本論文は"High Performance All-Optical Modulator with Coupled Microcavity structure"(結合微小共振器構造を用いた高性能全光変調器)と題し、英文で書かれている.大容量光情報伝送に用いられている時分割多重方式において電子回路の速度制限を逃れるには超高速応答の可能な全光ゲートが有望であるが全面的に満足できるデバイスは開発されていない.本研究では半導体の可飽和吸収現象を利用した全光ゲートの新しい構造および動作原理を提案するとともに、その設計理論を構築し、試作・基礎評価を行い、さらに信号分割動作確認など、いくつかの応用基礎実験を実施して新構造の有望性を明らかにしている. 第1章はIntroduction(序論)であり、超大容量の光通信の実現には光トリガーで光信号を制御する全光ゲートの高性能化が求められていることを指摘し、研究の背景を要約している.特に量子井戸構造半導体可飽和吸収層を非対称ファブリーペロー型微小共振器に閉じ込めた光ゲートについてその利点および問題点を整理している. 第2章はCoupled cavity asymmetric Fabry-Perot all optical gates(結合共振器構造非対称ファブリーペロー型全光ゲート)と題し、これまでの全光ゲートの問題点を解決しうる新構造として結合共振器構造を提案し、その設計理論を構築するとともに、試作実験の概要を記述している.従来の単一共振器構造では可飽和吸収層の体積を減じて感度を高めると波長帯域幅が狭まるという本質的な欠点があったが、新構造では非線形媒質を含むキャビティと線形なキャビティの電磁気的な結合が波長帯域幅を押し広げる役割を果たしているために高感度と広帯域性の両立をはかることが可能である.また高速性、偏光無依存性、小型、堅牢、高コントラスト、過剰雑音なし、などの利点も主張できるとしている.実験的には長距離通信に適する波長1.5ミクロン帯で動作するInGaAs歪超格子を可飽和吸収層とし、誘電体多層膜ブラッグ反射層と組み合わせて結合共振器を構成するデバイスを自作した. 第3章はCharacterization of coupled cavity all-optical gates(結合共振器構造全光ゲートの評価)と題し、試作した全光ゲートデバイスの特性を測定し、評価している.まず反射スペクトルの測定によって結合共振器構造による広帯域化を実証し、次に光クロックパルスによって高速光信号を分割する全光デマルチプレクシング実験を行い、ポンプパルスエネルギー2pJでの10dB帯域が10nmと従来型の約5倍の性能を得た.さらにポンプエネルギーが800fJにおいて帯域7nmを確認している.また動作速度を上げるために用いられるキャリア寿命短縮の処理を行っても結合共振器構造の導入でもたらされた利点が保たれることを解析によって示している. 第4章はOther applications of coupled cavity all-optical gate(結合共振器構造全光ゲートのその他の応用)と題し、前章で得た極めて高感度な非線形特性の波長変換への応用、および光をキャリアにしたミリ波信号伝送系における全光ミキシングへの応用を提案するとともにその基礎実験を実施して動作確認に成功している.前者については平均パワー3.4mWで繰り返しが2Gbpsの信号を平均パワー1.4mWのプローブを用いて14nm離れた波長へ-15dBの感度で変換できることを確認した.この変換効率は十分ではないが、過剰雑音が極めて少ないことは利点であり、光増幅器との組み合わせによって十分な信号レベルを確保できるものと考えられる.後者については60GHzのミリ波サブキャリアに対して1GHzの変調帯域幅が実現され、そのときのスプリアスフリーなダイナミックレンジは70dB・Hz2/3であった.信号光源の歪みを考慮すると実質的な歪みは更に小さいものと考えられる.この方式によれば技術的に困難なミリ波帯での光電気信号変換を用いずにミキシングが可能となるため、ワイヤレスアクセス系とファイバネットワークを結ぶ一方式として検討に値する. 第5章は Coupled cavity all-optical gate for low-loss and high-contrast operation(低損失、高コントラスト比動作に適する結合共振器構造全光ゲート)と題し、非対称結合共振器全光ゲートの第2の構造を提案し、シミュレーションにより、この構造が低損失性と高コントラストを両立させるのに適する構造であることを示している.現実的な材料定数を仮定した計算によって100Gbpsの信号列についてポンプエネルギーが1平方ミクロンあたり7.7fJのとき損失が0.2dBまで減少し、コントラスト比は20dBまで上昇することが予想された. 第6章はConclusion(結論)であり、得られた成果をまとめている. 以上を要約すると本研究は超高速光通信にとって重要な全光ゲートに要求される高感度性、広帯域性、高コントラスト性、高速性を両立させ得る新しい構造を提案し、設計理論を構築するとともに実際に素子試作をおこない、信号分離、波長変換および光ミリ波系におけるミキサ動作を実験的に確認することによって全光ゲートの有力な実現法を提示しており、光電子工学に貢献するところが大きい. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認めるれる. |