学位論文要旨



No 113401
著者(漢字) 太田,和伸
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,カズノブ
標題(和) 顕微フォトルミネッセンス法による半導体量子構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 113401
報告番号 甲13401
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4119号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 助教授 五神,真
内容要旨

 近年、分子線エピタキシー法(MBE)や有機金属気相エピタキシー法(MOVPE)など半導体結晶成長技術の向上により、膜の積層方向に加え、膜の面内方向にも電子の閉じこめ効果のある量子細線や量子ドット構造が様々な方法で作製できるようになった。しかし、これら低次元量子構造では、構造のサイズ揺らぎが不可避であり、マクロスコピックな光学系を用いたフォトルミネッセンス(PL)測定では、測定領域内における試料構造のサイズ揺らぎを反映して広い線幅をもったスペクトルが観測される。その結果、その広い線幅に隠されて解明できていない物理現象も存在する。しかし、近年、PL測定において励起・集光に顕微鏡レンズを使って測定面積を減少させると、構造のサイズ揺らぎを含まないスペクトルを測定できることが明らかとなった。本研究では、顕微PL法を用い、1)量子井戸の微小な界面構造、2)量子ドットの発光の自然幅、3)量子ドットにおける多体効果など、マクロPL測定では観測できなかった物理現象を見いだすことを目的としている。

 本研究で用いた顕微PL装置では、顕微鏡レンズによって1〜2ミクロンの大きさまで集光することが可能であるが、1)ミクロンオーダーでは測定面積が広すぎる 2)as-grownのサンプルのままでは測定領域の再現性が得られない、という二つの理由で、サンプル表面に電子線(EB)リソグラフィー技術を用いて蒸着金属によるフォトマスクを形成した。

1)量子井戸の微小な界面構造

 量子井戸からの発光スペクトルは測定領域を狭めてゆくと、発光ピークがいくつかの輝線に分裂し、その輝線の数が減少してゆく。(図1)それぞれの輝線は膜厚の揺らぎによって生じた局所的なポテンシャルの極小点に捕らえられた単一の励起子状態からの発光と考えられている。従来は、そのような発光線を疑似量子ドットに束縛された励起子の発光と見なしていたが、逆に「輝線を2次元ヘテロ界面構造のプローブとして利用する」、というのが今回の研究における発想である。

図1量子井戸の測定面積依存性

 従来よりGaAs(411)A面上に量子井戸を成長するとGaAs(100)面上より線幅の狭いマクロPLスペクトルが得られ、より平坦なヘテロ界面が得られることが知られているが、マクロPLの線幅からは、膜厚の統計的な分布以上のことはわからない。そこでGaAs(100)・GaAs(411)A基板上の量子井戸の発光を0.4m四方の窓を通して測定を行なった。マクロPLの線幅はそれぞれ10meV、6meVである。すると、図2のようにGaAs(100)ではシャープな輝線がはっきりと分離して観測されるのに対し、GaAs(411)では発光が固まって現れ、はっきりと分離される輝線は少ない。これらのことと(411)のマクロPLの線幅が狭いことをあわせ考えると、GaAs(100)では量子ドット状の深いポテンシャルの極小点にキャリアが流れ込み、そこからの発光が強い輝線となって現れているのに対し、GaAs(411)ではあまり深いポテンシャルの極小点がないため、数多く存在する浅いポテンシャルの極小点で光っているものと考えられる。このように、(411)面上のヘテロ界面の方がどのように平坦なのか、ということについての情報が顕微PLを用いて得られた。

図2GaAs(100)、(411)A面上の量子井戸の顕微PL
2)量子ドットの発光の自然幅

 近年Stranski-Krastanov(S-K)型成長によって非常に発光特性の良い量子ドットが作製され、量子ドットに関する研究は飛躍的に進歩したが、構造の不均一のためマクロPLでは図3(a)のような広い線幅のスペクトルが観測される。しかし、顕微PL測定を行うと図3(b)のように、多数の輝線に分離されたスペクトルが得られる。その個々の輝線の線幅は不均一揺らぎを含まず、エキシトンの位相緩和時間によってのみ制限されている。その位相緩和のメカニズムを調べるために輝線の線幅の温度依存性を調べた。従来、顕微PLを用いた量子ドットの線幅の研究では「量子ドットの線幅は温度依存性を持たない。」とされていたが、実際に測定してみると、明らかに線幅は温度とともに増加するのが観測された。(図4)これは、従来の研究より、波長分解能を1桁程度上げたために、分光器に支配される線幅を取り除くことができ、本来の線幅の挙動がみえてきたものと考えられる。さらに、ドット構造の大きさ、閉じこめの大きさなどにどのように依存するのか調べるため、さまざまな量子ドットの輝線の線幅の温度依存性を調べた。すると、すべてのサンプルにおいて、線幅は30K以下では緩やかに増加し、それ以上の温度では急激に増加するということがわかった。(図5)散乱原因としては低温でも励起されやすい音響フォノンが考えられるが具体的にどのような状態間での散乱が支配的であるかはまだ分かっていない。

図3(a)AlInAs量子ドットのマクロPL(b)AlInAs量子ドットの顕微PL図4AlInAsドットの顕微PL温度依存性図5様々なドットの顕微PL温度依存性
3)量子ドットにおける多体効果

 図6のように量子ドットの顕微PL測定では、低励起強度の際に観測されるピークAは励起強度を増加させるにつれ、最初は発光強度が増加するが、徐々に飽和し、ついには発光強度が減少する。また、その発光が飽和するとともに、5〜6meV低エネルギー側に新たなピークが生じ、励起強度増加と共にその発光強度は増大する。この現象は以下のように考えられる。励起強度を上げてゆくと、ある時間の割合でドット内に複数の励起子が存在するようになる。この場合、励起子は多価の励起子分子として光り、励起子単体の発光は起こらない。しかし、ドット内に単体の励起子のみが存在する時間もある割合で存在し、その場合は励起子単体の発光が生ずる。スペクトルはこれらの発光の時間積分で表されるため、上述のような現象が起こると考えられる。

図6AlInAsドットの顕微PL励起強度依存性
審査要旨

 本論文は、「顕微フォトルミネッセンス法による半導体量子構造に関する研究」と題し、顕微フォトルミネッセンス装置を用いて半導体量子構造の発光スペクトルを観測し、従来の測定法では知ることの出来なかった発光特性を詳細に調べているものであり、八章から構成されている。

 第一章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。本研究の主要な測定法である局所分光法に関する研究の経緯を説明した上で、顕微フォトルミネッセンスによって単一の量子ドットの発光特性を調べることと、様々な量子構造に顕微フォトルミネッセンスを適用し、局所分光測定の新たな用途を開発することが本研究の目的であることを述べている。

 第二章では、局所分光法の原理と様々な局所分光測定法が紹介されている。次に、本研究で用いられた顕微フォトルミネッセンス装置の概略と、試料表面に形成されたフォトマスクの作製方法とその特性について述べている。特に、フォトマスクが測定領域の再現性を得るためには必要不可欠であることを説明している。

 第三章では、本研究で用いられた量子ドット構造を有する試料の作製方法と、その特性に関して説明している。本研究ではStranski-Krastanov型成長モードを利用して自己形成法により量子ドット構造を作製しているが、その形成過程を原子間力顕微鏡による観察とフォトルミネッセンス測定によって検討している。次に、本研究で標準的に用いられたAlInAs自己形成ドット構造について、その発光寿命の温度依存性と、顕微フォトルミネッセンス励起分光スペクトルを測定し、その量子ドットの0次元性を明らかにしている。

 第四章では、単一量子ドットの発光スペクトルの線幅が励起子の位相緩和時間を表すことを利用して、線幅の温度依存性から、量子ドット内励起子のフォノンによる散乱現象を明らかにしている。自己形成ドットでは線幅に温度依存性がないとされた過去の研究結果とは異なり、様々な量子ドット構造において、線幅が温度上昇に伴って低温領域では緩やかに増大し、高温になると急激に増大することを発見している。また、顕微フォトルミネッセンス測定で、試料温度上昇に伴う励起子拡散の促進効果が発光強度に大きく影響を及ぼしていることを示している。

 第五章では、量子ドットの発光の励起強度依存性について述べている。弱励起時には支配的であった励起子発光が、励起強度増加と共に徐々に飽和し、ついには減少するという新しい現象を発見している。さらに、励起子発光の飽和、減少と共に、励起子分子発光や線幅の広いバックグランド的な発光の出現を観測しており、これらの現象を、単一励起子状態から多体状態への遷移という観点から説明している。励起子発光の線幅は励起密度を大きくしてもあまり増加しないのに対し、励起子分子発光の線幅は同時に観測される励起子発光の線幅の2倍以上あることから、バックグランド的な線幅の広い発光は過剰キャリアとの相互作用によってキャリアの位相緩和が促進された場合の発光であることを指摘している。

 第六章では、結晶表面に作製したGaInP系量子井戸、量子ドット構造からの発光をマクロフォトルミネッセンス、顕微フォトルミネッセンスで評価している。顕微フォトルミネッセンス測定において輝線スペクトルは観察できなかったが、その原因として半導体表面が量子構造内の励起子の位相緩和過程に及ぼす影響について検討している。

 第七章では、量子井戸に顕微フォトルミネッセンス測定を適用すると、どのような特性が評価できるのかということに重点をおいて実験および解釈をおこなっている。特に、(411)A、(100)面上に作製した量子井戸のヘテロ界面の平坦性の相違点、表面偏析をおこしたInGaAs量子井戸のヘテロ界面の平坦性などについて述べ、顕微フォトルミネッセンス法の有用性を示している。

 第八章は、結論であり、顕微フォトルミネッセンス測定で明らかになった量子ドットの発光特性についての総括をおこなうとともに、量子井戸に顕微フォトルミネッセンス測定を適用した場合に得られる情報について述べられている。

 以上をまとめると、本論文では顕微フォトルミネッセンスを導入することにより、従来の測定法では得られなかった半導体量子構造の発光特性を明らかにしている。特に、次世代の発光材料と期待される量子ドット構造の発光の起源および特性を解明した点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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