学位論文要旨



No 113378
著者(漢字) 高島,和則
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,カズノリ
標題(和) 空間電荷分布測定および熱刺激電流測定による高分子薄膜中の電荷挙動解析
標題(洋)
報告番号 113378
報告番号 甲13378
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4096号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨 1本論文の背景と目的

 近年ますます重要性を増してきている帯電問題であるが、電荷の発生や蓄積の機構という点に視点を移してみると未解決の問題が数多く残されており、工業的・学問的の両面から誘電体中の電荷蓄積機構の解明に大きな期待が寄せられている。とくに高分子材料では不純物や添加材のためにその物性が複雑であり、ごく一部の事例についてしか説明がなされていないのが現状である。

 そこで、本研究では誘電体中の電荷蓄積のメカニズムを解明すべく、圧力波法に基づく空間電荷分布測定装置を構築し、熱刺激電流測定結果と空間電荷分布測定結果との関係について考察することを目的とする。また、誘電体の表面処理による帯電防止プロセスが誘電体内の電荷蓄積や浸水による除電におよぼす影響を熱刺激電流測定および空間電荷分布測定から解析することを目的とする。

2本論文の構成2.1空間電荷分布測定装置の構築

 本研究では以下に述べる三種類の空間電荷分布測定装置の構築を行った。

 第一はレーザ誘起圧力波(Laser Induced Pressure Pulse)法である。LIPP法ではレーザ光の吸収に伴うアブレーションを用いて圧力波を発生させ、これを試料中を伝搬させることにより空間電荷分布の測定を行うものである。これは現在用いられている手法の中では最も高い空間分解能を有していると同時に高い測定感度を持っている。圧力波法に基づく測定では圧力波の幅が狭く、立ち上がりが急峻であるほど高い空間分解能が得られるが、本研究ではレーザ光の吸収層として試料表面に1m以下のグラファイト層を形成し、これにピコ秒YAGレーザを照射することで非常に急峻な圧力波を発生させ、さらなる高分解能化を図ることを目的とした。その結果、デコンボリューションなどの処理なしに約3mの空間分解能を得ることができた。

 第二は圧電素子誘起圧力(Piezoelectrically induced Pressure Pulse)法に基いた空間電荷分布測定装置である。PPP法は、試料に密着させておいた圧電素子にパルス電圧を印加することにより圧力波を発生させ、これを試料中に伝搬させることにより測定を行うものである。PPP法はLIPP法に比較して比較的簡単な構成をとることができる一方、空間分解能で劣るとされている。本研究では、PPP法の高分解能化を目指して、圧電素子と試料とを電気的に隔てている電極の厚さを従来のものよりも非常に薄いものとし、圧電素子と電極との界面および電極と試料との界面での音響インピーダンス不整合による圧力波の反射を減少させるような構成をとっている。また、圧電素子に非常に広帯域な周波数特性をもつPVDF(Polyvinylidene fluoride)を用いており、急峻な圧力波を発生させるようになっている。その結果、7mの空間分解能をもつ測定系を構築することができた。

 第三はパルス静電応力(Pulse Electro-Acoustic)法に基づく空間電荷分布測定装置である。PEA法では試料にパルス電界を印加し、発生した圧力波を圧電素子で電気信号に変換し電荷分布を測定するが、圧力波が圧電素子に到達するまでの時間差を比較的長くとることにより高いS/N比を持つ測定系を構築することをねらい、15mの分解能を得た。

2.2PTFE薄膜の熱刺激電流と空間電荷分布との関係

 構築した測定装置を利用し、PTFE(Polytetrafluoro-ethylene)の熱刺激電流特性と空間電荷分布との関係について調べた。アニール処理により特定の温度の熱刺激電流ピークを分離したサンプルについて空間電荷分布を測定することにより、特定の温度に現れる熱刺激電流ピークと空間電荷分布の間に強い相関があることを明らかにした。厚さ50mのPTFE薄膜を-30kVのコロナ放電にさらした場合、主として表面付近に分布する負電荷は熱刺激電流では約120℃付近の負極性のピークと相関を持っており、内部にまで広く分布する負電荷は約150℃付近の正極性のピークと相関を持っていることが明らかになった。また、厚さ50mのPTFE薄膜を-5kVのコロナ放電にさらした場合には、表面近傍に存在する電荷が約150℃付近の正極性の熱刺激電流ピークと相関を持っていることがわかった。

2.3放電プラズマを利用した高分子薄膜の帯電防止プロセス

 本研究では放電プラズマを用いた誘電体薄膜の帯電防止プロセスがコロナ荷電を行なった場合の薄膜中への電荷蓄積特性にいかなる影響をおよぼすかについて検討を行なった。また、帯電した誘電体を水に浸漬させるという除電プロセスと誘電体上および内部の電荷の関係について研究を行なった。PTFE、PP、PEの3種類の試料に対し、処理の雰囲気気体が空気、窒素、アルゴンの3種類の場合について検討を行なった。その結果、PTFEについては、処理気体としていずれのガスを用いた場合にも表面付近への正電荷の蓄積が抑制されること、浸水による除電の効果が促進されることがわかった。PPに対しては、いずれのガスで処理を行なった場合でも、荷電直後の電荷分布には差異は見られなかったが、ガスの種類に関係なく処理によって浸水による除電の効果が促進されることがわかった。PEに対しては、ガスの種類によらず内部に蓄積される電荷量が小さくなり、除電効果の促進も見られた。

 帯電防止プロセスにより試料表面にどのような化学変化が起こっているのかを知るために、XPS(Xrayphotoelectron spectroscopy)により試料表面の組成を調べた。その結果、PTFE試料については処理によってCF2の鎖が切断され、COOHやCOHなどの極性基が導入されていることがわかった。これらの親水基に空気中の水分が吸着され表面抵抗値が下がることにより帯電防止効果が現れることがわかった。また、表面の親水性が高まることにより浸水による除電の効果が促進されていることがわかった。PPやPE薄膜についてもCOOHやCOHなどの極性基が観測され、PTFEと同様の機構で表面が親水化されていることがわかった。

審査要旨

 本論文は、「空間電荷分布測定および熱刺激電流測定による高分子薄膜中の電荷挙動解析」と題し、各種提案されている誘電体薄膜中の空間電荷分布測定手法を独自に開発すると共に、これらの確立した空間電荷測定手法と従来から帯電電荷解析に用いられている熱刺激電流観測手法を用いて、放電プラズマにより表面帯電防止処理を試みた各種高分子材料の表面、ならびに、内部における電荷の挙動を詳細に研究したもので、全5章から構成されている。

 第1章は「序論」で、本研究の背景について述べ、本研究の目的を明らかにすると共に、本論文の構成について記述してある。

 第2章は、「空間電荷分布の測定装置の構築」と題し、現在、空間電荷測定法として帯電問題に関心を持つ世界中の研究者が注目している圧力波法およびパルス静電応力法の基本動作原理を紹介すると共に、本研究者が単独で開発した高分子圧電素子により発生させた圧力波を用いた空間電荷分布測定手法(通称PPP法と呼ばれる)、ならびに、超短パルスレーザ誘起圧力波法(通称LIPP法と呼ばれる)の設計から試作・性能評価の結果までを示し、さらに、最近ケーブル診断で利用が増加している手法、すなわち、パルス電圧を印加して発生する圧力波形から空間電荷分布を測定する手法(通称PEA法)の試作結果についても記述し、各手法の特性を相互に比較検討している。最終的には、LIPP法で3m、PPP法で7m、PEA法で20m(尚、デコンボルーション処理により10mに改善可能)の空間分解能で空間電荷分布を測定できる手法を確立したことを示したものである。

 第3章は、「熱刺激電流と空間分布との関係」で、厚さ50mのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコロナ荷電により帯電させ、第2章で確立した空間電荷分布測定法により求めた空間電荷分布と熱刺激電流(TSDC)特性とを比較することにより、各温度における熱刺激電流ピークと対応する空間電荷との関係を詳細に調べ、どの場所(表面からの深さ)に存在する電荷が、如何なる熱刺激電流の原因となるかといった因果関係を世界で初めて明らかにした。例えば、負極性高電界で荷電した場合、荷電面付近に蓄積された負電荷は、TSDCでは120度C付近の大きなホモ電流ピークとして検出されること、一方、試料中、内部にまで分布して存在する負電荷は、150度CのTSDCピークに寄与していることなどである。

 第4章は、「放電プラズマを利用した高分子薄膜の帯電防止プロセス」と題しており、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)薄膜の表面を、低圧での残存ガスが空気、窒素、アルゴンガスの場合のそれぞれについて、50Hzの交流放電プラズマに被爆させることにより表面を劣化させ、結果として誘電体表面の結合を破壊し、電気抵抗を減少させることによる帯電防止処理を試み、空間電荷分布測定、熱刺激電流特性観測、AFMによる表面の凹凸観測、軟X線電子分光(ESCA)による表面の組成や結合の変化測定を詳細に行った結果について記述してある。PTFE薄膜では、未処理試料では、水につけてもかなりの電荷が表面に残っているのに対し、プラズマ処理すると表面電荷はほとんど観測されないこと、表面では、全てのプラズマ処理で酸化反応が観測され酸素の存在量が増加すること、窒素ガス中での処理でのみ強い窒化反応の痕跡が見られること、窒素ガス中でのプラズマ処理をした試料でのみ、荷電直後の試料のTSDCで、室温付近で大きな電流ピークが観測されること、PP薄膜の場合でもプラズマ処理により除電が容易になること、軟X線電子分光法による表面組成観測からもプラズマ処理で酸化窒化反応が観測されること、PE薄膜ではプラズマ処理をしてから除電しても若干の正負の空間電荷が残ることなど多くの知見が明らかにされている。この場合にも、軟X線電子分光法により、酸化・窒化反応があることが他の試料と同様に観測されている。

 第5章は、「結論」でこれまでの各章で得られた重要な結果をまとめて記述してあり、今後の課題についても言及している。

 以上、これを要するに、本論文は、現在、最も良いと想定される空間電荷分布測定手法の原理に基づいた装置を独自に開発し、空間電荷分布と熱刺激電流との関係を体系化し、各種高分子絶縁材料に対し放電プラズマ表面処理技術を実際に試みてその性能評価に適用し、帯電防止処理効果と表面電荷挙動との関係を初めて明らかにしたものであり、電気工学、特に、静電気工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク