学位論文要旨



No 113389
著者(漢字) 青木,輝勝
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,テルマサ
標題(和) ポストATMネットワークアーキテクチャ
標題(洋)
報告番号 113389
報告番号 甲13389
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4107号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,忠夫
 東京大学 教授 濱田,喬
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 相田,仁
内容要旨

 近年、B-ISDN(Broadband aspects of Integrated Services Digital Network)の実現に伴う情報革命についてマスメディアなどで盛んに報じられている。B-ISDNネットワークは、21世紀の本格的なマルチメディア時代を支える通信インフラストラクチャとして大いに期待されており、特に、B-ISDNネットワークが従来の電話トラヒック中心のネットワークから音声、画像、データなどの多様なメディアの通信を行なうマルチメディアネットワークへと発展することにより、私達の生活全般に渡って大きな変化をもたらし、まさに「情報革命」と呼ぶにふさわしいライフスタイル革命を引き起こすことになるであろう。

 このB-ISDNネットワーク実現の基幹技術として、近年、ATM(Asynchronous Transfer Mode)交換技術が注目され、その研究開発が今日まで盛んに行なわれてきた。しかし、これらの研究開発が進むにつれて、様々な研究成果が発表される一方で、ATM技術の限界についてもしだいに明らかにされてきた。今日では、「ATMネットワークはマルチメディアトラヒックを透過的に扱うための潜在能力はあるものの、基本的には音声トラヒックに対して最適化が行なわれているためデータ通信や動画像通信に対しては必ずしも最適なネットワークではない」との認識が広まりつつある。

 ATM交換技術は高速交換技術として完成に近い唯一の技術であり、現在でもLAN等の高速通信への応用が開始されつつあるが、ATMの技術開発も10年を経過し、その開発も実用化を目指したものになっている今日、基礎的研究としてATM以降のポストATMの議論が必要になっている。

 本論文では、「ポストATMネットワーク」と呼ぶ新たなネットワークアーキテクチャを提案し、その長所について述べるとともに、その主要構成要素である高速大容量パケットスイッチ、高性能ビデオスイッチの実現方式について検討を行なった。

 図1にポストATMネットワークアーキテクチャの概要図を示す。ポストATMネットワークアーキテクチャでは、ユーザインターフェース部分は統合化するが、ネットワーク内部ではメディア別ネットワークを構築する。これは、ユーザから見ると統合ネットワークが望ましいが、ネットワーク内部では必ずしも統合化されている必要がないという概念に基づいている。

図1ポストATMネットワークアーキテクチャ

 このようにポストATMネットワークではメディア別ネットワークを構築するため、各メディア別ネットワークではそれぞれのメディアに最適な制御が可能となり、ATMネットワークと比較して高性能化が期待できる。

 本論文ではメディア別ネットワークとして音声専用ネットワーク、ビデオ専用ネットワーク、インターネット、ATMネットワークを想定しているが、これらのうち、音声専用ネットワーク、ATMネットワークについてはすでに十分な研究開発が行なわれているため、インターネットおよびビデオ専用ネットワークについて、それぞれのネットワークの主要構成要素である高速大容量IPルータ、高性能ビデオスイッチの研究開発を中心に検討を行なった。

 図2に本論文で提案する大容量IPスイッチング方式の概要図を示す。このIPスイッチング方式は、従来方式と比較してパケット損失率、パケット遅延、遅延揺らぎなどの点で優れた性能特性を示した。

図2大容量IPスイッチング方式

 また、図3に本論文で提案する高性能ビデオスイッチの概要図を示す。このビデオスイッチング方式は、クロスポイントバッファスイッチとTDM(Time Division Multiplexing)交換技術を組み合わせて実現しており、低遅延、損失率ゼロなど従来のTDM交換の利点に加えて、高スループット化、ビデオトラヒックの扱いの柔軟性などの面で、既存のTDM交換機やATM交換機と比較して高性能化を実現できる。

図3高性能ビデオスイッチ
審査要旨

 本論文はポストATMネットワークアーキテクチャと題し、最近まで活発に研究されてきたATM交換技術を基本とした通信ネットワークの次世代のネットワークについての考え方のひとつの方向を論じたものであって全9章から成る。

 第1章は「はじめに」と題する本論文の序論である。ATM方式は大容量交換方式として開発され、マルチメディアトラヒックを透過的に扱う能力があるが、同時にマルチメディアの各トラヒックに対して必ずしも最適ではないとし、マルチメディアの各トラヒックに対してより適切なスイッチを形成する必要があることを述べている。

 第2章は「交換技術、マルチメディア通信技術に関する従来の研究」と題し、交換技術特に各種の大容量の交換通信路形成に関する従来の研究について整理している。高速信号の交換のためにはバッファの扱いが重要であるとし、特に交換能力を大容量化するためには各種の多段構成と、多段化に伴う損失率の増大を防止するための従来の研究について述べている。

 第3章は「ポストATMネットワークアーキテクチャ」と題し、従来のB-ISDNのようにすべての通信をひとつのスイッチファブリックによって扱うのではなく、多様なスイッチファブリックを組み合わせた複合形の交換ネットワークの優位性を述べている。この中で高速大容量パケットスイッチと高性能ビデオスイッチについて研究することが述べられている。

 第4章は「高速大容量可変長パケットスイッチング方式の検討」と題し、ATMに見られるような固定長セルによる交換に対して、可変長による大容量交換方式が実現できる可能性を示している。インタネットのパケットに見られるような可変長パケットをそのまま扱う場合と、ATMセルに分割して扱う場合につき比較し、ATMセルに分割することはセル損失、セル遅延の点から不利であることを示している。さらに可変長パケットを扱うパケットスイッチにつき、パケット損失率を小さくしながら、大容量化を実現するための各種の方法について述べている。

 第5章は「Ring Banyan網の提案」と題し、パケット損失率を低く保ちながら、大規模な多段パケット交換ネットワークを形成する新しい方式について提案している。この方式では多段のバニヤンスイッチをリング上に配置し、パケットを転送できないときには、他の経路に転送し、これを次のバニヤンスイッチで正しい経路に戻すものであり、4段程度のスイッチで大幅な改善が可能になる。

 第6章は「可変長パケット用共通バッファスイッチ」と題し、スイッチファブリックの基本となる共通バッファ形スイッチの基本的ハードウェア構成について論ずると共にゲートアレイによる実装について述べ、このようなスイッチが実現可能であることを確認している。

 第7章は「高性能ビデオスイッチに関する検討」と題し、MPEG2に代表される可変長ビットレートの信号を扱うことができる新規な時分割多重交換の原理を拡張した交換方式について提案し、その性能を評価している。この方式は時分割のフレーム構成をビットレートの変化に応じてダイナミックに変化しながら時分割交換を行う方式であり、従来の交換方式にない融通性を実現するものである。

 第8章は「ポストATMネットワーク・アクセス網の検討」と題し、このような複合交換網とその加入者を接続する大容量アクセス網について検討している。アクセス網としてはスター形とループ形が検討され、各種のトラヒックは多重化されて加入者側から交換網に与えられる。

 第9章は「まとめと今後の課題」と題し、研究を統括すると共に残された課題を整理している。

 以上本論文はマルチメディア時代の交換ネットワークの構成として、従来の研究の枠組みを越えて新たな考え方を示し、その中で可変長パケット交換と可変ビットレート交換の新規な方法を提案し、その有効性を示したものであって、電子情報工学上貢献することが少なくない。よって本論文は東京大学大学院工学系研究科電子情報工学科専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク