本論文は、量子井戸光導波路を用いた半導体進行波型光変調器を始めて試作、研究し、駆動電圧は低く押えたまま変調帯域幅を大幅に向上させて超高速低電圧素子を実現した成果を記述したもので、英文7章よりなる。 第1章は序論であって、本研究の背景と目的、論文構成等を述べている。2.5Gb/s程度以上の高速光ファイバ通信における光変調には、半導体レーザの直接変調方式に代って外部光変調方式が採用されており、なかでも量子井戸光導波路における量子閉じ込めシュタルク効果による光吸収変化を利用した光変調器が多用されている。これはいわゆる集中定数型素子で、変調ビットレートは素子キャパシタンスにより制限されるが、小形化を進めても40Gb/s程度以上にすることは困難であり、反面、駆動電圧の上昇や消光比の劣化をまねくことが問題となっている。むしろ逆に素子長を大にして低電圧化や消光比向上をはかり、同時に、変調電磁波が光波と同期して伝搬するように工夫していわゆる進行波型素子とすれば、40Gb/s以上の超高速化も期待できるが、このような研究は少なく、特に半導体量子井戸を用いた素子の研究は皆無である。本研究の目前は量子井戸光導波路を用いた進行波型光変調器を研究し、変調帯域幅が広く駆動電圧は低い素子を開発することである。 第2章はOptical Modulator Theoryと題し、光変調器の基礎理論、特に集中定数型および進行波型素子の変調周波数特性に関する理論を要約している。 第3章"AlGaAs/GaAs Heterojunction Structure Traveling Wave Directional Coupler Type Optical Modulators"では、本研究の手始めに行なったバルク光導波路を用いた方向性結合器型素子の研究成果を述べている。半絶縁性GaAs基板上に分子線エピタキシー法によりAlGaAsクラッド層、GaAsコアー層、AlGaAsクラッド層、GaAsキャップ層等を積層し、ウェットエッチング法により結合部長8.5mmの方向性結合器型光変調器を形成した。進行波電極は蒸着Alからなるコプレーナ・ストリップ型である。コアー層の下に薄い高ドープn型層を挿入してあり、変調電磁波を半導体内部に引き入れ、マイクロ波屈折率を増大させることを意図している。Sパラメータ測定結果から求めたこの素子のマイクロ波屈折率は3.9であり、実験波長920nmにおける光波屈折率3.55に近いので、速度不整合のみを考えれば3dB変調帯域幅fは45GHzと算出される。swept frequency法で実測したfは22GHzにとどまったが、これはマイクロ波伝搬損失が周波数と共に増大するためであることが判明した。 第4章は"AlGaAs/GaAs Multiple Quantum Well Traveling Wave Type Optical Modulators"と題し、多重量子井戸光導波路における量子閉じ込めシュタルク効果による屈折率変化を用いた方向性結合器型およびマッハ-ツェーンダー干渉計型素子について記述している。ウェーファは、通常の矩形ポテンシャル分布AlGaAs/GaAs量子井戸を20組積層してコアー層とした以外は第3章の場合と同様であるが、マイクロ波減衰および光吸収損失を低減するために結合部長あるいは干渉計アーム長を2mmに短縮し、デバイス平面パターンも改良設計してある。いずれの素子もfは測定器限界50GHzを越えていたが、特にマッハ-ツェーンダー干渉計型では、励起子吸収ピーク波長より70nm長波長側に離調した900nmの光波長において、スイッチング電圧8V、消光比12dBが得られた。 第5章"Five-step Asymmetric Coupled Quantum Well(FACQW)Structures"では、非対称5層構造結合量子井戸について述べている。これは変形ポテンシャル量子井戸の一種であって、上記のように大きく離調した光波長域でも矩形ポテンシャル量子井戸よりも大きな屈折率を得るために新たに考案されたものである。 第6章は"FACQW Traveling Wave Type Optical Modulators"と題し、前章の非対称5層構造結合量子井戸を20組積層したコアー層を有するマッハ-ツェーンダー干渉計型素子の試作実験結果を述べている。f実測値は50GHzを越え、55GHz程度と推定されたが、これはマイクロ波屈折率が2.7と小さく速度不整合がやや大であること、およびマイクロ波減衰が影響していることが原因で、改善可能と考えられる。励起子吸収ピーク光波長785nmから65nm離調した850nmにおけるスイッチング電圧は3Vで、4章記載の矩形ポテンシャル量子井戸を用いた素子に比べて大幅に低下した。なお消光比は11dBであった。半導体を用いた光変調器としては極めて高速かつ駆動電圧も十分低い素子が実現された。 第7章は結論であって、上記の緒結果を総括するものである。 以上のように本論文は、半導体進行波型光変調器に量子井戸構造を始めて導入して、変調帯域幅55GHz、スイッチング電圧3Vという超高速低駆動電圧素子を実現すると共に、非対称5層構造結合量子井戸が通常の矩形ポテンシャル量子井戸よりも低電圧化に有用であることを実証したもので、電子工学上貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |