学位論文要旨



No 113396
著者(漢字) 星田,剛司
著者(英字)
著者(カナ) ホシダ,タケシ
標題(和) ミリ波フォトニクスのための光電子デバイスおよびその駆動法に関する研究
標題(洋) Millimeter-Wave Photonic Devices and Their Operation Techniques
報告番号 113396
報告番号 甲13396
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4114号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 ワイヤレス通信やアンテナ制御などのマイクロ波技術に光技術を融合させ、無線技術の枠組みに新展開を図る「マイクロ波/ミリ波フォトニクス」なる概念が注目を集めつつある。従来のマイクロ波/ミリ波技術、すなわち電気技術、だけでは不可能/困難あるいは高価であった機能を実現可能とするために、光の特色を効果的に活用する技術の確立を目標とするものである。たとえば、ミリ波帯と呼ばれる周波数帯域の電気信号の伝播を光ファイバを介して行うと、その広帯域性、低損失性、軽量性、可撓性、廉価性などが伝播性能やシステム設計の自由度に飛躍的改善をもたらすものと期待されている。すなわち、ミリ波帯信号の伝播を電気線路のみで行う場合には伝播距離が数m程度に限られてしまうのに対し、光ファイバ中の光ミリ波信号として伝播させればkmオーダ以上の距離にわたる低損失伝送が可能になる。さらに、広帯域性・低雑音性に優れる光ファイバ増幅器の有効な利用は光ミリ波伝送のメリットを拡大させると考えられる。そのような光ミリ波信号の伝送系を構築するには、ミリ波帯の光トランスミッタ・光レシーバが必要不可欠である。ミリ波帯での電気→光変換および光→電気変換を、高周波領域で高効率に線形性よくしかも高パワーで行うという性能がもとめられる。本論文では電気信号から光信号への変換を司るデバイスとしてモード同期半導体レーザに、また光信号から電気信号への復元を司るデバイスとして導波路型p-i-n受光器にそれぞれ注目し、それらに新規駆動法を適用することによって一層の高性能化・高機能化の実現が可能であることを示した。

 光ミリ波トランスミッタとして近年注目されているモノリシック半導体レーザの受動モード同期動作は、従来出力信号の位相雑音に問題があるとされてきた。これに対して近年、出力周波数と等しい周波数における電気的変調を行うハイブリッドモード同期法を適用することにより、性能改善が可能であることが示された。しかし、この方法も出力周波数の上昇とともに信号源の性能や変調能率の低下に伴う困難が避けられない。そこで筆者は、出力周波数の整数分の一(分周)の周波数で電気的変調を行い、モード同期レーザに内在する強い非線形性による逓倍効果を利用してハイブリッドモード同期状態を実現する分周ハイブリッドモード同期法を提案し、その実験的実証と系統的評価を行った(図1)。

図1.33GHzモノリシックモード同期半導体レーザの分周ハイブリッドモード同期法による安定化実験系。

 その結果、例えば出力周波数33GHzのレーザに対して、3次の分周駆動による顕著な位相雑音の改善を観測し(図2)、通常のハイブリッドモード同期を凌駕する同期帯域幅56MHzを得た(図3)。これは、分周駆動における変調能率の改善が有利に働くことの証左であるといえる。

図2.受動モード同期(左)および3次分周ハイブリッドモード同期時(右)のミリ波スペクトル。スペクトル形状の著しい先鋭化がみられ、位相雑音はオフセット周波数100kHzにおいて-90dBc/Hz以下に低減される。図3.基本(n=1)および分周(n=2,3)ハイブリッドモード同期時の同期特性。位相雑音-90dBc/Hzを与える周波数離調範囲として、n=1,2,3に対しそれぞれ24MHz,10MHz,56MHzが得られている。図4.(左)ハイブリッドモード同期レーザ出力の位相変調実験系。(右)得られた出力位相シフト特性。lPC:位相調整領域に付加された白金ヒータの電流。

 従来、モノリシックモード同期半導体レーザ自体に関しては実験的研究が先行しており、素子の動作原理に未解明な点も多い。当然光ミリ波信号源としての設計指針も議論されてこなかった。そこで本論文では、進行波型レート方程式に基づくレーザ数値解析モデルを構築し、素子構造と性能パラメータの間の関係を明らかにすることを試みた。例えば、従来検討が不足していた分布ブラッグ反射鏡の効果について系統的な解析を行い、最適な結合係数及び領域長を見出すための指針を示した。

 分周ハイブリッドモード同期レーザの光ミリ波出力を情報伝送に応用するためには、変調が必要となる。そこで、モード同期レーザ単体のみで実現可能な、新規変調方式を提案した。特に周波数変調・位相変調を行うための新方式をそれぞれ考案し、その実証実験を行った(図3)。光ミリ波トランスミッタとしてサイズ・コスト・安定性などの点で極めて魅力的であるため、光ミリ波伝送応用に向けて有望であると考えられる。

 次に、光信号からミリ波電気信号への変換を司るデバイスとして極めて優れた性能を有している導波路型p-i-n受光器について、新たな機能を付加することを提案・検討した。まず、従来の光ミリ波伝送の概念を拡張し、中間周波信号とミリ波局部発信器信号を別個の光でファイバ伝送し、受光部でそれらの周波数混合を行う方式を考案し、その機能を受光器単体のみで実現する「非線形受光法」を提案した。次にその実現法の一例として、受光器に印加する逆バイアス電圧を低下させ、受光器内部の空間電荷効果に基づく非線形性を誘起することによって周波数混合を実現しする方法を考案し、実験的に動作を確認した(図5)。この方式により、信号帯域幅として2GHz以上、変換効率として-30dBという値を得た(図6)。素子構造の改変・最適化などによって一層の広帯域化・高効率化・高出力化が期待される。さらに、この方式を利用した光ミリ波伝送システムを構築し、66GHz帯におけるアナログ伝送で90dB・Hz2/3以上のスプリアスフリーダイナミックレンジを得(図7)、また58GHz帯で光ファイバ30kmにわたる156Mbpsディジタル伝送において良好な伝送特性を確認した。

図5.(左)非線形受光の実験系。(右)非線形受光器の出力ミリ波スペクトル。65.622GHzおよび400MHzの周波数混合の結果66.022GHzおよび65.222GHzに新たな信号が発生することが確認された。図6.■:非線形受光器の出力パワーの信号周波数依存性。●:通常の線形受光時のIF信号レベル。図7.非線形受光方式のアナログ伝送特性。IF信号として400MHz、401MHzの二周波信号を与えた際の、66.022GHz付近に現れる変換出力・相互変調歪み・雑音の各レベルを示す。

 以上、ミリ波信号の伝送・処理のための光電子デバイスとして、モード同期半導体レーザおよび導波路型p-i-n受光器に着目し、その高性能化・高機能化を追求するために分周ハイブリッドモード同期法や非線形受光法などの新規駆動法の提案・実証と性能の検討を行った。その結果、これらの技術は将来のミリ波大容量無線システムの構築に有益なものである可能性を示すことができた。

審査要旨

 本論文は"Millimeter-Wave Photonic Devices and Their Operation Techniques"(ミリ波フォトニクスのための光電子デバイスおよびその駆動法に関する研究)と題し、7章から構成され英文で書かれている。

 近年、マイクロ波・ミリ波技術に光技術を融合させて無線技術に新展開を図る「マイクロ波・ミリ波フォトニクス」なる概念が注目を集めている。従来のマイクロ波・ミリ波技術の機能の中の不可能・困難あるいは高価であるものに対し、光技術の特色の効果的活用によりそれらを容易に実現することを目標としている。特に、ミリ波信号の伝播・処理に対してはその改善効果が大きいものと期待されている。そのような光ミリ波伝送系の構築には、ミリ波帯での電気→光および光→電気変換を十分に高効率で線形性よくしかも高パワー領域で行う光電子デバイス(ミリ波フォトニクス素子)が必要不可欠である。しかしながら、ミリ波フォトニクス素子の開発やその効果的な駆動方法については、十分な議論がなされているとは言えなかった。

 本研究では、電気→光変換を司るデバイスとしてモード同期モノリシック半導体レーザ、また光→電気変換を司るデバイスとして導波路型p-i-n受光器、とそれぞれ斬新かつ有望な光電子デバイスに着目し、それらの究極的潜在能力の追究を理論的・実験的手法を用いて行っている。また、新規に発案した駆動法の適用によって一層の高性能化・高機能化が実現可能であることを示している。

 第1章はIntroduction(序論)であり、上記のような研究の背景を要約している。それと共に、光ミリ波システムの本質的構成要素の整理を行い、それぞれに要求される機能・性能を系統的に論じている。これにより、光ミリ波システムに用いられる光電子デバイスとその駆動方法の有るべき姿を浮き彫りにしている。

 第2章では、モノリシック半導体レーザの分周駆動によるパルス列安定化手法について論じている。その受動モード同期動作において、従来は出力信号に含まれる大きな位相雑音が問題であるとされてきた。近年になってハイブリッドモード同期法の適用によるパルス列安定化手法が示されているが、しかしながら、出力周波数の上昇とともに信号源の性能や変調能率の低下に伴う困難が避けられないという欠点がある。これに対して、モード同期レーザに内在する強い非線形性の結果として生ずる逓倍効果を積極利用して駆動電気信号の周波数を整数分の一に低減する方法、すなわち、分周ハイブリッドモード同期法を提案し、その実験的実証と系統的評価を行っている。実際、駆動電気信号の周波数を3分の一以下としても、十分に安定化された光パルス列発生が可能であることが示された。

 第3章では、モード同期モノリシック半導体レーザに関して、進行波型レート方程式に基づくレーザ数値解析モデルを構築し、素子構造と性能パラメータとの相互関係の解明を試みている。一般に、本素子に対しては実験的研究が先行し、その動作原理には未解明な点が多数あった。当然、光ミリ波信号源としての設計指針も議論されていなかった。これに対し、分布ブラッグ反射鏡の機能に着目し、そのモード同期動作に与える効果について系統的な解析を行っている。結果として、最適な結合係数及び領域長を見出すための指針を得ている。

 第4章では、モード同期モノリシック半導体レーザのみを用いるだけで実現可能な光ミリ波変調方式を新規に提案している。これは、分周ハイブリッドモード同期レーザの光ミリ波出力を情報伝送に応用するためには極めて効果的な変調方式であり、光ミリ波トランスミッタを構築した際にサイズ・コスト・安定性などの点で有利となる。本章の結果は、モード同期モノリシック半導体レーザの光ミリ波伝送応用に向けての有望な駆動方式の提案と位置づけることができる。

 第5章では、光電気変換を司るデバイスとして優れる導波路型p-i-n受光器について、従来の光ミリ波伝送概念の拡張によって新たな機能を付加することを提案・検討している。即ち、中間周波信号とミリ波局部発信器信号を別個の光信号として光ファイバ伝送し、受光器単体においてそれらの周波数混合を行う。この極めて簡単かつ広帯域な新手法を「非線形受光法」と称している。その実現法の一例として本章で実証しているのは、受光器に印加する逆バイアス電圧を低減させて受光器内部の空間電荷効果に基づく非線形性を誘起し、それを以って周波数混合を実現する方法である。この方式により、信号帯域幅として4GHz以上、変換効率として-30dBという優れた値を得た。素子構造の改変・最適化などによる一層の広帯域化・高効率化・高出力化の展望を行っている。

 第6章では、上記方式を利用した光ミリ波伝送システムを実際に構築し、アナログおよびディジタル伝送実験の実施を通じてその有望性を実証している。具体的には、66GHz帯におけるアナログ伝送で90dB・Hz2/3以上のスプリアスフリーダイナミックレンジを、また、光ファイバ30kmにわたる58GHz帯での156Mbpsディジタル信号の伝送において良好な伝送特性を、それぞれ確認している。

 第7章はconclusion(結論)であり、得られた成果をまとめ結論を導いている。

 以上要するに、光ミリ波信号の発生・伝送・処理を司る有望なミリ波フォトニクス素子であるモード同期半導体レーザおよび導波路型p-i-n受光器に対して、分周ハイブリッドモード同期法や非線形受光法などの新規駆動法を提案・実証すると共にそれらを通じてデバイスの高性能化・高機能化の指針を理論的・実験的に示し、また、それらデバイスを用いた光ミリ波伝送実験によって将来のミリ波大容量無線システムの構築に有益な手法を提示しており、光電子工学上寄与するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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