学位論文要旨



No 113390
著者(漢字) 秋山,知之
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,トモユキ
標題(和) 結合微小共振器構造を用いた高性能全光変調器
標題(洋) High Performance All-Optical Modulator with Coupled Microcavity Structure
報告番号 113390
報告番号 甲13390
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4108号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
内容要旨

 将来の超大容量光通信において、超高速光時分割多重は重要な役割を担うと期待されている。それを実現する上で、全光型の多重分離、波形再生、クロック抽出は必要不可欠な機能である。これらの機能を実現する上で基本となるのが、光による光制御であり、光ゲート素子が重要な役割を持つ。光ゲートとして半導体レーザアンプ、光ファイバ、半導体可飽和吸収体などの光非線形性を利用した数多くのデバイスが提案されている。その中で、低温MBE成長量子井戸のバンド間遷移に伴う可飽和吸収を利用した垂直共振型の素子は、(1)高速動作が可能である、(2)偏波依存性がない、(3)高消光比、(4)温度変化・振動に対する安定性に優れる、(5)コンパクト、という特長を持ち、他の素子と比較して多くの優れた点を持つ。この素子は、吸収体の体積を極限まで小さくした非対称共振器構造により、キャリア励起を最大限増強することにより、非常に高感度な動作が可能である。しかしこの場合、感度は動作波長帯域とトレードオフの関係にあり、応用上非常に問題となる。本論文において、この素子の広帯域化の手法として、共振器の結合による共振スペクトル形状の平坦化を利用する方法を提案した。短共振器構造の特性を最大限生かす目的で、有効共振器長を小さくすることが可能な、誘電体多層膜とのハイブリッド構造の素子を作製し(図1左)、実験的な評価を行なった。5Gbit/sにおける時分割多重分離実験の結果、2pJのパルスエネルギーで消光比10dB以上の得られる帯域として10nmという結果が得られ、従来構造の約5陪の帯域が得られることを示した(図1右)。

図1作製したデバイスの構造図(左)と消光比の信号波長依存性(右)(a)単一共振器構造(従来構造)(b)結合共振器構造

 更に、ポンプパルスエネルギーJp=250fJにおける動作が確認され、非対称共振器構造を持つ素子としては、我々の知る限り最も低エネルギーにおける動作を確認できた(図2左)。消光比の波長依存性を測定した結果、ポンプエネルギー800fJにおいて消光比10dB以上の帯域として7nmが得られ、250fJにおいても、6dB以上の帯域として4nmが得られ(図2右)、短共振器の結合構造が、高感度・広帯域化に有効であることを示した。

図2サブpJパルスによる分離波形(左)と消光比の信号波長依存性(右)

 次に、本素子は低温MBE成長の条件を変えることにより、更に高速な動作が可能であり、高速波長変換素子としての応用が期待できると考え、その様な応用の側面から性能評価を行なった(図3)。その結果、1Gbit/sの入力信号に対して最大14nmの波長変換に成功した。図4は入力信号光とその波長変換光のアイパターンであり、良好なアイ開口が得られていることが分かる。この時信号光とプローブ光のパワーは、それぞれ3.4mW、1.4mWであり、低パワー動作が実現されている。動作波長帯域は10nmであり、半導体レーザアンプや光ファイバの四光波混合を用いた高速波長変換器と比較して広い帯域が得られた。これは、結合共振器構造を用いた結果と考えることができる。

図3波長変換実験系図4アイパターンの測定結果(a)入力信号光(1Gbit/s擬似ランダムNRZ信号)(b)波長変換後の信号光

 近年ミリ波の伝送方式として、光搬送波に載せたミリ波を光ファイバにより伝送する方式が注目されている。この方式では、光ファイバの広帯域性、低損失性、及び1.5m帯の光に対する広帯域・低雑音な増幅器であるエルビウム添加ファイバ増幅器の存在により、従来の同軸線路と比較して、伝送距離、伝送容量の飛躍的な改善が得られると期待される。この様なシステムにおいて、従来では電気的に行なわれていたミリ波帯の電気信号に対するミキシングを光ミリ波間で、光のまま行なうことのできる素子があれば、広帯域なシステムを安価に実現できると考えられる。そこで、ミリ波のミキサとして、全光変調器を利用することを提案し、上記作製素子のその目的における性能評価を行なった。この様な応用においては、周波数特性、効率、線形性が特に問題となる。400MHzのIF信号と60GHzのミリ波副搬送波のミキシングを行なった結果、IF信号の60GHz帯へのアップコンバージョンが確認された。図5左はその時のミリ波スペクトルである。次に変換信号パワーのIF周波数依存性を測定した結果、1GHz以上の広帯域性を持つことが確認され、また、これがキャリア寿命によって支配されていることを確認した(図5右)。

図5 光IF信号の60GHz帯へのアップコンバージョン後のスペクトル(左)と変換信号パワーのIF周波数依存性(右)

 次に、歪み特性の評価を行なった結果、得られた特性が、評価に用いたDFBレーザの直接変調における歪み特性によって支配されており、本素子がそれを上回る歪み特性(スプリアスフリーダイナミックレンジ>70dB・Hz2/3)を持つことを確認し、ミキサとして優れた周波数、及び歪み特性を有することを示した(図6)。

図6 相互変調歪(IM3)パワーの入力IFパワー依存性
審査要旨

 本論文は"High Performance All-Optical Modulator with Coupled Microcavity structure"(結合微小共振器構造を用いた高性能全光変調器)と題し、英文で書かれている.大容量光情報伝送に用いられている時分割多重方式において電子回路の速度制限を逃れるには超高速応答の可能な全光ゲートが有望であるが全面的に満足できるデバイスは開発されていない.本研究では半導体の可飽和吸収現象を利用した全光ゲートの新しい構造および動作原理を提案するとともに、その設計理論を構築し、試作・基礎評価を行い、さらに信号分割動作確認など、いくつかの応用基礎実験を実施して新構造の有望性を明らかにしている.

 第1章はIntroduction(序論)であり、超大容量の光通信の実現には光トリガーで光信号を制御する全光ゲートの高性能化が求められていることを指摘し、研究の背景を要約している.特に量子井戸構造半導体可飽和吸収層を非対称ファブリーペロー型微小共振器に閉じ込めた光ゲートについてその利点および問題点を整理している.

 第2章はCoupled cavity asymmetric Fabry-Perot all optical gates(結合共振器構造非対称ファブリーペロー型全光ゲート)と題し、これまでの全光ゲートの問題点を解決しうる新構造として結合共振器構造を提案し、その設計理論を構築するとともに、試作実験の概要を記述している.従来の単一共振器構造では可飽和吸収層の体積を減じて感度を高めると波長帯域幅が狭まるという本質的な欠点があったが、新構造では非線形媒質を含むキャビティと線形なキャビティの電磁気的な結合が波長帯域幅を押し広げる役割を果たしているために高感度と広帯域性の両立をはかることが可能である.また高速性、偏光無依存性、小型、堅牢、高コントラスト、過剰雑音なし、などの利点も主張できるとしている.実験的には長距離通信に適する波長1.5ミクロン帯で動作するInGaAs歪超格子を可飽和吸収層とし、誘電体多層膜ブラッグ反射層と組み合わせて結合共振器を構成するデバイスを自作した.

 第3章はCharacterization of coupled cavity all-optical gates(結合共振器構造全光ゲートの評価)と題し、試作した全光ゲートデバイスの特性を測定し、評価している.まず反射スペクトルの測定によって結合共振器構造による広帯域化を実証し、次に光クロックパルスによって高速光信号を分割する全光デマルチプレクシング実験を行い、ポンプパルスエネルギー2pJでの10dB帯域が10nmと従来型の約5倍の性能を得た.さらにポンプエネルギーが800fJにおいて帯域7nmを確認している.また動作速度を上げるために用いられるキャリア寿命短縮の処理を行っても結合共振器構造の導入でもたらされた利点が保たれることを解析によって示している.

 第4章はOther applications of coupled cavity all-optical gate(結合共振器構造全光ゲートのその他の応用)と題し、前章で得た極めて高感度な非線形特性の波長変換への応用、および光をキャリアにしたミリ波信号伝送系における全光ミキシングへの応用を提案するとともにその基礎実験を実施して動作確認に成功している.前者については平均パワー3.4mWで繰り返しが2Gbpsの信号を平均パワー1.4mWのプローブを用いて14nm離れた波長へ-15dBの感度で変換できることを確認した.この変換効率は十分ではないが、過剰雑音が極めて少ないことは利点であり、光増幅器との組み合わせによって十分な信号レベルを確保できるものと考えられる.後者については60GHzのミリ波サブキャリアに対して1GHzの変調帯域幅が実現され、そのときのスプリアスフリーなダイナミックレンジは70dB・Hz2/3であった.信号光源の歪みを考慮すると実質的な歪みは更に小さいものと考えられる.この方式によれば技術的に困難なミリ波帯での光電気信号変換を用いずにミキシングが可能となるため、ワイヤレスアクセス系とファイバネットワークを結ぶ一方式として検討に値する.

 第5章は Coupled cavity all-optical gate for low-loss and high-contrast operation(低損失、高コントラスト比動作に適する結合共振器構造全光ゲート)と題し、非対称結合共振器全光ゲートの第2の構造を提案し、シミュレーションにより、この構造が低損失性と高コントラストを両立させるのに適する構造であることを示している.現実的な材料定数を仮定した計算によって100Gbpsの信号列についてポンプエネルギーが1平方ミクロンあたり7.7fJのとき損失が0.2dBまで減少し、コントラスト比は20dBまで上昇することが予想された.

 第6章はConclusion(結論)であり、得られた成果をまとめている.

 以上を要約すると本研究は超高速光通信にとって重要な全光ゲートに要求される高感度性、広帯域性、高コントラスト性、高速性を両立させ得る新しい構造を提案し、設計理論を構築するとともに実際に素子試作をおこない、信号分離、波長変換および光ミリ波系におけるミキサ動作を実験的に確認することによって全光ゲートの有力な実現法を提示しており、光電子工学に貢献するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認めるれる.

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