本論文は、「顕微フォトルミネッセンス法による半導体量子構造に関する研究」と題し、顕微フォトルミネッセンス装置を用いて半導体量子構造の発光スペクトルを観測し、従来の測定法では知ることの出来なかった発光特性を詳細に調べているものであり、八章から構成されている。 第一章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。本研究の主要な測定法である局所分光法に関する研究の経緯を説明した上で、顕微フォトルミネッセンスによって単一の量子ドットの発光特性を調べることと、様々な量子構造に顕微フォトルミネッセンスを適用し、局所分光測定の新たな用途を開発することが本研究の目的であることを述べている。 第二章では、局所分光法の原理と様々な局所分光測定法が紹介されている。次に、本研究で用いられた顕微フォトルミネッセンス装置の概略と、試料表面に形成されたフォトマスクの作製方法とその特性について述べている。特に、フォトマスクが測定領域の再現性を得るためには必要不可欠であることを説明している。 第三章では、本研究で用いられた量子ドット構造を有する試料の作製方法と、その特性に関して説明している。本研究ではStranski-Krastanov型成長モードを利用して自己形成法により量子ドット構造を作製しているが、その形成過程を原子間力顕微鏡による観察とフォトルミネッセンス測定によって検討している。次に、本研究で標準的に用いられたAlInAs自己形成ドット構造について、その発光寿命の温度依存性と、顕微フォトルミネッセンス励起分光スペクトルを測定し、その量子ドットの0次元性を明らかにしている。 第四章では、単一量子ドットの発光スペクトルの線幅が励起子の位相緩和時間を表すことを利用して、線幅の温度依存性から、量子ドット内励起子のフォノンによる散乱現象を明らかにしている。自己形成ドットでは線幅に温度依存性がないとされた過去の研究結果とは異なり、様々な量子ドット構造において、線幅が温度上昇に伴って低温領域では緩やかに増大し、高温になると急激に増大することを発見している。また、顕微フォトルミネッセンス測定で、試料温度上昇に伴う励起子拡散の促進効果が発光強度に大きく影響を及ぼしていることを示している。 第五章では、量子ドットの発光の励起強度依存性について述べている。弱励起時には支配的であった励起子発光が、励起強度増加と共に徐々に飽和し、ついには減少するという新しい現象を発見している。さらに、励起子発光の飽和、減少と共に、励起子分子発光や線幅の広いバックグランド的な発光の出現を観測しており、これらの現象を、単一励起子状態から多体状態への遷移という観点から説明している。励起子発光の線幅は励起密度を大きくしてもあまり増加しないのに対し、励起子分子発光の線幅は同時に観測される励起子発光の線幅の2倍以上あることから、バックグランド的な線幅の広い発光は過剰キャリアとの相互作用によってキャリアの位相緩和が促進された場合の発光であることを指摘している。 第六章では、結晶表面に作製したGaInP系量子井戸、量子ドット構造からの発光をマクロフォトルミネッセンス、顕微フォトルミネッセンスで評価している。顕微フォトルミネッセンス測定において輝線スペクトルは観察できなかったが、その原因として半導体表面が量子構造内の励起子の位相緩和過程に及ぼす影響について検討している。 第七章では、量子井戸に顕微フォトルミネッセンス測定を適用すると、どのような特性が評価できるのかということに重点をおいて実験および解釈をおこなっている。特に、(411)A、(100)面上に作製した量子井戸のヘテロ界面の平坦性の相違点、表面偏析をおこしたInGaAs量子井戸のヘテロ界面の平坦性などについて述べ、顕微フォトルミネッセンス法の有用性を示している。 第八章は、結論であり、顕微フォトルミネッセンス測定で明らかになった量子ドットの発光特性についての総括をおこなうとともに、量子井戸に顕微フォトルミネッセンス測定を適用した場合に得られる情報について述べられている。 以上をまとめると、本論文では顕微フォトルミネッセンスを導入することにより、従来の測定法では得られなかった半導体量子構造の発光特性を明らかにしている。特に、次世代の発光材料と期待される量子ドット構造の発光の起源および特性を解明した点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |