱うことを可能にしたものであるが、そのデータの作成にはなおかなりの時間がかかるので、これを支援するために開発したグラフィカル・ユーザインタフェースをもつヘアスタイルエディタHET(Hairstyle Edit Tool)について記している。これは頭皮を領域に分割して、各々の領域に対してwispを貼り付けられるようになっている。更に、ヘアスタイルデザインの手間を削減するため、例えば前髪や後髪といったように近接頭皮領域のwisp間の類似性が高い場合には、グループ化を行い、一部のwispを指定するだけで他のグループ内のwispを自動的に生成する機能を付加している。髪の毛の色とその分布比率等も容易に指定できるようになっている。

 第6章「システムの統合」では、別途開発されている顔の3Dモデラと結合し、テクスチャマッピングによる自然感の高い顔と本論文の手法による髪を有するCG人物像が実現できることを実証している。音声認識/合成装置、動作のスクリプトを記述してアニメーションを生成するシナリオメーカ機能の構想についても言及している。

 第7章では本論文の研究成果をまとめている。

 以上を要するに、コンピュータグラフィックス(CG)による人物像の印象を決める重要な要素であるが、複雑性の故に不十分な状態にあった髪の生成法に関し、高い現実感、低計算コスト、多種のヘアスタイルへの対処機能等を特徴とする三角柱状房モデル(Trigonal Prism Wisp Model)による新しい髪のモデリング手法を提案し、その効率的なレンダリング手法を開発し、グラフィカル・ユーザインタフェースをもつヘアスタイルエディタ及び顔の3Dモデラ等との結合を含もCG人物のヘアスタイル生成システムを実現して有効性を実証したものであり、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって著者は、東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。

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