低コヒーレンス光源を用いた白色干渉計を基本としたセンシング手法により,きわめて高い感度を簡素な構成で実現することができる.不必要な情報や不要な反射による雑音を光源の位相雑音により信号帯域外に排除しているからである.最初の実験的検証からおよそ20年で航空機から自動車までのナビゲーションシステムに用いられるまでに成長した干渉方式光ファイバジャイロや,近年の石英系導波路の急速な進展を支えている低コヒーレンスリフレクトメトリなどは,白色干渉法の秀英性を示す証拠であろう. 一方,所属研究室においては光周波数変調により光路長差にたいする光源の干渉性能の指標、つまりコヒーレンス関数が合成できることを提案し、原理を実験的に検証してきた.白色干渉法が低コヒーレンス光源が固有に持つ位相雑音により光路長差0の2光の干渉を抽出するのに対して,コヒーレンス関数の合成手法では高コヒーレンス光源の光周波数を恣意的に変調することで,特定の路長差を持つ2光の干渉をそれぞれ取捨選択する.この手法の利点は,光周波数波形を適当に選ぶことで特定の光路長差を持つ情報を取り出せることにある.すでにリフレクトメトリや光トモグラフィなどがコヒーレンス関数の合成により実現されてきた. 本研究の目的は,これらコヒーレンスを受動的に制御,あるいは能動的に合成して高精度な光センシングシステムを実現することにある. 本論文の前半では、コヒーレンスを能動的に合成するシステムに関して得られた以下の研究成果について述べている。 1.位相変調を適用した新しいコヒーレンス関数合成手法の提案 2.提案した合成手法における性能制限要因の検討と対策 3.提案したコヒーレンス関数の合成によるフォトニックシステムの実現 (a)光回路診断のための高分解能リフレクトメトリ (b)光加入者系診断のための遠方監視用リフレクトメトリ (c)分布型光ファイバ応力センサ (d)エルビウム添加光ファイバ中の空間ホールバーニングの制御 項目1の新しいコヒーレンス関数の合成法の原理図を図1に示す。半導体レーザを光源とする干渉計の一方の光路に位相変調器が設置されている。半導体レーザの注入電流に図1(a)に示す変調電流を重畳して、光周波数を変調し、同時にこれに同期して図1(b)に示す位相変調を施す。このとき合成されるコヒーレンス関数形状が図1(c)である。鋸波形状の光波コヒーレンス関数が合成されている。このような左右非対称な形状は、従来の光周波数変調では不可能であった。実際、本手法により任意の形状の光波コヒーレンス関数が合成可能となる。さらにこの手法を応用して、デルタ関数的なピークを合成し、その位置を掃引することも可能となる。 図1:光周波数変調と位相変調を併用した光波コヒーレンス関数合成の原理。(a)光周波数変調波形、(b)位相変調波形、(c)合成される光波コヒーレンス関数形状。 続いて、まずデルタ関数的なコヒーレンスピークの合成と掃引に関して、性能制限要因の理論的な検討を行った。考慮した要因は ●半導体レーザの注入電流と発振光周波数の間の非線形性 ●半導体レーザの光周波数変調にともなう強度変調 ●半導体レーザの光周波数変調時の過渡現象 ●位相変調器の変調度のずれ である。検討の結果、半導体レーザの注入電流と発振光周波数の間の非線形性および半導体レーザの光周波数変調時の過渡現象が、最も大きな性能制限要因であることが分かった。このため、それぞれについて補正手法を考案し、その有効性を実験的に検証した。またコヒーレンスピークの合成において不可避的に存在するコヒーレンスピークのサイドローブを抑制するために、位相変調により窓関数を実現する手法を提案し、原理を実験により確認した。 次に、提案した合成手法により光回路診断のためのリフレクトメトリを実現した。この手法は他の同じ目的のための手法と比べて、機械的可動部分が不要・数値処理が不要で高速・空間分解能などのパラメータが電気的に可変、といった特徴を持つ。前述のとおり開発した性能向上のための方策を総合的に施して、空間分解能1.2mm、ダイナミックレンジ80dBを実現した。測定結果の一例を図2に示す。 図2:光波コヒーレンス関数の合成によるリフレクトメトリで得られた反射光分布の一例。 また、提案した合成手法を応用して、光加入者網診断のための遠方監視用リフレクトメトリを実現した。このような遠方を監視するシステムでは、途中の光ファイバにおける光位相揺らぎの影響を低減するために高速化が必要であるが、提案した光波コヒーレンス関数の合成手法ではこの要求に応えることができる。周期的なコヒーレンスピークの中からただ一つを選択する手法を開発して、実験により5km遠方の反射光分布を6cmの分解能で測定することに成功した。測定結果の一例を図3に示す。ただしこのシステムでは一度に測定できるのは約8mの領域であり、別の領域を測定するためには参照光路の遅延線を交換する必要があった。このため光源に半導体レーザの替わりに周回ループを用いた構成の提案も行った。このシステムでは電気段でのバンドパスフィルタを調整することで領城を切り替えることができる。実験により原理を確認し、5km遠方の反射光分布を13cmの空間分解能で測定することに成功した。 図3:光波コヒーレンス関数の合成を応用して得られた5km遠方の反射光分布。 3(c)では提案した合成手法を偏波維持光ファイバ中の偏波モード分散に適用し、分布型光ファイバ応力センサが構成できることを提案・実証した。実験により空間分解能9mで900mの範囲を測定できることを示した。 提案した合成手法を応用して、エルビウム添加光ファイバ中の空間ホールバーニングを制御できることも理論により示した。またこれを活用したフォトニックシステムについても議論した。 一方本論文の後半では、コヒーレンスを受動的に制御することにより性能向上を図るシステムとして、干渉方式光ファイバジャイロを研究対象とし、その誤差に関する検討を行った。取り上げたのは地磁気が光ファイバのファラデー効果を介してドリフトを誘起する現象である。これは実用化の進む光ファイバジャイロが、さらなる高性能化のために乗り越えなければならない問題である。まず干渉方式光ファイバジャイロにおけるファラデー効果誘起ドリフトに関して、はじめてこれを一般的に表現する式の導出を行った。本定式化により、干渉方式光ファイバジャイロのそれぞれの構成法 1.全ての光学系を偏波維持光ファイバで構成する方式 2.通常の光ファイバをセンシングコイルに用いて、片回り光をデポラライズする方式 3.通常の光ファイバをセンシングコイルに用いて、両回り光をデポラライズする方式 において、ファラデー効果誘起ドリフトがどのような振る舞いをするかが明確に示された。また近年最も注目されている上記3の構成法、つまりツインデポラライザー方式において、ファラデー効果誘起ドリフトがどのように抑制されているのかをはじめて明らかにした。 さらに得られた式により、ツインデポラライザー方式におけるファラデー効果誘起ドリフトの挙動が、構成光部品のパラメータとどのような関係にあるかを定量的に明らかにした。考慮した性能制限要因は、 ●デポラライザとして用いる短尺の偏波維持光ファイバの長さ ●デポラライザとして用いる偏波維持光ファイバと偏光子の角度ずれ である。検討の結果、後者が最も大きな問題であることが分かった。これを勘案して、さらなるドリフト低減のために角度ずれが存在してもドリフトを効果的に抑制できる方法を提案した。 |