内容要旨 | | 人工衛星の3軸安定化方式姿勢制御において一般的に広く利用される姿勢制御用actuatorとしてflywheelがあり,使い方によってreaction wheelとmomentum wheelに代表される.従来までのflywheelではその回転するrotorを支持する手段として主にball bearingが用いられてきたが,ball bearingには機械的接触支持という本質的な制約があり,衛星姿勢を乱す振動の発生や,信頼性および寿命に係わるrotorの摩耗などが問題として指摘されていた. 最近,衛星のmissionはその精密化及び複雑化が一層増していく傾向にあり,それに伴い,衛星姿勢制御精度の要求も高まりつつある.その結果,ball bearingを用いる従来のflywheelは,その大きな発生擾乱の故,今後の高精度の姿勢制御の要求を充足するにおいて解決すべき主要問題として取り上げられており,その発生擾乱を抑制するための振動減衰装置が要求されている.しかし,振動減衰装置の採用は衛星系の複雑化や高費用化をもたらすことを意味する. このようなball bearingの諸問題を根本的に解決する手段として,磁気浮上によってrotorを非接続支持する磁気軸受の使用が提案された.磁気軸受を用いれば,機械的摩擦を無くすことができるので,発生擾乱の小さい姿勢制御用actuatorを実現できると期待される.また,磁気軸受を全軸(5軸)能動型にすれば,rotorの高速回転によって小型・軽量化を図られることや,rotor回転軸を傾ける機能によって1つのwheelで3軸の姿勢制御ができるという付加的な利点も得られる. 磁気軸受wheelを人工衛星の姿勢制御用actuatorとして有用に用いるためには,磁気軸受wheel自体(hardware)の開発と共に,磁気軸受wheelを用いる際の人工衛星の姿勢制御系(software)を開発が必要である.一般に,全軸能動型磁気軸受wheelを搭載した人工衛星系は,衛星とwheelの運動が連性しているために相互作用によって両者の運動が不安定になる可能性があり,また,磁気軸受の制御力に大きな非線形特性があるので,その姿勢制御系を設計するのは容易でないといわれている. 本研究は,今後の宇宙観測用科学衛星等に要求される高精度の姿勢制御への要求を充足させることを目的として,rotorの回転軸を傾けることが可能な全軸能動型磁気軸受flywheelをactuatorとする人工衛星姿勢制御系の設計を行ったものであり,その具体的な研究内容は次のようである. 第2章では,宇宙用の装置に特に要求される小型・軽量化を図るために,8つの電磁石のみを使用してrotorの5自由度の運動を能動的に制御する形式の全軸能動型磁気軸受を採用した,8電磁石式磁気軸受wheelを挙げ,そのkinematicsを解析し,並進および回転運動のための制御入力を各電磁石による発生力へ変換する厳密な制御力分配則を,全電磁石による制御力のnorm値が最小(電力最小)になるように,Moore-Penroseの一般逆行列を適用して求めた.また,電磁石による磁気軸受の駆動部および計測部の非線形特性を数学的にmodelingすると共に,磁気軸受における擾乱源を分析し,擾乱信号はwheelの回転速度の整数倍なる高周波数のものが主であることを示して,制御器の設計および計算機simulationに備えた. 第3章では,制御理論を適用して制御器を設計する準備段階として,衛星およびwheelの各々に対し,運動記述のための座標系の定義を行い,これに基づいて運動方程式を導き,さらに線形化を行った.また,太陽電池paddleなどの柔軟構造物が衛星本体に附属している場合,それが衛星本体の姿勢に及ぼす影響は,衛星慣性tensorの周波数領域における変動として表現できることを示した. 第4章では,全軸能動型磁気軸受wheelを搭載した人工衛星系の運動力学的特性を解析し,全軸能動型磁気軸受wheelに存在し得るnutationのために,同系は原理的に不可制御であることを示した.また,衛星姿勢のための制御周波数とwheelのnutationの周波数が周波数領域において充分離れているという性質に基づき,衛星制御loopとwheel制御loopという2重制御loop構造の姿勢制御系を構成することにより,この不可制御性の問題に対処できることを示した.引続き,各制御loopに要求される性能や機能を明確にした後,H∞や制御理論とsliding-mode制御理論をあげ,同制御理論を応用する際の有効性を示した. 第5章では,第4章での検討の結果を踏まえ,H∞制御理論やsliding-mode制御理論を応用した具体的な姿勢制御器の設計法を示した.まず,wheel制御loopにおいて,磁気軸受の駆動部の非線形性をmodelの不確かさと外乱の和と見なして構造化model不確かさとして表現することにより,磁気軸受の駆動部の非線形性に強いH∞制御器を設計した.この時,第2章で磁気軸受における擾乱源について調べた結果に基づき,高周波数領域における制御torqueを抑える方法により,姿勢制御用actuatorとしての磁気軸受wheelに要求される低自己擾乱性を実現した.引続き,衛星制御loopにおいて,衛星制御器は積分器が必要であることを明らかにし,これをH∞制御器の設計に反映させる一手法を示すと共に,附属柔軟物の柔軟特性の衛星運動への影響を,第3章での成果を利用し,周波数領域における衛星modelの不確かさとして扱うことにより,附属柔軟物の柔軟性にrobustなH∞制御器を設計した.また,wheel制御loopに対しては,計算時間の少い制御器としてsliding-mode制御器を設計し,衛星制御loopの設計のために,非線形なsliding-mode制御器を含むwheel制御loopの閉loop伝達関数を簡単化する方法を示した. 第6章では,磁気軸受wheelを用いた衛星姿勢制御系に対する制御性能評価のための一手法を提案し,特にwheel制御器の性能はgimbal角度制御性能と低自己擾乱性とに分けて評価すべきことを示した.続いて,第2章で求めた磁気軸受の駆動部および計測部に対する数学modelを用い,第5章で設計した各姿勢制御器の制御性能を現実に近い条件で評価するための厳密な計算機simulation systemを構築した後,幾つかの状況に対して(H∞+H∞)制御器ならび(sliding-mode+H∞)制御器および2自由度+2自由度)制御器の各々による姿勢制御系の応答特性を調べてみた.simultion結果として,(H∞+H∞)制御器による姿勢制御系が,衛星姿勢に対する制御性能や特に低自己擾乱性の点において他の制御器に比べて優れていることを確かめた.また,第2章で記述した8電磁石式磁気軸受wheelの実機による検証を行い,計算機simulationで用いた磁気軸受の数学modelの妥当性を示した. 以上の結果として,本研究は,全軸能動型磁気軸受wheelを用いた人工衛星の姿勢制御系の設計法を示し,また,具体的な姿勢制御器を設計すると共にその姿勢制御系が今後の人工衛星で要求される高精密の姿勢制御を達成できることを確認することにより,磁気軸受wheelの高性能姿勢制御用actuatorとしての有効性を示した. |