本論文は、「空間電荷分布測定および熱刺激電流測定による高分子薄膜中の電荷挙動解析」と題し、各種提案されている誘電体薄膜中の空間電荷分布測定手法を独自に開発すると共に、これらの確立した空間電荷測定手法と従来から帯電電荷解析に用いられている熱刺激電流観測手法を用いて、放電プラズマにより表面帯電防止処理を試みた各種高分子材料の表面、ならびに、内部における電荷の挙動を詳細に研究したもので、全5章から構成されている。 第1章は「序論」で、本研究の背景について述べ、本研究の目的を明らかにすると共に、本論文の構成について記述してある。 第2章は、「空間電荷分布の測定装置の構築」と題し、現在、空間電荷測定法として帯電問題に関心を持つ世界中の研究者が注目している圧力波法およびパルス静電応力法の基本動作原理を紹介すると共に、本研究者が単独で開発した高分子圧電素子により発生させた圧力波を用いた空間電荷分布測定手法(通称PPP法と呼ばれる)、ならびに、超短パルスレーザ誘起圧力波法(通称LIPP法と呼ばれる)の設計から試作・性能評価の結果までを示し、さらに、最近ケーブル診断で利用が増加している手法、すなわち、パルス電圧を印加して発生する圧力波形から空間電荷分布を測定する手法(通称PEA法)の試作結果についても記述し、各手法の特性を相互に比較検討している。最終的には、LIPP法で3m、PPP法で7m、PEA法で20m(尚、デコンボルーション処理により10mに改善可能)の空間分解能で空間電荷分布を測定できる手法を確立したことを示したものである。 第3章は、「熱刺激電流と空間分布との関係」で、厚さ50mのポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコロナ荷電により帯電させ、第2章で確立した空間電荷分布測定法により求めた空間電荷分布と熱刺激電流(TSDC)特性とを比較することにより、各温度における熱刺激電流ピークと対応する空間電荷との関係を詳細に調べ、どの場所(表面からの深さ)に存在する電荷が、如何なる熱刺激電流の原因となるかといった因果関係を世界で初めて明らかにした。例えば、負極性高電界で荷電した場合、荷電面付近に蓄積された負電荷は、TSDCでは120度C付近の大きなホモ電流ピークとして検出されること、一方、試料中、内部にまで分布して存在する負電荷は、150度CのTSDCピークに寄与していることなどである。 第4章は、「放電プラズマを利用した高分子薄膜の帯電防止プロセス」と題しており、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)薄膜の表面を、低圧での残存ガスが空気、窒素、アルゴンガスの場合のそれぞれについて、50Hzの交流放電プラズマに被爆させることにより表面を劣化させ、結果として誘電体表面の結合を破壊し、電気抵抗を減少させることによる帯電防止処理を試み、空間電荷分布測定、熱刺激電流特性観測、AFMによる表面の凹凸観測、軟X線電子分光(ESCA)による表面の組成や結合の変化測定を詳細に行った結果について記述してある。PTFE薄膜では、未処理試料では、水につけてもかなりの電荷が表面に残っているのに対し、プラズマ処理すると表面電荷はほとんど観測されないこと、表面では、全てのプラズマ処理で酸化反応が観測され酸素の存在量が増加すること、窒素ガス中での処理でのみ強い窒化反応の痕跡が見られること、窒素ガス中でのプラズマ処理をした試料でのみ、荷電直後の試料のTSDCで、室温付近で大きな電流ピークが観測されること、PP薄膜の場合でもプラズマ処理により除電が容易になること、軟X線電子分光法による表面組成観測からもプラズマ処理で酸化窒化反応が観測されること、PE薄膜ではプラズマ処理をしてから除電しても若干の正負の空間電荷が残ることなど多くの知見が明らかにされている。この場合にも、軟X線電子分光法により、酸化・窒化反応があることが他の試料と同様に観測されている。 第5章は、「結論」でこれまでの各章で得られた重要な結果をまとめて記述してあり、今後の課題についても言及している。 以上、これを要するに、本論文は、現在、最も良いと想定される空間電荷分布測定手法の原理に基づいた装置を独自に開発し、空間電荷分布と熱刺激電流との関係を体系化し、各種高分子絶縁材料に対し放電プラズマ表面処理技術を実際に試みてその性能評価に適用し、帯電防止処理効果と表面電荷挙動との関係を初めて明らかにしたものであり、電気工学、特に、静電気工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |