本学位論文は、東京大学大学院工学系研究科西永教授研究室において本論文提出者が博士課程在学中に行った研究をまとめたものである。本論文の主たる目的は、上記研究室によって開発された周期的供給エピタキシ(PSE:Periodic Supply Epitaxy)法と呼ばれる方法を用いて分子線エピタキシ(MBE:Molecular Beam Epitaxy)法による選択成長技術を確立することである。この研究によって,選択成長の機構が明らかになり、現在ではGaAs、AlGaAsおよびAlAsをSiO2マスクによってパターニングした様々な面方位のGaAs基板上に選択性を保ちながら高品質なエピタキシャル層を成長することが可能になった。 選択成長は電子・光デバイスや光集積回路の作製に対して非常に有用な技術である。近年、主にIII-V族化合物半導体を中心に様々な物質を用いた選択成長、および、そのデバイス応用に関して多くの発表がなされている。選択成長はこれまでMBEでは困難とされてきたが、PSEを用いることによってIII-V族化合物半導体成長の選択成長が可能になったことを本論文で示した。PSE法は、MBEにおいて原料供給と中断を繰り返すことにより行われる。原料供給時にはIII族およびV族の原料をともに供給するのに対して、中断時にはV族原料の供給のみを行う。原料供給中断時のIII族原料の供給停止によって、原料供給時に形成されたマスク上の多結晶が分解され蒸発または成長領域に取り込まれる。このようにして選択性を実現している。 本論文では,SiO2マスクによってパターニングされた様々な面方位、(001)、(111)A、(111)B、(110)、(311)Aおよび(411)A、GaAs基板へのGaAs、AlGaAsおよびAlASのPSE/MBE法による選択成長に関して報告する。 第1章では、選択成長の実用性および研究の歴史について述べる。これまで、選択成長は有機金属気相成長法や有機金属MBEによって行われ、トランジスタ、量子効果デバイス、レーザおよび導波路など多くのデバイスの作製に対して用いられてきた。これに対して、MBEによる選択成長は非常に困難であるとされてきた。従来のMBEによる選択成長と比較しながら本研究で用いたPSE法の特長を紹介する。 第2章では、PSE/MBE法に関する実験の概要について述べる。まず、基板準備、特に基板表面のエッチングおよびSiO2にパターニングするための緩衝フッ化水素によるエッチングの問題について述べる。基板準備には多くの工程があるため試料が容易に損傷し、その損傷の度合いが選択性に非常に大きな影響を及ぼすことが分かった。試料の損傷には2種類あり、成長層の結晶性を劣化させるGaAs表面の損傷、および、成長の選択性を劣化させるSiO2上の損傷があることを示した。 また、本章では実験に用いたMBE装置の詳細、および、成長表面のその場観察や選択性に大きく影響を及ぼす成長温度を校正する際に用いた高エネルギー反射電子回折(RHEED)に関して述べた。さらに、成長後の試料の状態やモルホロジを観察するために用いた原子間力顕微鏡および干渉光学顕微鏡に関しても述べた。 PSEの実験手順の詳細に関しても本章で述べる。PSEは、原料供給とそれに続くIII族原料供給中断の繰り返しからなるが、このPSEの効果をRHEED強度振動に基づいて述べた。さらに、多結晶のない領域(この領域の大きさによって選択性の度合いを測る)に関して述べ、SiO2マスクの状態、成長条件およびPSEパラメータの選択性に与える影響に関して解析し、これらの条件によって選択性を向上させることが可能であることを示した。すなわち、高い成長温度、低いV/IIIフラックス比、短い原料供給時間、および、高い原料供給停止時間と原料供給時間の比、また、AlGaAsの場合には低いAl組成比によって選択性が高くなることを明らかにした。 第3章では、SiO2マスクでパターニングされたGaAs基板上へのGaAsの選択成長に関して述べた。まず、通常のMBEとPSE/MBEの結果を比較し、PSE/MBEの選択性は同じ条件で成長した通常のMBEの選択性より優れるのみではなく実効成長速度を同じにしたMBEの選択性よりも優れていることを示した。すなわち、PSE/MBEによる選択性向上は,実行成長速度の減少によるものではなく原料供給停止時中の多結晶分解に起因するものであることを示した。 つぎに、様々な面方位、(001)、(111)A、(111)B、(110)、(311)Aおよび(411)A、GaAs基板上にGaAsをPSEにより成長させた場合の成長表面モルホロジに関して述べた。また、それぞれの面で特有の現象が現れるが、これを表面での原子配列と成長条件を考慮することにより説明した。選択成長が達成される成長条件での面の安定性は、(111)B、(311)A、(411)A、(110)、(111)Aの順に低くなり、(001)面上では成長面の平坦性は悪いが、成長によって形成される平坦性に優れた{n11}A斜面に囲まれたリッジ構造の形成されることが判明した。 第3章では、GaAsの選択成長に影響を与えるマイグレーション、再蒸発および応力に関して解析し結果を述べた。PSEにおける選択性は,主にSiO2マスク上の多結晶の分解と窓領域へのマイグレーションによるものであり、再蒸発の影響は小さいことが、さらに、応力は窓領域がマスク領域に対して小さい場合には成長面の結晶性に多大な影響を与えるが、実用に用いるような窓領域とマスク領域の大きさの場合にはそれほど問題がないことが分かった。 第4章では、SiO2マスクでパターニングしたGaAs基板上へのAlGaAsおよびAlAsの選択成長に関して述べた。まず、選択性に関してAlGaAsの選択成長におけるAlとGaの組成比依存性およびAlAsの選択成長における成長温度依存性を解析した。各々の場合でAlとGaの組成比が高い場合および成長温度が低い場合急激に選択性が悪化することが分かった。つぎに、この結果をGaAsの選択成長の場合と比較した。これより、AlGaAsの選択成長における選択性はGaのフラックス強度にほとんど依存しないことが分かった。すなわち、AlGaAsは任意のGaフラックス強度で選択性を保ちながら成長することが可能である。 第4章ではGaAs(001)、(111)B、(110)、(111)A基板上に成長させたAlGaAsの表面モルホロジに関して述べる。AlGaAsの成長表面モルホロジの傾向はGaAsの場合と類似の結果が得られた。 さらに本章では、高温低As圧でAlAsを成長させる3段階成長法に関して述べる。この方法によって、優れたモルホロジでAlAsを成長させることが可能であることが分かった。AlAsの選択成長はGaAs(001)、(110)、(311)Aおよび(411)A基板上で行った。 第5章では、選択性の起源に関して理論的に解析した結果を述べる。まず、通常のMBEにおける多結晶のない領域の形成機構に関して述べ、その領域の大きさの成長条件に対する依存性を第2章の結果を用いて考察した。つぎに、PSE/MBEにおいて、多結晶のない領域の大きさのPSEパラメータ、特に原料供給時間と中断時間の比R、に対する依存性に関して理論的に解析した。この結果、PSE/MBEの選択性に対して最適なRが存在し、通常のMBEとPSE/MBEでは最適なRが異なることが分かった。 第6章では、GaAs基板上へのGaAs、AlGaAsおよびAlAsの選択成長を中心に本研究の結果まとめた。以上、PSE法を用いることにより、MBEによって高い選択性を持ち、かつ結晶表面の平坦性の優れた選択成長を実現することが可能であるとの結論を得た。このように、GaAs、AlGaAsおよびAlAsを選択的に成長できるということは、実際の電子・光デバイスの作製に対して大きな自由度を与えることになるため、PSE法は今後選択成長によるデバイス作製に対し強力な手段を提供することになろう。 |