本論文は"Millimeter-Wave Photonic Devices and Their Operation Techniques"(ミリ波フォトニクスのための光電子デバイスおよびその駆動法に関する研究)と題し、7章から構成され英文で書かれている。 近年、マイクロ波・ミリ波技術に光技術を融合させて無線技術に新展開を図る「マイクロ波・ミリ波フォトニクス」なる概念が注目を集めている。従来のマイクロ波・ミリ波技術の機能の中の不可能・困難あるいは高価であるものに対し、光技術の特色の効果的活用によりそれらを容易に実現することを目標としている。特に、ミリ波信号の伝播・処理に対してはその改善効果が大きいものと期待されている。そのような光ミリ波伝送系の構築には、ミリ波帯での電気→光および光→電気変換を十分に高効率で線形性よくしかも高パワー領域で行う光電子デバイス(ミリ波フォトニクス素子)が必要不可欠である。しかしながら、ミリ波フォトニクス素子の開発やその効果的な駆動方法については、十分な議論がなされているとは言えなかった。 本研究では、電気→光変換を司るデバイスとしてモード同期モノリシック半導体レーザ、また光→電気変換を司るデバイスとして導波路型p-i-n受光器、とそれぞれ斬新かつ有望な光電子デバイスに着目し、それらの究極的潜在能力の追究を理論的・実験的手法を用いて行っている。また、新規に発案した駆動法の適用によって一層の高性能化・高機能化が実現可能であることを示している。 第1章はIntroduction(序論)であり、上記のような研究の背景を要約している。それと共に、光ミリ波システムの本質的構成要素の整理を行い、それぞれに要求される機能・性能を系統的に論じている。これにより、光ミリ波システムに用いられる光電子デバイスとその駆動方法の有るべき姿を浮き彫りにしている。 第2章では、モノリシック半導体レーザの分周駆動によるパルス列安定化手法について論じている。その受動モード同期動作において、従来は出力信号に含まれる大きな位相雑音が問題であるとされてきた。近年になってハイブリッドモード同期法の適用によるパルス列安定化手法が示されているが、しかしながら、出力周波数の上昇とともに信号源の性能や変調能率の低下に伴う困難が避けられないという欠点がある。これに対して、モード同期レーザに内在する強い非線形性の結果として生ずる逓倍効果を積極利用して駆動電気信号の周波数を整数分の一に低減する方法、すなわち、分周ハイブリッドモード同期法を提案し、その実験的実証と系統的評価を行っている。実際、駆動電気信号の周波数を3分の一以下としても、十分に安定化された光パルス列発生が可能であることが示された。 第3章では、モード同期モノリシック半導体レーザに関して、進行波型レート方程式に基づくレーザ数値解析モデルを構築し、素子構造と性能パラメータとの相互関係の解明を試みている。一般に、本素子に対しては実験的研究が先行し、その動作原理には未解明な点が多数あった。当然、光ミリ波信号源としての設計指針も議論されていなかった。これに対し、分布ブラッグ反射鏡の機能に着目し、そのモード同期動作に与える効果について系統的な解析を行っている。結果として、最適な結合係数及び領域長を見出すための指針を得ている。 第4章では、モード同期モノリシック半導体レーザのみを用いるだけで実現可能な光ミリ波変調方式を新規に提案している。これは、分周ハイブリッドモード同期レーザの光ミリ波出力を情報伝送に応用するためには極めて効果的な変調方式であり、光ミリ波トランスミッタを構築した際にサイズ・コスト・安定性などの点で有利となる。本章の結果は、モード同期モノリシック半導体レーザの光ミリ波伝送応用に向けての有望な駆動方式の提案と位置づけることができる。 第5章では、光電気変換を司るデバイスとして優れる導波路型p-i-n受光器について、従来の光ミリ波伝送概念の拡張によって新たな機能を付加することを提案・検討している。即ち、中間周波信号とミリ波局部発信器信号を別個の光信号として光ファイバ伝送し、受光器単体においてそれらの周波数混合を行う。この極めて簡単かつ広帯域な新手法を「非線形受光法」と称している。その実現法の一例として本章で実証しているのは、受光器に印加する逆バイアス電圧を低減させて受光器内部の空間電荷効果に基づく非線形性を誘起し、それを以って周波数混合を実現する方法である。この方式により、信号帯域幅として4GHz以上、変換効率として-30dBという優れた値を得た。素子構造の改変・最適化などによる一層の広帯域化・高効率化・高出力化の展望を行っている。 第6章では、上記方式を利用した光ミリ波伝送システムを実際に構築し、アナログおよびディジタル伝送実験の実施を通じてその有望性を実証している。具体的には、66GHz帯におけるアナログ伝送で90dB・Hz2/3以上のスプリアスフリーダイナミックレンジを、また、光ファイバ30kmにわたる58GHz帯での156Mbpsディジタル信号の伝送において良好な伝送特性を、それぞれ確認している。 第7章はconclusion(結論)であり、得られた成果をまとめ結論を導いている。 以上要するに、光ミリ波信号の発生・伝送・処理を司る有望なミリ波フォトニクス素子であるモード同期半導体レーザおよび導波路型p-i-n受光器に対して、分周ハイブリッドモード同期法や非線形受光法などの新規駆動法を提案・実証すると共にそれらを通じてデバイスの高性能化・高機能化の指針を理論的・実験的に示し、また、それらデバイスを用いた光ミリ波伝送実験によって将来のミリ波大容量無線システムの構築に有益な手法を提示しており、光電子工学上寄与するところが多大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |