近年、マルチメデイアの時代へ向けて情報量が膨大となっている。もし、そのマルチメデイアを支えているキーデバイスの一つとする光・電子集積回路(OEIC)がSi上へ実現できれば、Si上に作製したVLSIやULSIなどと組み合せることにより、大規模OEICの実現ができ、大量の情報を高速に処理することが可能となる。これを実現するため、レーザダイオードなどの光素子をSi上に作製する必要があるが、そのためには高品質のGaAsなど直接遷移型化合物半導体材料をSi上に成長させなければならない。種種の成長法のうち、Epitaxial Lateral Overgrowth(ELO)成長法は特に無転位GaAs層の成長に有効と考えられる。しかしながら、Si上のELO成長層のレーザダイオードへの応用を実現するためにはELO層の無転位領域を拡大しなければならない。そのためには、ELO層の横縦比(ELO ratio)を向上する必要がある。 本論文は、ELO ratioを向上することを目指し、Si上ELO成長に与える要因を検討し、ELO成長の成長条件最適化を図り、最適な成長条件を用い面発光レーザの試作が可能な無転位領域の大きいELO層を作製するまでの研究成果をまとめたものである。本論文で明らかにしたことは各章ごとに以下のように要約される。 第1章では、Si上へのGaAsエピタキシャル成長に関する従来の研究の問題点を述べ、本論文の位置づけを行うとともに、本論文の持つ意義と目的を述べた。 第2章では、Si基板上へのGaAsのMBE成長及び熱サイクルアニール(Thermal Cycle Annealing、TCA)の処理回数がGaAs成長層中の転位密度に与える影響について述べた。処理回数を増加することによりSi基板上へ成長させたGaAs層中の転位密度を8×106cm-2以下に低減させることができた。 第3章では、MBEより作製したGaAs/Si基板を用い、ELO成長を行い、ELO成長を左右する要因を検討し、ELO成長の成長条件最適化を行った結果を述べた。 まず、成長温度依存性を調べた。それによると、成長温度の低下によりELO層表面に発生した積層欠陥が減少することが明らかとなった。これは、積層欠陥を形成するためにはある活性化エネルギーが必要であり、そのため発生が温度に依存すると考えられる。一方、ELO ratioはLPE成長温度が620℃から500℃まで下がるにつれて次第に大きくなっていくが、500℃から470℃まで下げていくと逆に小さくなっていくことが分かった。Si基板上へのELO成長において、ELO ratioのピークはLPE成長温度が500℃の場合に現れた。ELO ratioが変化する原因として、成長温度を下げることにより等価的に過飽和度を下げたことになり、横方向の成長レートと縦方向の成長レートの差が大きくなりELO ratioが向上したものと考えられる。一方、GaAs基板上に成長したELO ratioはSi基板上へ成長したもののより大きくなっていることが分かる。これは、GaAs/Si基板と比較すると、GaAs基板中に存在する転位が少ないため(〜102cm-2)にスパイラルステップの供給が減ったためと思われる。一方、溶融KOHエッチングにより調べた結果により、GaAs/Si基板上でELO ratioが最大となった場合のELO成長層表面上にはシード上の領域を除きほとんど無転位であることが分かった。 次に、基板転位密度依存性について調べた。TCA処理を加えることにより、二種類の違う転位密度のGaAs/Si基板を作製し、それを基板として用いELO成長を行った。その結果、成長温度が等しい場合、高転位密度基板でのELO ratioは、低転位基板上に成長したサンプルの約半分となっていることが分かった。これは、転位が多い基板の場合、らせん転位の密度が増加し、供給されるスパイラルステップの数が増加するため縦方向の成長速度が増加し、ELO ratioが小さくなったものと考えられる。基板転位密度はELO成長においてもう一つの重要なパラメタであることが分かった。 さらに、ラインシード内の転位の総数がELO ratioに与える効果を調べるため、ELO成長のラインシード幅依存性を調べた。その結果、ELO ratioは、ほぼラインシード幅(4〜32m)に依存しないことが明らかとなった。この原因を解明するため、転位密度4×107cm-2基板上へ成長させたELO層をAFMを用いて観察したところ、ELO層表面上のらせん源は独立しておらず、いくつかのらせんが重なっていることが分かった。ELO成長の縦方向成長レートはらせん転位が供給するステップ密度に依存し、供給されるステップ密度はらせん転位の多重度に依存するので、ラインシード幅が4〜32mの範囲で変化させてもらせん転位群の多重度は変わらず、その結果ELO層の厚さが等しく、ELO ratioが同じになったものと考えられる。従って、この程度の転位密度の基板ではELO ratioはラインシード幅を変えても大きくは変化しないことが明らかとなった。 次に、過飽和度を変化させるもう一つの方法として、ラインシードの間隔を変えることを試みた。転位密度約4×107cm-2のGaAs/Si基板を用い、ラインシード幅5m、間隔200m、500m及び1000mの3種類のパターンを使用し、成長温度を560℃、530℃、500℃とし、ELO成長を行った。その結果、ラインシード間隔1000mのパターン上に成長した場合のELO ratioはそれぞれ7.5(560℃)、10.5(530℃)、8(500℃)となった。ラインシード間隔200mのパターン上に成長した場合のELO ratioはそれぞれ9.1(560℃)、13(530℃)、10(500℃)となっている。これに対して、ラインシード間隔500mのパターン上に成長したものの場合はそれぞれ9.5(560℃)、17.5(530℃)、11.2(500℃)となった。同じ成長温度でも、ラインシード間隔の変化によりELO ratioが異なり、最大では17.5のものが得られた。これは、ラインシード間隔が変わることにより過飽和度はより最適値に近づき、横方向と縦方向の成長レート差が大きくなり、ELO ratioが向上したものと考えられる。 さらに、上記の最適条件を用い、成長時間を長くすることにより大面積化を図った。その結果、ELO層の幅はそれぞれ130m(3時間)、175m(5時間)、195m(7時間)となり、ELO ratioはそれぞれ17.3(3時間)、17.5(5時間)、16.2(7時間)となった。成長時間5時間までELO ratioはほとんど変化しないことが分かった。3時間成長後のELO層の断面TEM観察により、シードからの転位は{111}面上に沿って伝搬しているため、外側のELO層へは伝搬せず、シードから離れたELO層は無転位となっていることが示された。一方、溶融KOHエッチングにより調べた結果により、3時間成長後のELO層は両側に約43mの無転位領域が得られていることが分かった。この無転位領域の大きさは面発光レーザの作製に対しては十分だと考えられる。 第4章では、ELO ratioをさらに大きくする方法として、二回成長を提案した。3章では低い転位密度の基板を用いた場合、ELO ratioが大きくなることを述べた。そこで、ELO成長層を用い、無転位領域をシードとして利用し、二回目のELO成長を行った。本研究では二種類の二回成長を考案した。一つは、ELO層両側の領域からの二回成長である。これは、初段ELO層にSiO2膜を付け、フォトリソグラフィによりELO層の両側のSiO2膜を取りELO層中央部(転位領域)のみSiO2膜を残し、次にLPEにより両側のシードどからELO二回成長を行うものである。しかし、二回目の成長層が連続膜化するのはかなり困難であることが判明した。もう一つの二回成長法は、初段ELO層表面の片方領域からのELO成長である。実験の結果、二層目ELO層の幅及び厚さはそれぞれ100m及び2mであり、この層のELO ratioは50まで達した。さらに、二層目ELO層の表面を考察すると、積層欠陥などは観察されていなく、非常に綺麗な表面となっていることがわかる。これは、二層目ELO層表面はほとんど無転位ということを示唆している。 第5章では、成長温度とラインシード間隔が界面過飽和度にどのように関係するかを調べた。界面過飽和度はスパイラルステップ間隔から求めた。但し、界面過飽和度としては比例定数を含む形で議論した。成長温度依存性を調べた結果として、界面過飽和度は成長温度が530℃から515℃まで下げるにつれて次第に小さくなっていくが、515℃から470℃まで下げていくと逆に大きくなっていくことが分かった。これは、高温側では温度を下げるにつれてAsがGaメルトに溶ける量が減るため界面過飽和度が下がるが、低温側では成長における動的過程(kinetic process)が遅くなるため、温度が下がると界面過飽和度が増加するためと考えられる。ELO ratioは温度が高い場合には、界面過飽和度の低下につれ大きくなっていくが、温度が低い場合には、界面過飽和度の低下につれ小さくなっていくことが分かる。この原因は、界面過飽和度の変化につれELO横方向及び縦方向の成長レートが変化し、ELO ratioが変わるためと考えられる。さらに、界面過飽和度のラインシード間隔依存性を調べた結果、界面過飽和度はインシード間隔の増加により上がることも分かった。一方、ELO ratioは界面過飽和度の上昇により大きくなることも明らかとなった。 第6章では、本研究によって得られた内容についてまとめ、本論文の結論を述べた。 以上要するに、本論文はSi上へのGaAsのELO成長に与える要因を検討し、成長条件の最適化を図りELO ratioを向上し、これにより無転位領域の拡大を達成したものである。さらに、二回成長により、ELO ratioの非常に大きいELO層の成長が可能であることを示し、界面過飽和度を実験的に測定し、この結果を用いてELO ratioが決定されるメカニズムについて考察した。 |