学位論文要旨



No 113377
著者(漢字) 才田,隆志
著者(英字)
著者(カナ) サイタ,タカシ
標題(和) 光波の可干渉性の合成・制御によるフォトニックセンシングに関する研究
標題(洋)
報告番号 113377
報告番号 甲13377
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4095号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 低コヒーレンス光源を用いた白色干渉計を基本としたセンシング手法により,きわめて高い感度を簡素な構成で実現することができる.不必要な情報や不要な反射による雑音を光源の位相雑音により信号帯域外に排除しているからである.最初の実験的検証からおよそ20年で航空機から自動車までのナビゲーションシステムに用いられるまでに成長した干渉方式光ファイバジャイロや,近年の石英系導波路の急速な進展を支えている低コヒーレンスリフレクトメトリなどは,白色干渉法の秀英性を示す証拠であろう.

 一方,所属研究室においては光周波数変調により光路長差にたいする光源の干渉性能の指標、つまりコヒーレンス関数が合成できることを提案し、原理を実験的に検証してきた.白色干渉法が低コヒーレンス光源が固有に持つ位相雑音により光路長差0の2光の干渉を抽出するのに対して,コヒーレンス関数の合成手法では高コヒーレンス光源の光周波数を恣意的に変調することで,特定の路長差を持つ2光の干渉をそれぞれ取捨選択する.この手法の利点は,光周波数波形を適当に選ぶことで特定の光路長差を持つ情報を取り出せることにある.すでにリフレクトメトリや光トモグラフィなどがコヒーレンス関数の合成により実現されてきた.

 本研究の目的は,これらコヒーレンスを受動的に制御,あるいは能動的に合成して高精度な光センシングシステムを実現することにある.

 本論文の前半では、コヒーレンスを能動的に合成するシステムに関して得られた以下の研究成果について述べている。

 1.位相変調を適用した新しいコヒーレンス関数合成手法の提案

 2.提案した合成手法における性能制限要因の検討と対策

 3.提案したコヒーレンス関数の合成によるフォトニックシステムの実現

 (a)光回路診断のための高分解能リフレクトメトリ

 (b)光加入者系診断のための遠方監視用リフレクトメトリ

 (c)分布型光ファイバ応力センサ

 (d)エルビウム添加光ファイバ中の空間ホールバーニングの制御

 項目1の新しいコヒーレンス関数の合成法の原理図を図1に示す。半導体レーザを光源とする干渉計の一方の光路に位相変調器が設置されている。半導体レーザの注入電流に図1(a)に示す変調電流を重畳して、光周波数を変調し、同時にこれに同期して図1(b)に示す位相変調を施す。このとき合成されるコヒーレンス関数形状が図1(c)である。鋸波形状の光波コヒーレンス関数が合成されている。このような左右非対称な形状は、従来の光周波数変調では不可能であった。実際、本手法により任意の形状の光波コヒーレンス関数が合成可能となる。さらにこの手法を応用して、デルタ関数的なピークを合成し、その位置を掃引することも可能となる。

図1:光周波数変調と位相変調を併用した光波コヒーレンス関数合成の原理。(a)光周波数変調波形、(b)位相変調波形、(c)合成される光波コヒーレンス関数形状。

 続いて、まずデルタ関数的なコヒーレンスピークの合成と掃引に関して、性能制限要因の理論的な検討を行った。考慮した要因は

 ●半導体レーザの注入電流と発振光周波数の間の非線形性

 ●半導体レーザの光周波数変調にともなう強度変調

 ●半導体レーザの光周波数変調時の過渡現象

 ●位相変調器の変調度のずれ

 である。検討の結果、半導体レーザの注入電流と発振光周波数の間の非線形性および半導体レーザの光周波数変調時の過渡現象が、最も大きな性能制限要因であることが分かった。このため、それぞれについて補正手法を考案し、その有効性を実験的に検証した。またコヒーレンスピークの合成において不可避的に存在するコヒーレンスピークのサイドローブを抑制するために、位相変調により窓関数を実現する手法を提案し、原理を実験により確認した。

 次に、提案した合成手法により光回路診断のためのリフレクトメトリを実現した。この手法は他の同じ目的のための手法と比べて、機械的可動部分が不要・数値処理が不要で高速・空間分解能などのパラメータが電気的に可変、といった特徴を持つ。前述のとおり開発した性能向上のための方策を総合的に施して、空間分解能1.2mm、ダイナミックレンジ80dBを実現した。測定結果の一例を図2に示す。

図2:光波コヒーレンス関数の合成によるリフレクトメトリで得られた反射光分布の一例。

 また、提案した合成手法を応用して、光加入者網診断のための遠方監視用リフレクトメトリを実現した。このような遠方を監視するシステムでは、途中の光ファイバにおける光位相揺らぎの影響を低減するために高速化が必要であるが、提案した光波コヒーレンス関数の合成手法ではこの要求に応えることができる。周期的なコヒーレンスピークの中からただ一つを選択する手法を開発して、実験により5km遠方の反射光分布を6cmの分解能で測定することに成功した。測定結果の一例を図3に示す。ただしこのシステムでは一度に測定できるのは約8mの領域であり、別の領域を測定するためには参照光路の遅延線を交換する必要があった。このため光源に半導体レーザの替わりに周回ループを用いた構成の提案も行った。このシステムでは電気段でのバンドパスフィルタを調整することで領城を切り替えることができる。実験により原理を確認し、5km遠方の反射光分布を13cmの空間分解能で測定することに成功した。

図3:光波コヒーレンス関数の合成を応用して得られた5km遠方の反射光分布。

 3(c)では提案した合成手法を偏波維持光ファイバ中の偏波モード分散に適用し、分布型光ファイバ応力センサが構成できることを提案・実証した。実験により空間分解能9mで900mの範囲を測定できることを示した。

 提案した合成手法を応用して、エルビウム添加光ファイバ中の空間ホールバーニングを制御できることも理論により示した。またこれを活用したフォトニックシステムについても議論した。

 一方本論文の後半では、コヒーレンスを受動的に制御することにより性能向上を図るシステムとして、干渉方式光ファイバジャイロを研究対象とし、その誤差に関する検討を行った。取り上げたのは地磁気が光ファイバのファラデー効果を介してドリフトを誘起する現象である。これは実用化の進む光ファイバジャイロが、さらなる高性能化のために乗り越えなければならない問題である。まず干渉方式光ファイバジャイロにおけるファラデー効果誘起ドリフトに関して、はじめてこれを一般的に表現する式の導出を行った。本定式化により、干渉方式光ファイバジャイロのそれぞれの構成法

 1.全ての光学系を偏波維持光ファイバで構成する方式

 2.通常の光ファイバをセンシングコイルに用いて、片回り光をデポラライズする方式

 3.通常の光ファイバをセンシングコイルに用いて、両回り光をデポラライズする方式

 において、ファラデー効果誘起ドリフトがどのような振る舞いをするかが明確に示された。また近年最も注目されている上記3の構成法、つまりツインデポラライザー方式において、ファラデー効果誘起ドリフトがどのように抑制されているのかをはじめて明らかにした。

 さらに得られた式により、ツインデポラライザー方式におけるファラデー効果誘起ドリフトの挙動が、構成光部品のパラメータとどのような関係にあるかを定量的に明らかにした。考慮した性能制限要因は、

 ●デポラライザとして用いる短尺の偏波維持光ファイバの長さ

 ●デポラライザとして用いる偏波維持光ファイバと偏光子の角度ずれ

 である。検討の結果、後者が最も大きな問題であることが分かった。これを勘案して、さらなるドリフト低減のために角度ずれが存在してもドリフトを効果的に抑制できる方法を提案した。

審査要旨

 本論文は、「光波の可干渉性の合成・制御によるフォトニックセンシングに関する研究」と題し、可干渉性が適切に制御された光源の活用、あるいはこれを積極的に合成することにより、高精度かつ高機能なフォトニックセンサを構成する手法について述べたものであって、9章よりなる。

 第1章は「序論」で、フォトニックセンサの歴史的背景と現在の状況について概観している。その中で、高精度なフォトニックセンサを実現するためには光源のコヒーレンス特性を適切に制御することが重要であること、さらには光源のコヒーレンス特性を積極的に合成することにより高性能かつ高機能なフォトニックセンサが実現できることを概観し、本論文の位置づけを述べている。

 第2章は「光波コヒーレンス関数の合成」と題し、光路長差に対する可干渉度の関数「光波コヒーレンス関数」を合成するための新しい手法を提案している。従来までの光周波数変調に加えて、干渉計の一方の光路で位相変調を行うことにより、任意の形状の光波コヒーレンス関数が合成できる。さらに本手法を応用すれば、合成した光波コヒーレンス関数を、光周波数変調波形を固定のままで平行移動できることも示した。

 第3章「光波コヒーレンス関数の合成の高精度化」では、提案した光波コヒーレンス関数の合成手法のうち、応用上特に重要なコヒーレンスピークの合成と掃引において、その形状を劣化させる要因について検討を行った。半導体レーザの直接周波数変調時の周波数応答の影響、注入電流と光周波数の間の非線形性、半導体レーザの直接周波数変調に伴う直接強度変調の影響、および位相変調器の変調度ずれについての理論的な検討の結果、最大の形状劣化要因は直接周波数変調時の周波数応答の影響と、注入電流と光周波数の間の非線形性であることが分かった。これらの影響を校正あるいは抑制するために、半導体レーザの直接周波数変調の周波数応答を見積り抑制する手法、および半導体レーザの注入電流と光周波数の間の関係を精密に測定して校正する手法をそれぞれ開発し、有効性を実証した。さらに、コヒーレンス関数のサイドローブを補正する手法も提案し、実験的に確認した。

 第4章は「光波コヒーレンス関数の合成による高分解能リフレクトメトリ」と題し、コヒーレンスピークを精密に合成する手法を用いて光回路診断のためのリフレクトメトリ、p-OCDR(Phase modulating Optical Coherence Domain Reflectometry by Synthesis of Optical Coherence Function)法を提案し、基礎実験を行った。光源に3電極構造DFB(Distributed Feed-back)レーザを用いて、空間分解能1.2mm、測定感度-100dBを実現した。また本手法と従来技術の性能の総合的な比較を行い、本手法が全長で数mから数10m程度の光要素デバイスや光サブシステムの診断手法として有用であることを示した。

 第5章「光波コヒーレンス関数の合成による遠方監視用リフレクトメトリ」ではp-OCDR法の技術を応用して光加入者網の診断に向けた遠方監視用リフレクトメトリを提案、実証した。光加入者網の診断のためには局舎から数km遠方にある末端の光デバイスを数cmの空間分解能で測定することが要求される。この要求を満たすには、環境の揺らぎによる光ファイバ中での位相ゆらぎの影響を抑制することが必須である。そして本論文で提案した光波コヒーレンス関数の合成によるリフレクトメトリが唯一適用可能なシステムであることを述べている。ただし、本リフレクトメトリでは周期的にコヒーレンスピークが合成されるので、この複数のピークによりクロストークが生じる。これを解決するために、まず半導体レーザの直後に光スイッチを設置した構成を提案し、基礎実験により5km遠方の8m程度の反射光分布を6cmの空間分解能で測定することに成功した。しかしながらこの手法では、観測している8m程度の領域を切り替えるために参照光路の光ファイバ遅延線を取り替える必要がある。そこで、光ファイバ周波数シフトループを光源に用いた構成も提案した。この手法では半導体レーザの光周波数変調の代わりに、周波数シフタを含む光ファイバループ中で光パルスを周回させることで光周波数変調を実現するので、光源に光周波数変調特性が要求されず、自由に光源を選ぶことができる。本手法では、観測位置を切り替えるために、電気段でのバンドパスフィルタの中心周波数を変化させるだけでよい。基礎実験において5km遠方の反射光分布に関して13cmの空間分解能での測定に成功している。

 第6章は「光波コヒーレンス関数の合成による分布型光ファイバセンサ」と題し、偏波維持光ファイバ中の直交偏波モード間の総合係数の光ファイバ長に沿う分布が、光波コヒーレンス関数の合成により計測できることを示し、これを応用して分布型光ファイバ荷重センサを提案している。実験により、1kmにわたる領域の荷重分布を空間分解能9mで測定することに成功した。

 第7章と第8章では、光源の可干渉性を適切に制御することにより高精度なフォトニックセンサを実現するための手法について述べている。取り上げたのは干渉方式光ファイバジャイロである。第7章「干渉方式光ファイバジャイロ」では、干渉方式光ファイバジャイロの現状を概観し、性能制限要因とこれを考慮した構成法について述べた。最近、通常のシングルモード光ファイバを用いて両回り光をデポラライズする構成(ツインデポラライズ構成)が提案され、これにより中精度から高精度の性能を安価に実現できる可能性か検討されはじめた。この構成における地磁気によるファラデー効果誘起ドリフトの低減の可能性が実験的に示された。しかし、この構成でのファラデー効果誘起ドリフトを理論的に定量評価した報告はなかった。

 第8章「干渉方式光ファイバジャイロにおけるファラデー効果誘起ドリフト」では、干渉方式光ファイバジャイロのファラデー効果誘起ドリフトについて構成法を問わず適用できる一般的な理論を導出した。これにより各構成法でのドリフトの挙動について明瞭な物理的描像が得られ、ツインデポラライズ構成でのドリフト抑制の機構が明らかになった。さらに得られた式によりデポラライザのパラメータや角度ずれなど、ツインデポラライズ方式の性能劣化要因について検討を行い、ドリフトをより大きく抑制できる新しい構成法も提案した。

 第9章は、「結論」である。

 以上本論文は、光波の可干渉性を任意に精度よく合成する手法として、周波数変調と位相変調を併用した光波コヒーレンス関数の合成法を提案し、この手法自体の特性向上を追求して、光デバイス・回路診断用の高空間分解能リフレクトメトリ、光加入者系用の遠方監視用リフレクトメトリ、分布型光ファイバ荷重センサを提案・実証し、さらにコヒーレンスを抑制した光源において高性能化が図られる干渉方式光ファイバジャイロの主たる性能制限要因である地磁気によるファラデー効果の影響を厳密に解析する理論を考案して、本ジャイロの高性能化に指針を与えたものであって、電気工学、特に光エレクトロニクスに大きく貢献するものである。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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