学位論文要旨



No 113388
著者(漢字) 南,明龍
著者(英字)
著者(カナ) ナム,ミョンリョン
標題(和) 磁気軸受ホイールを用いた人工衛星の姿勢制御系に関する研究
標題(洋)
報告番号 113388
報告番号 甲13388
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4106号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 人工衛星の3軸安定化方式姿勢制御において一般的に広く利用される姿勢制御用actuatorとしてflywheelがあり,使い方によってreaction wheelとmomentum wheelに代表される.従来までのflywheelではその回転するrotorを支持する手段として主にball bearingが用いられてきたが,ball bearingには機械的接触支持という本質的な制約があり,衛星姿勢を乱す振動の発生や,信頼性および寿命に係わるrotorの摩耗などが問題として指摘されていた.

 最近,衛星のmissionはその精密化及び複雑化が一層増していく傾向にあり,それに伴い,衛星姿勢制御精度の要求も高まりつつある.その結果,ball bearingを用いる従来のflywheelは,その大きな発生擾乱の故,今後の高精度の姿勢制御の要求を充足するにおいて解決すべき主要問題として取り上げられており,その発生擾乱を抑制するための振動減衰装置が要求されている.しかし,振動減衰装置の採用は衛星系の複雑化や高費用化をもたらすことを意味する.

 このようなball bearingの諸問題を根本的に解決する手段として,磁気浮上によってrotorを非接続支持する磁気軸受の使用が提案された.磁気軸受を用いれば,機械的摩擦を無くすことができるので,発生擾乱の小さい姿勢制御用actuatorを実現できると期待される.また,磁気軸受を全軸(5軸)能動型にすれば,rotorの高速回転によって小型・軽量化を図られることや,rotor回転軸を傾ける機能によって1つのwheelで3軸の姿勢制御ができるという付加的な利点も得られる.

 磁気軸受wheelを人工衛星の姿勢制御用actuatorとして有用に用いるためには,磁気軸受wheel自体(hardware)の開発と共に,磁気軸受wheelを用いる際の人工衛星の姿勢制御系(software)を開発が必要である.一般に,全軸能動型磁気軸受wheelを搭載した人工衛星系は,衛星とwheelの運動が連性しているために相互作用によって両者の運動が不安定になる可能性があり,また,磁気軸受の制御力に大きな非線形特性があるので,その姿勢制御系を設計するのは容易でないといわれている.

 本研究は,今後の宇宙観測用科学衛星等に要求される高精度の姿勢制御への要求を充足させることを目的として,rotorの回転軸を傾けることが可能な全軸能動型磁気軸受flywheelをactuatorとする人工衛星姿勢制御系の設計を行ったものであり,その具体的な研究内容は次のようである.

 第2章では,宇宙用の装置に特に要求される小型・軽量化を図るために,8つの電磁石のみを使用してrotorの5自由度の運動を能動的に制御する形式の全軸能動型磁気軸受を採用した,8電磁石式磁気軸受wheelを挙げ,そのkinematicsを解析し,並進および回転運動のための制御入力を各電磁石による発生力へ変換する厳密な制御力分配則を,全電磁石による制御力のnorm値が最小(電力最小)になるように,Moore-Penroseの一般逆行列を適用して求めた.また,電磁石による磁気軸受の駆動部および計測部の非線形特性を数学的にmodelingすると共に,磁気軸受における擾乱源を分析し,擾乱信号はwheelの回転速度の整数倍なる高周波数のものが主であることを示して,制御器の設計および計算機simulationに備えた.

 第3章では,制御理論を適用して制御器を設計する準備段階として,衛星およびwheelの各々に対し,運動記述のための座標系の定義を行い,これに基づいて運動方程式を導き,さらに線形化を行った.また,太陽電池paddleなどの柔軟構造物が衛星本体に附属している場合,それが衛星本体の姿勢に及ぼす影響は,衛星慣性tensorの周波数領域における変動として表現できることを示した.

 第4章では,全軸能動型磁気軸受wheelを搭載した人工衛星系の運動力学的特性を解析し,全軸能動型磁気軸受wheelに存在し得るnutationのために,同系は原理的に不可制御であることを示した.また,衛星姿勢のための制御周波数とwheelのnutationの周波数が周波数領域において充分離れているという性質に基づき,衛星制御loopとwheel制御loopという2重制御loop構造の姿勢制御系を構成することにより,この不可制御性の問題に対処できることを示した.引続き,各制御loopに要求される性能や機能を明確にした後,Hや制御理論とsliding-mode制御理論をあげ,同制御理論を応用する際の有効性を示した.

 第5章では,第4章での検討の結果を踏まえ,H制御理論やsliding-mode制御理論を応用した具体的な姿勢制御器の設計法を示した.まず,wheel制御loopにおいて,磁気軸受の駆動部の非線形性をmodelの不確かさと外乱の和と見なして構造化model不確かさとして表現することにより,磁気軸受の駆動部の非線形性に強いH制御器を設計した.この時,第2章で磁気軸受における擾乱源について調べた結果に基づき,高周波数領域における制御torqueを抑える方法により,姿勢制御用actuatorとしての磁気軸受wheelに要求される低自己擾乱性を実現した.引続き,衛星制御loopにおいて,衛星制御器は積分器が必要であることを明らかにし,これをH制御器の設計に反映させる一手法を示すと共に,附属柔軟物の柔軟特性の衛星運動への影響を,第3章での成果を利用し,周波数領域における衛星modelの不確かさとして扱うことにより,附属柔軟物の柔軟性にrobustなH制御器を設計した.また,wheel制御loopに対しては,計算時間の少い制御器としてsliding-mode制御器を設計し,衛星制御loopの設計のために,非線形なsliding-mode制御器を含むwheel制御loopの閉loop伝達関数を簡単化する方法を示した.

 第6章では,磁気軸受wheelを用いた衛星姿勢制御系に対する制御性能評価のための一手法を提案し,特にwheel制御器の性能はgimbal角度制御性能と低自己擾乱性とに分けて評価すべきことを示した.続いて,第2章で求めた磁気軸受の駆動部および計測部に対する数学modelを用い,第5章で設計した各姿勢制御器の制御性能を現実に近い条件で評価するための厳密な計算機simulation systemを構築した後,幾つかの状況に対して(H+H)制御器ならび(sliding-mode+H)制御器および2自由度+2自由度)制御器の各々による姿勢制御系の応答特性を調べてみた.simultion結果として,(H+H)制御器による姿勢制御系が,衛星姿勢に対する制御性能や特に低自己擾乱性の点において他の制御器に比べて優れていることを確かめた.また,第2章で記述した8電磁石式磁気軸受wheelの実機による検証を行い,計算機simulationで用いた磁気軸受の数学modelの妥当性を示した.

 以上の結果として,本研究は,全軸能動型磁気軸受wheelを用いた人工衛星の姿勢制御系の設計法を示し,また,具体的な姿勢制御器を設計すると共にその姿勢制御系が今後の人工衛星で要求される高精密の姿勢制御を達成できることを確認することにより,磁気軸受wheelの高性能姿勢制御用actuatorとしての有効性を示した.

審査要旨

 本論文は「磁気軸受ホイールを用いた人工衛星姿勢制御系に関する研究」と題し、磁気軸受型のフライホイールのギンバリング制御にもとづく人工衛星の姿勢制御方式を研究し、主にH∞制御理論を適用した高性能な制御器を提案するものである。

 従来から広く人工衛星の姿勢制御に使用されているフライホイールは玉軸受で支持されているため、機械的接触に起因する振動擾乱が衛星搭載観測機器等に悪影響を及ぼす場合が知られており、将来の天文観測衛星等に要求されている超高精密指向制御の障害になっている。そこで非接触でホイールのロータを支持する磁気軸受ホイールが考案された。磁気軸受ホイールは、ロータを磁気軸受で支持しているため、ロータの回転軸を傾ける(ギンバリング)制御とロータの回転制御により、1台のホイールで3軸方向の制御トルクを発生させることができるという長所と、ロータの運動と衛星本体の運動が連成するため制御が難しくなるという短所が存在する。また一般に、磁気軸受の特性は非線形であるため、その軸受制御則はこれに対処できる必要がある。本論文では、これらの諸問題点への対処法を提案し、その有効性を計算機シミュレーションおよび試作ハードウェアによる実験を用いて検証している。

 本論文は、以下のように7章から構成されている。

 第1章では研究の背景として、人工衛星姿勢制御用アクチュエータとしての従来の玉軸受ホイールの問題点、磁気軸受ホイールの長所・短所、従来の磁気軸受ホイール研究の経緯について述べるとともに、本研究の目的について記述している。

 第2章では磁気軸受の一例として、本研究の対象とする8電磁石式5軸能動磁気軸受ホイールの構造および駆動原理について述べている。特に、3軸並進力と2軸回転トルクの制御指令値を8個の電磁石の電流指令値へ変換する分配行列について、一般逆行列の考えを導入して制御電力的に最適なものを提案している。また軸受駆動部の電流指令値と発生制御トルク間の非線形性およびロータの運動計測系の特性についてモデル化し、後章の制御器設計、およびシミュレーションによる性能評価の準備としている。

 第3章では人工衛星と磁気軸受ホイールから成る系について、本論文で扱う座標系の定義と、運動方程式の導出およびその線形化を行っている。また人工衛星の付属柔軟物の影響は、剛体としての人工衛星の慣性テンソルの変動、すなわちモデル不確かさとして表現できることを、その運動方程式から導出している。

 第4章では、第3章で述べた線形化運動方程式で表される系は本質的に非可制御であること、またその物理的意義を明らかにし、この系を実用上問題なく制御するために衛星制御ループとホイール制御ループの2重ループ構造にするのが適当であることを述べている。また、衛星制御ループとホイール制御ループ各々に要求される特性について考察し、前者についてはH∞制御理論が、後者についてはH∞制御理論またはスライディングモード制御理論の適用が適していると考えられることを、他の制御理論と対比させながら述べている。

 第5章では、第4章の考察に基づいて、具体的に衛星制御ループとホイール制御ループの制御器の設計を行っている。

 衛星制御ループにはH∞制御器を適用し、想定される外乱および付属柔軟物の影響等を考慮して、適切なモデル不確かさ、重み関数を設定している。また、衛星制御器には積分要素を導入することが必須であることを示し、積分要素を含むことができないH∞制御器にこれを導入するため、仮想的に制御対象に積分要素を含めてしまう設計方法を提案している。

 ホイール制御ループについては、H∞制御器とスライディングモード制御器の設計例を示している。前者においては、軸受の非線形性についてはこれをモデル不確かさと外乱の和とみなすことによって対応し、また衛星の制御帯域に比し高い周波数での不要擾乱トルクの発生を極力低減することを考慮に入れて制御器の設計を行っている。後者においては、軸受の非線形性を外乱とみなすという方法によって設計を行っているほか、衛星制御ループ設計の際に必要となるホイール制御ループ全体の線形化伝達関数の導出を行っている。本来、非線形制御器であるスライディングモード制御器を含む系を伝達関数表現することはできないが、制御器とシステムの特性を考慮することによってこの線形化を行っており、その妥当性は第6章の計算機シミュレーションによって示している。

 第6章では、第5章で設計した制御器の有効性を示すために、付属柔軟構造物の振動を含む衛星の運動および磁気軸受の非線形性等を忠実にモデル化して計算機シミュレーションを行っている。また、試作ハードウェアを用いた実験を援用して、シミュレーションにおける磁気軸受の非線形性モデルおよびロータ運動計測系モデルの妥当性を確認している。

 シミュレーション結果については、制御特性の適切な評価手法を提案し、これにもとづき、本論文で設計した[H∞+H∞]制御器(前者がホイール制御器、後者が衛星制御器の意味)および[スライディングモード+H∞]制御器と、過去に研究例のある[2自由度+2自由度]制御器を比較した。結果として、衛星姿勢制御(指向制御および微小角マヌーバ)の面においては、[H∞+H∞]制御器および[スライディングモード+H∞]制御器ともに[2自由度+2自由度]制御器に比べやや優れた特性を示す一方、低自己擾乱性については[H∞+H∞]制御器は他の2つの制御器に比べ特に優れていることが示されている。

 第7章では、結論として、本研究で得られた成果をまとめるとともに、今後の課題について述べている。

 以上これを要するに、本論文は、磁気軸受ホイールを用いた人工衛星の姿勢制御系について、そのシステムの特性を明らかにし、姿勢制御器の設計およびその性能の評価を通じて、磁気軸受ホイールの高性能姿勢制御用アクチュエータとしての有効性および優位性を示したものであり、ひいては将来の超高精密天文観測等への適用の道を開くものとして、宇宙工学および制御工学の分野での貢献が少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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