学位論文要旨



No 113394
著者(漢字) 五月女,悦久
著者(英字)
著者(カナ) ソウトメ,ヨシヒサ
標題(和) 集束イオンビームを用いたYBaCuO共プレーナ型ジョセフソン接合の研究
標題(洋)
報告番号 113394
報告番号 甲13394
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4112号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 本論文は、微細な領域にイオンを照射可能な集束イオンビームを用いて、共プレーナ構造を持った酸化物高温超伝導体ジョセフソン接合の提案・作製・評価についてまとめたものである。

 酸化物高温超伝導体を用いたジョセフソン素子は、従来の金属系超伝導体を用いたジョセフソン素子と比べて高温での動作が期待されるが、素子の信号出力の大きさの目安となるIcRn積(Ic:素子の臨界電流値、Rn:素子の常伝導状態における抵抗)は、77Kにおける値が金属超伝導体ジョセフソン素子の値と比べて小さく、大きなIcRn積を持つジョセフソン素子を作製することが課題となっている。

 酸化物高温超伝導体は、異方性のある結晶構造を持ち、超伝導電流は図1に示すように結晶中のCu(銅)とO(酸素)で構成された平面(Cu-O面)に沿って流れやすい性質を持っている。よって、より大きな素子電流を得るためには、Cu-O面方向に電流が流れるような素子構造が有利である。また、回路応用等を考慮した場合、複数のジョセフソン素子を同一基板上に作製する必要があり、超伝導薄膜をCu-O面が基板と平行になるように堆積し、電流が基板表面に対して平行に流れるような共プレーナ構造(図1参照)が有利となる。

図1:酸化物高温超伝導体の二次元伝導性と共プレーナ構造

 ジョセフソン素子は、超伝導薄膜を局所的に変質させ弱結合部分を形成することによっても作製可能である。酸化物高温超伝導体薄膜の超伝導性は、薄膜中の酸素の含有率、結晶性の劣化、不純物などに敏感であり、基板表面のダメージや薄膜に注入されたイオン、照射ダメージにより超伝導性が劣化することが知られている。そこで、マスクを用いずに0.1m程度のエッチングやイオンの注入などの微細加工が可能な集束イオンビーム(FIB)を用いて薄膜の一部を局所的に変質させ、共プレーナ構造のジョセフソン接合を作製した。

 酸化物高温超伝導体を用いたジョセフソン素子を作製する場合、使用する超伝導薄膜の品質は接合に重大な影響を与える。また、均一な接合部分の形成や接合パラメータのばらつきを抑えるためには、薄膜の均一化・高品質化が必要となる。そこで、比較的容易に高品質な酸化物高温超伝導体薄膜が作製可能なパルスレーザー堆積法による薄膜作製装置を製作し、薄膜の特性を評価した。酸化物高温超伝導体には代表的なYBa2Cu3O7-x(YBCO)を用いた。その結果、図2に示すように膜厚300nmにおける薄膜の抵抗-温度特性から薄膜の臨界温度は81Kを示した。また、薄膜の臨界電流値の温度依存性から77K(液体窒素温度)における電流面密度として5.6×104A/cm2という高い値が得られた。さらに、X線回折による薄膜の結晶性の評価を行い、薄膜がc軸配向示し、かつ結晶の格子定数が単結晶における場合とほぼ等しいことを示した。これらのことは、パルスレーザー堆積法により高品質なYBCO薄膜が作製されていることを示している。

図2:パルスレーザー堆積法により作製したYBCO薄膜の抵抗-温度特性

 FIBを用いた共プレーナ構造のジョセフソン接合については、基板上にFIBを用いて一次元的にスキャンさせることにより、サブミクロンの幅を持つ直線のダメージを与え、ダメージを受けた基板上に異常成長するYBCOを弱結合部分とした基板ダメージ型FIB接合(図3参照)およびYBCO薄膜にベリリウム(Be)イオンビームを局所的に照射して、注入したイオンが留まることによって与える影響ではなく、イオンの通過時に与えるダメージにより弱結合部分を形成する照射ダメージ型FIB接合(図5参照)について接合の作製・評価を行った。これらの素子は、共プレーナ構造を持つことにより大きな素子電流を得ることが可能である。また、超伝導薄膜を一度成膜すれば接合が作製されるため、プロセス行程が簡易である。さらに、FIBによるダメージ箇所が接合となるため、接合を形成したい部分にビームを照射することができ、回路の作製時における素子の配置の自由度が高く、回路応用に有利である。

図3:基板ダメージ型FIB接合の素子構造図4:膜厚200nmにおける素子の電流-電圧特性(X軸:0.05[mV/div],Y軸:0.2[mA/div])T=4.8[K],Ic=0.5[mA].Rn=0.24[ohm]図5:照射ダメージ型FIB接合の素子構造

 基板ダメージ型FIB接合は、薄膜の厚さに依存して接合の特性が変化する傾向を示し、膜厚300nmにおける接合の電流-電圧特性はflux-flow素子的な特性を示し、IcRn積は4.2Kで1〜3mVを示した。また、マイクロ波に応答しシャピロステップが現れ、最高で第16ステップまで観察された。磁場特性については、低温領域において磁場を印加しても素子の臨界電流値は変化しなかったが、温度を上昇に伴い磁場による変調度(臨界電流値の周期的な変化)が増加し、dc-SQUIDが示す磁場依存性に類似した特性を示した。よって、接合中に複数のジョセフソン接合が並列に存在している可能性を示している。

 膜厚が200nmの場合、図4に示すようにRSJモデルに従う電流-電圧特性を示した、IcRn積は4.8Kで0.12mVとなり、膜厚300nmの場合と比べて大きく減少した。4.2KにおけるIcRn積は、0.1mV-0.5mVの範囲の値が得られた。マイクロ波を照射した素子ではシャピロステップが観測され、128.8GH2まで応答が可能となることが示された。磁場特性については4.2Kにおいても磁場に応答し、均一な接合状態を示すフラウンフォーファー回折像に類似した磁場依存性を示した。変調周期から見積った接合面積と、接合寸法から見積られる接合面積の比較によって、接合の1/3程度の領域において均一な接合状態になっていると考えられる。

 このような接合特性膜厚による変化は、接合表面の膜厚による変化をSEMにより観察した結果、接合が構造的にも、膜厚によって変化していることが示された。具体的には、膜厚が200nm程度であれば、ダメージを受けた基板上に異常成長したYBCOを介した接合が作製されているが、それ以上の膜厚では接合上部でダメージ部分の両側から成長してきたYBCOによって異常成長した部分が縮小され、膜厚さ300nmにおいては、一部接合上部が正常に成長したYBCOによって覆われ、マイクロショートが形成されていることが示された。

 照射ダメージ型FIB接合については、まず、照射されたイオンがYBaCuO薄膜へ及ぼす影響について、モンテカルロ・シミュレーションを用いてYBCO薄膜中のイオンの軌跡・分布について解析を行った。その結果、Beイオンは、非常に深くまで打ち込まれ、注入分布の横方向の広がりは大きいが、照射ダメージにのみ注目すると、浅い部分においては横方向への広がりは小さく抑えられている事が分かった。よって、100nm程度のYBCO薄膜にBeイオンを照射することでイオンの照射ダメージによる弱結合部分を作製し、イオンの照射量が2×1015ions/cm2から1×1016ions/cm2の範囲においてジョセフソン特性が示された。

 照射量1×1016ions/cm2においては、低温においてflux-flow素子的な特性を示し温度が高くなるにつれて特性が変化し、40K以上ではRSJモデルに従う特性を示した。6.3KにおけるIcRn積は0.6mVを示し、接合の臨界温度は64Kであった。シャピロステップは接合の臨界温度付近まで観察され、最高16次までのシャピロステップが観察された。また、磁場特性については図6に示すように磁場に応答しない電流成分が存在するが、フラウンフォーファー回折像に非常に類似した特性を示している。磁場による臨界電流値の変調度は、最大で80%の変調度が得られた。よって、超伝導性が非常に強い部分が存在するが均一な接合が形成され単一のジョセフソン素子として動作していることが示された。

図6:照射量1×1016ions/cm2での接合の磁場特性(X軸:0.4Gauss/div,Y軸:40A/div)T=60[K]

 接合部分の評価については、YBCOブリッジに点線状にイオンを照射しその間隔を変化させて特性の測定を行い、Beイオンビームの実効ビーム径は、40〜50nmであると見積られた。よって、YBCOのSNS近接効果接合に用いられるバリア層の厚さ(10〜50nm)と同等のバリア厚さとなっていることが示された。Beイオン照射によるダメージ部分の電気特性を評価するために、ジョセフソン結合が起こらない程度の接合長を持ったダメージ領域を形成し、照射量を変化させて抵抗温度特性を測定した。その結果、Beイオン照射によるダメージを受けたYBCOは金属的な電気特性を示すことが示された。

 Beイオン照射によるダメージ部分の電気特性やイオン照射量による接合の特性の変化などから、Beイオンビームの分布はガウス分布に類似した分布を持つため、ダメージを受けたYBCOが金属的な層(N層)に変化し、N層の周囲の非常に狭い領域に超伝導性が低下した層(S’層)が形成されていると考えられる。この部分は温度によって、N層にも超伝導層にも変化するため、低温では実効的な接合長が減少し、マイクロショートが存在しやすい状況が形成され、接合の臨界温度付近では、均一なN層が形成されSNS的な近接効果による特性が示されていると考えられる。

 以上のことから、FIBを用いて局所的に弱結合部分を形成することで共プレーナ構造のジョセフソン接合が作製され、均一な接合部分を持ち近接効果によるSNS接合の特性を持つことが示された。

審査要旨

 本論文は「集束イオンビームを用いたYBaCuO共プレーナ型ジョセフソン接合の研究」と題し、酸化物高温超伝導体であるYBaCuO(YBCO)を用いて、結晶構造から由来する超伝導電流の二次元伝導性を積極的に利用した共プレーナ構造を持ち均一な接合部分を有するジョセフソン素子を、微細加工が可能な集束イオンビーム(FIB)を用いて薄膜成長基板および薄膜に直接照射する二種類の方法を用いて接合を作製し、特性の評価を行った結果をまとめたもので、6章により構成されている.

 第1章は「序論」であり、本研究の背景および目的について酸化物高温超伝導体を用いたデバイス応用の観点から述べるとともに、本論文の構成について主要な流れを概観している.

 第2章は「酸化物高温超伝導体ジョセフソン素子について」と題し、酸化物高温超伝導体を用いたジョセフソン素子について、まず、酸化物高温超伝導体の物性・特徴について解説し、続いて酸化物高温超伝導体を用いたジョセフソン素子における構造・特性について述べている.さらに、現状の各種ジョセフソン素子についての各特性と問題点について述べ、酸化物高温超伝導体の特性を活かしたジョセフソン素子の構造について述べている.

 第3章は「パルスレーザー堆積法を用いた高品質YBCO薄膜の作製」と題し、本論文で使用するYBCO薄膜の高品質化の必要性について述べ、比較的容易に高品質YBCO薄膜が作製可能なパルスレーザー堆積法(PLD法)による薄膜を作製し評価している.その結果、膜厚300nmにおける薄膜の抵抗-温度特性から膜の臨界温度は81K、また薄膜の臨界電流値の温度依存性から77Kにおける電流面密度として5.6×104A/cm2という高い値を得ている.さらに、X線回折による薄膜の結晶性の評価を行い、薄膜がc軸配向を示し結晶の格子定数が単結晶の場合と同じ値となることなどから、PLD法により高品質なc軸配向YBCO薄膜が作製されていることを示している.

 第4章は「基板ダメージ型FIB接合の作製と評価」と題し、FIBで局所的にダメージを与えた基板上に異常成長するYBCOを弱結合部分とする基板ダメージ型FIB接合について、接合の作製・評価を行っている.基板ダメージ型FIB接合は、薄膜の厚さに依存して接合の特性が変化する傾向を示し、膜厚300nmにおける接合は、flux-flow素子的な電流電圧特性、シャピロステップ応答、磁場特性については、接合の臨界温度付近でのみ複数の接合の存在を示唆する不均一な接合状態を有した特性を示している.一方、膜厚が200nmの接合は、RSJモデルに従う電流電圧特性、シャピロステップ応答を示し、4.2KにおけるIcRn積は0.1mV〜0.5mVの範囲の値が得られ、膜厚300nmの場合と比べて大きく減少した.磁場特性については4.2Kまで磁場に応答し、均一な接合状態を示すフラウンフォーファー回折像に類似した磁場依存性を示している.膜厚による接合表面の変化を観察した結果、薄膜の成長に伴ってダメージ部分の両側から正常に成長したYBCOによって異常成長したYBCO部分が縮小され、膜厚300nmにおいては、接合上部でマイクロショートが形成され、接合部分が不均一となっていることを示している.

 第5章は「照射ダメージ型FIB接合の作製と評価」と題し、YBCO薄膜に直接イオンを局所的に照射して、弱結合部分を形成させる照射ダメージ型FIB接合について提案し、作製・評価を行っている.まず、Beイオンのモンテカルロ・シミュレーションの結果を踏まえて、100nm程度のYBCO薄膜にBeイオンを照射し、イオンの通過時に与えるダメージによる弱結合部分を作製することを提案している.素子を作製した結果、低温においてflux-flow素子的な電流電圧特性を示し40K以上ではRSJモデルに従う特性を示している.シャピロステップは接合の臨界温度付近まで観察され、磁場特性はフラウンフォーファー回折像に非常に類似した特性を示している.イオン照射によるダメージ部分の電気特性を評価した結果、イオンの照射量に比例して、臨界温度が低下した超伝導体の特性から金属的な電気特性に変化している.ダメージ部分の電気特性やイオン照射量による接合の特性の変化などにより、接合には、金属的な常伝導層およびその層の周囲の非常に狭い領域に超伝導性が低下した層が形成され、低温では実効的な接合長が減少し、マイクロショートが存在しやすい接合部分が形成され、一方、接合の臨界温度付近では、均一な常伝導層が形成され、これらの近接効果によりジョセフソン特性が得られることを示している.

 第6章は「結論」であり、本研究で得られた結果を総括している.

 以上を要するに、本論文はFIBを用いて酸化物高温超伝導体の特性を活用した共プレーナ構造を持ったジョセフソン素子を提案・作製し評価を行ったものであり、超伝導エレクトロニクスの分野に寄与するところ大である.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1888