学位論文要旨



No 113398
著者(漢字) 張,永昇
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ヨンシャン
標題(和) Si基板上へのGaAsエピタキシャル横方向成長の最適化に関する研究
標題(洋) Optimization of Epitaxial Lateral Overgrowth of GaAs on Si Substrate
報告番号 113398
報告番号 甲13398
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4116号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 近年、マルチメデイアの時代へ向けて情報量が膨大となっている。もし、そのマルチメデイアを支えているキーデバイスの一つとする光・電子集積回路(OEIC)がSi上へ実現できれば、Si上に作製したVLSIやULSIなどと組み合せることにより、大規模OEICの実現ができ、大量の情報を高速に処理することが可能となる。これを実現するため、レーザダイオードなどの光素子をSi上に作製する必要があるが、そのためには高品質のGaAsなど直接遷移型化合物半導体材料をSi上に成長させなければならない。種種の成長法のうち、Epitaxial Lateral Overgrowth(ELO)成長法は特に無転位GaAs層の成長に有効と考えられる。しかしながら、Si上のELO成長層のレーザダイオードへの応用を実現するためにはELO層の無転位領域を拡大しなければならない。そのためには、ELO層の横縦比(ELO ratio)を向上する必要がある。

 本論文は、ELO ratioを向上することを目指し、Si上ELO成長に与える要因を検討し、ELO成長の成長条件最適化を図り、最適な成長条件を用い面発光レーザの試作が可能な無転位領域の大きいELO層を作製するまでの研究成果をまとめたものである。本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される。

 第1章では、Si上へのGaAsエピタキシャル成長に関する従来の研究の問題点を述べ、本論文の位置づけを行うとともに、本論文の持つ意義と目的を述べた。

 第2章では、Si基板上へのGaAsのMBE成長及び熱サイクルアニール(Thermal Cycle Annealing、TCA)の処理回数がGaAs成長層中の転位密度に与える影響について述べた。処理回数を増加することによりSi基板上へ成長させたGaAs層中の転位密度を8×106cm-2以下に低減させることができた。

 第3章では、MBEより作製したGaAs/Si基板を用い、ELO成長を行い、ELO成長を左右する要因を検討し、ELO成長の成長条件最適化を行った結果を述べた。

 まず、成長温度依存性を調べた。それによると、成長温度の低下によりELO層表面に発生した積層欠陥が減少することが明らかとなった。これは、積層欠陥を形成するためにはある活性化エネルギーが必要であり、そのため発生が温度に依存すると考えられる。一方、ELO ratioはLPE成長温度が620℃から500℃まで下がるにつれて次第に大きくなっていくが、500℃から470℃まで下げていくと逆に小さくなっていくことが分かった。Si基板上へのELO成長において、ELO ratioのピークはLPE成長温度が500℃の場合に現れた。ELO ratioが変化する原因として、成長温度を下げることにより等価的に過飽和度を下げたことになり、横方向の成長レートと縦方向の成長レートの差が大きくなりELO ratioが向上したものと考えられる。一方、GaAs基板上に成長したELO ratioはSi基板上へ成長したもののより大きくなっていることが分かる。これは、GaAs/Si基板と比較すると、GaAs基板中に存在する転位が少ないため(〜102cm-2)にスパイラルステップの供給が減ったためと思われる。一方、溶融KOHエッチングにより調べた結果により、GaAs/Si基板上でELO ratioが最大となった場合のELO成長層表面上にはシード上の領域を除きほとんど無転位であることが分かった。

 次に、基板転位密度依存性について調べた。TCA処理を加えることにより、二種類の違う転位密度のGaAs/Si基板を作製し、それを基板として用いELO成長を行った。その結果、成長温度が等しい場合、高転位密度基板でのELO ratioは、低転位基板上に成長したサンプルの約半分となっていることが分かった。これは、転位が多い基板の場合、らせん転位の密度が増加し、供給されるスパイラルステップの数が増加するため縦方向の成長速度が増加し、ELO ratioが小さくなったものと考えられる。基板転位密度はELO成長においてもう一つの重要なパラメタであることが分かった。

 さらに、ラインシード内の転位の総数がELO ratioに与える効果を調べるため、ELO成長のラインシード幅依存性を調べた。その結果、ELO ratioは、ほぼラインシード幅(4〜32m)に依存しないことが明らかとなった。この原因を解明するため、転位密度4×107cm-2基板上へ成長させたELO層をAFMを用いて観察したところ、ELO層表面上のらせん源は独立しておらず、いくつかのらせんが重なっていることが分かった。ELO成長の縦方向成長レートはらせん転位が供給するステップ密度に依存し、供給されるステップ密度はらせん転位の多重度に依存するので、ラインシード幅が4〜32mの範囲で変化させてもらせん転位群の多重度は変わらず、その結果ELO層の厚さが等しく、ELO ratioが同じになったものと考えられる。従って、この程度の転位密度の基板ではELO ratioはラインシード幅を変えても大きくは変化しないことが明らかとなった。

 次に、過飽和度を変化させるもう一つの方法として、ラインシードの間隔を変えることを試みた。転位密度約4×107cm-2のGaAs/Si基板を用い、ラインシード幅5m、間隔200m、500m及び1000mの3種類のパターンを使用し、成長温度を560℃、530℃、500℃とし、ELO成長を行った。その結果、ラインシード間隔1000mのパターン上に成長した場合のELO ratioはそれぞれ7.5(560℃)、10.5(530℃)、8(500℃)となった。ラインシード間隔200mのパターン上に成長した場合のELO ratioはそれぞれ9.1(560℃)、13(530℃)、10(500℃)となっている。これに対して、ラインシード間隔500mのパターン上に成長したものの場合はそれぞれ9.5(560℃)、17.5(530℃)、11.2(500℃)となった。同じ成長温度でも、ラインシード間隔の変化によりELO ratioが異なり、最大では17.5のものが得られた。これは、ラインシード間隔が変わることにより過飽和度はより最適値に近づき、横方向と縦方向の成長レート差が大きくなり、ELO ratioが向上したものと考えられる。

 さらに、上記の最適条件を用い、成長時間を長くすることにより大面積化を図った。その結果、ELO層の幅はそれぞれ130m(3時間)、175m(5時間)、195m(7時間)となり、ELO ratioはそれぞれ17.3(3時間)、17.5(5時間)、16.2(7時間)となった。成長時間5時間までELO ratioはほとんど変化しないことが分かった。3時間成長後のELO層の断面TEM観察により、シードからの転位は{111}面上に沿って伝搬しているため、外側のELO層へは伝搬せず、シードから離れたELO層は無転位となっていることが示された。一方、溶融KOHエッチングにより調べた結果により、3時間成長後のELO層は両側に約43mの無転位領域が得られていることが分かった。この無転位領域の大きさは面発光レーザの作製に対しては十分だと考えられる。

 第4章では、ELO ratioをさらに大きくする方法として、二回成長を提案した。3章では低い転位密度の基板を用いた場合、ELO ratioが大きくなることを述べた。そこで、ELO成長層を用い、無転位領域をシードとして利用し、二回目のELO成長を行った。本研究では二種類の二回成長を考案した。一つは、ELO層両側の領域からの二回成長である。これは、初段ELO層にSiO2膜を付け、フォトリソグラフィによりELO層の両側のSiO2膜を取りELO層中央部(転位領域)のみSiO2膜を残し、次にLPEにより両側のシードどからELO二回成長を行うものである。しかし、二回目の成長層が連続膜化するのはかなり困難であることが判明した。もう一つの二回成長法は、初段ELO層表面の片方領域からのELO成長である。実験の結果、二層目ELO層の幅及び厚さはそれぞれ100m及び2mであり、この層のELO ratioは50まで達した。さらに、二層目ELO層の表面を考察すると、積層欠陥などは観察されていなく、非常に綺麗な表面となっていることがわかる。これは、二層目ELO層表面はほとんど無転位ということを示唆している。

 第5章では、成長温度とラインシード間隔が界面過飽和度にどのように関係するかを調べた。界面過飽和度はスパイラルステップ間隔から求めた。但し、界面過飽和度としては比例定数を含む形で議論した。成長温度依存性を調べた結果として、界面過飽和度は成長温度が530℃から515℃まで下げるにつれて次第に小さくなっていくが、515℃から470℃まで下げていくと逆に大きくなっていくことが分かった。これは、高温側では温度を下げるにつれてAsがGaメルトに溶ける量が減るため界面過飽和度が下がるが、低温側では成長における動的過程(kinetic process)が遅くなるため、温度が下がると界面過飽和度が増加するためと考えられる。ELO ratioは温度が高い場合には、界面過飽和度の低下につれ大きくなっていくが、温度が低い場合には、界面過飽和度の低下につれ小さくなっていくことが分かる。この原因は、界面過飽和度の変化につれELO横方向及び縦方向の成長レートが変化し、ELO ratioが変わるためと考えられる。さらに、界面過飽和度のラインシード間隔依存性を調べた結果、界面過飽和度はインシード間隔の増加により上がることも分かった。一方、ELO ratioは界面過飽和度の上昇により大きくなることも明らかとなった。

 第6章では、本研究によって得られた内容についてまとめ、本論文の結論を述べた。

 以上要するに、本論文はSi上へのGaAsのELO成長に与える要因を検討し、成長条件の最適化を図りELO ratioを向上し、これにより無転位領域の拡大を達成したものである。さらに、二回成長により、ELO ratioの非常に大きいELO層の成長が可能であることを示し、界面過飽和度を実験的に測定し、この結果を用いてELO ratioが決定されるメカニズムについて考察した。

審査要旨

 本論文は分子線エピタキシ法(Molecular Beam Epitaxy,MBE)と液相エピタキシャル成長法(Liquid Phase Epitaxy,LPE)による横方向エピタキシャル成長(Epitaxial Lateral Overgrowth,ELO)を組合せ、シリコン基板上に化合物半導体の高品質単結晶薄膜をヘテロエピタキシャル成長させることを目標として行った研究をまとめたもので6章から成る。

 第1章は序論であり、本研究の位置づけを行うとともに本研究の目的と意義を述べている。

 第2章ではLPEによるELOを行うための高品質基板の準備について述べている。基板はSi単結晶上にGaAsをMBE法により数mの厚さ成長させたもので、このGaAs層の品質がその上のELO層に大きく影響するため、この高品質化が不可欠となる。本章ではこのために行ったいくつかの試みについてまとめているが、特に成長中および成長後に周期的に温度を上下する熱サイクルアニール(TCA)の効果について詳しく調べ、条件を最適化することによりKOHによるエッチピット密度(EPD)を8×106/cm2程度に下げることができた。

 第3章ではELOに影響を与えるいくつかの要因を取り上げ成長を最適化する条件を実験的に研究した結果を述べている。まず成長温度を変化させ、ELO層の幅と厚さがどのように変化するかを調べた。Si上のGaAs ELOで最も重要なことは幅と厚さの比(ELO比)をなるべく大きくすることで、これによって無転位領域の幅を大きくとることが可能となる。成長温度を620℃から450℃まで下げていくと、ELO比は500℃近くで最大値をとることを明らかにした。

 次にELOの基板転位密度依存性につき調べている。それによると、転位密度の増加にともなり、ELO比は低下することが明らかとなった。これは転位密度の増加とともに、ステップ密度が増加し、その結果厚さ方向の成長速度が増加するためと説明している。さらに、ELOではGaAs上につけた酸化膜に線状の窓をあけ、これを種として用いるが、この間隔を変化させることにより成長表面での過飽和度を変化させ、これがELO比にどのように影響するかを調べている。それによると、この場合も、ある間隔のとき最大となることから界面過飽和度にも最適値があることが示された。次に成長時間により幅と厚さがどの様に変化するかを調べている。LPE成長では成長時間の経過とともにバルク過飽和度、成長温度等が変化するため単純ではないが、ELO比はかなり長時間にわたって一定値を保ち、その結果、幅200mに近い非常に広い面積のELO層を得ることに成功している。

 第4章ではこのようにして得られたELO層を基板として用い、その上にもう一層ELO層を成長させる2段階ELO成長について述べている。この方法では1段目のELO層に酸化膜をつけその無転位領域に線状の窓を開けそこを2段目のELO層の種部として用いることにより転位のない種からのELO成長が可能となる。この方法により厚さ方向の成長を非常に小さく抑えることが可能となるためELO比を大きくすることが容易となる。この方法により、ELO比として50という大きな値を得ている。

 第5章ではELO層の厚さと幅が何によって決まるかを成長機構の観点から考察している。ELOに限らず結晶成長速度を支配している最も重要なパラメータは成長界面での過飽和度であるが、一般にはこれを測定するのは容易ではない。しかし、成長結晶表面にらせん転位が存在しステップがらせん状に供給されているときにはそのステップ間隔を測定することにより界面過飽和度を測定することができる。本章では、各種の条件下で成長した結晶の表面に存在するらせんステップの間隔をAFMにより測定し、ELO層の幅と厚さおよびELO比とどの様な関係にあるかを詳しく調べている。その結果、成長温度を下げてゆくに連れて、過飽和比は極小をとりその後再び上昇する事がわかり、これがELO比が最大をとる原因であることを明らかにしている。

 第6章は総括であり本研究で得られた結果をまとめ本論文の結論を述べている。

 以上これを要するに、本論文はエピタキシャル横方向成長法を用いてシリコン基板上に高品質GaAsエピタキシャル層を成長させるため、成長条件の最適化を行いこれを結晶成長理論を用いて解析し、光・電子集積デバイスの作製を可能にする大きさの無転位領域を持つ成長層を作製することに成功したもので電子工学の発展に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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